前回と同じ程度の長さになっています。
Phase 5-1 離別 / Divide.
「…………よぉ、驚いたか?」
居並ぶ机の陰から姿を現したトール。ふてぶてしく立つ彼を見て、佑斗は呻くような声を上げた。
「トール。これは、どういうことだ。お前がやったのか?」
「違う、これは緑の髪の優男がした事だ……と言えば、信じてくれんのか?」
「……それは無理だな。少なくとも、今は」
「だよなぁ。だから、俺達に残された道は一つだ」
そう言って、トールは獰猛な笑みを浮かべた。表情とは裏腹に、内心で嘆息しながら。
(こんな展開は勘弁して欲しかったんだがね)
しかし、今はどうしても為さねばならない事がある。ここで手を引くわけにはいかないし、そのつもりもない。
「さ、
「…………ああ」
互いに、拳を構えた。腰を低くし、足を引いて、倒すべき相手を見据える。
先に動いたのは、トールでも佑斗でもなかった。
赤髪の少女――美羽が、トールに向けて手をかざしたのだ。
「動かないで」
彼女が発生させた念動力が、トールの身体を抑え込もうと襲い掛かる。コンマ数秒遅れて、佑斗が飛び出した。引いた右拳を撃ち出し、棒立ちのトールへ叩き込もうとする。
「はっ!!」
それより早く、鋭い一撃が佑斗の鳩尾を貫いた。念動力で固定されて動けないはずのトールが、その左拳を打ち付けていた。
かつて念動力を脱した時と同じく、溶断ブレードの噴射で無理矢理体を動かしたのだ。
ぐらり、とよろめく佑斗。トールはその後ろに奇妙なものを見た。カウンターを読んだかのように、彼の方を向いている銃口の数々を。
引き金が一斉に引かれる。けたたましい発砲音を響かせながら、数多のゴム弾がトール目掛けて殺到した。
雷剣を伸ばして叩き落そうとするトール。だがタイミングが悪かった。控えていた美琴が、光速で飛翔する雷撃の槍を撃ち放つ。
寸前で気付き、『全能』を発動させたトール。
しかし撃ち放たれたゴム弾は、今もなおトール目掛けて殺到している。
「ぐああっ!!」
衝撃に身を叩かれたトールが宙を舞った。そのままバウンドして、地面へ倒れこむ。
「押さえろ!!」
兵馬の指示を受け、数人の隊員がトールへ駆け寄った。普通ならば、それは正しい判断だろう。倒れた所を抑え込み動きを封じるのは鉄則ではあった。
そう、普通ならば。
「ぐっ!?」
トールに近づいた隊員が、ほとんど同時にその場に倒れ伏した。
『全能』を用いて、一人ずつ順番に殴り倒したのだ――と知ることが出来たのは、術者のトールだけ。
神の名を冠する魔術師に、普通などという前提は通じないのだ。
「な……」
他の隊員が呆気に取られた隙に、トールは再び雷剣を噴射して壁に叩きつける。そこに生じた大穴に飛び込むと、瞬く間に夜闇へと姿を消した。
(……俺が逃げるのも織り込み済みだろうな。くそったれ、踊らされてたのはこっちの方か)
日が昇りかける海上都市の街路で、鈍痛を訴える腹を押さえながら逃げるトール。彼は内心で歯噛みしていた。
敵対勢力同士を激突させるやり方。かつての『グレムリン』にも通じる狡猾な手法を、今回は使われる側となってしまったわけだ。これで、トールも風紀班も自由に動けない。逃げる側と追う側の関係が成立し、黒幕はその陰で悠々と計画を進められるのだ。
とはいえ、トールにも打てる手がないわけではない。変装術式を持つ彼は追われることなく動けるはずだ。しかしながら、
(尾行に気付かれてたんなら、マリアンの顔もあいつには使えねえのか)
既に手札は二枚切っている。成り済ませる札はまだあるにしても、無駄遣いは出来ない。そうなると気になるのは、姿をくらました
(付き合ってらんねえって言ってたしな。多分もう動かねえだろ)
盤から降りると言った以上、いないものとして方針を定めるべきだ。
そもそも火種を持ち込んだのはトールである。だから彼がカタを付けるのが筋だし、彼自身もそう自覚していた。
(仕方ねえ。あいつにしか割れてねえんだし、もう一回マリアンの顔を借りるか)
故に。
戦いの神は、何度でも戦場に躍り出る。
「これは…………『L』か。詳しく調べる必要はあるが、恐らくは……」
謎の施設を取り調べていた兵馬は、呆然としながら呟いた。研究室と思しきその部屋には、『L』とそれにまつわる資料が散乱している。
「じゃあ、ここは」
「ああ、『L』の研究と開発を行う施設で間違いないだろう」
隊員の表情が強張る。驚きを隠せないのだろう。しかしそれとは別の理由で、険しい表情を浮かべる者がいた。
「ねえ、なんでここにアイツがいたわけ?」
怪訝な顔をする美琴。しかし、その質問に答えられる者はいなかった。アイツとは勿論トールの事だが、何故あの魔術師が『L』の研究施設にいたのか、それは誰も分からないのだ。
状況証拠だけ見れば、関係者をトールが始末したと見るのが自然だ。
だが、彼の目的に『L』が関わる理由が誰にも分からない。ましてやそれを叩き潰す意味など、見当もつかなかった。
無理もない話だ。
トールは、目的を果たすまでの過程で救えるものは全て救うという理念を持って動いている。しかし彼の行動だけを見ていては、そんな理念の存在に気付くことは出来ないだろう。
物事の本質とは、往々にして表出しないものだ。だからこそ、その裏を見抜く力が必要なのである。
ただ、語られてもいない内面なんて、見えないのが当たり前の話ではあるが。
そういうわけで、この場の結論はこうなった。
「ヤツの事は後回しだ。捕まえて話をさせればいい。今はこの施設を調べるのが先だろう」
兵馬の言う事も尤もだ。そもそも、本来の目的は『L』の研究・製造施設を叩く事であったのだから。
「ほら、ボーっとしてないで取り掛かるぞ」
気怠そうな兵馬の声に従って、隊員達も動き出す。そんな中では、部外者でしかない美琴の仕事は無くなってしまう。
故に彼女は、一人で思案を巡らせていた。
(アイツ……いったい何を)
敵であれば殺しを厭わない性格だろう、と美琴は推察していた。だが、ここまでの事をするだろうかという問いには、答えが出せないでいた。
学園都市で一時共闘した時の様子を見るならば、殺しを、というよりは戦いを楽しむ方にウェイトを置いている。少なくとも、そんな人間だと思えた。
とはいえ、美琴にはトールと長い付き合いがある訳ではないし、彼については知っている事より知らない事の方が多い。だからこそ行動は読めないし、内心も探りようがない。
となると、協力者から探るのが筋という事になる訳だが、
(あんな怪物の考えなんて読めたもんじゃない)
相手はあの
学園都市で彼と対峙した美琴は、よく理解している。
だからこそ、怪物が手を組む理由が分からない。孤高の第一位は、誰に頼らずとも立ちはだかる障害を踏み潰して進めるはずなのに。
そして、そこに鍵がある気がした。
少なくとも、トールと
不可解な点を残して立ち去った、扇元樹という男には。
(ここには何かがある。トールがここにいた理由も、あの男が絡んでる)
そこに思考が辿り着いたのと同時に、室内がにわかにどよめいた。
「何故、こんなものが……」
そちらに目をやる美琴。そこで繰り広げられている会話の内容が、ほんの少しだけ耳に入ってきた。
「これは……六連のデータじゃないのか」
「……どういう事なんでしょう」
「俺に聞くな。こっちが聞きたいんだ」
どうやら、風紀班の一人に関するデータが出てきたらしい。益々怪しい。
普通なら、違法ドラッグの研究所から無関係な一個人のデータが出てくる訳がない。有り得るとすれば、当人が協力しているか、誰かが横流ししているかだ。
「……この局面で、六連が重要参考人になるとは」
「待ってください、俺は」
「分かってる。分かってるが、手続きだ。一度本部に戻るぞ」
いつになったら終わるやら、と溜息を吐く美琴の下へ梓が現れた。
「お疲れさま」
「ええ、本当にね」
「ごめんね、手伝って貰っちゃって」
「いいのよ、私がしたくてしてる事だから」
「……ありがとう、美琴ちゃん。今日はもうすぐ終わると思うから、ゆっくり休んでね」
そうさせて貰うわ、とだけ返して美琴は研究室を出る。梓もまた、他の隊員たちに紛れながら部屋を出た。
『ご主人様』
「分かってる」
ねぐらとして使っている宿の一室で、
お見通しだ、と言わんばかりに。
「ふざけやがって」
白い怪物は、有り体に言えば苛立っていた。
尾行されたことに、ではない。ねぐらを突き止めた上で、今も攻撃の準備をしていることに、でもない。
必要とあらば、一般人を巻き込むことも辞さない相手のやり方に、だった。その『一般人』の中には、彼の近くですやすやと寝息を立てる少女――
言葉もなく、
何があっても、何を言われようとも、この少女を守り抜くと。
日が昇る頃。風紀班の支部にある取調室に、少年少女が集まっていた。
「はぁ……」
「災難だったわね、佑斗」
「全くだ。何で俺が」
深く肩を落とす佑斗と向き合って、何と言葉を投げかけたものかと逡巡する美羽。
そんな彼に、すぐ隣から声が掛けられた。
「心配しなくても、感電死なんてしないから。……多分」
「最後の一言、絶対余計だろ」
「うるさいわね。読み取るだけなんだから問題ないわよ」
彼女が何故ここにいるのかと言えば、早い話が嘘発見器の仕事である。
それはかつて、
当然、原理も同じ。なので、
「頭の中を覗かれてる気分だ」
「脳内の信号を読み取るって意味では、あながち間違いでもないわね」
「何でそんなことが出来るんだ? ……それに、吸血してる訳じゃないんだよな?」
「そういう能力なのよ」
ここで学園都市製の能力について喋る意味は無い、と判断した美琴はそれ以上口を開かない。
代わりに口を開いたのは、取り調べ役の隊員だ。
「そろそろ、いいでしょうか」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
背筋を伸ばす佑斗。そうして、質疑応答が始まった。
「案外早く解放されたな」
「御坂さんに感謝しなきゃね」
「そうだな。ありがとう」
そう言って頭を下げる佑斗。対する美琴は若干戸惑っている。
「私は私の仕事をしただけなんだけど」
「だからだよ。ちゃんと仕事をしてくれて、助かった」
結局、佑斗は嘘を言っていなかった。それは美琴が解析で確認していて、信憑性についてもデジタルデータを提出することでカタを付けることになった。
そんな訳で晴れて自由の身となった佑斗だが、回ってきた報告書を読むという作業があったので、まだ解放はされていなかった。
「……眠い」
「私もよ。もう日が昇ってるなんて……」
朝……というよりは日光に弱い吸血鬼にとって、日の出など億劫以外の何物でもない。
一方で、夜通し活動することにも慣れている『人間』の美琴はけろりとしていた。
「まあ、あれだけ事件が続けば疲れもするわよね」
「……その割には平気そうだな」
「こっちにも色々あんのよ、色々」
学園都市の闇をおいそれと語りたくない美琴は、適当な言葉で茶を濁す。佑斗の方もそれ以上は聞く気が無いらしく、視線を他所に移した。
「佑斗、早く読んでしまいましょう」
「そうだな」
美羽に急かされた佑斗は、数枚の紙に視線を落とす。流し読みのごとく左上から右下へと動いては左上に戻る、という挙動を繰り返していた佑斗の目が、ある一点で止まった。
「…………蓮沢、庄三郎?」
どこかで聞いた覚えがあった。懸命に記憶を掘り返す佑斗は、ついに思い当たる。
そう、トールが告げた研究者の名前が、『蓮沢』だったはずなのだ。
『L』にまつわる研究所で、ライカンスロープの研究をしている人間の苗字が出てくる。キナ臭くなってきたな、と佑斗は嘆息した。
とはいえ、これだけでは偶然の一致と言い切ることもできる。
トールは苗字しか言わなかった。苗字が一致する人間全員をいちいち疑ってもキリがないだろう。
そういう訳で、佑斗は『蓮沢』という苗字が報告書に出てくる理由を見ることにして、再び報告書へ目を向ける。
そこにはこうあった。
『――入口付近で死亡していた被害者の氏名は三大寺清美。被害者の死因は失血死。吸血痕から、被疑者は蓮沢庄三郎と断定。ただし被疑者は現在行方不明であるため、目撃情報の収集中――』
控えめに言って大問題だった。
明るみになれば、海上都市の存続さえ危ぶまれるほどの。
「
「読んだか。かなりマズいことになった」
「トールの仕業じゃなかったんですね」
「そうだ。外傷は首筋の吸血痕のみ。あのトールとかいうのがやった可能性はゼロだ」
雷神や全能神とも称されるトールだが、その実態はあくまでも人間である。それは最初の邂逅で風紀班も確認していた。
故に、トールは吸血による失血死を狙う可能性は無い。そんな回りくどいことをせずとも、溶断ブレードを用いるだけで人間など瞬く間に消し去れるのだ。わざわざ証拠が残るような殺し方を選んでいる時点で、トールである可能性は消える。
それを裏付ける様に、吸血痕は別人のものであると断定されている。
「この蓮沢という吸血鬼は行方不明との事ですが」
「そうだ。それも、二年前からな」
「二年も……?」
それほどの期間行方不明だった人物が、突然現れて人を殺していくというのは考えにくい。信憑性はあるのだろうか。そう言いたげな視線を佑斗が送ると、兵馬は淡々と告げた。
「淡路から入手した情報だ、まず間違いないだろう」
「なるほど。なら本当なんでしょうね」
出処の名前を聞いた途端、佑斗は深く納得した。代わりに、彼にとっての本題へ切り込んでいく。
「……それで、蓮沢はどういう人物なんですか」
僅かに間をおいて、兵馬が答えた。
「研究者らしい。どうも、ライカンスロープについての研究をしていた、と」
佑斗にとって、それは望む答えだったのか否か。どちらとも言い切れない複雑な内心を隠しつつ、彼は兵馬の言葉を待つ。
「三大寺は、蓮沢を師と仰ぎ、ヤツの下で働く研究員の一人だったようだ。海外での研究にも従事していたらしく、記録が残っている」
「しかし、現在は」
「ああ、二年ほど前を境に消息が途絶えた。それから今日まで、ヤツの痕跡は何処にも無い」
二人の間に沈黙が訪れた。そこへ美羽が口を挟む。
「
「仲は悪くなかったようだ。蓮沢も三大寺を可愛がっていたらしい」
「なら、蓮沢が彼女を殺す理由は無いようにも思いますが」
「普通に考えればな。だが、人と人の関係なんてモンは、何がきっかけで縺れるか分からん」
「それもそうですが……」
「理由は捕まえてから聞けばいい。トール共々な」
そう言って、兵馬はゆっくりと椅子に腰を下ろす。その動作を見ているだけでも、疲労が溜まっているのは見て取れた。
故に、佑斗達は読み終えた報告書を兵馬に返却する。
「ご苦労だったな」
力なく呟く兵馬に会釈を返して、少年少女はその場を後にした。
Level 0-3 工作する二勢力
「おりゃーっ!! すごい、パーンチ!!」
裂帛の掛け声が、ショッピングモールに響き渡る。見えざる何かに体を叩かれた万引き犯の身体が宙を舞い、唸りを上げて飛翔していくのをその場の誰もが視認した。
ナンバーセブンこと削板軍覇は、ここでも力を振るっていた。
傍目にはどうやって制御しているかさえ分からない、正体不明の力。それを削板は手足のように扱い、世の悪を裁く。
「ただの泥棒に向ける力ではないでしょう、それは」
呆れたような声音。こちらは垣根帝督のものだ。彼がこのような態度をとる事にも理由はある。
証拠の隠滅と、余波の制御。削板の力によりどうしても生まれてしまう破壊を事前に食い止める役割に、彼は徹していたのだ。熱くなると加減という言葉が吹っ飛ぶ削板の後始末を一手に引き受けているのだから、当然と言えば当然であった。
しかし傷を隠したところで、衆目は誤魔化しきれない。ここ数日の間で、不思議な力で悪党を懲らしめるヒーローがいるらしい、という噂は確実に浸透しつつあった。
それ故に、目を付けられた。
(それも、異なる二つの勢力に、ですか。我々の存在自体が都合の悪い話であるようですね)
とはいえ、ここでそれを炙り出すことは得策ではない。削板の根性に火を点けてしまうし、果てにはお尋ね者になってしまうだろう。
泳がせて交渉材料にしよう、と垣根が口を開くより早く、削板が呼び掛けてきた。
「おーい、おーい。聞こえてるかー」
「どうかしましたか」
「お、聞こえてるな。よし……で、気付いたか?」
どうやら、少し遅かったようだ。削板も、追跡者に気付いている。
「はい。ここで事を荒立てる気はないようですが」
「らしいな。根性のねえ奴だ、真っ向勝負しやがれ」
大人の世界でそんなものは通用しないし、そもそも闇討ちしたって削板は勝利してしまうので、わざわざ彼に真っ向勝負を挑む物好きなどそうそういる訳が無いのだ……という当たり前の事実に、彼は気付いていない。
「向こうがその気ならば、こちらも同じように動くまでです」
垣根はあくまでも冷静だ。最適化された演算装置のように、淡々と思考を組み立てる。
「……つまりどういう事だ?」
「向こうの接触を待つ、という事ですね」
Phase 5-2 狼煙 / Sign.
PM.10:00
市長室で、二人の女性が対峙していた。
「やはり、こうなるのは避けられぬか」
小夜は低い声で呟いた。
「ええ。こうするしか、我々に未来はありません」
もう一人は、内に秘めた苦悩を押し殺して答えた。それを察した小夜は目を伏せる。
「本来ならば、
「それは違いますよ、小夜様。貴方はこの島に無くてはならない存在です」
「……それはお主も同じじゃ、アンナよ」
返す言葉は無かった。
どうしようもなく、二人は道を違えた。各々が、もう二度と交わる事の無い道を選んだのだ。
だから、答えは行動で現れる。
PM.11:00
とある公営カジノにて。
「おっ、イカサマハンターのお兄さん」
バニー服に身を包んだエリナが、白い怪物に声をかけていた。恐れ知らずというべきか、あるいは無謀というべきか。
何にせよ大仰な呼ばれ方だ、と
「そンな職に就いた覚えはねェよ。イイから案内しろ、今は何が空いてる」
「うーん……ブラックジャックかな」
「それでイイ」
今後の行動に困らない程度の泡銭が必要な彼にとっては、好都合だった。
カードゲームであるなら、学園都市第一位の脳髄を用いれば勝ち越すことも容易いからだ。
むしろルーレットになると、ベットのタイミング如何によっては大損だ。ベクトル操作で玉の動きを制御出来ると言っても、わざわざバッテリーを無駄遣いしてまで勝ちに行く必要はない。
ここでの無駄遣いが、後々の交戦に響く可能性もある。
(……野郎、まだ仕掛けて来ねェ。誰に見られよォがお構いナシってか)
被害が大きくなるのを待っているのか、それとも怪物が塒に戻るのを待っているのか。
どちらにせよ、気分のいい話ではない。
だから今日は、悪影響を覚悟で
なのだが、
「喉が渇いたな、ってミサカはミサカは味付きの水分を要求してみる」
当の
「あァ? おい、このガキに水を――」
『ご主人様あ、あのちっこいの、もう行っちゃいましたよお』
「…………呑気に報告してる暇があンなら追え」
子供の動きというものは、大人には制御できないのだ。先代の統括理事長の苦労よりは格段にスケールダウンしているが、それでも手に負えないのだから子供というものは恐ろしい。
「にひひ。大変だねえ、お兄さん」
「……ちっと待ってろ」
溜息さえ吐き出しながら、徐に怪物は立ち上がる。ただ一人の少女を探す、ただそれだけのために。
PM.11:15
「ん?」
支部へ向かう道すがら、佑斗の下へ一つの連絡が飛んできた。
「どうかしたの?」
美羽の問いかけに対し、佑斗はこう答えた。
「扇先生からだ。市長が俺をお呼びだって」
「そう。それは今から?」
「らしい。悪いけど、
「ええ、構わないわ。行ってらっしゃい」
そう言って、佑斗は足早に立ち去る。その背中を見送りながら、少女達は疑問を口にした。
「それにしても、市長の用事ってなんだろうね」
「さあ? 佑斗は連絡役のような所もあるし、またそういう話じゃないかしら?」
「そっか。何もないといいけど」
それは杞憂となるのか否か。この場の誰も、まだそれを知らない。
同時刻、バー『アレキサンド』にて。
「やー、大変だね」
褐色肌にオーバーオールを纏った女性は、カウンターに腕を乗せながら楽しそうに嘯いた。
店にオーナーと思しい人物は見えず、代わりにウェイトレスが東奔西走している。
「そろそろ出ようか。
本音の所は、これ以上ここにいても動きは無さそうだ、という事なのだが。口に出さなければ、誰にも知られることは無い。
席を降り、会計を済ませて
しかし
はずだった。
「お前は、トールか」
突然彼の目前に現れた黒いローブを羽織る男は、その前提をいとも容易く覆した。
「……誰? 私は確かにあいつの仲間ではあるけど」
「とぼけても無駄だ。もしお前がマリアン=スリンゲナイヤーであるならば、『
誰も知り得なかった不自然を指摘されたトールは、すぐさま動いた。
鳩尾目掛け拳を振り抜く。その一撃をまともに喰らった男は、声も上げずによろめき、店外へと押し出される。
そこへ更に追撃を行おうとするトール。だがそれは叶わない。
男の姿が忽然と消えた。続けて、背後で足音。振り返ったトールが目にしたのは、つい数秒前まで目前にいたはずの男だった。
「な……」
男は何も言わず、銃を握りこむジェスチャーを見せた。数字が瞬き、たちまちその手に銀色の銃が音もなく出現する。
流れる様に引き金を引く男。鉛玉が自分に飛来する幻影を、トールは確かに目撃した。
勿論、それで終わる彼でもない。咄嗟に回避行動に移るが――
「……っ!?」
直撃した。確実に避けたはずなのに、それでも鉛玉はトールの身体に風穴を開けたのだ。
(こいつは……何だ!?)
「さて」
どこまでも軽い調子で、男は言う。
「次は殺す気で行こうか」
男が、左手を額に当てた。
してしまった。
そして。
「
その10倍の破壊が、トールだけを打ち据えた。見えざる爆発を受けた彼の身体が、夜の路地へと消えていく。
「即死しなかっただけでも、虫けらにしては上出来だな。本来なら追って殺しておくべきだろうが」
男は店内へ視線を向ける。正確にはその中にいる、稲叢莉音という名の少女を。
「まあ、こちらが先決か」
PM.11:30
支部に着いた美羽達を待っていたのは、衝撃的な事実だった。
「…………え? 市長が、行方不明?」
「そうだ。今朝の段階で、消息を絶っている」
海上都市の支柱とも言うべき小夜が行方不明になった。確かに大問題だが、大事なのはそこではない。
「ちょっと待って。あの六連って人を呼び出したのは、市長なんでしょ?」
美琴の言葉に、兵馬が反応する。
「おい、どういう事だ。説明しろ」
「……実は――」
美羽が、先程のやり取りについて説明する。ここに来る途中で元樹から連絡があった事、市長の呼び出しを受けた佑斗が市庁舎に向かった事を。
全てを聞いた兵馬は、怒号にも似た声を上げた。
「今すぐ市庁舎に向かうぞ、急げ!」
いつになく切羽詰まった言い方に危機感を覚えた美羽達は、手早く準備を始める。そんな最中、梓の携帯に電話がかかってきた。
「ひよ里ちゃん? どうしたの? ……………………えっ、莉音ちゃんが!?」
同じ頃、市庁舎では。
「僕達には、王が必要だ。この島を出て人間と戦い、吸血鬼の世界を作る為に」
歌でも歌っているかの如き気軽さで、緑髪の男は言い放つ。
全ての元凶たる、扇元樹は。
「そういう訳で六連君、僕に従ってもらうよ」
佑斗を見据える元樹。その傍らにはアンナだけがいて、小夜の姿は何処にも無い。
「……市長は何処だ」
呻くように問う佑斗に対し、元樹は飄々と答える。
「言っただろう? 行方不明だよ、って。僕達の計画は、あの人がいると達成できないからね」
その口振りは、自分が市長失踪の元凶であると如実に表していた。
「ふざけるな。そんな計画、通してたまるか」
「残念だけど、君に僕は止められない」
「くっ……!」
元樹達が『王』と呼んだ通り、佑斗はライカンスロープだ。故に他の吸血鬼を凌駕する力がある。
……吸血さえできていれば。
そして、佑斗が元樹を超えられない理由は、もう一つある。
「君は確かに王だ。それは間違いない。……だけど、所詮は『作られた』王なんだよ」
元樹の顔から笑みが消えた。彼の身体が霞むような速度で動き、刹那の間に佑斗は地面に叩き伏せられていた。
「がっ!?」
「君は生まれつき人間だ。ライカンスロープ因子を持つことなんて有り得ない。……外部から注入しない限り、ね」
「……っ! じゃあ、実験は」
「あったよ。少し前、君が病院で話してくれたものと全く同じ実験が」
そして元樹は、更なる事実を口にする。
「主導者は蓮沢庄三郎。実験に使ったライカンスロープ因子のオリジナルは……僕のものなんだよ」
驚愕に目を見開く佑斗。だが、真実はそこで終わらなかった。
「そして今は、僕がその実験を引き継いだ。忌々しい話だけど、あの実験が
「使える……そうか。ライカンスロープが量産できれば、大きな戦力になる」
「ご明察。素晴らしいね、六連君は。たった二つしかない成功例の一つが、君で良かったよ」
「何だと……いや、二つ?」
「うん。中々成功しなくてね。だから、成功例はもう一人……彼女だけなんだ」
そう言って、元樹は入口の方を示す。つられてそちらへ目を向けると、そこには黒一色に身を包む男が立っていた。
その片腕には、佑斗もよく知る後輩……莉音が抱えられている。
「どうして、稲叢さんが」
「彼女も君同様、施設の出身だ。もう、言いたいことは分かるよね」
「……トールの言った通りだったのか。実験も、何もかも」
「その通り。しかし厄介だよね、トールという名の彼は。部外者のくせに僕達の計画をご破算にしようとするんだから」
トールを全面的に信じていたら、状況は変わっていただろうか。
そう考えた所で、時間は巻き戻らない。ゲームのように、好きな場所からやり直せはしない。
それが、残酷無比な世界のルールだ。
「さて」
真の王は、感情の高ぶりを隠そうともせず告げた。
「君には王になってもらう。全てを破壊し尽くす、暴君にね」
そして、解き放たれた。
「RIOT」
その瞬間。
身を引き裂かんばかりの激痛が佑斗を襲い、意識を奪った。
アンナはその光景を、含みのある表情を浮かべながら見ていた。
だがそれも一瞬の事。次の瞬間には、覚悟を決めた目つきに切り替わった。
「連中を呼び出せ。始めるぞ」
「畏まりました」
Phase 5-3 終焉 / Beginning_of_the_War.
AM.0:00
市庁舎の前で足止めを食らう風紀班の面々も、冷徹に勝ちを積み上げる第一位も。
島にいた、意識のある者全てが。
その放送を聞いた。
『現時刻を以て、海上都市は独立を宣言する』
だいぶ時間が空いてしまいました。
本来ならばこの第九話がDRACU-RIOT!編の最終話になる筈だったのですが、未完の状態にも関わらず、戦闘シーン込みで二万文字を超えるという恐ろしい長さになってしまったので、キリの良い所で切って更新するという形にしました。
DRACU-RIOT!編の最終決戦は次回の更新をお待ちください。
5-2から時間表記を加えたのは、
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。
そろそろ上条さん欠乏症がピンチ