誰を尋ねる?(導入)
重桜の正月が終われば、次は節分──ではなく、またしても正月。
除夜の鐘の響きの代わりに、東煌の伝統である爆竹こと「除夜のダイナミッククラッカー」が炸裂する旧正月、すなわち春節の始まりである。
別々の正月を連続で執り行うこの時期は手が不足しがちなのもあって、艦船達も総動員で母港の飾り付けや祭りの設営に取り組むのが通例となっていた。
「あれは……爆竹というより花火なのでは? 」
執務室の模様替えをしている最中に外回りの業務を済ませるようグロスターに勧められ、準備に追われる各陣営の様子を伺いに向かった指揮官だが、視界に映った派手な爆発に思わず声が漏れる。
十中八九、
当人曰く、念獣を追い払うためには格闘技の他により派手な爆竹が求められている、等と適当な理由を付けては年々威力を増している。念のため確認をしておくか、と爆竹の音がする方へ駆けつけてみれば、
「おぉ、指揮官も来たのだ」
「しゅきかーん! 」
そこにいたのは重桜の雪風と睦月だった。
二人は肩を並べて、短い閃光が弾ける様を眺めている。先程見た火花に比べるとだいぶ大人しい。少し離れた後方には
指揮官は軽く手を振って応じると、そのまま長春へと近づいて尋ねた。
「撫順の姿が見えないようだが」
「実はさっき、鞍山姉さんに見つかっちゃって」
「連行されたか……懲りない奴め」
「今頃、寧海と平海たちの餃子作りを手伝ってると思うよ~」
「成程。ところで長春、君も確か爆竹の共同開発者だったな……これ以上にやばいやつを作ってたりしない、よな? 」
「そ、それは、えへへへ~」
「……程々に頼む」
誤魔化すようにフードを深く被る長春。
これ以上問い詰めても主体である撫順が止まるわけではないので、指揮官は釘を刺す程度に留めておいた。
「長春も色々準備があるだろうし、二人の面倒は俺が引き継ごう。爆竹は使い切って構わないのか? 」
「うん、失敗すると思って作ったスペアだから」
「分かった。パーティをよろしく頼むと他の皆にも伝えてくれ」
長春は短く一礼を済ませると、猫を思わせる動きで足早に去って行った。
「しゅきかん、はい! 」
「ん? これは、余った爆竹か」
「ふふん、雪風様が気を利かせて取っておいたのだ。感謝するのだ! 」
胸を張って偉そうな態度を取る雪風を尻目に、指揮官は睦月から手渡された爆竹『鞍山7号』を手の中で遊ばせてみる。自動車の発煙筒に近い大きさで、不思議と手に馴染む感触があった。
「別に俺もやりたかったわけではないが……折角だ。東煌の伝統を体験してみるのもアリだな」
導火線に火を付け、軽く手前に放り出す。
間もなくタップダンスを奏でるように爆竹が弾け、軽快な音と共に火花をまき散らした。
「ハッハッハッ、念獣退散なのだー!! 」
「たいさーん!! 」
「……元気だなお前たち」
指揮官は呆れつつも、駆逐組の無邪気さが少し羨ましく見えた。
残りの爆竹も間もなく使い切り、二人を重桜の宿舎前まで送ることになったのだが、その際雪風が気になることを言い残す。
「そういえば、ここのところずっと大鳳が東煌の陣営に足を運んでいたのだ」
「た、大鳳が? 」
やや引きつった表情で答えると、雪風が続けて言う。
「何か背中に見慣れない楽器を背負っていたのだ。べ、別に雪風様も弾いてみたいとか思ったわけではないのだぞ! 」
「楽器、ねぇ……そんな趣味があるとは聞いてなかったが」
あるいは東煌の出し物に一枚噛むつもりなのか。何にせよ、指揮官第一の彼女がやることで不利益を被る可能性は低いだろう。ひょっとしたらサプライズがあるかもしれない。
そんなことを考えながら、二人と別れた指揮官はその足でロイヤルの陣営にも顔を出すことにした。
昨年同様、蒼穹を思わせる色彩のチャイナドレスに身を包んだベルファストをはじめ、東煌の衣装に身を包んだ面々が忙しなく動いている。
よく見るとユニオンの艦船も混じっており、両陣営で共同作業をしているのが分かった。
「お帰りなさい、ご主人様」
来訪に気づいたベルファストが駆け寄ってくる。
彼女は必ず、お帰りなさいという挨拶を入れてくれるメイドであった。
わざわざ作業を中断させてしまったことに申し訳なさを感じた指揮官は、
「あぁ、悪い。仕事の邪魔になるならすぐにでも立ち去るぞ」
と断りを入れようとしたものの、
「いいえ、主をそのままお返ししては、それこそメイドの名折れでございます」
結局ベルファストに押し切られ、そのまま応接室へと案内されてしまった。
普段は上品で洗練されたデザインが目立つ洋風の装飾がされているのだが、やはり春節に合わせて殆どが東煌の装飾と入れ替わっている。
逆さ文字で「福」と書かれた張り紙や、吊るされた灯籠、七福神である恵比寿の恰好をさせられた
「その様子ですと、ご主人様はグロスターさんに追い出されてしまったのですね」
「ばれたか。部屋の装飾などはメイドの仕事、貴方は外に出て指揮官としての職能を果たして来なさいと言われてな。取り合えず陣営を見て回ったものの、特別な事は出来ず仕舞いだ。次に顔を合わせたら小言が飛んでくるかもしれん」
苦虫を嚙み潰した表情で言うと、ベルファストはクスリと笑ってこう答えた。
「いいえ。ご主人様がきちんと顔を見せることで、皆安心して作業に取り組めるのです。するとしないのとでは、皆様のモチベーションに大きな違いが生まれます。この母港の中心は、ご主人様なのですから」
「……そういうものなのか」
「はい、そういうものでございます」
「なら、ほんの少しは意味があったのかもな」
差し出された飲み物へと口を付ける。
ミルクや砂糖で味付けをするイギリス式の調飲法とは違う、紅茶の色と香りをストレートに味わう中国式紅茶の清飲法。細かいところでも相手の文化に寄り添う心持ちに、さすがはメイド長と舌を巻いた。
「さて、そろそろ執務室の作業も終わった頃か……」
「お戻りになりますか、ご主人様」
「あぁ、その前に明石のところへ寄るつもりだ。今年の衣装の儲けはまだかと気を揉んでいるだろうしな、全員分きっちり清算してくる」
ふと指揮官は、まだ今年の衣装を見ていない艦船がいたことに気づいた。
執務室の模様替えを手伝ってくれた組である。
指揮官の知る限りでは、あの場に居合わせたのはグロスター、イラストリアス、スウィフトシュア、ブラックプリンス、シリアスの計五人。
どうやら着替えも一緒に執務室で済ませるつもりらしく、最後に顔を合わせたときはまだ普段と変わらない恰好だったと記憶している。指揮官が追い出されたのにはそういう事情もあった。
万が一覗かれないよう、鍵までかける周到ぶりには信用がないのかと傷ついたが。
(今頃、自分の部屋に戻ってるだろうか)
明日になればどの道拝めるとはいえ、一度気になると頭から離れないのも事実である。
グロスターは現在秘書艦も兼ねているので、恐らく執務室に残っているだろう。
当人から戻ってくる必要はないと言われたが、余った時間で書類を片付ける程度はできる。
残りのロイヤル組は、ここで探せば見つかるかもしれない。
何より目の前のベルファストに聞けばすぐに解決するはずだ。
或いは余計な寄り道をせず、明石の要件を済ませて自室に戻り、明日に備えるか。
指揮官の選択は──