艦むすびの宿~北上さまとの温泉旅行~【完結】 作:T・G・ヤセンスキー
※いちゃいちゃバカップル二人の旅行にしばしお付き合い下さい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──よく晴れた冬の日。
昼というにはやや遅く夕方というには少し早い、そんな時刻。
艦娘たちを束ねる「提督」である俺とその筆頭秘書艦である艦娘「北上」は、国内でも有名な別荘地にある老舗旅館に到着したところだった。
「あ~、着いた着いた」
送迎の車を降りるとまずは大きく伸びをして、固まった身体をぽきぽきとほぐす。
「もーっ、提督! 荷物おろすの手伝ってよーっ!」
不満げな声に振り返ると、車の後ろで口を尖らせる北上の姿が目に入った。
怒ったようにぶんぶんと腕を振り回すたびに、白い毛糸の帽子から伸びる長い三つ編みと二つのお下げが揺れている。
今日の北上はいつもの制服姿ではなく私服姿だ。
寒がりの彼女らしく、襟元や袖口にファーの付いたもこもこの白いダウンジャケットを着込んでいる。首には赤と白のチェック柄のマフラーを巻き、ベージュのミニスカートから伸びる脚も黒のタイツと茶色の編み上げのブーツで完全防備。
普段は制服姿以外滅多に目にすることのない北上だが、女の子っぽい服装が意外にもよく似合っていて新鮮だった。
(ちょっと子供っぽく拗ねた顔も可愛い……それにこいつ、実はめちゃめちゃ脚が細くて綺麗なんだよなー。黒タイツ……いいね!)
「はーやーくー!」
「了解了解、今行くよ」
すまんすまん、と片手で拝むようにして謝りつつ、北上と一緒に車のトランクから荷物を下ろすのに協力する。出迎えてくれた宿の女将と運転手は恐縮していたが、どうせ一泊二日の日程だ、大した量の荷物でもない。
荷下ろしを終えたところで女将から改めて挨拶を受けた。
「本日はようこそお出でくださいました。さ、どうぞこちらへ。離れにご案内いたしますので」
先導する女将に続いて門をくぐり、薄暗い竹藪の中を通る小道を進んでいく。
冷たく湿った空気の中、俺たちの吐く息が白く曇った。かすかな息遣いと足音、竹の葉が擦れ合うかすかな音以外は何も聞こえない無言の時間がしばし続く。
坂道を登り切ったところでちょうど竹藪を抜けた。
それまでの薄暗さが嘘のように一気に周囲に光が溢れ、視界が開ける。目の前に広がる光景に思わず声が漏れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお……」
「すっご……」
坂道を抜けた先に現れたのは、竹藪と雑木林に囲まれながら半円状に広がる、小学校の運動場くらいの平坦な場所だった。半円の弦──直径部分は南側の谷に面しており、その先は切り立った崖になっているようだ。俺たちがいる竹藪の出口は、半円の東側の端にほど近い位置に当たる。
そこに異様な光景が広がっていた。
北側──俺たちから見て右手側の山の斜面の一部が切り取られたように台形状に欠けていて、荒々しい巨大な岩壁が剥き出しになっている。
いわゆる屏風岩、というやつになるのだろう。
岩壁の下半分は黒っぽくごつごつとした岩肌をさらしている。あちこちの突起や窪みの雪溜まりから流れ出した雪解け水が表面に太い帯状の縞模様を描き、濡れた部分に独特の光沢を与えていた。
対して上半分の岩質は白っぽく、その姿は鋭角的だ。陽光に照らされた天辺は端っこを包丁でざくりと切り落としたように滑らかな表面を見せ、光の当たった面と影の部分の陰影がきりりとしたコントラストを作り出している。
否応なしに視界に飛び込んでくる大岩壁の偉容に目を奪われ、俺たちは息をすることさえ忘れていた。
おそらくではあるが、わざわざ本館からここまで歩かせたのは、この光景の衝撃を強めるための一種の演出でもあったのだろう。
「あちらの建物が、当旅館の離れでございます。特に大事なお客様をおもてなしするための当旅館の取っておきでして……本日は、お二人様の貸し切りとなっております」
どこか誇らしげな様子を含んだ女将の声に我に返り、視線を左に巡らせる。半円状の広場のやや西寄り、南の崖を背にした場所に、古民家を模した二階建ての建物が佇んでいた。建物の周囲には松の古木や池が日本庭園風に配置され、石畳の敷かれた小道が張り巡らされている。小道のうちの一本は俺たちが今いる竹藪の入り口まで伸びていた。
「綺麗な庭だねー」
「後で散歩でもするか?」
「いいねー。あ、池にたくさん鯉いる。けど、全然動かないね?」
「鯉って、冬はほとんど餌も食わないらしいしな。というか、餌止めした方が、内臓が強く健康に育つんだったか」
良く御存じでいらっしゃいますね、と女将が頷く。何かで読んだうろ覚えの知識だったが、間違いではなかったようだ。
「そっかー、ちょっと餌あげてみたかったのに」
「ああ、あのバシャバシャバシャ、って一斉に寄ってくるやつか」
「そうそう! あの、ぱくぱく口開いて、今にも両生類に進化しそうなやつ!」
「両生類に進化って、お前……」
……イメージは凄く解るけど、言い方。
女将さん思わず笑いそうになって、くっ、て顔そむけてんじゃねえか。
こっち見てくんな北上。何でちょっとやり遂げた感出してんだよ。
かろうじて接客のプロとしての態度を守り抜いた女将に案内されて、石畳を踏みながら離れに近付く。それにつれて、今度は建物の背後、南側の崖の先に広がる眺望が全容を現しはじめた。
眼下には田園地帯。白い絨毯を敷き詰めた不揃いな階段のように、雪に覆われた棚田が重なりあっていた。そこから山々を押しのけるようにして盆地が広がっていく。白い雪景色の中に、澄んだ青空を映す池や川の流れが点々と見えた。
さらにそのずっと先、盆地の反対側に重なりあう山の隙間からは、遠く輝く青い海が見える。
「綺麗だねー……」
「……こりゃまた絶景だな」
「お客様方がお泊まりになる、離れの二階の部屋からも良く見えますよ。この季節、よほど良く晴れた日でないとなかなか海までは見えないんですが……お客さん方は運がおよろしいです」
その部屋から海を見ることができたカップルは幸せになれる、なんて話もありましてねえ、と女将は上品に笑う。そんな話が実際にあるのか、ただのリップサービスなのかは定かでないが、悪い気はしなかった。
小さく口を開けて絶景に見惚れていた北上が振り返り、てってって、と弾むような足取りで近付いてくる。目前でくるりと身を翻すと俺の腕を抱え込むようにしがみつき、腕を組んできた。上目遣いでこちらを見上げ、にへら、と締まりのない笑顔を見せる。
「えっへへへ~、ねえねえ、今の聞いた? 幸せになれるんだってさ!」
……にやにやしながら肩を指で突っつくな。
嬉しい? ねえねえ嬉しい? とか言いながら顔を覗き込んで来るな。
やたらと微笑ましそうにこちらを見てくる女将の視線を気にしながら案内に従う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二階建ての離れの脇にある玄関の下足置き場で靴やブーツを脱ぎ、黒く塗られた廊下と階段を進む。
北上は俺の腕を抱えたまま、ふんふんと鼻歌を歌って上機嫌そうだ。
さすがに古風なのは外観だけのようで、上品な和風アレンジこそ加えられているが、照明や空調などは最新の設備が備えつけられ、快適さと風情とを最大限両立させるべく心が配られていた。
二間続きの部屋に着いたとたん、北上がテンション高めな歓声をあげ、俺の腕を放して部屋の奥に飛び込んでいく。
「うっわあ、広っ! 豪華っ! 高そうっ! ……っていうか、なんかもう偉そうっ!」
「いやいや、『高そう』はまだしも『偉そう』って何だよ……」
「おお~! ほんとに専用の露天風呂がついてる! ほら、提督早く! 早くおいでよ! 眺めとかも凄いよ!」
はしゃぎ回る北上の様子に苦笑しながら、食事の時間などの打ち合わせを手早く女将と済ませていく。
──俺と北上、二人きりのプライベートな温泉旅行はこうして始まった。
※ハイパーズの私服グラ、いつになったら実装されるんだよ……(血涙)