艦むすびの宿~北上さまとの温泉旅行~【完結】 作:T・G・ヤセンスキー
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──俺と北上が付き合いだしてから、かれこれ半年になる。
北上の練度が99に達し、【決戦用魂魄改装(仮)】──通称【ケッコンカッコカリ】を受けることが出来るようになった日に俺から申し込んだのだ。
情けない話だが、あの時は滑稽なくらいに声が上ずり、足が震えた。どんな大規模作戦の前よりも緊張したものだ。
うぶな中学生みたいにたどたどしい俺の告白に対し、北上は照れ臭そうにはにかんで指輪を受け取り……その夜、俺たちは結ばれた。
意外にも……というのは失礼だが、周囲の艦娘達の中で一番喜び、我が事のように祝福してくれたのは大井だった。後で聞いた話だが、一番近くで見ていた彼女からすれば、俺たちが互いに好意を寄せ合っているのはバレバレだったらしく、「どこぞのラブコメじゃあるまいし、さっさとくっつきなさいよこのヘタレバカップルが」という心境だったらしい。
道理で、俺に対する当たりがえらくキツかった訳だ。……まあ、それにしたって、事あるごとに舌打ちするのは良くないと思いますよ、大井さん。
ただ、付き合いだしたとはいっても軍属の身、状況は戦争真っ只中。単に二人の休みを合わせる事さえ簡単ではなかった。
鎮守府の中では、当然ながら他の艦娘の目も気にしなければならない。また、大本営の許可がない限り、鎮守府とその所在市区以外では艦娘は基本的に制服着用が義務付けられているので、外出するとどうしても目立ってしまう。
大っぴらにいちゃついたりデートしたり、という訳にはなかなかいかなかったのだ。
結局、普通に北上が秘書艦につく日の方が実質的に二人きりでいられる時間は長く──俺も北上も、それで満足するより他に仕方なかった。
……ま、まあその、時にはお互い我慢できずに、大急ぎでその日の書類仕事を終わらせて……執務室の中で、その、「いたして」しまった事もあったりはするのだが……うん、あれはあれで、なかなかに刺激的な素晴らしい体験ではあった。
しかし、先の大規模作戦の際、うちの鎮守府が最大の激戦区であった通称【甲ルート】の打通に成功し、北上が敵のボスである姫級を撃沈したことで、思いがけない好機が巡ってきた。
論功行賞のついでにダメ元で旅行休暇の申請を出してみたところ、すんなり許可が下りたのである。
大井をはじめ、うちの艦娘たちが全員の連名で申請を認めてくれるよう嘆願書を書いてくれたことも大きかったようだ。
宿は大本営の指定する幾つかの旅館限定、期間は一泊二日の弾丸日程にはなるが、これはまあ仕方がない。
鎮守府の責任者である提督と筆頭秘書艦が私用で何日も鎮守府を離れるというのは、軍事的にも世間体的にもあまり歓迎できる状態ではないのだから。
その代わり、といってはなんだが、旅費は全て大本営持ち。上層部御用達の高級旅館の特別室をロハで利用出来ることになった。
大本営にしてみればさほど懐が痛むような話でもなく、今後少なくない数の提督や艦娘たちの士気向上に繋がる可能性があるならばということで、テストケースとして好都合だったのだろう。
実際、こうして北上と引け目なしに旅行ができるというのは想像もしていなかっただけに、素直に嬉しいしありがたかった。
『──いいですね?……鎮守府が陥落しかねないような敵襲でもない限り、こちらから連絡は入れません。提督も、この二日間は北上さんのことだけを考えてあげて下さい。いちいち様子を確かめに電話してきたりしたら……沈めますよ?』
今朝早く、出発時に念押ししてきた大井の台詞と表情が脳裡によみがえる。
……うん、あれは完全に本気の目だったな。
実に迫力のある、いい笑顔だった。
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「提督、ほら、こっちこっち!」
「わーかった、わかったから騒ぐなって」
窓の傍で手招きする北上に言葉を返しながら、畳の上にほっぽり出されていた北上のダウンジャケットや帽子、マフラーなどを拾い上げていく。
「あー、ごめんごめん提督、ありがとねー! 愛してるよー!」
「愛が軽いな! まあ、別に構わんけど」
おどけたように敬礼する北上に苦笑する。北上からの『愛してる』は大抵こんな感じだ。
茶化しながらでないとなかなか自分からは言えない照れ屋な北上の性分くらいは良くわかっている。
女将は既に部屋を辞しており、この空間には俺と北上の二人きり。
ほのかに畳の香りの漂う二間続きの客室内の空気は、程よく快適な温度に暖められていた。
東側には飾り気のないやや小さめの和室。布団の詰まった押し入れがあることから、恐らくは寝室用だろう。
西側には大きな一枚板の塗りの座卓が置かれ、床の間やテレビなどが配置されている。食事はこちらの部屋で取ることになるようだ。
どちらの部屋にも南の窓際にソファーなどが置かれた板張りのスペースが設けられ、畳張りの部分との境目には敷居と障子戸がある。今は全ての襖や障子戸を開け放っているため広々とした開放感があるが、襖を閉めれば小さな部屋として使うこともでき、周りを気にせず閉鎖された空間で睦み合う事も可能と言うわけだ。
自分の上着や北上の脱ぎ散らした諸々をクローゼットにしまい、北上のいる窓際に向かう。
上着を脱いだ今の北上が着ているのは、薄手の黒いタートルネックのセーター。ベージュのミニスカートと細く綺麗な脚を包む黒いタイツとが相まって、ちょっと見バレエでもやりそうな感じに見える。
背後から近付くと、急に北上が後ろにもたれかかるようにして体重を預けてきた。
「おっとと」
後頭部を俺の胸で支えるように抱き止め、背後から腕を回した。洗いたてのセーターが発する柔軟剤の匂いと髪の毛から漂う甘い香り、うなじから感じる微かな汗の匂いが腕の中で入り混じり、ふわりと鼻先をくすぐる。
「ん~っふっふ、楽ちん楽ちん」
俺の腕の中で、北上はすこぶるご満悦だ。
北上を柔らかく抱き締めたまま、頭の上に顎を載せるような体勢で、後ろから覗き込むように一緒に窓の外を眺める。
真っ先に目に飛び込んでくるのは、タイル張りの床に木製の簀の子を敷き詰めて転落防止の柵を周囲に巡らせた大きなベランダと、そこに設置された檜造りの露天風呂だ。
湯船には薄い乳白色の湯が満たされ、温かそうな湯気を立ち昇らせている。端の方に設置された給湯口からはとぷとぷと新しい湯が流れ込み、湯船の縁から溢れだした湯は簀の子の下に隠されたすぐ脇の排水口に流れ込んでいる。流石はVIPルーム、源泉掛け流しの専用家族風呂とは恐れ入る。
露天風呂の湯船の頭上にはかなり高い位置に雨避けの屋根が、西側と東側に隣接する部屋のベランダとの間にも壁が設置され、シャワールームや洗い場も併設されている。構造的に外部からはまず絶対に覗けないようになっており、プライバシーは厳重に保たれているが、ゆったりとスペースがとられているため、閉塞感は全くない。
「さっすが、超高級旅館。まともに泊まったら、一泊どれくらいかかるんだろねー」
「やめとけ、深く考えたら死ぬぞ」
冗談混じりではあるが、値段を知りたくないのは掛け値なしの本音だ。変に知って緊張してしまい、くつろげなくなると困る。
ベランダの向こう、柵の外側の崖の先には、先ほど見た絶景が変わらず広がっていた。盆地の遥か先、重なりあう山々の向こうの小さく青い煌めきもしっかり見える。
「……海、見えてるねえ。見えちゃってますねえ、提督さんや」
「……見えてますなあ、北上さんや」
わざとらしくおどけて年寄りくさい口調を作る北上に調子を合わせてやると、北上が喉の奥で嬉しそうに笑い声を立てる。
「これはもう、幸せになれますねえ。なっちゃいますねえ」
口調がおかしなことになってんぞ、とからかおうとして、窓ガラスに薄く映る北上の顔が目に入った。
ふにゃふにゃに笑み崩れそうなぐらいに緩みきった、幸せそうな表情に思わず言葉が止まる。
北上は上機嫌な猫のように、わずかに身体を左右に揺らしながら、後頭部を俺の胸にぐりぐりと押し付けている。……なんだこの可愛い生き物。
強烈な破壊力にくらくらきていると、俺の身体から身を離した北上がくるりと振り返り、両手を広げてハグするように抱きついてきた。
俺の胸板に頬を押し付けてすりすりと甘えてくる。
「えっへへへ~、提督の匂いだあ……」
「お、おう? なんか今日、やけにテンション高いな?」
ぽんぽんと子供をあやすように北上の頭頂部に手の平を載せ、そのままゆっくり頭を撫でてやると北上は気持ち良さそうに目を細めた。
「そりゃ高くもなるよ~。鎮守府のみんなの前じゃ、なかなかこんな風にいちゃいちゃ出来ないしさ~。……んふふ、今日は提督独り占め~♪」
「……っ」
「んー? 提督、どしたー?」
「……お前が可愛すぎて死にそう……いや、下手したらそのレベル通り越して転生しそう」
「頑張れ提督ー、死ぬなー、生きろー」
馬鹿丸出しな会話を交わしながら北上がけらけら笑う。
互いの体温を分け合うように、俺たちはしばらくそのままの体勢で抱き合っていた。時間がゆっくり流れているような、心安らぐ幸福なひととき。
「……ねえ、提督」
不意に北上が、俺の胸から顔を離してこちらを見上げた。
「なんだ?」
「……やっぱりさ、あの話って本当だったね」
「ん?」
あの話ってなんだっけ、と一瞬戸惑う俺に、北上がにひっ、と笑う。
「ここから海が見えたカップルは幸せになれる、って話。だってほら。あたし、今こうしてて……すっごく幸せなんだもん」
……俺は何も言わず、噛みつくような口付けを北上に返してやった。
※すりすり素直に甘えてくる北上さまって破壊力高いと思うのです
※バカップルっぷり書くの楽しい……! エロシーンはもうちょい待っててね