一九九×年、人類は核の炎につつまれた……
街は破壊され、道路は荒れ果て、上下水道は破断し、流通は途絶えた。
外仕事をしていた労働者や、室外に出ていた多くの人類が死滅し、室内から外に出なかったインドア系の人類の多くが生き残った。
残された人類は亡くなった人々に涙し、荒廃した街の姿に絶望した。
この状況は、生き残ったインドア系の人類にとって、とても耐えがたいものであった。
お店に行けば簡単に手に入っていた日用品が入手できなくなり、食べ物や水がなければ死んでしまう世界。
今まで他人任せで、何もしてこなかった事が仇となった。
生き残ったインドア系の人類は、自分の無力さに嘆き、昔の平穏な室内にこもった生活に戻りたいと願った。
しかし……現実はそうさせてくれなかった。
生き残るためには室内から出るしかなかったのだ。
そして、インドア系の人類は、荒れ果てた世界で何とか必死に生きようとした……
「ブロロロロロ……」
荒野を移動する一台の軽トラック。中年の男が一人で運転をしている。
荷台には荷物をいっぱい積み込んでおり、緑色のシートでカバーがされている。
男は車に乗りなれた感じで、左手で車のハンドルを握って、右腕は窓を開けたドアの所に乗せてのんびりとくつろいで運転をしていた。
「あいつらきっと喜ぶだろうなぁ」
軽トラックの男は小声でそうつぶやくと、とてもにこやかな表情になった。
その様子を小高い丘から眺める集団の男達がいた。人数は十人ぐらい。
全員が小型のスクーターにまたがっている。
年齢は二十代前半から半ばぐらいで、体はみんな細身である。
男達の見た目は衣服から全て黒色で統一されており、全員が顔全体を覆うフルフェイス式の黒いヘルメットを被っている。
その頭上部分には猫耳のような突起物がある。
スクーターのボディも当然のように黒色で統一されており、所々LEDの青いランプが光る仕様になっている。
このクールなデザインは、まるで……お金をかけた自作パソコンのようである。
「へへへ、獲物だ!」
集団の先頭にいた男が「にやり」と笑いながら言った。
そして、それを聞いていた他の男たちも「にやり」と笑った。
「ボスに知らせよう」
そう言うと、集団の男達はスクーターに乗って走り去った。
先程の軽トラックに乗った中年の男が、開けた窓から入ってくる外の風を軽く顔に浴びながら、心地よさそうに運転をしていた。
「うん? 何だありゃ?」
男が車を運転しながら前方の遠くの方を目を細めて確認していると、集団の人らしき物陰が見えた。
「キキキー!」
男はすぐさま車のブレーキを踏み、車のダッシュボードに収納していた小型の双眼鏡を取り出すと、前方の物陰を覗いてみた。
そこには、先程のスクーターにまたがった集団の男達が映し出されていた。
「やばい、オタクだ!!」
軽トラックの男がそう叫ぶと、先程の心地よさそうな表情がみるみる青ざめた表情に変わった。
そして、男は少し頭の中を整理してこう言った。
「くそ、あれは『野タク』だ……荷物が危ない」
この世界はインドア系の人類の多くが生き残った。そのため、その中の大多数を占める、マンガ、アニメ、ゲームなどのサブカルチャーが大好きな『オタク』が中心となり、新しい世界を築き上げてしまった。
この新しい世界では『オタク』である事が権力であり、強いオタクが弱い者を支配する、秩序が乱れた混沌とした世界になってしまった。
世間から冷ややかな目で見られていた『オタク』が、世間を支配する『オタク』へと変貌を遂げた。
『野タク』とは、野良オタクの略であり、組織に属さない身勝手で自由奔放な盗賊のようなオタクの事を言う。平原や荒野などに出没し、旅人や輸送車を襲い金目の物を奪い取る。
軽トラックの男は身の危険を感じ、前方に小さく見える集団に出会わないよう進路を変えることにした。
(……この辺によく『ギガ一族』と言うパソコンオタクの集団が出没するという噂を聞いていたが、きっとあいつらの事だな)
男は心の中でそうつぶやくと、車の進路を変えて進もうとした。
すると、先程双眼鏡で見ていた方向とは逆の方からスクーター音が「ブロロロ」と聞こえた。
男が音が聞こえる方に振り向くと、先程のオタク集団と同じような身なりのスクーターに乗った十人ぐらいの集団が迫ってきていた。
「しまった! 挟まれた!」
軽トラックの男は、前後に挟まれる形になったので横に向かって車を走らせた。
(囲まれたところで所詮スクーター、車には追い付けないだろう)
そう思って、何とか難を逃れられそうだという表情でホッとした……そのとき
「ガシャーーーーン!」
突然車の後部ガラスが割れ、紐がついた黒くて丸いものが車内に飛び込んできた。
「うわぁ! なんだこれは!? …………マウス?」
車内に飛び込んできたのはパソコンを操作するのに使うマウスであった。
すぐさま後方に目をやると、先程のスクーターに乗った集団が重りがついたひもような物をブンブン振り回している。
どうやら、マウスのボディの中に重りのような物をいれて、ひも状のケーブル部分を振り回しながら投げてきたようだ。
「くそっ!」
軽トラックを運転していた男は、車を走らせながら急いで左右の車の窓を閉めた。
しかし、続けて放たれたマウスが運転席側のガラスを割って飛び込んできた。
マウスは運転している男の顎をかすめ、助手席の足元部分に落ちた。
男は顎に軽く衝撃をくらったので一時的に意識が飛んだ。
気が付くと自分が走らせていた車は止まっており、その車をぐるりと囲むようにスクーターに乗ったパソコンオタクの集団が包囲していた。
(ああ……もうだめだ)
男は頭の中でそう思うと、逃げることはできないと諦め、何とか被害が最小限で済むようにどうすればいいのかを考え始めた。
その様子を見ていた、軽トラックを包囲したパソコンオタクの集団の一人が、軽トラックの近くにゆっくりと歩いて近寄ってきて、軽トラックの男に話しかけた。
「ぬし、何を運んでおる!」
パソコンオタクの集団の一人が、男に強い口調で話しかけると、軽トラックの男はこう答えた。
「村人の生活に欠かせない物を運んでいます……どうかご勘弁を……」
軽トラックの男は何とか被害を最小限に済ませるため、パソコンオタクの集団に見逃してくれるように懇願した。
「ほう、秘密主義ですか」
パソコンオタクの一人はそう言って軽トラックの荷台の方に歩き始めた。
何を運んでいるかと質問したのに対して、その答えをごまかそうとしている。
これはきっと何か貴重な物を運んでいるなと、パソコンオタクの一人は確信した。
その光景を見ていた他のパソコンオタク達は、慣れた作業をするかのようにスクーターを降りて、軽トラックの荷台の方に集まりだした。
そして、一斉に軽トラックの荷台に被せてあるシートを剥がしとる。
「ひゃっほー! ティッシュだ!!」
「おおお! ティッシュなんて久しぶりだ」
「すげーぞ、こんなにたくさん! しこりまくれるぞ!」
「おい、見ろ! エロ本まであるぞ!!」
「アザラシクラブに、極楽天だ!!」
「いやっほーーー!!!!」
パソコンオタク達は歓喜の声をあげ、ティッシュとエロ本が積み込まれた軽トラックの荷台に上がり、ティッシュの箱から薄いティッシュペーパーを一枚一枚手で取りだして、紙吹雪のようにその辺にばらまき始めた。
軽トラックを運転していた男は、パソコンでよく使われるUSBケーブルで、身動きが取れないようにぐるぐる巻きにされて荒野に放置された。
パソコンオタク達は、ティッシュとエロ本を軽トラックごと強奪して去っていった。
――この新しい世界では、まだまだ元の世界のような状況に戻るのは厳しく、人々の需要が満たされていない物が数多くある。
ティッシュやエロ本のような男性にとっての必需品は、価値がある物であり、奪い合いの対象となるのだ。
この混沌とした時代を生き抜くには自らが『オタク』となるか、『オタク』に媚びながら生きるしかない。
このような世界になってしまった事をオタク以外の人々は悲しんだ。
なんとか元のような世界に戻れないかと切に願った。
しかし、この世界を正すような救世主はまだ現れなかった。