にわかの拳 2話 「アイハツオタク集団DID」
〜DID編〜
ゲームセンターに突如現れたアイハツオタクの集団。
リンたんはケンジロウがあげたメダルをほったらかして、アイハツオタク達の元へと走り去った。
どうやらリンたんは、アイハツオタクの連中と仲が良いようであった。
「はーい、リンたんどぞー」
アイハツオタク集団のリーダーDID(ディッド)が、アイハツの機械の前にリンたんを座らせ、リンたんにお金を渡した。
リンたんはタダでアイハツのゲームをやらせてもらえてとても満足げだ。
それを周りから見守っていた他のメンバーも、リンたんの笑顔を見てとても朗らかな表情になっていた。
十人ぐらいいる大人の中に一人女の子が混じっているこの光景は、「みんなのアイドル、リンたん!」といった和やかな雰囲気である。
しかし、突如現れた人物によってその雰囲気が台無しになる。
「お母さん、あれしたーい!」
と、小さな女の子の元気な声が聞こえ、八歳ぐらいの小さいな女の子と、そのお母さんらしい三十歳前半ぐらいの女性が近づいてきた。
どうやらその親子連れの小さな女の子は『アイハツ!』のゲームがプレイしたいようだ。
しかし、二台置いてあるアイハツの機械は、DIDの連中が占領しており、リンたんが一台をプレイし、もう一台をDIDのメンバーの一人がプレイしていた。
そして、他のメンバーは二つの機械を囲むように仲間と会話をしたり、プレイしている映像を眺めている。
親子連れの存在に一早く気づいたDIDの仲間の一人が、リーダーであるDIDに親子連れの存在を報告し、リンたんに夢中になっていたDIDがその事に気づく。
(……うーん、親子の女の子にゲームをプレイさせてあげたいが、今リンたんが一台プレイしているし、もう一台はリキヤがプレイしている。リキヤが終わったら親子連れの女の子に変わってあげようか……すぐ終わるのか?)
DIDが頭の中で対策を考えていると、親子のお母さんの方がDID達をにらみつけて何か言おうとしている。
「ちょっとあんた達、何やってんの! これ女の子向けのゲームでしょ。あなた達がいると女の子がゲームできないじゃない!」
親子のお母さんは力強い口調でDID達を叱りつけた。
それを聞いたDIDの表情は見る見る険しくなり、激高した。
「はぁ!? 女の子向け? そんな規則を勝手に決めるな!! 俺達はお金を払ってゲームを楽しんでる、それの何処が悪い? 俺達は女の子よりも遥かにお金を使っている上質な客だ!!」
DIDの激しい反撃を食らったお母さんは、突然大声で怒鳴られて驚いたが、すぐさま冷静になって反撃の言葉を発した。
「このゲームは女の子に人気があるの! だから圧倒的にこのゲームをプレイするのは女の子が多いわけ! あなた達がいたら多くの女の子が怖くて近寄れないの、わかる?」
親子のお母さんにさらなるお叱りを受けたDIDだが、先程まで激高は既にピークを過ぎており、段々と落ち着きを取り戻していた。
さっきまでは、自分が親子連れの事をきちんと考えて、親子の女の子にもゲームをプレイさせてあげようと平和的な解決方法を考えていた。
しかし、その親子のお母さんが発した一方的な言葉の暴力によって、全く逆な結果になってしまった。
DIDは思惑とは逆になってしまったギャップの差によって、急速に怒りが込み上げてきたのだ。
DIDは「このまま大声で言い合っても何も解決しない」と判断し、すぐさま冷静に解決方法を思考し、落ち着いたトーンで親子のお母さんに対してこう切り出した。
「……我々は、女の子との『共生』を望んでいる」
DIDから発せられた言葉に親子のお母さんが首をかしげながらこう言った。
「はぁ? 『きょうせい』って何?」
お母さんの反応に対してDIDがすぐさまこう返答した。
「俺が言っている『きょうせい』は、『共に生きる』という意味の漢字を使う。例えば、虫でアブラムシっているだろ? アブラムシの天敵はテントウムシだ。アブラムシはテントウムシにムシャムシャと食べられてしまうんだ。だから、アブラムシはボディーガードを雇うことにした。それがアリだ。アリにテントウムシを追い払ってもらう代わりに、アブラムシはお尻から甘い汁を出してお礼としてアリに提供するんだ。これが『共生』だ」
「つまり、女の子に近寄る悪い男どもを我々が追い払う代わりに、女の子の無邪気な笑顔によって我々は癒されたいのだ! 我々はアリなんだ! だから、女の子の味方なんだよ」
それを聞いていた親子のお母さんは、途中から血の気が引くようにドン引きしている表情に変わっていた。
(……こいつ、何言ってんの? 何だか知らないけれど、殺虫剤を吹き付けてやりたい気分だわ)
親子のお母さんは心の中でそうつぶやくと、DID達とはもう関わらない方がいいと判断し、DIDと顔を合わせることなくその場を去ることにした。
お母さんは、近くにいた自分の娘の耳元で囁くためにその場にしゃがみ込み、小さな声でこう言った。
「ちなちゃん、今日はいっぱいだからアイハツはまた今度にしよう。今度来た時いっぱいやらせてあげるね! あっちにお菓子をすくうクレーンゲームがあるから、あれしよっか」
お母さんのこの言葉に対して、娘のちなちゃんは元気いっぱいに「うん! わかったぁ」と言った。
そして、お母さんが娘の手を引いてその場を去ろうとしているとき、娘のちなちゃんがDIDの方に振り向いて、手を振りながらこう言った。
「アリのおっちゃん、バイバーイ!」
女の子に面と向かってそう言われたDIDは、呆然として心の中でこうつぶやいた。
(……はぁ? 俺、今二十七歳やし! 何でおっちゃんなん? まだ二十代やぞ)
どうやらDIDは、お母さんとの激しく対立したやり取りよりも、女の子に「おっちゃん」と言われた事を特に気にしているようだ。
女の子に気に入られたいという願望と、見た目の年齢よりも若い恰好をしているので、実際の年齢よりも上に思われるのがショックなのだろう。
子供からしたら「大人の男はみんなおっちゃんでいいわ」みたいな感覚なので、普通の大人は気にしないが、DIDはその辺の感覚がまだ分かっていないようだ。
親子連れが何処かに去っていくと、すぐさま仲間たちがDIDの周りに集まってきて、一人一人がDIDの勇気をたたえ出した。
「DID、おつカレー! さすが我らのリーダー! ばばぁをよく追い払ってくれた」
「DID! お前は、カコカコ☆カッコイイー! サイコーだ!」
「DID! グラッツェ! 要するに、ありがとう!」
「DID! 高鳴ったぜ! お前は今日のMVPだ!」
仲間達の賞賛の言葉を浴び、DIDの動揺は少し和らいだ。
「ありがとう、みんな! 頑張った後の感謝の言葉はスペシャルに嬉しい!」
DIDはそう言って、勇気をたたえてくれた仲間たちに感謝の言葉をお返しした。
そして、感情的になっていたDIDは、ようやく落ち着きを取り戻した…………かのように見えた。
(……ふぅ、何とか落ち着いてきた。けれども何かモヤモヤするな。何であんなに怒られたんだ? 何も悪い事してないだろ? ……はぁ、なんかスッキリしないな……おじちゃんとか言われたし……んー……はぁ…………何か呼吸が荒くなってるわ、落ち着こう。……ふぅ……ふぅ…………んー……はぁ……ふぅ……はぁ……)
DIDは一旦落ち着いたようだったが、一度忘れていたお母さんとのやりとりを思い出したり、女の子におっちゃんと言われたりというのをさらに思い出したりで、ため息が止まらなくなってきていた。
「ちょっと、ジュース買ってくるわ!」
DIDが仲間達にそう告げると、ゲームセンター内にある自動販売機にジュースを買いに向かった。
その様子を眺めていた仲間の二人が、DIDの異変に気付き仲間同士で会話を始めた。
「おい、今さぁ、DIDの奴、やたらため息連発してたぜ」
「んー、確かに。何か穏やかじゃないねぇ」
「たぶん、さっきの親子とのやり取りが相当こたえているんじゃねーかな?」
「んー、どうだろうねー。穏やかじゃない事は確かだ」
「あ、帰ってきた。おい、あのジュース『エネルギーG』だぞ!」
「んー? 栄養ドリンクだね」
「あいつ『エネルギーG』で自分を元気づけようとしてるんじゃないのか?」
「んー、果たして、栄養ドリンクで穏やかになれるのだろうか……」
「まぁ、そんなのは自分の気持ち次第だろ。元気になると思って飲めば元気になった気がするもんさ。ってか、あいつさぁ、相当メンタルがやられているのかもしれないな」
ジュースを買って帰ってきたDIDは、エネルギーGを飲みながら仲間達の様子を少し離れた所から見ていた。
仲間達はアイハツのゲームをプレイもせずに、みんなでわいわい会話を楽しんでいた。
一通りゲームをプレイして満足して飽きたのか、DIDの先程のやり取りの話で盛り上がっているのかは分からないが、リンたんだけが一人でアイハツのゲームをプレイしていた。
「お前らさぁ、リンたんが疎かになってるよ。『リンたんフリー』とかあり得る?」
DIDは、余りにも仲間がリンたんを疎かにしていたので注意をし、リンたんへの対応を見てがっかりした。
せっかく仲良くなった貴重な女の子をVIP扱いしていない。それだと、リンたんに飽きられたり、愛想を尽かされたりすれば終わりだ。
リンたんを失ったら『リンたんロス』から立ち直ることができないかもしれない。
そう言った認識をみんなにも持ってほしいとDIDは思っていた。
「はは、ごめんなぁ。俺達さー、DIDみたいに女の子と積極的に話できないから、リンたんとどう接すればいいのか分からないんだよ。『リンたん取扱説明書』でも作っといてくれよ」
仲間の一人がそう言って、他の仲間も「その通りだ」という表情で、顔を上下に振ってうなずいていた。
(……そうか、確かに女の子と会話をするのは難しい。子供は好き嫌いハッキリしているから、変に絡んでしまったら嫌われてしまうし、何を考えているのかをよむのも難しい。それなら直接絡むことなく見守るのが一番無難な選択肢というわけか)
DIDは仲間の返答に対して「確かにそうだな」という表情で頭の中でいろいろと思考し始めた。
しばらくすると、リンたんが『アイハツ!』にもう飽きたのか、イスから立ち上がってキョロキョロと周りを見始めた。
その異変に気付いたアイハツオタクの集団全員は、「これからリンたんは何をし出すのか」というのを恐る恐る観察していた。
『アイハツ!』をするという目的を終えた今、それ以外に考えられるリンたんの行動は、「帰る」「他のゲームをする」「トイレに行く」の三つである。
しかし、相手は子供、大人では考えつかないような選択肢をとるかもしれない。
果たしてリンたんはどんな行動をするのか…………DID達が息をのむ緊張感の中、リンたんのキョロキョロしている動作が止まった。
そして、何かを見つめ言葉を発しようとしている。
「……あれ、欲しい!」
アイハツオタクの集団全員がリンたんの指さす方に目をやると、そこには『UFOキャッチャー』が置いてあった。どうやらリンたんは、UFOキャッチャーの景品に目がくらんだらしい。
ガラス張りで魅力的な景品が陳列している光景を見てしまったら、物欲を刺激されるのは当然である。
この機械は物欲を刺激するような構造に作られているのだ。リンたんが物欲を刺激されるのも無理はない。
そして、DID達はリンたんの指の指し示す方向を正確に追って見てみると、そのUFOキャッチャーには女の子に定番なアニメ『ブリピュア』のキャラクターフィギュアが景品として並べられていた。
どうやらリンたんは『ブリピュア』も好きみたいだ。
一早くリンたんの指先が指し示す物を確認したアイハツオタク集団のリーダーDIDは、すぐさまリンたんの物欲を満たす事にした。
「よーし! オケオケ☆オッケケーイ! ブリピュア、ゲットすっぞ!」
DIDはそう言うと、リンたんと仲間を引き連れ、目当てのUFOキャッチャーへと向かった。
ーーーDID編つづくーーー