にわかの拳 5話 「リンたんロス」
〜DID編〜
突如ゲームセンターに響き渡った少女の叫び声。
それに気づいたケンジロウは、すぐさま叫び声が聞こえた方角へ向かった。
ケンジロウが駆け足で少女の声が聞こえた方に向かっていると、途中で激しく言い争いをしている三人組に出くわした。
「おい!! リンたん爆発してんじゃんか!! 何で早く言わねーんだよ!!」
三人組の一人の男が、他の二人に怒りをぶつけている。
その男は、金髪で歳は20代後半ぐらい。実年齢よりも若い派手な格好をしている。
そう、この男はアイハツオタク軍団のリーダーDID(ディッド)だ。
先程のリンたんの叫び声を聞き「これはやばい」という青ざめた表情になっている。
トイレでリンたんの対処法を思いつき余裕をかましていたDID、他の二人達からは「さすがリーダー頼りになる」と思われていた……しかし、それは一瞬で崩れ去った。
「いやいやいやいや、最初に言っただろ? お前さぁ、人の話聞いてんの?」
仲間の一人が、DIDの怒りのエネルギーをそのまま跳ね返すかのごとく反撃の言葉を発した。
「あのさぁ、重要な事は強く言えって!! 重大さがわからないだろ!」
DIDがそういうと、引き継ぎ先程の仲間の一人が反撃の言葉を発した。
「強く言っただろうが!! お前が勝手に聞き流してるだけだろ!! 何が『リンたんの対処方法を見つけた』だ、遅すぎるんだよ。のんきにエネルギーGを飲んでんじゃねーよ!!」
DIDは仲間の真っ当な反撃により、精神的にダメージを受け、言葉を発する気力を失った……
(……ふぅ……ふぅ……ダメだ。……深呼吸をしよう。……はぁ……ふぅふぅ……はぁ……ふぅふぅ。……俺は冷静さを失っていた。リンたんの突発的な行動に対応できなかった。……まさか……ゲームセンターで……大声出して……誰かを呼ぶなんて……思いもしなかった……ダメだ、仲間にあたってしまった……俺はダメなリーダーだ……)
そんな揉め事とは全く無縁のケンジロウは、「何やら騒がしい連中がいるぞ」と、チラ見した程度で彼らの横を駆け足で通り抜けた。
ケンジロウの目指しているのは少女の声の聞こえたUFOキャッチャーのエリアである。
大きな声で自分の名前を呼ばれたケンジロウは、本当に自分の事なのかよく分からない表情をしたまま、とにかく声がした方へ向かっていた。
そして、ようやくUFOキャッチャーが見えてきた時、ケンジロウはとてもにこやかな表情になった。
そこに居たのは、あのバッツと言う図々しい性格の少年の後ろから、恥ずかしがりながらお辞儀をしてきた可愛らしい少女『リンたん』であった。
DID達がゲームセンターに来て以来、『リンたんと絡む利権』を奪われてしまったケンジロウ。
喋らないキャラなので言葉には出さないが、表情だけでふてくされているのが一目瞭然だったケンジロウ。
そんな彼にチャンスが訪れたのだ。
『リンたんと絡む権利』
この特権は、このゲームセンターでは選ばれし者しか得ることができない栄誉ある権利。
ケンジロウがにこやかになるのも無理はない。
そして、ケンジロウがリンたんの元に到着すると、リンたんはようやくUFOキャッチャーをプレイするプレイヤーが登場したと、安堵のため息を漏らした。
今まではUFOキャッチャーをプレイするプレイヤーがいなかったのだ。
どんなプレイヤーであれ、いるといないでは大きな差がある。
リンたんは取り敢えずはプレイヤーを確保する目的を達し、ピークに達していたイライラが少し治まったようだ。
そして、今まで溜まっていたイライラを発散するかのように、少しキレ気味でケンジロウに向かってこう言った。
「ケン、あれとって!」
ケンジロウはリンたんのイライラの原因に一切関係ないのだが、イライラしたリンたんにとってはそんな事はどうでもいいようだ。
「とにかくブリピュアのフィギュアが欲しい!」その一心でリンたんは行動している。
なので、ケンジロウへの気遣いなどの配慮はないのだ。
消去法で選ばれたプレイヤーであり、リンたんにとって他に選択肢がなかったのである。
そんなリンたんのピリピリしたオーラを感じとったのか、ケンジロウはこれ以上リンたんを刺激はしないようにとゆっくりと動作をしはじめた。
ケンジロウは、UFOキャッチャーをプレイするために財布からお金を取り出そうとしているのだが、その動きはまるで「リンたん先生、この動きであっていますか?」と、車の教習所の生徒が間違った動きをしていないか先生に指示を仰ぎながら、正確な動きをゆっくりとしているような動き方である。
そして、ケンジロウは、財布からゆっくりと100円玉を取り出した。
それをじっと見つめるリンたん。
どうやら、ケンジロウの動きは今のところ『リンたん先生』に注意を受けるような事はしていない正しい動きをしているみたいだ。
ケンジロウは「これであってるんですね!リンたん先生」と、リンたんの様子を見ながら自分に言い聞かせているように見える。
ケンジロウが手に持った100円玉を、UFOキャッチャーのコイン投入口に投入した。「チャリン」という音が小さくなると、UFOキャッチャーのメロディが鳴り始めた。
先程まで『リンたん先生』の顔色を伺いながら、恐る恐る行動していたケンジロウ。
しかし、UFOキャッチャーに100円玉を投入した後は景品を取るだけである。ケンジロウの意識はリンたんではなく、UFOキャッチャーの中にある景品へと移り変わった。
ケンジロウが、UFOキャッチャー内に飾ってある景品のブリピュアのフィギュアを確認すると、「よーし、いっちょやったりますか!」と言っているような気合の入った表情になった。
ケンジロウの事を消去法で選んだリンたんは、最初はケンジロウにあまり期待をしていないようだった。なので、しょうがなく選んだというのが態度に表れていた。
しかし、ケンジロウが100円玉をUFOキャッチャーに入れた瞬間、ケンジロウの表情が自信満々に見えたのでリンたんの態度が変わった。「これはもしかしたら……」と思ったのだろう。リンたんはケンジロウに、かすかながら希望感じたようだ。
一方その頃、仲間と言い争いをしていたDIDは、心の中で感情的になって仲間に当たってしまった自分の愚かさを反省し、少し沈黙した後、冷静になってこう言った。
「イツキ、リキヤ……すまない。俺、リンたんの反応に対処できずにパニクって、お前達に八つ当たりしてしまった。ごめんな、リーダー失格だよ……」
先程の感情的になったDIDとは全く違う、とても弱々しく自分の誤ちを反省するDIDを見た仲間達は、すぐさま落ち着いた表情になりこう言った。
「……いや、俺はさぁ、お前のそういう所が好きなんだよ。素直に謝れる人間ってさぁ、リーダーに相応しいと思うぜ」
「DID、そういう事だ。穏やかに行こうぜ」
イツキとリキヤが続け様に言葉を発すると、DIDは目をうるうるさせながらこう言った。
「お前らと仲間である事が最高にハピハピ☆ハッピーだ」
DIDは仲間達にそう告げると、少ししんみりした表情をし、続け様にこう言った。
「さぁ、行こう! 我々の団結力でリンたんをカバーするぞ!」
その言葉を待ってましたかのように仲間達はすぐさま「ラジャー!」と返答した。DIDチームの絆は一段と強くなったようだ。
そして、DID達がUFOキャッチャーエリアにようやく到着すると、ある光景を目の当たりにした。
リンたんが知らない男と居る。そして、その男はUFOキャチャーをしようとしている。
「おいおいおいおい、『リンたんフリー』どころか、『リンたんロス』してんじゃんか! おいおいおい、何やってんだ! 誰だあいつ? リンたん、とられてんじゃん!」
DIDがそう言うと、イツキと呼ばれていた仲間がこう言った。
「前にも言っただろ、俺たちは『リンたん取扱説明書』がなければリンたんを取り扱えないんだよ」
イツキにそう言われたDIDは「……はぁ」と、ため息をついてこう言った。
「わかった、わかった。こうなってしまったからには仕方ない。よし! リンたんをリターンするぞ! 『リンターン』だ!」
「YES! リンターン!」
イツキとリキヤが声を揃えてそう答えると、イツキが何やら考えるそぶりをしてDIDにこう言った。
「リンターンをするとして、具体的にどうするんだ?」
イツキの問いかけにDIDはこう答えた。
「まずは、ターゲットの観察だ。あのメガネ野郎の腕前を拝見といこう。こいつがもし、UFOキャッチャーの腕前がよければやばい。しかし、見た感じ明らかに下手そうだ。甘やかされた環境で育った感じがにじみ出ている。見た目は大人で、中身が子供。名探偵ゴニャンの逆だよ。にわかで、情報弱者。こいつは絶対下級人類だ」
そう言ってDID達は、ケンジロウのいるUFOキャッチャーの少し離れた所から観察し、対策を考えることにした。
ーーーDID編つづくーーー