「――――――――――」
「………っ!!」
「ここは……どこだ?」
自分はどうやら布団に寝かせられていたようだ。辺りを見回して見ると俺の周りには、恋や剣丞も寝かせられていた。この時、なんとなく恋に対して違和感を感じていたがそれが何かまではわからなかった。
また、自分がいるこの部屋を見た感じだと和式だったため、ここが日本であることがわかった。
ただ、あの光に巻き込まれたことから、ここがどこなのかまではわからないが、ここが外史であることはわかる。
「……っ、おはよう」
辺りを見回してそう考えている内にどうやら恋が起きたようだ。
「……?………好恋若返った?」
一瞬恋が何を言っているかわからなかったが、恋に対して感じていた違和感の正体がこの時わかった。
恋の姿が17歳から18歳頃になっていた。見た目では、そこまで変わっていたわけではなかったため、わからなかったようだ。
「恋、今の俺の姿はどんな感じになっている?」
「………………17、18?」
俺もだいぶ若返っているようだ。
「ん?起きたようだな」
俺と恋が話し会っていると見たこともない女の子が部屋に入ってきた。
「3日間眠りっぱなしだったが、見た感じ壮健そうだな」
「いろいろと話し会いたいことはあるが、俺の姓名は呂飛、字は太原。真名は、好恋。本来親しい者にしか真名は教えないが助けてもらった恩があるから教えておく。俺のことは好恋と呼んでくれ」
「………姓名、呂布、字、奉先。真名は恋。恋のことは恋でいい。」
「そうか、こちらで言う諱のようなものか。ならこちらも教えておこう」
「聞いて驚け!我の名は織田三郎久遠信長!織田家当主にして夢は日の本の統一なり!我のことは織田久遠と呼ぶが良い!」
「「………………………………」」
「なぜ何の反応もないのだ!」
正直思ってもない名を聞いたためか、俺も恋も固まってしまった。
だが、これで俺たちがどこにいるかがわかった。どうやら剣丞は戦国時代の外史にとばされて来たようだ。
「すまん。思ってもみなかった名前が出て驚いた」
「………恋も」
「そうか。そういうことなら先程何も喋らなかったことは許してやろう。それに我から驚けと言ったからな」
「……自己紹介も済ませたことだし次の話しに移ろう」
「そうだな。では、今度はこちらから問おう!貴様たちは何者だ?」
この言葉で、一気に久遠の雰囲気が鋭くなった。だが、こちらはこれでも三国志の世界を生き抜いて身としてはこれぐらいでは身は怯まない。
「……今は話すことはできない。そこの男が起きた時に全てを話そう。ただ、俺が話す前にそこの男が全て話しそうではあるがな」
「……………………………ならば、仕方あるまい」
「悪いな。……それとこちらの事ばかり話しを通して貰ってばかりで悪いが、俺たちをそこで寝ている男が起きるまでここにいさせてもらえないか?」
「ふむ……よかろう。そこの男が起きるまでこの屋敷に滞在することを許可する。それよりも先程から貴様たちにとってそこの男のことを大切にしているように見えるが、そこの男とは、貴様らはどのような関係なのだ?」
「…一言で言えば、保護者だな。実際は違うが、実の子供のように思っているよ。それと恋とは、夫婦の関係だ」
「そうか。わかった……だが、この男が起きたあとはどのように動くつもりだ?どこか行くあてがあるのか?ないのであれば、できるだけ我の質問に答え、我の家臣になるなりして、衣食住を安定させたほうが良いのではないか?」
「「行くあてなどない!しかし俺(恋)たちはただ、剣丞の行く先に付いていくだけ(だ)!だが、剣丞がなにかしらで織田家の力になろうというのであれば、力を貸そう!」」
「「それが俺(恋)たちの役目だ!」」
「っ!………………そうか。ならひとまず、そこの男が起きるまでここにいるが良い!あとの話しはそこの男が起きたあとだな!」
どうやら俺たちが突然大声を出したせいか、久遠は驚いたようだ。俺も久しぶりに恋の大声を聞いて少し驚いている。
「すまないな。だが、世話になる」
そう俺が礼を述べると、
「「ぐうー」」
突然、俺と恋のお腹が鳴り始めた。
「ふむ………では、ひとまず飯を用意させよう。3日間何も食べてなかろうから腹が減っていよう」
「助かる」
「ありがとう」
この日からちょこちょこ久遠が顔を見せに来たが俺たちのことをしっかり話すことはなかった。
そして、久遠と会ってから4日後、剣丞が起きた。
「――――――――――」
身体を包み込んでいる、ぼんやりとした靄。サラサラとした肌触りのような、でもどこかまとわりついてくるかのような、奇妙な感覚。
夢を見ているのか、それとも現実なのか、いまいちはっきりしない感覚は、どこか二度寝に近い気がする。
(なんか……良い匂いがする……)
砂糖菓子のような、だけど清涼感のある匂いは、缶に入った飴玉の中で、一番好きだった味を思い出させる。
「う、うううん……」
薄荷だ、この匂い……。
(……あれ?なんだろ……ここ、どこだろ)
徐々に意識が覚醒してくる。
「………………」
まぶたを開けた、と認識出来るぐらいには何となく目が覚めてきた。だけど今の状況がいまいち理解できない。
自分はまだ眠っているのだろうか?それにしては妙に意識がはっきりしてるし、だったら起きているのだろうか?
目の前はどこか暗くて、朝という感じがしない。ということは夜ってことなのか?
意識の覚醒を受けて、遅ればせながら、身体の隅々に意識が行き渡っていくのが分かる。
ああ、やっと、しっかり目が覚めてきたな、と自覚したとき。
「………っ!!」
首筋に感じる、とても細く、しかしながら硬質な感覚が、生存本能を呼び起こして、意識が一気に覚醒した。
「おお、起きた起きた」
「……おわっ!?」
重かった瞼が一気に開いたその先には、見たこともない女の子の顔があった。
「な……なぁーっ!?」
「剣丞、起きて早々に大きい声を出すなよ」
「…………うるさい」
近くには、好恋伯父さんと恋姉ちゃんがいるようだ。
「貴様、一週間眠りっぱなしだったぞ?壮健なのか?まぁそれだけ騒げれば壮健だろうが」
「いやそんなことより貴様に聞きたいことがある。いったいどうやって天から落ちてきた?いや、そもそもどうやって天に昇った?そこの二人に聞いても何も答えてくれないのだ」
「おお、他にも聞きたいことがあるぞ。あの光の玉はいったいどういう手妻(手品、奇術)を使ったのだ。あれほど強い光、我は初めて見たのだが」
「燃料はなんだ?荏胡麻か?それとも昨今流行り出したという、新しい菜種油というやつなのか?」
「え、ええと……」
「なんだ、油ではないのか?ではどんな絡繰りだ?いや良く考えると違うな」
「あの光は灯火の光のような弱々しいものではなかった。言うなれば、空に輝く日輪が如く、強い光を放っていたものな」
「ということはあれか?お前は仏教徒どもが言う、大日如来とやらの化身とでも言うのか?」
「それにしては貧相な体つきであるな。だったらやはり貴様は何者だ、という話しに戻るが」
「どうした?何か言ってみせよ。黙っているだけでは何が何だか分らんではないか」
「何か、俺たちと話していた時よりもめっちゃ喋ってるな」
「………………?」
好恋伯父さんは突っ込まなくていいからこの状態から助けてくれ!恋姉ちゃんも首傾げてなくていいから!
「いや、あの……」
俺の身体に覆い被さり、口を挟む間もなく、持論、推論を並べたてる女の子に面を食らう。
「君……誰?」
「お前こそ誰だ?」
「ん?……あ、そっか」
良く考えれば、自己紹介もしてなかった。……って、この状態で自己紹介するってのも、なんか奇妙だけど。
この感じだと好恋伯父たちは俺の紹介はしてなさそうだ。
敵意はないみたいだし、好恋伯父たちも警戒していないことから、ひとまず安心、……しても良いのかもしれない。
「新田剣丞。それが俺の名前だよ」
「新田だと?ほお。新田氏の出身か」
「にったし?って何?」
「??お前の出身ではないか。いったいどこの出だというのだ?」
「どこって……東京で生まれて、色々あって、今は神奈川の山手にある伯父さんの家に住んでる。だから東京生まれの神奈川育ちの、ただの学生だけど。ついでにそこにいる好恋伯父さんたちとも一緒に住んでるよ」
「とうきょう?かながわ?……意味が分からん」
「意味って……ええっ!?」
っていうか好恋伯父さんたちはこの状況で、顔をにやけさせているところを見ると今どんな状況か分かっていやがるな!
「とうきょうとはどこの村だ?京とつくからには山城国(京都)かどこかか?」
「それに奇妙な服を着ておるが、都ではそのようなものが流行っているのか?都振りというのは、そのようなものを言うのか?そういえば、そこの二人も貴様と同じような服を着ているな」
「かながわというのも分らん。都の周辺にそのような川があるなどと、我は聞いたこともないぞ?」
「不明な奴じゃな。とにかく我の知らんことがあるのは不愉快である。全て言え」
「言えって言われても……」
東京は東京だし、神奈川は神奈川だし……!……って、アレ?
(見たこともない部屋だ。それに、目の前にいる女の子の服も、なんだか変な……)
部屋の中は純和風の造り。知らない部屋だってことを除けば、それ自体は特に奇妙じゃないけど。
(……コスプレ?)
決定的に奇妙なのは、目の前にいる女の子の服装だ。和服っぽいのに、それ以外にも見える……特徴的過ぎて何が何だか。
(まぁ……可愛い服だけど)
「何をじろじろと見ておる。無礼な奴だ」
「あ、っとごめん。……あのさ、俺からもいくつか質問して良いかな?」
「ふむ?……まぁ良い。許す。言うてみよ」
「あ、ありがと……」
偉そうだなぁ、とも思うけれども、なぜだか声音のどこかに人を従わせる、威厳のようなものを感じる。
「えーっと……ここってさ、どこなのかな?あと、俺が寝てた間のことを聞かせてもらえると嬉しんだけど」
「デアルカ(分かった)。……まぁ一週間も眠っていたのだ。是非も無し。では我が教えて進ぜよう」
「ここはな。織田が治める尾張清洲の城下町であり、この部屋は我の屋敷の一室だ」
「おわりきよす?」
そんな地名あったっけ?
「そうだ。一週間前、我が治めるこの尾張清洲に向けて、駿府屋形の今川治部大輔が侵攻してきたのだ」
「我はそれを迎え撃つため、寡勢にて田楽狭間に進出し、奇襲を仕掛けて義元の首級(生首)を挙げ、勝利を得た」
「そのとき。そう、家臣の一人が義元の首級を搔き切った、丁度そのときだ。貴様が天から落ちてきたのは」
「なるほど…………………………へ?今、なんて」
「なんじゃ?貴様が天から落ちてきたと言ったが」
「う、うん……そこは何となく理解……というか、何となく分かったというか、なんだけど」
今川義元?田楽狭間?……それって歴史の授業で習った、いわゆるひとつの桶狭間の戦いってやつだろ?
(田楽とか桶とかの、細かい違いはあるけど)
「なんだそりゃ……?どうなってんだいったい」
「どうもこうも、我は事実を伝えてやっただけだ。それとも何か?我が嘘をついているとでも言うのか貴様」
「い、いやいやいや!そこまで言っていない!言っていないけど……状況がいまいち飲み込めないんだって!」
好恋伯父さんたちに状況を聞いたほうがよかったかな?
「ふむ?我を嘘つき呼ばわりした訳ではないのだな?ならば良い。許す」
さっきの剣呑な表情はどこへやら。腕を組み、どこか得意げな表情を浮かべ、うんうんと頷く女の子の姿が、とても可愛く見える。
「……ははっ」
「なんだ。何をいきなり笑う?」
「いや、なんかちょっと気が楽になってね」
そうだよ。状況がどうであれ、日本語が通じるんだ。それに目の前にはとびきり可愛い女の子いる。
言葉が通じる。意思の疎通ができる。なら何も怖がる必要はない。
子供の頃、俺を引き取った一刀伯父さんさんが、良く話してくれたっけ。
(自分が知っている常識とは全く違う、変な世界に行ったんだって、そこで大切なものを手に入れて、色々あって今があるんだって。好恋伯父さんともそこで会ったって言っていたっけ)
あの時の俺は、なんだか絵本の物語のような、何となくのワクワクさと一緒に話しを聞いてるだけだったけど。今にして思うと————。
(俺もそんな風になっちまったってことか?……まさかねぇ、とも思うけど)
だけど、今、俺の目の前にいる女の子の服装や喋り方、振る舞い方なんかを見てると実感するんだ。
(俺が居た世界じゃない。……きっと、どこか違う世界に落ちてしまったんだってことを)
好恋伯父さんたちにとっては、そんなことはもう知っていることかも知れないけれども。
「おい貴様。さっきから何を一人でグチグチと言っている?はっきり喋れ、はっきり。我はそういう、グチグチとする奴は好かん」
「ごめん。……ちょっとね。なっちまったもんは仕方ないから腹をくくるかーって考えてて」
「腹をくくる?そういう潔いのは好きだ」
「そりゃどうも。……なぁ君。俺の方は名乗ったんだから、君の名も教えてよ」
「嫌だ」
「へっ?」
「なぜこの我の名を、どこの馬の骨とも分からん奴に教える必要があるのだ?」
「いや、それはその、ごもっともな事だけど!」
「ふふっ……まぁそうも思ったが、その間抜けた面はどうやら刺客でも何でもなさそうだ。だったら教えてやらんでもない」
「あ、はい。教えてください」
女の子が持つ独特のペースに、どうも自分のリズムってのが狂ってしまう。
「聞いて驚け!我の名は織田三郎久遠信長!織田家当主にして夢は日の本の統一なり!」
「………………あー、織田信長?」
「諱を呼ぶとは無礼であろう!我のことは織田久遠と呼ぶが良い!」
「あ、はい。……けど、ん?」
織田三郎信長ってのは良いけど、久遠っていう、間に入ってるのはなんだ?それも名前なのか?
「その……久遠ってのは何?」
「真の名と書いて真名と呼ぶ。通称とも言うが、まぁどちらでも良い」
「は、はぁ……」
ああ、好恋伯父さんや恋姉ちゃん、一刀伯父さんの奥さんなどの名前と同じってことか。
「そういえば貴様は新田剣丞といったな。どこが諱で、真名はどれになるのだ?そこにいる二人も諱と同じ意味を持つ真名を持っていたところを見ると貴様もあるのだろう?」
「ええとー……俺は好恋伯父さんたちとは違っていみなってのも真名ってのも持っていないよ。新田剣丞っていう名前が俺の全て。親しい人には剣丞って呼び捨てにされている」
「ほお。真名がないとは面妖な。……が、真名と諱が同じ地方もあるという。我も常々、その方が合理的だと考えているが、奴何せん、この世は礼に五月蠅くてたまらん」
「そういうの、うるさく言う人がいるんだ?」
「おる。そも諱というのは、親か己が仕える主君のみが呼んでいい名前だが、敵対勢力が呪いを籠めて諱を呼び捨てることもある」
どうやら好恋伯父さんたちの真名の意味と逆になっているようだ。
「諱というのはその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするということは、その人物の霊的人格を支配することが出来る、ということだそうだ」
「甚だ不合理で理屈に合わん。人は人だ。霊だなんだと胡散臭いことこの上ないが、この世の多くの凡人がそう信じている以上、それが常識ということになる」
「だから諱については普段使いでは気を遣うが、真名というのは親しい間柄ならば気安く呼んで良い名である。日常的に使いやすく、合理的だ」
「仕来りというのはくだらんことも多いが、まぁ通称については特に不便でも不快でもない。これはこれで構わんだろう」
「はぁ……」
「ところで剣丞。先程、貴様は良く分からんことをのたまっていたが……どういう意味だ?」
「へっ?」
「とうきょうがどうとか、かながわがどうとか言っておっただろうが」
久遠のその言葉になぜか好恋伯父さんは、あちゃー、というような表情をしていた。
「ああ、うん。それは————」
問いかけに反射的に口を開きそうになった俺は、引っかかりを覚えて口を閉じた。
(どうみても……なんか違うよな、ここ)
部屋に置かれた調度品といい、自信満々に織田信長と名乗った女の子といい。明らかに現代とはかけ離れた雰囲気を持っている。
(……一刀伯父さんに聞いた話しってのが、真実だったとするならば、だ)
ここは''現代ではない、別の世界''ってことになる。
そこでまず頭に浮かぶ単語は''なぜ?''っていうやつだ。どうして俺が?と今の現状を分かっていない中で、色々と話してしまって良いのだろうか?
「どうしたのだ?我の質問には答えられんのか?」
「あのね、織田さん」
「なんだ」
「……どうやら俺やそこにいる好恋伯父さんたちは凄いことになっているらしいんだ」
「凄いこと?どういうことだ。もそっと具体的に言わんと人には伝わらんぞ」
「ごもっともで。だけど……うーん、自分自身、現状の把握が完璧じゃない以上、なんと説明したらいいのやら」
もし俺が、映画やアニメなんかでよくある、タイムスリップとやらをしていたのなら。
現代の話しをして、歴史とやらに影響が出たりとかしないんだろうか?
いやするだろう。映画やアニメだって、主にそこをテーマにして作っているのも多いし。
だったら黙ってた方が良いんだろうけど、自分のことを説明するのに、どう言えば良いのか分からん。
「…………………………」
目の前(というか、正確には身体の上だけど)には、キラキラと目を煌めかせて、俺の言葉を待っている、織田信長と名乗る女の子がいる。
その瞳は、無邪気な好奇心で満たされていて、聡明な印象を受けるけれど、どこか子供っぽくも見える。
(……こればかりは、直感を頼るしかないかな)
今、目の前にいる少女は悪人には見えない。だからと言って、悪人ではないから善人であるって論法は成り立たないけど。
だけど少なくとも、俺たちに害意を抱いているのではないってのは分かる。
(なら……頼ってみるか)
もしこの世界が、俺たちの居た世界ではないのだとしたら、俺たちは異世界で迷子になったってことになる。
状況を把握し、生きる算段ができるまでは、誰かに頼るしかない。
正直、好恋伯父さんたちならそこらの山で、サバイバル生活をして生きていけそうではあるけれども。
でも今後のことも考えて、胸襟を開いて、この世界に生きている織田さんに相談してみるってのが、一番手っ取り早い方法だろう。
「あのさ、実は伝えたいことがあるんだ。俺自身、まだ確信は無いんだけど……」
「ふむ?許す。言え」
相変わらず偉そうな言い方。だけど不思議と怒りも湧かないのは、この子が持つ雰囲気のせいなのかもしれない。
「ならお言葉に甘えて。……実は俺たち、この世界の住人じゃないんだ。……多分」
「…………………………」
「あー……やっぱり信じられないよねぇ。いや分かる分かる。言ってる俺だって、何を言っているんだって自分で思ってるし」
「ふむ……貴様の言う通り、にわかに信じられん話だ。貴様はそれをどうやって証明する?」
「証明、かー。……」
確かにそうだ。こんな突拍子もないことを言い出したのは俺の方なんだから。俺が事実だって証明する必要がある。
一瞬、好恋伯父さんたちの方に目線を向けて見たが、自分でどうにかしてみせろという顔をされてしまった。といってもすぐさま証明するような案が出るわけでもなかった。
「……だけど、ごめん。俺にはどうやらそれを証明する手段がないんだ。……俺が言っていることを信じてくれ、としか言えない」
この世界にないであろう、何かしらがあれば話しは別なんどろうけど。スマホもなければ、財布も持ってきていない。
「……おい剣丞。我の目を見ろ」
「へっ?」
「我の目を見ろと言っている」
「…………………………」
俺の目を見つめる、まるで夜闇の中で煌々と光る炎のような瞳。
吸い込まれそうなその瞳は、見ようによっては苛烈に映る。だけど俺にはとても優しく、柔らかな炎に見えた。
「……うむ。嘘のない瞳をしている。良かろう。貴様の言うことを信じてやる」
「ええっ!?」
「何を驚いている」
「い、いやだって……いかにも怪しいだろっ!?ってか、どこからどう見ても俺たちって怪しすぎるだろうっ!?」
「いきなり、この世界の人間じゃないかもとかって!それを信じるなんて、俺が言うのもなんだけど、どうかしてるって思うんだけど……」
「なるほど。理屈として、その考えは正しい。……だがな剣丞。人は理屈のみでは生くるにあらず」
「我のような立場の者はな、瞳をみれば、その者が、どのような人物か分かる。その者が卑屈なのか。阿諛追従の徒であるのか。はたまた正直者であるかな」
そういえば、好恋伯父さんたちなんかも、だいたい相手の目を見れば相手が何者かは分かると言っていたな。それと同じことか。
「それを見抜けなければ、上は下に背かれ、下は上に潰される。それが下克上渦巻く今の常だ」
「下克上、か。……やっぱりここって、戦国時代の日本ってことか」
「戦国時代というのがどのような時代かは知らんが、今は応仁より続く乱世。戦国というのもあながち間違いではなかろう」
「で、だ。貴様たちが違う世界?時代?なんだか良く分からんが、そういうところからやってきたというのは、何となく理解した」
「だが……何のために来たのだ?」
「何のため……うーん……」
それを知りたいのは俺のほうなんだけどなー……。ひょっとしたら好恋伯父さんたちなら分かるかも知れないけど。だけど言いたいことは分かる。
「何のためにこの世界に来たのか。……正直、コレなんだよね」
両手を肩幅に広げ、ヒョイと肩をすくめてみる。
「なんだ?掌を見せて」
「お手上げって意味だよ」
「お手上げ?己が何故、ここに居るのか、分からんというのか?」
「うん、全くね」
「ふむ……」
俺の言葉を聞いて、織田さんは腕を組んで考え込む。やがて。
「あのさ」 「おい」
「ごめん、そちらからお先にどうぞ」
「うむ。では先に言わせてもらおう。……貴様らは、行くあてはあるのか?」
「ないよ。右も左も分からないからねぇ……」
「ないのか。……しかしその割には泰然としているな」
「いやー、焦っても混乱しても、現状が変わる訳じゃないからね。それに好恋伯父さんたちも一緒にいると考えると、どうとでもなるように感じられてね」
「現状を把握して、一つ一つ順を追って考えていけば、いつか道は開ける。……ってのが信念でさ」
「だから不安はあるけれど、平気なのかも」
鈍感な自分の精神に我ながら呆れるけど、今は図太くて良かったとさえ思える。
「なるほど。良い心がけだ。ますます気に入った」
「そりゃどうも」
「……剣丞。それに好恋に恋。我の家臣になれ」
「……………………へ?」
「ふーん」
「……………」
「我の家臣になれ。そうすれば飯も住む場所も、着るものも金も、我がどうにかしてやろう」
「おお……なんとも魅力的な提案!」
俺はすぐに反応したが、好恋伯父さんたちは、特に返事することなく、何故か俺の反応だけを気にしているように感じられた。
実際問題、このお屋敷から放り出されたら、どこに向かえば良いのか見当もつかない。
山があって川があって……多分、あると思うけど、そうすりゃ山菜やら魚やらを獲って、多少の飢えなら凌げると思うけど。
だけど————。
(この女の子が本当に織田信長だっていうのなら、これから待っているのは……乱世の日々なんだろうな)
他国に攻め入って、戦いに明け暮れる毎日。……そんな中、果たして俺は覚悟を持って生きていけるんだろうか?それに好恋伯父さんたちを巻き込んで良いのだろうか?
「……うーん」
「どうした?何に迷う?貴様ら、特に貴様にとっては破格の条件だと思うが?」
「全く。魅力的過ぎて涙が出そうだよ。その条件を前にして躊躇してるなんて、俺って大バカなんだろうって、今、まさに強く思ってる」
「思ってるんだけど。……やっぱりやめておくよ」
「ほお?貴様にとっては喉から手が出るほど魅力的な条件だと思うのだが、我の勘違いか?」
「いいや。さっきも言ったように破格過ぎて、この条件を断るのはバカしかいないって思うよ」
「ならば貴様は馬鹿であるのか?」
「馬鹿なのかもねぇ……」
「……言え」
「言えって、理由?うーん……正直、大した理由じゃないんだけど、言った方が良い?」
「我は聞きたい」
「了解。正直さ、申し出はすごく有り難いんだ。だけど……君が本当に織田信長……織田三郎久遠さんだというのなら、だよ?」
「その家臣になるってことは、人を殺さなくちゃならないってことだろう?」
「戦場では当然のことだ。特に今は応仁より続く戦乱の真っ只中。殺さなければ自分が殺される。ならば殺して自分が生きるのが当然ではないか」
この言葉に対して、好恋伯父さんたちも頷いていた。
「うん、それを否定する気はないよ。弱肉強食ってのはどの世界でも常だ。生き残るため、這い上がるためには人を蹴落とさなきゃならない」
「それは重々に承知してる。だけど……俺自身が、その覚悟を持てるかどうか、今は自信がないんだよ」
「だからしばらくは考えたい。……それが本音かな」
「飯はどうするのだ?あてなどないだろう?」
「俺も好恋伯父さんたちも体力だけは自信があるから、二、三日なら大丈夫だと思う」
「二、三日と言わずに山などを転々と回ればほぼ永久的に平気だぞ」 「……………慣れてるから、任せて」
「っと、まぁここまではとは言わないけど、どこかのお百姓さんにお願いして働かせてもらおうと思うんだけど……」
「あのさ、こんなことを言うの、失礼なお願いかもしれないけど……俺らを雇ってくれそうなところを紹介してもらうって無理かな?」
「………………………」
まるで俺の言葉を一言一句吟味しているように、織田さんは目を閉じて黙考する。やがて。
「……分かった」
「マジで!?ありがとう、たすか————」
この時、好恋と恋は、久遠の表情や仕草から、久遠の口から出る次の言葉は絶対剣丞が願っているような内容の言葉ではないなと感じていた。
「ならば家臣というのは撤回しよう」
「え。あ、うん。で、紹介は……」
「それは置け。………我が新たに貴様に提案してやる」
「提案って何を?」
「衣食住を満たしてやる。その代わり———」
「代わりに?」
「我の夫になれ」