「………………………へ?」
「それと好恋や恋には、貴様の直属の部下になってもらうつもりだ」
目が覚めてから、もう何度、度肝を抜かれただろう。あまりに肝を抜かれすぎて、お尻の穴から魂的な何かが漏れそうだ。
ふと、好恋伯父さんたちの方を見ると、好恋伯父さんの吹き出しそうな顔と恋姉ちゃんのこいつもかという顔が映っていた。
「お、夫と申しますと、それはつまり旦那様的なものというか、綺麗に言えば生涯の伴侶と言いますか、そういうことです?」
「そうだ。……とは言っても、本当に我と祝言をあげろとは言っておらんぞ」
「え、そうなの?」
「うむ。我には妻は居るが夫はおらん。だが、いくら子種のためとはいえ、はたまたそれが戦国の倣いとはいえ、」
「勢力争いの延長線上で、どこぞの誰かに恩着せがましく押しつけられる、身の程を知らん輩やうつけを夫としたくはない。だから————」
「ああ、なるほど。俺を夫に祭り上げて、先手を打っておこうってことか」
この時、好恋たちは絶対にこいつらいつかマジの夫婦になるなと感じた。
「そういうことだ。なかなか聡い奴だな、貴様は」
「ありがと。……でもさ、理屈は分かるんだけど、でもなんで俺?俺とだったら子供を作っても良いの?」
「た、た、た、た!」
「たわけもの!」
「だだだだ誰が貴様の子種を寄越せと言った!?」
「いてて……でも、今の説明を聞いてれば———」
そう思ってしまってもおかしくない……気がするんだけど、やっぱりおかしいのか、俺?
「人の話しを最後まで聞け!貴様を夫として傍に置いておけば、我を押さえつけようとする輩や、すり寄ろうとする輩が夫なるモノを押しつけようとは思わんだろうが!」
「……なるほど。つまりあれか。俺は男除けのお守りみたいなものか」
「ごほんっ。そういうことだ。……衣食住は提供してやろう。その代わり、貴様は我の傍におれ」
「……………………………」
「どうした?これも破格の条件であろう?」
「うん、破格だねぇ……破格過ぎて、ひねてる俺は裏があるって勘ぐっちゃうよ」
「………………」
「真意は他のところにあるんでしょ?」
「……どうしてそう思う?」
「良く考えれば分かるよ。……奇妙な登場の仕方をした、得体のしれない俺を、どうしてそんな重要そうな役割に据えるのかって」
「一度目の条件は、物珍しさとか、あとは憐憫の情なんてものがあったかもしれないけどさ」
「二度目ともなれば話しが変わってくる。……物珍しさとか憐憫から話しが変わるとするならば、それを利用するとか、はめてやろうとか、そういうのが常さ」
「何かしら利益を得られる目算がある。だから是が非でも手元に置きたい。……だから破格の条件を出して、手元に引き寄せようとする」
「この考え……ハズレかな?」
「ふふっ、当たりだ」
「うん。……じゃあさ、判断の基準にしたいから、その真意ってやつを聞かせてくれないか?」
「判断の基準?」
「そう。利用されるのは我慢できないけど、こっちにも利益があるなら、それは互助。持ちつ持たれつってことになるだろ?」
「一方的に利用されるじゃなくて、お互いに利益を得ようと交渉するのなら、考える価値がある。……と俺は思ってる」
「……良く働く頭を持っておるな」
「良く働いてる訳じゃなくて、ただ理屈っぽいだけさ」
「感情で動くときは感情で動くし。……おお、そっか俺って身勝手な人間なんだな。今、気づいた」
「はっ!確かにそういったフシはあるかもしれんな」
「まぁでも自分のことだし。状況に流されるのも悪くないけど、どうせなら自分で選んだ道を歩きたい」
「自分で選んだ道、か。……」
一瞬、どこか遠くを見るような瞳をした織田さんだったが、すぐに俺を視線を戻した。
「……分かった。真意を明かしてやろう」
「よろしくお願いします」
「……先ほど、我は今川治部大輔と田楽狭間で戦った、と言ったな」
「うん。で、そのときに俺が現れたって」
「そうだ。……そして我はそこを重視しておる」
「重視?どういうこと?」
「今、この日の本はまさに乱世だ。我の母、信秀より続く尾張の織田弾正忠という存在は、ついにこの間まで、とてもちっぽけなものだった」
「そして今川治部大輔は、"東海一の弓取り"と謳われるほどの戦上手であり、今川家は駿遠を治むる、日の本では名の知れた勢力であった」
「ちっぽけな織田家と巨大な今川家。戦は出会ってすぐに開戦という訳ではなく、予兆があり、準備があり、そして行動し、開戦となる」
「今川家が大々的に"上洛"を喧伝していたその期間、この日の本の全てが、我ら織田家と今川家の戦いに注目していたことだろう」
「その未曾有の戦いの最中、突如現れた謎の男。……そう貴様のことだが」
「その謎の男のことを、貴様であれば、どのように捉え、どのように見る?」
「どのように見る、か。……うーん」
戦いの最中に、見知らぬ男が現れる。……それってただの馬鹿じゃないの?なんて言ったら怒られそうだから言わない。
「……降参。分からん」
「勝利したのが義元なれば、また違った意味もあろうが……田楽狭間の戦、勝ったのは織田だ。ちっぽけな存在と侮られていた織田なのだ」
「もちろん我は小勢でも勝つ……いや、生き残るために知恵を絞り、手を打った。そして勝利を掴んだ」
「しかしな……世間の雀は、我がやってきたことなど毛ほども考えん」
「ちっぽけな織田が勝ったのは、当主である我の力ではなく、他に要因がある、とな」
「そして雀好みの出来事が、田楽狭間では起こっているのだ」
「……なるほど。俺が田楽狭間に出現した。だから織田が勝った。いや、だから勝ったと思いたい人が多いってことか……」
「そういうことだ。……やはり聡いなおまえは」
「うーん……でもさ、俺、何もしてないじゃん?勝ったのは織田さんの力なんだろ?」
「当然だ。……だがな、世間という庭にいる雀どもはな、そこを大空の下にある大地だと思いたがるものだ」
「下男が住む長屋の庭だとは気づかずにな。……なぜならそう思わないと、自分が惨めになるからな。だから雀は己の思いつきを是とする」
「信じたいものを信じるってことか……。稀に良くあることだよねぇ、そういうのは」
「ということは、雀さんたちは、その謎の男を手に入れれば勝利を掴める、もしくは何か良いことがあるって考えてしまうってことか」
「うむ。……そして残念ながら、我もうつけの一人だ。貴様に霊験があるとは、話している今となっては、これっぽっちも思いはしない」
「だが他人に盗られるとなれば……少し惜しくも感じる。だから傍で監視したいのだ」
「他国に、計算できない脅威はやりたくない……そういうことだね?」
「……飾っても始まらんか。そういうことだ」
「なるほど。……良く分かった」
つまり、もし俺がこの屋敷を出たあと、隣国で召し抱えられたりしたら、俺自身がどれだけ否定しようとも、
何とく霊験あらたかじゃないかなーってんで、隣国の人たちに崇められたり、テンションが上がったりするかもしれないから、ぶっちゃけ邪魔だってことだな。
(ま、隣国が強いとか、テンション高いと面倒事も増えそうだしねー……)
ということは、だ。破格の条件を袖にした瞬間、俺は織田さんにとって超危険人物ってことになってしまう、と。
(なるほど。……最悪、殺されるなこりゃ)
ジッと俺を見つめる女の子の瞳は、優しくも見えるし苛烈にも見える。
何より、一度たりとも俺から目を離そうとしないこの子は、きっと強い意志を持っていると推測できる。厳しさと優しさ、両方を兼ね備えた目だ。
(……あ)
そのあと、チラッと恋姉ちゃんを見て確信を得た。
姉ちゃんたちの目に似てるんだ、この子の目は。
(こりゃ……ダメだ。きっと逃げられない)
そう直感的に思ってしまうほど、久遠と名乗る少女の存在感――オーラと言っても良い―――は、圧倒されるほどに強かった。それに、好恋伯父さんたちのことを思うと断ることは考えられなかった。
「……分かった。そういうことならさ。遠慮無くご厄介になろうと思う。それで良いかな?」
「………………………」
「え、なに?俺、何か変なこと言った!?」
「……コロリと意見を変えたな」
「俺たちのことは気にしなくていいのになぁ」
「………(コクコクッ)」
どうやら好恋伯父さんたちは、俺が考えていたことが分かったらしい。
まぁ、実際好恋伯父さんや恋姉ちゃんならそういう状態になってもどうとでもなるかもしれないと、稽古の時の様子からそう感じてしまった。
「あ、うん。だって筋が分かれば、あとは俺がどうするか決めるだけだろ?」
「それに、そこまで本心を伝えてくれたってことで、君のことを信用できそうだなって思ったんだ」
「どういうことだ?」
「人を利用してやろう!って考えてる連中は、ほぼ全てがさ、良いことしか言わないし、言葉の使い方もさ、どこか軽いんだよね」
「だけど君は違った。客観的に現状を伝えてくれたし、きっちりと理由を説明してくれた」
「そういう人は信じられる。……と俺は思ってる」
「我は善人などではない。もっと他の……おまえにとって都合の悪いことを考えているかもしれんぞ?」
「そう?無いと思うよ」
「なぜ、そう言い切れる?」
「んー……さっきさ、織田さんが言ってただろう?目を見れば分かるってさ。そういうことだよ」
俺は目を覚ましてから今まで、それなりに長い時間、俺と織田さんは相対して喋っていた。
その中で織田さんはただの一度も、俺から目を逸らさなかった。
俺の反応を窺う……そんな様子と一緒に、自分の発言に強い自信を持つ、きらきらと夜天の星のように煌めく瞳で俺のことを見ていたんだ。
ただそれだけ。直感的なものだけど、俺は自分の直感を信じる。
「まぁそれだけじゃなくて、その……俺なりの打算ってのもあるけどね」
「あって当然だ。打算もなく生きているとぬかす奴は、舌を引きちぎって無残に死ねばいい」
「苛烈だねぇ……」
「耳触りの良い、綺麗事を並べ立てる輩が好かんだけだ。……で?」
「で、って。ああ、打算のこと?んー……簡単なことなんだけどさ」
「見知った人の傍の方が、気楽かなーって」
「……はぁ?それだけか?それがおまえの打算なのか?」
「え、うん……」
「………………………」
「いや、そんな胡散臭そうに見られても」
「胡散臭いにもほどがあるわ!」
「ですよねー……ははっ」
ストレートな物言いに、思わず笑いが溢れてしまう。
「だが、まぁ良いだろう。貴様が尾張に居ると決めたならばな」
「うん。お世話になります。織田さん」
頭を下げたと同時に、
一息ついたか、早くエサを寄越せや!と自己主張の激しい腹の虫が、盛大な抗議の声を上げた。また、俺以外の所からも聞こえ、そちらを向くと好恋伯父さんたちが、薄ら笑いをしていた。
「あ、あははははは……」
「ふむ。皆、空腹か。さもあろう。特に貴様は一週間、寝込んでいたのだからな」
「待っておれ。今すぐ飯の準備をさせよう!」
「よろしく頼みます」
「うむ!我はまだ公務が残っておる。夜にでも、もう一度、話しを聞かせよ。絶対だぞ!約束だからな!」
「はいよ。了解したよ」
「よし、では我は行くが、貴様はここで大人しくしておれよ!いいな!」
「……やれやれ。猫みたいに機敏な子だなぁ」
猫みたい、というか、なんだろう?どちらかというと、チーターとか豹みたいな感じ?
「とにかく台風みたいな子だったな。……」
久遠が立ち去った襖を見つめながら、身体をグッと伸ばしてみる。
「ふむ……五体満足、どこも怪我はなし、と」
腰を捻ったり、前屈したり。身体を機能が低下していないかを、軽くチェック。
「異常なし。……なら大丈夫だろ」
これでも姉さんたちに散々鍛えられてて、運動神経には自信がある。もし事態が急変したとしても、逃げることは出来るだろう。
逃げる前に好恋伯父さんたちが対処してしまう気もするが。
一通り、身体チェックや持ち物の確認なんかを行ったあと、好恋伯父さんたちと話し合うことにした。
「好恋伯父さん、今の状況って一刀伯父さんが言ってた、違う世界っていうところなんでしょ?」
「なんでそう思う?」
「なんとなくそんな感じがしたから」
「まぁ簡単に説明すれば当たりだな」
「そっか……帰れるの?」
「どうだろうなー?帰れる可能性もあれば帰れない可能性もある。外史とはそういうものだからな。それよりも重要なことは、これから剣丞はどう行動していくつもりなのかってことだ」
「……まだ、よくわからない。だって好恋伯父さんたちは今の状況をよく分かってるかも知れないけど、俺にはまだまだ分からないことが多すぎる」
「……そうだな。でも自分が選択した道を歩いていけ。誰かに相談してもいい、でも最後は自分で決めろ」
「その道が後悔する道だったとしても俺たちはお前に付いていく。それに何があっても助けてやるから自分のやりたいようにやってみろ!」
「…なんでそこまでやってくれるんだよ。一刀伯父さんとも違って血も繋がってないのに」
「確かに俺たちはお前とは血は繋がってないし、一刀よりも関係はあまりないかもしれない」
「…………それに、一刀と違って、あまり関われなかった」
「「でも、俺(恋)たちはお前(剣丞)のことを実の子供のように思ってる!」」
「「だから苦しい時や大変な時は俺(恋)たちを頼れ!なんとかしてやる!」」
「あ、ああ、ありが、とう」
くそっ、久しぶりに涙が。でもそっか、俺のことをそんな風に考えてくれていたんだ。
「そんな訳だから俺たちのことはあまり気にするな。俺たちはそうそう何があってもどうってことはないと思うからよ」
「………(コクッ)」
「分かった、なら今はまだ何も聞かない。今はまだここが好恋伯父さんが言っていた外史?とやらっていう場所だってことが分かっただけでも有難いから」
「そうか。だが、さっきも言ったが、何かあったら相談しろよ。それとこれからは俺と恋でより難易度を上げて稽古してやるからな」
「えっ!?………それよりも外はどうなってんだろ?」
俺は無理やり話しを変えることにした。
「おおっ、絶景かな!」
外を見てみると庭の広さが、神奈川の家と同じぐらいの広さ……いや、こっちの方がちょっと大きいかな?
「日本庭園の見本!って感じの庭だなぁ」
池には鯉やらが泳いでいるし、松の良い枝振りで風情を醸し出している。
「……やっぱり、電線とかビルとかが見えないな」
「そりゃあ、ここはもうほとんど異世界のうえに過去の世界っていう状態だからな」
「そういえば、織田さんが言っていた尾張清洲……尾張って言えば確か名古屋とかその辺りだっけ?平野が多いって聞くけど、川はありそうだし、なんとか自炊は出来そうだ」
「うう、明命姉ちゃんにサバイバル訓練受けてて良かった……あまり思い出したくはないけどって、ん?」
今、考えると、なんで俺、そんなことをしていたんだろう……。
「他にも、剣術、槍術、棒術、体術とかの戦闘術から、政略軍略から料理、裁縫、服飾デザインに家事、サバイバル術、操船術。薬学もそれなり。工作だって得意だし」
そういう意味では、俺は知らず知らずのうちに英才教育を施されていたのかもしれない。
「ん?知らなかったのか?」
「どうして伯父さんの傍に、五十人近くの女性で、しかもそれぞれが何かしらのエキスパートな天才が居るんだろうって思ってたけど……」
今なら信じられるなぁ……。
「というか、好恋伯父さんは何やってるんだよ!」
「何って?見て分からないか、膝枕だよ」
「いや、それは分かるけど、なんで今やってるの!それに普通逆じゃないの?なんで好恋伯父さんがやって恋姉ちゃんがやられてるんだよ」
「これが家の常識だ。それにこの甘えたがりな恋が見れて俺としてもそっちのほうが良いからこれで良いだよ。な?恋」
「…………うん……でもあとで、交代でやる」
「……ごちそうさま」
なんで俺、伯父さんたちの惚れら気見せられてんだろう?確かに見た目は何故か若返っている伯父さんたちだから変ではないんだろうけど。
なんか親のイチャイチャを見てる息子の心境ってこんな感じなんだろうなぁ。
「それにしても……やっぱりあのおっさんは食えないおっさんだ。……多分、こういうのも見越してたんだろうし」
「そりゃそうだ。あいつも同じようなことを経験して苦労してきたからな。子にはやっぱり同じ苦労はしてほしくないっていう親心だよ。その分、色々と厳しかっただろうけど」
ただの蕩しじゃなかったんだな……。尊敬はしないけど、一応感謝だけしとこう。
「伯父さんのが、ポロッともげますように」
「おいやめろ!変なことを言うな!」
などと考えていると―――。
「あの……お客様。よろしいでしょうか?」
襖の向こうから。女の子の声が聞こえてきた。
「あ、はい。どうぞ」
極力、音を立てないようにしながら開かれた襖の向こうに、女性の頭らしきものがあった。
「ただいま、お食事をお待ち致しました」
「あ、どうも……」
三つ指をつき、頭を下げている少女らしき人物に、思わずこちらも丁寧に三つ指ついて頭を下げてしまう。
「………………」
顔を上げ、足つきのお盆を捧げ持って入ってくる女の子の、あまりの綺麗さに思わず息を飲む。
「給仕を承ります、私、織田三郎が妻、帰蝶と申します。ふつつか者ではございますが、よしなに」
「あ、どうも。はじめまして新田剣丞です。……なんかお世話になってしまって申し訳ないです」
「いえ。久遠より言いつかっております。……ではただいまお給仕を――――」
「あ、いやあの……飯は一人で食べられますから大丈夫ですよ。お気遣いなく」
「ですが……」
「いえいえホント、気にしないでください。……それよりあの……ご飯を……」
「……す、すみません。節操のない腹の虫で」
「いえ。……」
正統派美少女という表現がしっくりくる、帰蝶と名乗った少女は、その表情に笑顔も浮かべず、そっとお盆を俺の近くに置いてくれた。
「ではいただきます」
両手を合わせて、おかずやご飯に箸を伸ばしていく。
「……………………」
「………………もぐもぐ」
「……………………」
「………………(やりにくいなぁ)」
「……………………」
「あのー……なんでしょう?」
俺が飯を食っている様子を、あからさまな警戒と共にジーッと見つめられて、甚だ居心地が悪い。
「……久遠の夫になるのですか?」
「え、あ……はい。まぁ夫って言っても、どうやら俺はただの魔除け代わりみたいですし」
「利害は一致していましたから、織田さんの申し出は、有難く受けさせてもらいました」
「……あなたに久遠の夫が務まるとは思えませんが」
「…………………」
ストレートだなぁ。敵意を隠そうとしないし。こういうタイプ、苦手なんだよなぁ……。
「あなたにあの子の何が分かるのです?……気楽な気持ちで受けたのならば、すぐに撤回し、この国から出て行ってくれませんか」
「…………………(モグモグ)」
「ちょっと、あなた。私の話し、聞いてるの?」
「あの」
「何でしょう?出て行くつもりなりましたか?」
「ご飯、おかわりもらって良いですか?」
「あ、俺たちのもお願いします」
「………………(コクッ)」
「え!?あ、……どうぞ」
差し出したお椀を両手で受け取り、お櫃からご飯をよそってくれる、帰蝶と名乗った少女。
(お椀の受け取り方といい、ご飯のよそい方といい、丁寧にやってくれるなー……)
ということは、だ。俺に出て行け、と言うのは、感情的なところからの発言じゃなくて、もっと理性的な判断ってことだろう。
(気組みを外してみたものの……どう対応したものだろうなー……)
織田久遠の妻と名乗ったからには、この女の子も、織田家中で偉い立場の人だろう。
その人が理性的な判断から、俺に約束を反故にし、この国から去れ、というなら、それを一考しなくちゃならないだろう。
(だけど……織田さんとの間では、もう話しが付いてることを、第三者に言われたから反故にするっていうのも違うよな……)
添えられたたくあんを口に放り込み、その歯ごたえを楽しみながら、更に考える。
(かといって……適当に誤魔化して、って雰囲気でもないし、そんな手が適用しそうにもないよなぁ)
織田さんに似た、力強い瞳。俺の一拳手一投足を見逃すまいと、ジッと俺を見つめるその瞳の奥には、意志の強さと知性の光が見てとれる。
(こういう人には、自分の考えをストレートに伝えるのが一番良い気がする……)
お箸を置き、お茶を飲み干したあと、俺は帰蝶と名乗った少女に向き直った。
「ごちそうさまでした」 「「ごちそうさまでした」」
どうやら好恋伯父さんたちも食べ終わったようだ。
「あ、はい……」
「で、さっきのことなんですけど」
「……(コクッ)」
「あなたの言う通り、俺はまだ彼女のことを何も知らないです」
「だけどそれを理由にして、あなたの言うことを聞いてこの国を出て行けば、それはそれで俺は彼女と交わした約束を破ることになります」
「彼女に筋を通した上で出て行くという選択肢を選ぶならば、俺自身も納得しますし、織田さん……久遠さんも納得してくれると思います」
「だからこの件に関しては、久遠さんがお帰りになってから、改めて三人でお話しをする……ってことで、どうでしょうか?」
「それは……そうですね」
「分かってくれましたか」
「……分かりました。では久遠が公務から帰ってきてから話しましょう」
「そうしましょう。……ふぅ、ご理解頂き、ありがとうございます」
そういって、ペコリと頭を下げた俺を見て、帰蝶さんが口を開いた。
「あなたの頭は、よほどにお安いのですね」
「へっ?」
「先ほどから頻繁に頭を下げていらっしゃいますから。……男ならばもっと凛とされていればどうです」
「男とか女とか意識したこたないなぁ。お礼を言うときは頭を下げて、感謝の気持ちを身体一杯に表してお礼しなさいってのが、両親からの教えだったもんで」
この時、傍にいた好恋伯父さんたちは、ゆっくりとだけども確かに頷いていた。
「感謝をするのに男も女も実際ないからな」
「…………当たり前」
「ぁ………」
「それにお礼に安いも高いもないと思うから、俺はこれで良いんですよ、うん」
「……難癖でした。すみません」
「あ、いやいや。別に怒ってないですし、何とも思っていませんから、大丈夫です」
逆に、謝られてことにこっちが驚きですよ、……とは、さすがに口が裂けても言えない。
「まぁ人それぞれってことで良いんじゃないかな?」
「あ……ありがとう、ございます……」
悔しそうとも取れるし、恥ずかしそうとも取れる、そんな口調で頭を下げる帰蝶さんの首筋は、色の白さが際立つほどに真っ赤に染まっていた。
「そ、それでは私はこれにて失礼致します。久遠が戻り次第、お声掛けますので、しばしの間、おくつろぎください」
完璧な所作で――だけど早口で―――そういったあと、帰蝶さんは食べ終わった食器を持って、部屋から出て行った。
「ふぅー……何とか乗り切ったかなー……」
帰蝶が出て行く後ろ姿を見送ったあと、緊張で凝り固まった肩を揉みほぐす。
「帰蝶の最初の態度にお前、実際少し苛立ったろ?」
「まぁ……でもあの女の子のいってることの方が、実はもっともなことなんだよなぁ……」
「どこの馬の骨ともしれない男が、自分に近しい人の傍に突如現れた。しかも便宣上、夫という役割を演じる……」
「そりゃあ、誰でも嫌がるわな」
「しかも久遠さんの様子じゃ、妻だっていうあの子に何の相談もしてないようだし。そりゃ排除したくもなるってもんだよなぁ……」
「だけど久遠さんは、訳も分からない俺たちを受け入れてくれたんだ。だったらこの件は久遠さんの判断に任せよう」
「俺たちは剣丞のついでのような気もするがな」
「……………(コクッ)」
「そうかなー?……」
「それにしても……目が覚めてから、怒涛のように色んなイベントが続くよなぁ」
これが恋愛ゲームとかだったら、俺はあの子とフラグが立つんだろうか?無理だろ。ああいうタイプに好かれた試しがないし。
何故かこの時、好恋たちには、その考えは後々のフラグじゃないかという考えを今剣丞がしているのではないかと感じ取った。
「……いや、今はそんな与太を考えてる場合じゃない」
「「やっぱりか」」
「えっ?何が?」
「「いや、なんでもない」」
「とりあえず、さっきも聞いたが剣丞はこのあとどう行動していくつもりだ?」
「今、一番大切なこたは……どうやって元の世界に戻るかだよなぁ」
どうすれば元に戻るのか。好恋伯父さんは戻れる可能性もあれば、戻れない可能性もあると言っていた。
「でも今それを考えたところで、どうにかなるかというとどうにもならないんだよな」
どうやってこの世界に来たのか。それは置いておく。戻れるかどうか。これも置いておく。とすれば。
「……そもそも俺がこの世界に来た意味ってなんだろう?」
…………………。…………………。……………。
「……全く分からん」
好恋伯父さんたちなら何か知ってるかもしれないけど、これは何となく自分で知る必要があるような気がする。
「今は逆に自分からは行動しないことにするよ」
「ほう。……それはその時の状況に流されるってことか?」
「ああ、今変に動いてもロクなことにならない気がするんだよ。だからその時の状況によっての最善の道を選ぶ必要があると思う」
「それが今のお前の考えなんだな?」
「ああ。……」
「なら分かった。それじゃあ、今はそういう風に動くとしよう」
「ありがとう。話しは変わるんだけどいいかな?」
「ああ、いいぞ。どうした?」
「女の子の久遠さんの妻が、これまた女の子の帰蝶さんって……どういうことだろう?」
「女の子同士で結婚するのが、この世界の風習なのか?いや、けど俺が夫なるんだから、それは違うか?」
「すまん、それは俺にも分からん」
「そうだよね。……あれ?でも俺が久遠さんの夫になるなら、帰蝶さんと俺の関係はどうなるんだろ?」
「「「…………………………」」」
「よし分からん。あとで聞こう。……つーか、分かるこたなんて全くないな」
かんがえるだけ体力の無駄だ。ならいっそ。
「寝るか。何かあったとき、最後に役立つのは体力!コンディションを整えておくのが一番だ」
「また、寝るのか?」
「うん。好恋伯父さんたちはこのあとどうするの?」
「俺たちは、またお前らが言うイチャイチャをしてるよ」
「……………(コクッ)」
「そっか。……もう知らね」
そうと決まれば話しは早い。なんだって、さっきまで俺が寝ていた布団があるんだからな!
「という訳で、おやすみなさーい……」
「「おやすみなさい」」