(うーん……)
なんだろう?隣の部屋に人の気配がしてる。
(……衣擦れの音とか、声を聞いてる限り、四人ってところか……)
(ふむ……一応、備えておこう)
「好恋伯父さん恋姉ちゃん、おはよう」
「「おはよう」」
「どうする?」
「そうだな。とりあえず気づいてないふりだけしておこう」
「……分かった」
「全く……。我らに何の相談も無しにそのようなことを決定されるとは」
「別に構わんだろう。壬月たちが心配するような男ではないぞ?」
「何を根拠にそのようなことを判断されるのです?」
「うむ。瞳だ。瞳の色、そして瞳の奥の力強い意志が見てとれる。他の者とは全く違う強さなのだ。だから我は奴を信じた」
「……い、意味が分かりませんよ、久遠さま」
「家老の二人の言う通りよ久遠。私に何の相談もせず、あんな不審の者を近づけるなんて!」
「ふむぅ……なぜ貴様らに分からんのか。我は、なかなか骨のある男と見ているのだがな」
「しかしながら出自も分からず、ましてあの様な不明な現れ方をした者を、簡単に信用する訳にもいきますまい」
「織田上総介様の家老として、私も壬月さまのご意見に賛成ですわ」
「頑迷な奴らだ。ならば貴様ら自らの目で、とくと検分すれば良かろう」
「そうさせて頂きましょう」
「ただし!試した後、少しでも認めるところがあるのならば、今後一切の口出しを禁ずるぞ?良いな?」
「「御意」」
「結菜もそれで良いな?」
「ええ。あいつが何者か分かれば、私だって無用の警戒をしなくて済むしね」
「よし。……で、奴はどうしている?」
「さっきまで眠ってるみたいだったけど?」
「ならば丁度良い。その寝込みを襲うとしましょう。殿が仰るほどの男ならば、難なく対処してみせるでしょう」
「……悪趣味な奴らめ」
「よろしいですな?」
「我は我が眼を信じておる。好きにせぃ」
「はっ。では失礼仕る」
「麦穂。私が合図をしたら、襖を開け放ってくれ。抜き打ちをかける」
「了解です。では……」
「……三、二、一……今だ!」
「せえぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!!!」
「な、いないっ!?」
「そんな、一体どこに……っ!?」
「やれやれ、あっぶないなぁ。問答無用で寝込みに抜き打ちとか、完全に殺す気じゃないか」
「!?そこですっ!」
「のわっ!?だから危ないってばっ!」
「きゃっ!?」
横殴りに繰り出された刀をくぐり抜け、女性の手首を捻りあげて、畳に押しつける。
「痛っ……!」
「ごめんね。だけど俺も死にたくないから、ちょっとだけ我慢してくれると嬉しいかな……」
もう一人の女性の動きを注視しながら、畳に押しつけた女性に謝罪する。
「そりゃそうだ。正直こっちは少しでも剣丞の経験になると思って手は出してないが、もし剣丞の身に何かあったらこっちも手を出させてもらうぞ。そちらは真剣だしな…」
「…………(コクッ)」
好恋伯父さんたちは、押しつけていない女性と対角線の位置でいつでも動けるようにしていた。
「はっはっはっ。やるな剣丞」
「やるな、じゃないってば。これってどういうことなの、久遠さん?」
「どうもこうも。……どうせ貴様らのことだ。隣室での会話を聞いておったのであろう?」
「当たり前だろ。まだ安全がしっかり確保出来ていない場所で気ぬくような奴には育ててないからな」
「ある程度はね。……でもいきなり一刀両断の勢いで襲いかかってこられるとは思ってなかったよ」
「はっ。その割には用意周到だったではないか。布団の中に枕や焼き物を入れて擬態し、自身は部屋の隅で息を殺して待ち受けていたのであろう?」
「ご名答。でも息を殺していたけど、好恋伯父さんたちの存在感の方が強くてより分からなかっただけな気もするけど」
そう、襖が開けられて斬りかかれた瞬間、好恋伯父さんたちは、殺気染みた空気をとっさに出したため斬りかかった相手は一瞬だったが、そちらに気を反らした。
「貴様ぁ!どこの草だっ!?」
「草って確か忍者のことだっけ?……違うと言えば違うけど、似たようなことは教えられたかもなぁ……」
「明命の奴が確かに教えていたな。良かったな剣丞、早速稽古の力が発揮してきたぞ」
「……あまり嬉しくない」
「ほお。身のこなしも良くら機転も利く。草の真似事をしながら、その体捌きは武士の組み討ち術そのもの」
「ホント、こうやって見てみると俺たちって剣丞に色々なことを教えてきたよな」
「…………(コクッ)…………でも、そのおかげで今がある」
「どうだ壬月、麦穂、結菜!なかなかの武者振りではないか!我の目に狂いは無かったであろう!」
「はは……すっげー自慢げだなぁ」
「ぐうの音もでんか?よし剣丞。おまえに危害は加えさせん。麦穂を離してやれ」
「……………………」
久遠さんの言葉を疑う訳じゃない。だけど相手は人を殺せる武器を持ったサムライが二人もいるんだ。慎重には慎重を重ねたい。
「大丈夫だ。我の名にかけて約束しよう」
「………………了解」
久遠さんのまっすぐな言葉を信用し、俺は組み敷いた女性をそっと立たせた。
「痛かっただろう?ごめんな」
「いえ……」
差し伸べた手を取って立ち上がった麦穂と呼ばれた女性が、手首をさすりながら離れていく。
「それで?そっちの怖いお姉さんの判定はどう?」
「うむ。どうなのだ、壬月」
「……剣技、体捌きに優れ、しかも草の真似事をしてみせるなど……」
「なかなか良い武者振りであろう?」
「怪しすぎるに決まっているでしょう!」
自慢げな久遠さんの表情とは対照的に、壬月と呼ばれた女性は警戒心を顕わにして叫んだ。
「ですよねー」 「そうなるわな」 「……(コクッ)」
「自分で認めるな、貴様ら」
「いや、常識的に考えて、そっちのお姉さんが言っていたことは、至極、正論だと思うよ?」
「そもそもが変な登場の仕方をして、しかもどこから来たのかも分からない」
「あげくの果ては、忍者みたいって思われたなら、そりゃ信用なんて出来ないってのが人情だと思う」
特に二人は織田信長である久遠さんの、腹心の部下のようだし。警戒するのは当然だろう。
「で、どうしよう?俺はどちらでも」
好恋伯父さんたちも多分どちらに転んでもどうにかすると思うし、さっき気にするなって言っていたから大丈夫だろう。
「我に決めろというのか?」
「俺はここに居る、他の人たちのことを良く知らないし。久遠さんの事情もよく分からない。……余計な口は出せないだろうし、そもそも口を出しちゃいけないだろう?」
「……食えん奴だ」
「えー!俺なんてまだ食べやすい方だよ。世の中には煮ても焼いても食えない人がたくさんいるんだから。特に俺にとっての代表格なんてすぐ近くにいる二人だし」
「お前が俺らのことをどう思っているかよく分かった。……明日からの稽古覚えてろよ」
「……………(ニッコリッ)」
「ヤベー!恋姉ちゃんがニッコリしてるし、そのわりに、頭に怒りマークが見えてるよ!ごめん、ごめんなさい恋姉ちゃん」
「俺には謝罪ないんかいっ!」
「はぁー、そう貴様は言うがそういう、飄々とした態度を取るやつに、食える奴など居た試しがないわ」
「心外だなぁ。素直な子なのに俺」
「「嘘つけ(つき)!」
「でもさ、お世話になりたいってのは本心だよ?さっきの話しを聞いて、君の本音は充分理解しているからさ」
「だからまぁ……望みが叶うように願いつつ、あとは君にお任せってことで」
「ふんっ、やっぱり食えん奴だ、貴様は」
「まぁ良い。壬月、麦穂。貴様らの結論を言え」
「即刻、追放すべきかと」
「その理由は?」
「試してみて、この男が更に不審に思えた故」
「じゃあどうすれば良かったのかね?」
「好恋伯父さん、今は黙っていた方が良いよ」
「…………(コクッ)」
「はいはい、っうぐっ!?」
好恋伯父さんが適当に返事をした瞬間、肘で好恋伯父さんの横腹をど突く恋姉ちゃんを俺は見てしまった。
「それはどの辺りがだ?」
「初撃を躱した知恵の回り方。そして麦穂の一撃をかいくぐっての身のこなし。こやつは明らかに草としての訓練を受け、しかもかなりの腕前と見ます」
「殿のお側に置いておくには危険すぎます。身中の毒となる可能性が高い、と判断致しました」
「デアルカ。……麦穂はどうだ?」
「私は、その……」
麦穂と呼ばれた女性が、チラリッとこちらに視線を投げてくる。
「……身のこなしから見てかなりの使い手。……となれば夫云々を抜きにして、久遠さまの側仕えとして使うのならば宜しいのではないでしょうか?」
「それにそちらにいらっしゃる二人の方が強いと見えます。下手に手放すのは痛いかと」
「な……麦穂っ!?貴様も反対だったのではないのかっ!?」
「無論、今は不明な点が多すぎるため、まだ様子を見なければなりませんが……」
「ですが壬月さま。先ほども言いましたが、これほどの使い手を他国に追いやるはお家にとってご損ではありませんか?」
「結菜。おまえはどうだ?」
「……私はまだ反対。この者たちの真意が見えないわ。取り入った後、隙を見つけて悪事を働くことも考えられる」
「母、道三が美濃でやったように、この下克上の時代、不明の者を側に置くには、細心の注意を払った方がいい」
「全くもってその通りだね」 「同感だな」 「……(コクッ)」
「……やけに他人事だな、貴様らは」
「だって俺がそっちのみんなと同じ立場なら、同じ心配をしてると思うし。……なぁ、やっぱり俺ら、出て行った方がいいんじゃない?」
「いや。貴様、貴様らを手放すつもりはない。……壬月、結菜。先ほど約束したな。こやつに少しでも認められたところがあれば、口出しはさせんと」
「は……」
「体捌きと機転について、認める発言をしたな、壬月」
「は……」
「ならばそれは認めたということだ。……今後、剣丞に対しては口を出すこと、まかり成らん」
「し、しかし殿!」
「くどい。約束は守れ」
「は……」
「結菜、おまえもだ。良いな?」
「嫌よ。……この人が信用できると判断するまで、私は疑いの眼差しを持って接するつもり。それが妻としての役目だから」
「恋、妻ってそんなもんか?」
「…………多分?」
「貴様は――――」
「いや、それで良いんじゃないかな?逆に言えば、信用出来れば、ちゃんと接してくれるってことだろうし」
「………」
「良いのか、貴様はそれで?」
「全然構わないよ。袖すり合って即信用!ってのもどだい無理な話しだし」
「言葉を交わした数も少なければ、俺が働いているところを見てもらった訳でもないのに、信用なんて出来るはずがないんだ」
「少しずつ信用されるように、俺らが頑張れば良い話しなんだから、別にそれでいいよ」
「……分かった。貴様が良いというのならわ我も構わん。ではこれで決まりだ。……良いな、皆の者」
「「はっ」」
「家中への披露は明日行う。……剣丞、それに好恋に恋、貴様らも今日はゆっくりしておれ」
「分かった。……けど、もう充分寝ちゃったからなぁ。散歩に行ってきても良いかな?好恋伯父さんたちはどうする?俺みたいに寝て無かったと思うけど」
「うーん、たかが散歩だしなー。でも何か嫌な予感するし今回は俺は付いて行くよ。恋はどうする?」
「…………行く」
「そういうわけでちょっと散歩に行ってくる」
「構わんが、もう夜だぞ?」
「うん、まぁあまり遠くには行かないようにするよ。ただその辺を見て回りたいんだ」
今、自分がどんなところに居るのかも気になるし、周辺の地理を把握しておかないと、正直、落ち着かない。
「ふむ。……ではちょっと待っていろ」
そういうと、久遠さんは部屋を出て行き―――やがて一本の刀を持って戻ってきた。
「これを持っていけ」
「これは……?」
なんか見たことある刀だなぁ……。
「それ、お前が蔵で見つけた刀だな。…………それが鍵か……」
「貴様が空から落ちてきた時に抱えていた刀だ。……貴様の物ではないのか?」
「……ああ、そういやそうだな。多分、俺のだと思う。ありがとう」
久遠さんから刀を受け取る。ずっしりとした重みな、掌から伝わってくる。
(俺と一緒にこっちに連れてこられたのか?それともこの刀が俺をこの世界に連れてきたのか?)
(どっちにしろ、元居た世界からこっちに来たのは、俺自身と好恋伯父さんに恋姉ちゃん、そしてこの刀か。よろしく頼むぜ相棒)
「なかなかの業物のようだが、銘が分からんな。誰の作の刀なのだ?」
「俺も良く分からないんだよね~……」
「そうか。……まぁ良い。気をつけて行け。夜は危険な輩が多いからな」
「好恋伯父さんたちもいるから多分平気だけど。忠告ありがとう。それじゃちょっと行ってくる!」
「やれやれ、落ち着かん奴だな」
「殿……本気なのですか?」
「剣丞のことなら、決着したはずだぞ」
「それはそうですが……しかしながら、奴はやはり得体が知れませぬ」
「田楽狭間に突如舞い降りた、天より落ちたる人の子。……何故、あの方はあの場に顕現したのでしょうか」
「それだ。我が気になっているのはそこなのだ。それに付き従うが如く居るあの二人のこともな、本人たちは保護者だとかと言っていたが」
「というと?」
「なぜ、奴は我の目の前に現れたのか。……神も仏も信じはせんが、どうにも引っかかるのだ」
「何かの縁があるとでも?」
「縁があるのか、因となるのか。……しかし我らの道を切り開いた田楽狭間に顕現したということに、何かしらの意味があるのかもしれん」
「それにな。あのような不明な現れ方をした剣丞に、霊験を感じる奴らもおろう。そのようなうつけ共に奴を盗られるのは癪に障る」
「確かに……敵対勢力に担ぎ上げられると、甚だ面倒なことになりますな」
「そういうことだ。ああいう訳の分からん者は、手元に置いて監視か管理をするのに限る」
「なるほど。いざという時、手元にあれば、処分も容易いですな。……分かりました。そういうお考えなのであれば私も賛同致しましょう」
「麦穂の言う通り、あれほどの使い手を他国に盗られるのは、やはり我が国の損失でもありますからな」
「しかし……あのお方は一体、何者なのでしょうか。それに付き従うあの二人も」
「それは追々分かっていくだろう。……結菜、奴らはしばらくこの屋敷で預かる。世話をせい」
「はいはい。……全く。もっと前に相談してくれれば良かったのに」
「我も忙しかった故、時間が無かったのだ。すまぬ」
「もう良いけどね。……次からはちょっとしてよ?」
「うむ。それとな、結菜。奴らのことはお前自身の目でしっかりと観察してくれ。何か分かったら教えて欲しい」
「了解。じっくり観察させてもらうわ」
「頼む。それと奴らが帰ってきたら、風呂を馳走してやれ。いつ帰ってくるか分からんがな」
「そっちも了解」
「そういえば……昨今、市井では怪事件が多発しておりますが、あの方たち、大丈夫でしょうか……」
「例の人肉を食べるという鬼のことか。……その後、どうなっておるのだ?」
「目明かしを使って調査しておりますが、詳しいことは分かっておりませぬ。それに使っていた目明かし共が、次々と姿を消しておりまして……」
「殺されたということか?」
「恐らく」
「デアルカ。……麦穂」
「畏まりました。数人連れて、彼の人たちをお迎えに上がりましょう」
「ふむ。では私も付き合おうか」
「あら。鬼柴田様が同行して下さるなら、千人力でございますね」
「抜かせ。おまえとの対戦では五分ではないか」
「うふふ……では殿。行って参ります」
「うむ。我はもう休む故、剣丞たちのことは頼む。……では明朝、評定(会議、相談の場)の間で会おう」
「「はっ」」
「……久遠。くどいようだけど、本当に良いの?」
「……逆に聞こう。結菜よ、彼奴らは我の命を狙う悪党だと思うか?」
「それは……正直、そこまで危険だとは、もう思ってないけれど……」
「デアルカ。蝮の娘として、おまえも様々な輩を見てきたはずだ。そのおまえが危険を感じないのは、つまり」
「安全だ、と言いたいの?」
「安全かどうかはまだ分からんが、危険ではない。……彼奴らと離していて、我はそう確信した」
「やれやれ……そういうとこ、パッと分かっちゃうのは、敵わないな」
「彼奴らとじっくり話してみれば、自ずと感じ取るところもあろう。……頼むぞ、結菜」
「はぁ……分かってるってば」
「うむ。頼りにしているぞ、結菜」
「頼りにされてあげましょう♪で、久遠。これからどうする?お風呂にする?ご飯にする?」
「剣丞たちが帰ってくる前に風呂に入るとしよう。付き合え結菜」
「うん♪」