前作の直後の話になります。
次までに間があいてしまいそうなので投稿しました。
ガチャリ……
ズベシャアアアアアアアッ!
ボロ雑巾が……、のようにされた提督が執務室内に投げ込まれた。
「ごっふ……」
「お邪魔するでぇ~」
「あわわっ、Admiral? ダイジョブデスカ? もぉ~~リュージョー?」
窓の外を眺める長門は、特に振り向きもしない。
「どうした龍驤、またそいつが何かしでかしたか?」
「んぁ~、しでかしたっつーか、何もせんかったつーか。とにかくこれから説教やな」
“艦隊のおかん”こと鳳翔と共に、新規着任した空母に最初の訓練を施す龍驤。
一・二航戦の教官も務め、きっちり育て上げた経験を持つ彼女が、ガンビア・ベイちゃんを伴って抑えた怒気で告げてきた。
「ほう、久しぶりにおかんむりか。私は席を外そうと思うのだが、大淀に長めのお昼を勧めてしまってな」
「その間はウチがみとくわぁ。説教終わったらまた長門に伝えるから、頼まれてくれる?」
「いいだろう。提督、せいぜい絞られるんだな」
「お…、俺はただ、しむしゅチャレンジのけ、研究を……」
「ベイちゃぁん。そいつ起こさんでええで。さっきも言うてたけど、それ何なん?」
「クリックで何度連続『しむしゅしゅしゅ~っ』を言って貰えるか試すものらしいぞ?」
「何でクリックするかの指定はないんだ……。だから俺はナニで…ぶべっ!」
長門が上官の頭を、けっこうな勢いで踏みつける。
そして龍驤へ振り向くと、平手を首元で横にスビッっと一閃させ、そのまま親指を立て、サムズアップした手を下へ勢いよく翻した。
訳するとこうだ。
“掻っ切れ、そして沈めろ”
「説教や言うてるやろ? 司令官の首のすげ替えまでせんわ」
「そうか、提督命拾いしたな。龍驤さんの御説教だ、心して聞き、そして改心することだ」
「あっ、南雲の娘達も呼び出してるんや。途中で会ったら待っとるて伝えてぇ」
「わかった」
長門が席を外した後、提督は龍驤に着ている物をひん剥かれる。
「なぁ、俺これからどうなるんだ?」
「普通やったらウチの首が飛ぶんやろけど、キミィなら大丈夫やろ? 司令官がキミやから納まるもんもあるから、任せてくれん?」
「わかったよ」
——
南雲の娘、赤城達一・二航戦は廊下を足早に急いでいた。
龍驤から執務室へ来るようにとの呼び出し。
何かの作戦か、二航戦は気前の良い龍驤の事だからと、また鳳翔さんのお店への誘い、あわよくば嫁艦である自分達に提督を口説かせて、御馳走になってしまおうと考えたのではと気楽に話していた。
が、今しがたすれ違った長門から「待っている」との言伝けを受け、わざわざ改めて伝える算段をした龍驤に、悠長ではいられないものを感じたのだ。
数々の戦線を支えてきた正規空母達であり、この艦隊所属の多くの空母達へ実戦的な訓練を施し、敵と戦った上できちんと帰ってこれるだけの実力を付けさせた赤城達。
歴戦の艦娘でもあるその彼女達が、今は海に出ているわけでもないのに、
鬼教官でもなかったのだが、彼女達にとっての龍驤とはそういう存在だった。
「失礼します!」
赤城を先頭に、南雲機動部隊の名を馳せる面々が入室した。
「おう、呼び出してすまんなぁ」
「コココ、コンニチワ……」
既にパンツ一枚で正座させられている提督と、龍驤の横で不安げに挨拶をしてきたガンビア・ベイに四人は状況が飲み込めないでいる。
軽空母ガンビア・ベイも勿論、おかんと龍驤の、そして赤城達の生徒だ。
陸に上がると迷子になりやすい、しかも一帯が妖精さんによる不思議時空セキュリティになっている司令官宿舎を訪れると、何故か一人では、提督と一緒でないと帰ってこれなくなるという独特な癖をもっている。
それを利用してよく訓練から逃げるのだが、怯えがちな彼女に対し赤城達はそれを大目にみており、それでもちゃんと戻って来る彼女を殊更厳しくすることはしないでいる。
自分達もお説教なのだろう。
それは理解したが、一体どんな理由なのか。
それが不可解に感じられ、どのような姿勢で臨むべきか戸惑ってしまった。
「リュージョー?」
「ま、座ろか。ベイちゃんは立っててええで」
「失礼します……」
一応応接用のソファーはあるが、提督が既に正座であるのに、自分達はそちらへ座って和やかに会話する——とはなるまい。
提督の後ろで正座する赤城に三人も続いた。
「ウチなぁお前ら四人に、あっ五人やな。きっちり言っとかなあかん事あるねん」
「伺います」
「ここに一緒におるからわかる思うけど、 ベイちゃんの事や」
「はい…」
「何でお前ら、もちっとベイちゃんの事考えてやらんの?」
「私達による訓練の事でしょうか?」
「せや。ベイちゃんよく訓練サボって、このボンクラ司令官のとこ逃げるやろ? それなんでか考えたことある?」
「……」
厳しさに耐え兼ねて、と単純な理由では返答できなかった。
「逃げ出すの大目に見てるんは、まあええわ。けどちゃんと戻って来るからて、原因考えないままでいるんとちゃうか?」
「……」
「厳しい訓練が悪いとは言わんよ? でも厳しいだけでベイちゃんに合ってないから、この子逃げてまうんやないの?」
「ッヒ…」
心外だ、とでも言わんばかりの迫力が赤城から漏れ出し、戦慣れしていない提督が小さく悲鳴を上げた。
合っていないと言われたが、だからといって甘やかしてはいけないものがある。
そこをオザナリにしてしまえば、怯えがちなこの娘は戦場から帰る事なく、ミナゾコへ引っ張られてしまう。
自分達も仲間達もそうあって欲しくない。
それを一際嫌う南雲機動部隊の面々だからこそ、必ず帰る、帰って来て欲しいからこその厳しい訓練だ。
誰も沈む事なく戦いを終わらせる。
提督始め誰もが望む、この行うに難い奇跡へ向かって歩み続けるための、必須と言えるもののはずだ。
いくら龍驤とて、これを否定するのではあれば黙っていない。
そんな気迫が赤城から漏れ出ていた。
「赤城…、そんなんはベイちゃんだってわかっとんねん!」
「ベイちゃん、そこはちゃんと分かっとるから、イマイチ合ってない訓練でも戻ってくるんやろ? 何でこのボンクラな変態のとこワザワザ逃げ込むんや。このアホ、ベイちゃんに甘々でお祖父ちゃんみたくなるからて、甘やかされに行っとると違うぞ?」
「自分より弱いもん、守らなあかんもん思い出すために、このボンクラのとこ確認に行っとるんや!」
「……!」
「きっついシゴキ耐え兼ねてんのに、それでも頑張ろ思て、初心思い出さなあかんて考えて、ココで一番ヘタレの司令官とこ行っとるんや。こんなん言われんでも分かるやろ? おかんは勿論、ウチだって気づいとった事やぞ?」
「なんで、よりにもよってお前らがそこ汲んでやらんの?」
「ちゃんと帰って来れる訓練は大いにやったらええ。でも他んとこや。お前らベイちゃんにガチな戦いばっか教えとらん? 自分らと同じにしようとしとらん? そこらの配分間違ってないて言えるんか!?」
「お前ら正規空母は敵主力とガチンコできる。ウチら軽空母よりよっぽど強いし、それが役目や。そんで同じ軽空母言うても、ウチとベイちゃんはまた違うで?」
「なぁ赤城、ベイちゃんの持っとる役割ってなんや」
「護衛…空母です」
「せやろ? 敵倒すんも勿論大事やけど、もっとベイちゃんに教えなあかん事あるんとちゃうか? 配分間違えたらあかんとこあったんちゃうか?」
「もっと、弱いもん、守るもん背負ったやり方教えたらなあかんやろ?」
「……はい」
「そこのバランス間違えとったから、ベイちゃん苦しかったんちゃうの?」
「かもしれません」
「それになぁ、お前らベイちゃんの事勘違いしとるやろ?」
「ベイちゃんは確かにビビリや。いっつもおっかなびっくりやけど、これ凄い才能やぞ? ウチやおかんは一緒にバシー行っとるからよぉ~く知っとるけど、ベイちゃん別に目の前の敵にビビってるんと違うぞ?」
「目の前に敵がいるて分かっとるなら、おっかなびっくりでもちゃぁ~んとやっとるわ。潜水艦相手でもなぁ」
「ベイちゃんはな、見えないナニカ、急に現れてくるヤツ、意表を突いてくるようなんに怯えてまうんや。危機を予測するセンサーが鋭敏なんや!」
「!」
「お前らだって身に覚えが無いとは言わせへん、忘れたとも言わせへん。この感覚忘れて戦っとったら、いつか帰って来んようになる」
「なぁ…、なぁ? ベイちゃんに、護衛空母に教えたらなあかん事ってなんや? 守るもん背負う奴にいっちばんに必要な事あったやろ? おかんとウチが口酸っぱくして言うた事、お前ら忘れたんか?」
「一にも二にも、三に四にも、まず索敵」
「せやろ? ベイちゃんが怯えずに済む、守るもん背負って進まなあかん時は尚更やろ?」
「敵がいるて分かっとるなら、自分らより強い相手でもなんぼかやりようあるやろ? そ~ゆ~とこ掛け違えて、わかって貰えんままシバかれとったら、誰だって泣きたなるやんか」
「まだあるで」
「ウチらもお前らも、毎日訓練なり出撃なり、腹いっぱい食ったりしとるやろ? それ誰のおかげやの?」
「補給線を維持してくれている方々のおかげです」
「せや。このボンクラ助兵衛、そこだけはまいんちセコセコしっかりやっとるで。物資運んでくれる船団にきっちり護衛付けるのだけは忘れへん」
「お前らがガチンコできるのも、ここまで強くなれたんも、全部これがあったからやろ?」
「自分一人の力や決してない。それを支える皆がおるからこその強さやろ?」
「お前らそこんとこ少し忘れとったん違うか? いっぱい教え子おって偉ぅなったような気ぃして、肝心なとこ疎かになっとったんちゃうか?」
「だからそこに携わるベイちゃんの事、分かってあげられんかったんと違うんか!?」
「くっ……」
「悔しいか? 赤城」
「でもこれ重要やぞ? 輸送船の護衛に大和型つけるアホはおらんやろ? 本末転倒や。だからベイちゃんの背負ってる役割、疎かにしたらあかん」
「補給なくなったらどうなる? 油も弾も無うなったら、お前らもウチもただの的やぞ? 砲台にすらなれへんねんぞ!」
「おっおではあああ、それがいちばんんんん~~」
「べそかいて言わんでも知っとるわ! ちょっと黙っといてっ」
「なぁお前ら、このアホ泣いとるで? お前らがそんなんで沈んでみぃ、こいつきっと海に身ぃ投げよるで?」
「まぁ、こいつはまだええわ。けど、おかんはどうなるぅ?」
「あの人は強いお方や、絶対身投げなんてせぇへんし、勝てない相手に玉砕なんかもしないやろ」
「でも守るもん後におったらどうなる? 自分より強うなったお前ら居なくなった後でも、あの人きっとその手に弓を取ってまうで?」
「自分が最前線に立てないのを、おかんはよう知っとる。だから指輪も貰わんと、新しい子達が最初に超える壁 になってくれとる。毎日の活力になるようにて、おいしいご飯作って待っとってくれてる」
「戦いより人の世話するのが大好きなおかんに、お前ら苦しい思いさせたいんか!?」
「ぐすっ…ぐすっ……」
「うっ…うぅ…、ち、違います」
「なぁ? ベイちゃんの事わかってあげれんって事は、船団護衛に関わる子達への配慮が疎かになるって事は、そっちの道に一歩進んでしもてるんと違うか?」
「今回の事は、そこまで大げさなモンやないかもしれん。でも一歩でも、半歩でもそっちに足が向いてるちゅう事は、そっちに舵切ってるって事やないんか?」
「なぁ赤城……」
「これは慢心と違うんかっ!!!」
「ぐっ、ぐううぅ……」
「おかんが悲しむ未来なんて、ウチはごめんこうむるでっ!」
「だから言ったらなあかんかった。おかんはお前らが自分で気づくの待っとったけど、このボンクラ司令官がベイちゃん慰めただけで終いやったのに、ウチはキレてもうたわ」
「なぁお前ら、ウチもそうやけど、教える立場になったらちゃんと相手のこと見てやらなあかん」
「お前ら空母の子達たくさん立派に育てたわ。特に五航戦、あの子らの活躍はおかんもすんごく喜んどった。そいつらを雲龍型の指導にあてたんも、しっかり後の事考えてると思うわ」
「でも見誤ったらあかん」
「いいか? あの姉妹の素質はな、お前らやウチらおらんでも、きっと華開いとった才能やで?」
「そこはちゃんと引き算せんと調子づいてしまうんや。立派に育ってくれる子達に、その才能に、教える側は感謝せなあかんねや」
「ぐすっぐすっ……、うっううぅ……」
「悔しいやろ赤城? それもお前の才能や。お前はもっともっと強うなれる。だからこういう機会をくれたベイちゃんに、学ばせてくれたベイちゃんに、ちゃんとお礼言おな? そんでちゃんと謝ろな?」
「…はいっ」
「グスッグスッ…、リュージョー…」
「ベイちゃんごめんな? ウチももっと早く言うべきやった、ごめんなさい」
「ガンビア・ベイさん、申し訳ありませんでした」
『申し訳ありませんでした』
「あなたに、私の持てる全てを伝えます。どうか、その時間を私にください」
「アカギィ~~。ワタシも…逃げてばかりでゴメンナサイ~~っワァァァン!」
「私は……こんな娘を悲しませて……」
「ベイちゃあぁぁん、ごめん、ごめんねぇ~~」
「ぐずっ、多門丸に顔向けできねぇ……」
「さすがや…うっうぅ、流石おかんの教え子達や……」
「そしたらお前らっ、 慢心の一切無い南雲機動部隊の強さ、ベイちゃんに見せたらんかい! きっとベイちゃん惚れ込んでまうでっ!」
『はいっ!』
カチャリ……、ドサッ…!
「あん?」
「テンリュー?」
「遠征の……ぐずっ、うっうっ、報告……ぶわぁ~」
「聞いとったんか……。ご苦労様やったな、ありがとう」
「おっおれ、オレもよぉ~。戦いで役に立ちたいけど、でも遠征に船団護衛に、航続距離の長い燃費に優れたオレが必要だって言われて……ぐすっ。大事なだいじな生命線だからって…。でもイマイチ役に立ててるのかわかんなくてよぉ~~」
「あんたに…そんな風に思って貰えて……、オレ嬉しくて、ぐずっぐずっ…」
「よしよし、なんやのもぉ~。あっ鼻水つけんでくれる?」
「龍驤パイセン、オレとケッコンしてくれっ!」
「おまえが言うんかい!」
「ずびっ、いいや…俺とだ! 俺とケッコンしてくれ龍驤! ずぴっ…ぐじゅっ」
「キミィも鼻水擦り付けんなや! いつも言うとるやろ? ウチが指輪貰うんはおかんの後やて」
「鳳翔さん受け取ってくれねーんだよぉぉぉ~ずべっじゅるるる」
「だからや。おかんが安心して指輪受け取るまで、ウチもお預けや」
「龍驤パイセンかっけぇ……。ならオレを抱いてくれっ!」
「もうええて。おし、ほらっ。昼めしの後やけど、皆で間宮んとこいこか? おかんの店は今日夜からやし。天龍も一緒にこい、ウチが全員おごったる」
「ぜ、是非俺に出させてくれ、ずぺっ、ずびぃぃぃ」
「司令官もたまにはおごられときっ。そんな機会もないやろ?」
「オレも空母になりてぇ……」
「天龍おらんくなったら誰が遠征隊率いるんや…、ほらいくでぇ~。キミィは、はよ服着なさい」
龍驤と、そしてガンビア・ベイを囲んだ一行は、甘味処 間宮へ向かう。
パンツ一枚だった提督は、置いてけぼりにならぬよう急いで着替えをしている。
するとそこへ。
「終わったみたいだな」
「おっ長門、悪かったな」
「なぁに、いつもの事さ。早くしないと遅れるぞ? 皆でどこか行くのだろう?」
「そうなんだけど、大淀さん戻って来ないんだよ」
「私が長めの昼食を勧めたんだ。戻るまで受け持つから気にせんでいいぞ」
「そうだったのか。それじゃ間宮行くってから、長門にもお土産買ってくるわ」
「う~ん。いや、私は今度でいい」
「なんだよ、遠慮するなよ」
「馬鹿者、今度陸奥も一緒にいる時に、店に誘えと言っているのだ」
「長門…さすがだ。しゅきっ!」
「早く行け、遅れるぞ」
「わかった、ありがとう。今度いっぱいちゅっちゅしような!」
廊下を足早に後追う提督を見送り、長門は窓の外を眺めながらまた一つ、やれやれと溜息をついた。
毎度の事で先が思いやられるが、長門はそんなこの時間を大切に、決して途絶えさせてはなるまいと、心に誓っていた。
ベイちゃん日和前話 龍驤パイセン おしまい
書籍化へ向けた、書下ろしを作ってます。
初の試みのため、一から調べながらなので作業が遅いです。
艦これのゲームの方のイベントもあるので、更新が遅くなるかもしれません。
追記:あとがきをブログで載せました。宜しければ目次ページのURLからお願いします。