明石の工廠出張版 いち
「ムツ、これを忘れているわよ」
『Trattoria Salute』
大規模演習祭開催に際し、自分達も出場選手であるにも関わらず、何でか大衆食堂経営に力を入れ始めたイタリー艦達のお店である。
店長はリットリオ改めイタリアであるが、姉を立てたものの、ちょっぴりぽやんとしている彼女が心配になった妹のローマは、自らが料理長となって実質的に切り盛りを担当し、その甲斐もあってか既に試験営業の段階から大評判となっている。
その評判となっているひと品であるパエリア。
提督の傍を離れている間、しっかり彼の護衛と世話を務めてくれたジョンストンのリクエストを昼食にと注文しておいた陸奥は、テイクアウト用に包まれたそれを持って、チア衣装で盛り上がってるだろう二人が待つ事務所へ戻ろうとしていた。
そこを料理長であるローマに呼び止められて、陸奥は振り返る。
「あら? でもこれってワインでしょ? 昼間からアルコールは遠慮しておくわ」
「はぁ…」と溜息をつきながら首を振り、いつもの若干素っ気ない口調でローマは続ける。
「わかってないわね、ムツ。私達が何のためにパエリアってスペイン料理を出していると思ってるの?」
「えと…、理由を教えてくれる?」
「これはね、地中海産…とはいかなかったけれど、魚介類をふんだんに使った料理で、この白のイタリアンワインを楽しむためのメニューなのよ。メインとなってるのは白ワインの方なのに、よりにもよってそれを置いていくなんてどういう了見なのかしら?」
「知らなかったのよ、ごめんなさいね? でも提督も昼食でこれを食べるのよ? 貴女、アルコールを口にした彼が一口で酔いつぶれてその後……」
「Va bene ムツ。良く理解したわ、私が間違っていたようね」
「分かって貰えて嬉しいわ」
「でもそうね…。今度でいいから、少し彼にもお酒を飲んで貰えるように頼めないかしら?」
「その後が大変になるわよぉ~? 一応そっちの理由も聞かせてくれる?」
「あの子が…、自分が好きな物を彼と一緒に楽しめないのが少し寂しいみたいなのよ」
ローマが陸奥から移した視線の先には、午後番シフトなのか意気揚々とやってくる、ご機嫌なポーラの姿があった。
「大丈夫よ、心配ないと思うわ。ポーラーっ!」
「はぁ~い、ムツさんいらっしゃ~い。お昼ご飯ですかぁ~?」
「そぉよぉ。提督も一緒に評判のパエリアをいただくから、これに合う彼用の飲み物を見繕って貰えないかしら?」
「むっふっふ~、まかせてくださ~い。ポーラ提~督~と一緒に楽しむために、ノンアルコールのスプマンテを取り寄せておいたのでーす。オーガニックですよ~? ちょと待っててくださーい」
いそいそとお店の中へ入っていくポーラを見つつ、陸奥はローマへウインクしてみせる。
「貴女…やるわね。連合艦隊旗艦ナガトの補佐役は伊達ではないのね」
「彼もずっと気にしていたのよ」
「そう…ならいいわ。さっきのは忘れてちょうだい」
「夜はお酒を出すバーになるのでしょ? 今夜試飲会なのを聞いているから、彼にも少し顔を出させるわね」
「まったく、色々と抜かりないわね」
陸奥はもう一度、ウインクしてみせた。
◆
小さな護衛の希望が叶った昼食は、「うんめ! これうんめぇ!」と、ポーラが厳選したスプマンテで、口一杯に頬張ったシーフード盛り沢山のパエリアを流し込む提督の横、フラフラになりながらモソモソとスプーンを口に運ぶ、リクエストした本人の姿があった。
陸奥はジョンストンがちゃんと味を楽しめているか心配ではあったが、提督が口元に持ってきたパエリアに「ぁ~ん」と応えて頬張り、とろんとした目のまま微笑むジョンストンに、彼女もまた柔らかく笑みを零した。
肌の露出があると彼がまた盛り上がってしまうだろうと、陸奥はジョンストンをチア衣装から水着姿に戻した上からTシャツを着せて、持っていたパーカーはまた腰にパレオのように巻いてやる。
そうして、念のためガンビア・ベイと、サミュエルに迎えに来て貰い、色んな意味でお腹いっぱいになってぽけーっとなってしまったジョンストンを見送ったのだった。
その後いくつか視察を済ませた上で、提督と陸奥は懸念事項となりかけている、明石の工廠出張版。島のチャペルやビーチのある浜辺から反対側にあたる、艦娘の緊急射出口など提督と妖精さん達のロマン要塞としての機能をもつ設備区画へと赴いた。
工作艦である明石は、大淀、そして初期艦と共に、破壊の後、瓦礫まみれの港跡でしかなかった所から、現在の鎮守府と呼べるまで育て上げた功労者の一人だ。
瓦礫の中で最低限のドックや工廠施設を造り上げ、提督を迎えた後は四人でひもじい資源をやり繰りしながら、当時特殊な洋上船外作業要員としてしか見做されていなかった艦娘を、対深海棲艦の主力として運用する事が極めて効果的である事を証明し続けてきた。
現在でも明石は重要な役割を担っており、艦隊のメカニックとして修理やメンテを一手に引き受けている彼女は、本人にその気も自覚もさらさらないが、ある意味鎮守府カーストの最上位に位置付けされていると言える。
また彼女は、掘っ立て小屋暮らしの頃から提督とも仲が良く、今でも彼のロマン溢れる企みに必ず一口乗っかるような茶目っ気ある性格をしているので、以前の執務室オシャンビューリゾート事件の際には、彼と一緒に大淀から説教を喰らうような間柄だ。
どこぞの世界のいつかの時代の船の記憶。そしてその不思議な力を持つ艦娘なれど、人の姿形を取っているからには、また記憶と眠りが深い関係にあるため、彼女達は一定の休息や食事が必要とされている。
であるのに明石ときたら、研究や開発に寝食を忘れて没頭し、根を詰めると一か月以上も睡眠を放棄して目の下にクマをこさえるので、そんな彼女が心配になった提督は、戦闘には不向きな工作艦である彼女を錬度向上のために出撃させて、指輪を押し付けた上で「無理をしてはダメ、でなければ俺は泣き喚く」と、半ば無理やり納得させた。提督チンポで。
一応明石も思う所があったらしいのと、毎日開発や改修任務で提督が工廠に顔を見せては様子を尋ねるので、以降は大きな作戦でもなければクマをこさえるような徹夜はしなくなった。
今回懸念されるのは、演習が大規模であるのと、その様子を会場に見学希望者を集めて実況応援するために、演習用装備や撮影・データ収集機材の準備で明石の負担が大きい事に加え、茶目っ気だけでなく商売っ気も逞しい彼女が、パンクするほど色々手掛けている事だ。
「陸っちゃん、いくよ…」
「そんなに心配しなくても大丈夫、…と思いたいわね」
少し武者震い……。
否、彼は武者ではないので『へたれ震い』をする提督の背に、陸奥は優しく手を添える。
こんな意気込みは不要と思えるのだが、そうでもない点がある。彼にとって明石とは『掘っ立て鎮守府創設メンバー』の一人でありながら、別の面では天敵でもあるためだ。
一番最初の彼のケッコンプロポーズを、『なのですアンカーで病院送り』の返答で盛大にお断りした初期艦。最初期から数多く提督のセクハラ被害に合って、すっかりやさグレている駆逐艦 電と違い、創設メンバーの中では最も早くに指輪を受け取ったヨメ艦ではある。
ロマンに乗っかる趣味趣向も提督と似通っており、任務遂行のお目付け役として彼を叱りつける大淀よりも仲良しと言える。
だがしかし、こと経済面においては、あれこれ理由を付けては提督からも容赦なく毟り取っていくのもまた明石であるため、演習祭開催で消費の大きくなる時期に、彼女がクマをこさえるような事態が起きているなら、お財布的にイエローシグナルの可能性があるのだ。
上層部からの資源配給に頼らざるを得なかった掘っ立て鎮守府の頃とは違い、現在では遠征や船団護衛などを通じて独自のコネクションも増え、艦隊運用に必要な資源の大部分を自前で賄う事ができている。
それでも「何かの時のために、貰える物は貰っておいた方が良い」との大淀の意見に同意する彼は、任務や戦果褒賞等、上層部からの配給も引き続き受け取れるように手配している。
備蓄資源が潤沢であると配給が打ち切られる可能性があるため、実際はどうであれ、少なくとも帳簿上は艦隊運用資源に困っている体を大淀が偽装している。
配給される資源を、明石が手掛けているお店『明石の酒保』へ一旦通す形を取り、定期的に資源に困った体を装って提督名義でそれを買い付け、そのキックバック分を加味して次回の配給分を上層部との間で調整したりする。
明石の店側の帳簿で提督名義の『ツケ』が積み上がるが、それもまた大淀が定期的に備蓄資源で支払う形を取るため、提督に言わせると…。
「よくわっかんねーんだけど、資源の数字が明石さんのお店と行ったり来たりすると、俺の借金が増える仕組みになってんだよ!」となる。
彼の『お給金』も、未払金の返済で差っ引かれるので、手元に届くことはこれまで唯の一度もない。最初のヨメ艦 榛名とケッコンしてからは、彼女が大淀と財布の紐を綱引きし合って、提督の将来へ向けての積立金などが用意されているが、そちらは榛名が管理しているので、やはり彼の手元に来ることはない。
その他、榛名が独自で運営している『ヨメ艦共済』などがあるため、提督の将来はそこそこ無難に収まりそうなのだが、現在彼の金銭感覚は『経費暮らし』そのもので、お金は自分の頭の上を越えて行ったり来たりして、自分の下には降りてこないのだ。
そのため提督は、元々の貧乏性に輪を掛けるようにケチクサー症候群が併発しており、艦隊運用においてこの感覚は都合が良いと解釈されているので、艦娘の誰もがこれを問題視する事はない。
そんな万年金欠提督に、明石は日頃から開発なり改修なりにかこつけて、通称ネジなりクギなりを買わせた上で彼のツケを膨れ上がらせ、自分の店との間で数字が行きかうのを利用して、明石個人の研究や実験などの費用を「提督名義」でちょろまかしている。
加えてケッコン艦達が増え始めてからは、『明石の秘密のお店』の経営にも乗り出し、ヨメ艦向けのアダルトなグッズ販売で儲けをせしめ、そちらの商品開発の名目で、ケチクサー提督がせっかく節約して貯めている『へそくり資源』もちょろまかしている。
鎮守府創設メンバーのよしみなのか、艦隊のキモと言える程の重要な役割を担うメカニックであるためか、提督に『借金がある』意識が枷として都合が良いのか、大淀ですら明石には大甘だ。
提督自身も明石の担う役割の重要性もさることながら、創設期からの長い付き合いと、ロマン溢れる悪だくみ仲間。茶目っ気ある性格も好意的に感じており、また艦隊運用においてある種頼みの綱であるため、金銭面で泣かされる事があっても、明石が楽し気にしているとそれを喜ばしいと感じてしまう。この有様なので、常に彼女に言いくるめられてしまうのだ。
諸々毟り取られるのに、心の底から仲良しこよし出来てしまう、提督にとっての『天敵』であるのが、彼から見た明石さんなのだ。
だがそんな彼にも突破口がある。
明石がクマをこさえるのを思い留まらせるに至った手口、提督唯一の武器。
即ち提督チンポだ。
それを炸裂させる必要があるのか否か、提督と陸奥はヘンテコな緊張と共に、開催期間中は一々鎮守府に戻るのが面倒であるためこの島の建設された、『明石の出張工廠』その事務所の扉を開ける。
「こんちわ~、明石さーん」
「姿が見えないわね」
工廠事務所、造りは提督や陸奥が演習祭開催に向けて利用している建物と同じレンガタイルのものだ。
室内の間取りも同じなのだが、ここの利用者が明石と、彼女の負担を少しでも減らせるように提督にサポート役を頼まれた兵装実験軽巡である夕張。演習の様子を映像やデータで記録するために、使用される事がほぼ確定している二式大艇の運用母艦である秋津州。
何かとメンテナンスに縁のあるこの三名が主となる事務所なので、カウンターの位置は同じでもデスクや資料棚の配置に違いがある。
そして応対用に設けられているテーブルとそれを挟むソファーが一対あるが、このソファーも提督が仮眠やご休憩に使用しているのと同じ品で、脇にあるレバーで簡易ベッドに早変わりする物だ。
ソファー上に綺麗に折りたたまれたブランケットと枕が置いてある所を見ると、座るためというよりは寝るためだけにしか利用されていないのが分かる。
ブランケットの端をぴっしり揃えて畳んだのは秋津州だろう。
明石は鎮守府の工廠でも、普段から作業場や工具などは綺麗に整理するのに、デスク周りはガチャガチャと散らかす感覚の持ち主で、彼女に付き合わされる夕張はとっくに整理整頓を放棄しているので、それがそっくり反映されているこちらの事務所の事情も察する事が容易だ。
案の定、向かい合わせの三つのデスクも、一つだけが綺麗に整理整頓されている。
(あのブランケット、いい匂いしそう)
若干化粧っ気のある、またヨメ艦の一人でもある秋津州を想像した提督は、あのソファーにダイブして、ブランケットの使用者の香りを思い切り吸い込んだら後でバレるだろうか? などと考えたのだが、その前に立ちはだかる懸念事項をどうにかしなければ、香りをじっくり楽しめないかもしれないと思いなおした。
本日午後、提督と二人でここを訪れる事を陸奥が事前に通達してあったはずだが、明石の姿は見えない。
リーン リーン
カウンターにある卓上ベルを陸奥が鳴らす。
少しの距離を置いて併設されているガレージの方で明石が作業していたとすると、この程度の音色では聞こえないだろうと提督は思ったのだが、ベルの音色が不思議と事務所内の扉の向こうの部屋からも鳴り響き、(あ、これ妖精さん製の不思議技術の品だわ)とすぐさまその効能に得心した。
やがて奥の部屋の方から、ガシャンゴチンと慌てたような物音が聞こえてくる。
「はいはーいっ。今行きますねー」
工廠の主、工作艦 明石の声も聞こえてきた。
「いよっと…」
丸めた図面らしき物がはみ出している、蓋をしていないダンボール箱を運びながら隣の部屋から姿を見せた明石は、自分のデスク上に重なる資料を崩しながらドサリと箱を置く。
「ふぃ~、お待たせしました。おっ? 提督じゃないですか~、今日も元気に変態してますかぁ~?」
なんてこった。以前ほどではないが、彼女の目の下に若干のクマが出来ている。
しかも事前に通達してあったはずなのに、少しワザとらしい提督への挨拶が気になる。
そして、普段作業着やツナギ姿でいる事の多い明石が、今日はどうやら水着を着ているようだ。その上から作業用エプロンを身に着けているので、見ようによっては裸エプロンに見えなくもない。
その様相に提督は股間を反応させたのだが、懸念事項が一層怪しくなったのもあり、カウンター越しの見えない位置でハンドサイン、握りこぶしに親指を立てた「準備OK」を作る。
視線は合わせていないがそれに気づいた陸奥も同じハンドサインを作り、彼のハンドサインと親指同士をくっつけ合って了解を示した。
「元気だよ、どうせ変態だよ。明石さん今日は水着?」
「あっ! 気が付いちゃいましたぁ~? さすがですねぇ。ちょっと提督を悩殺しちゃおうかなぁ~? なんて、にひっ!」
やはり提督が来る事を知っていたようだ。益々あやしい……。
「御用はなんです? 何か造ります? いじっちゃいますぅ? ネジもクギもバケツ一杯いっときますぅ~?」
「ネジもクギも飲み物みたいに言わないでよ。バケツ一杯も呑めないよ!」
「明石? 今日はちょっと資料を見せて貰いに来たのよ。午前中、地下の発電施設を見て来たのだけど、図面とかあるかしら? もう少し全体像を把握しておきたいの」
「ありますよ? 結構改良しちゃってますけど、基本構造は変わりませんので! えっと…、資料室の鍵はぁ~、あれ~?」
明石はデスクの引き出しや書類などを引っかき回すが、どうも見つからないようだ。
いくらデスク周りは散らかしがちとは言え、開発や改修でも必要な『資料』、その保管場所の鍵を彼女が見失うだろうか?
提督と陸奥は、表情には何も浮かべずに視線を合わせる。
「おっかしぃ~なぁ~? ちょっと見当たらないんで、後でもよければ探して陸奥さんの所へお届けしますよ?」
「それじゃあ、お願いしようかしら? ……あっ! もう一つ聞いておきたいのだけど」
「はいはい、なんでしょう?」
「数日前に、大きな爆発音と地響きのようなものが聞こえたって報告がいくつも上がってるのよぉ。貴女の方で何か変わった事を聞いてないかしら?」
「えっ!? えぇっとぉ~…、何も聞いて、ないかなぁ~?」
明石の瞳が斜め右上後方に、盛大にざっぶ~んと波乗りした。
カウンター越しの提督のハンドサインは、広げた手の平を「前へ」と送っている。
「そう…。提督、困った事になったわね」
「そうだね陸っちゃん。これはいよいよ……」
「えっ、えぇぇ~? そんなにマズイんです? そこまでじゃないハズなんだけどなぁ~?」
色々とお馬鹿でにぶチンな提督でも(あ、これまたやらかしてるわ)と気が付いた様子で、珍しくジトっとなりかけた目を取り繕って、努めて深刻そうな外面で表情を覆う。
(あらっ? 上層部に出頭させられた時でもないと、お目に掛かれない様な顔になっちゃってるわね)
連合艦隊旗艦 長門の補佐役を務める陸奥。艦隊の象徴として頂に立ち、全体を見渡して号令を発する姉を支えるため、常に細かな所に目を配せ、気を配せているのが彼女だ。
そして必要とあれば、すぐさま姉に変わり連合艦隊指揮を請け負えるよう備えてもいるそんな陸奥が、既に半分くらい自供し始めている容疑者を見過ごすはずもない。
「やっぱり演習祭は一旦延期…、いえ中止にするべきかしら?」
「ゔえ゙ぇっ! 延期? 中止なんですか!?」
「だって爆発に地響きでしょ? 原因がわからない事には危なくて準備も進められないよ……ねぇ陸っちゃん?」
「そうね、もし深海棲艦絡みだったら大変だもの」
「お祭り騒ぎしてて深海にやられた、なんて事になったら俺きっと首チョンパだわ。一旦止めて原因の調査しないと皆も危ないし。はぁ~残念だなぁ」
「そんなぁ~? いつです? いつ再開できるんです? 私、演習祭に向けてリゾート向けの品を色々仕入れちゃってるんですよぉ~? 中止になったら大赤字になっちゃいますよぉ」
「そういえばキャンプ用品は売れたの? 私に泣きついてきたでしょ?」
「……まだ陸奥さんが買ってくれたのが二つだけです」
「あら、大変そうね?」
「陸奥さ~ん、なんであんな誰も来ないトコで展示してるんですかぁ~? もっと人目に付くとこにしてくれないと、興味もって貰えないですよぉ」
「キャンプ場はあそこだから仕方ないじゃない。でも演習やビーチバレー大会が終われば、もっと浜辺の方も解放できると思うから需要も増えるわよ」
「あそこにあったテント、明石さんが仕入れたヤツなんだ? まだどんくらい残ってんの?」
「テントだけで大きいの二百と、小さいのが百です……」
「仕入れ過ぎぃ! 誰がそんなに使うのさ!」
「だって駆逐の子達が、姉妹で~とか、駆逐隊で~とかでキャンプしたいと思ってぇ~。それに他の方達も一緒にやりたいかもじゃないですかぁ? 武蔵さんとか清霜ちゃんと一緒するかなぁ~って思ったんですよぉ」
「まぁ、それはありそうね?」
「それにしたって多いよ。他の用品もなんでしょ? 色々一式揃ってたし」
「ねぇ提督ぅ、知ってるなら買ってくださいよぉ~? こう一括でどどーんと経費で! 提督が一声かければキャンプ大会も開けるじゃないですかぁ」
「ん? う~ん、結局それも安全が確認されてないと、なんともなぁ…」
「明石、貴女も残念なのはわかるけど、こういった事はしっかりしておかないと」
「だよねぇ。原因が分かれば良いんだけど、分からないままなら来年の夏に持ち越し…。あ、ダメだわ、鎮守府すぐそこだし来年どころじゃない。やっぱり原因究明は絶対だわ」
「提督、すぐに中止の連絡をして、調査チームを編成しましょう?」
「そうだね陸っちゃん。善は急げだ」
「う…うぅ~」
「明石、時間を取らせたわね。急いで戻らないといけないからこれで失礼するわ。資料の方は再開目途が立ってからで構わないから」
「最悪、この要塞島の放棄も在り得るな…。っく! 残念だがそれも致し方なしか。あぁ~残念だなぁ、残念だ」
工廠事務所から去ろうとする提督と陸奥を、いよいよもって観念した様子の明石が呼び止める。
「あのっ、お二人とも待ってください」
再び二人はアイコンタクトをすると、振り返って明石にしばしの猶予を与える。
「えとぉ~、じ、実は心当たりがありまして……」
「爆発音と地響きの?」
「は、はぃぃ~」
「明石、聞かせて貰える?」
「お、怒らないでくださいね? あのぉ~、その、またちょっと実験失敗しちゃいまして…」
「……明石さん、今度は何やったの?」
「提督、顔怖いですぅ。うぅ~、それがそのぉ、改46cm八連装砲の…」
『八連装!?』
「う、うえぇ!? えと、それのディバイダーをこう…」
「ディバイダー!?」
「提督、ディバイダーって何? なんのことなの? コンパス??」
「…待って陸っちゃん。明石さん、続けて?」
「は、はい。それの試射をしたんですが、えと、一旦46砲バラして八連で組みなおしたりしたもので、繋ぎが甘かったかなぁ~と。それで撃った途端にこう……」
「原因はそれね? 明石、やっぱり貴女だったのね?」
「それって地響きの報告が複数出てくるもん? そんな規模の爆発?」
「それがですね…。八連のディバイダーですんで、合わせるとこう十六連になりまして。それを一斉射して爆発したもんで、砲塔がどどーんと飛んでっちゃいまして…」
「……陸っちゃん。俺なんだか動悸がヤバイんだけど」
「提督気をしっかり保って! まだ続きそうよ?」
「その飛んでった砲塔がですね、盛大に火を噴いたままいくつかガレージ突き破ってしまってですね…」
「陸っちゃーん! 酸素っ、携帯用の酸素ボンベある!?」
「ごめんなさい! そこまでは想定してなかったわ!」
「……続けますと、ガレージ内にあった、たぶん弾薬とかと誘爆したみたいでして…」
「はぁはぁ…。おで、この先聞きたくない゙い゙ぃぃぃ」
「提督! もう結果はわかったようなものよ!? しっかり受け止めてあげて!?」
「結果的にガレージが吹き飛びました。こうどっかーんと、満遍なく跡形もなく」
「待って明石? ガレージはすぐそこでしょ? 被害があったようには見えないわ?」
「隣のはちょっとした作業用のなんです。誘爆したガレージはもっとあっちの、演習用装備の試験とかすぐ出来るように海側に建てといたやつです」
「演習用装備の試験ってことは…、明石まさか?」
「えと、はい。そのガレージに置いてあった、演習用に調整してた予備兵装全部逝きました」
「くあっ!? くはぁーはぁー。ま、待ってくれ明石さん。そんな大爆発おきるほどコッチに弾薬持ってきてたっけ? 後、大和型は今回の演習参加しないのに46砲がコッチにあったのはなんでなの? はち、十六連とか意味わかんないんだけど!」
「それはですね…。最近デイリー改修はケチって徹甲弾叩くだけだったじゃないですか? でもアレ途中から共食いしますし、前もって作っておこうとぶん回しておいたんで、それ用のではないかと。後46砲も実験したくてぶん回しました。そっちでも徹甲弾できました」
「ぐす…ぐしゅ。ずぴぃ~ずぴぃぃぃ、じゅるる」
「明石…。演習用にこちらに持ち込んでいた、予備兵装と資源や資材はつまり?」
「ガレージと一緒に跡形もなく吹き飛びました。……あ、あっははぁ~?」
『……』
提督は下を向いてプルプルと震えながら泣いている。
陸奥と言えば……、真顔だ。
「あ、あのぉ~? やっぱり怒ってます…よね?」
「GOッ!! 提督GOッ!!!」
「うぅぅ~っ、ばうっ わうわうっ!!」
陸奥の合図で、華麗に俊敏にカウンターを飛び越えた提督は、肩掛けのボディバッグをガバりと脱ぎ去り、それを陸奥へと投げて寄越す。
陸奥はバッグを受け取ると卓上に置き、カウンター越しを優雅に歩いて提督とは逆側へと回る。もちろん明石の退路を断つためだ。
「うわわっ! ごごご、ごめんなさいっ、ごめんなさ~~い」
「提督っ! かまわないわ、やっておしまないなさい!」
「イエス! アイ マム! ばうっわうっ!」
「うわぁっ! うひゃっ? うひゃっひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ!」
明石に飛びつき、まさぐりくすぐり始めた提督を陸奥は腕汲みして眺めながら、雑然としたデスク周りにも目を走らせる。
資料室の鍵はその辺りにないと判断して、陸奥は広げた視野で素早く探る。
壁掛け時計に目を止め、以前打ち合わせに来た時は無かった時計の振り子仕掛け、その繋ぎ目の隙間を見つける。後付け感、やっつけ感が溢れ出している。
振り子仕掛けの扉をパカリを開けると、やはりダミーとなっており、中には見張員妖精が欠伸をしていた。
陸奥はその子をちょいちょい撫でると、彼女は眠気まなこで鍵を渡してくれる。
ニッコリ笑いかけてまた撫でてやり、「ごくろうさま」を呟いて仕掛扉を閉める。
渡された鍵は、ジグザグと凹凸があるものではなく、薄長いだけの金属製だ。
陸奥は最初に明石が姿を見せた扉とは別側のドアに向かい、その鍵穴へと差し込むと、薄長金属は不思議と形を変貌させて納まり、捻ってロックを解除する事もなく、シャコンとした音と共に施錠が放たれた。
ドアノブを回して、資料室扉が開くのを確認する。もう一段階なにかを解除する必要はなさそうだった。
室内を見渡し、棚に並ぶ資料に統一感がないのを確認する。
陸奥は顎に指をあててしばし考え込むと、おもむろに棚の一つへと近づいて、床を靴でトントンと叩き始める。
棚に面した近くの床も叩き比べてみると、最初に叩いた床からの音が違うのがわかる。
(今日の執務室の秘密部屋へのパスワードはっと……)
音の違う床に面した棚の資料ファイルを、いくつか入れ替えたり横倒ししたり、また元に戻したりして、嫁艦達が知る『本日の秘密部屋へのパス』を入力する。
更に、棚の下側収納の横扉の鍵穴に、先ほどの薄長金属を差し込みシャコンと鳴らして 横扉を開けると、なんとそこには下り階段が現われた。
「あっひゃっひゃっ、うひゃひゃひゃ! て、ていと…、降参、こうさんんんっひゃっひゃ!」
陸奥は一度事務室へと戻り、カウンター上に置いた提督の肩掛けバッグの中から、携帯サイズのライトを取り出す。
提督の執拗なくすぐりの刑でけたたましい笑い声が聞こえる中、(なんだか嬉しそうね)と思いながらも、それに構わずに明石に告げる。
「明石~? これから資料室を改めるわね? こっちに持ち込んだ予備兵装と資源の記録から、今回の被害の凡その規模を算定させて貰うわ~?」
「あっひゃーっ! うひゃっ? む、陸奥さぁ~ん、それだけはぁぁぁぁ。うひゃははっひゃ」
「提督? 明石はお疲れよ。ゆっくり寝かしつけてあげてね?」
「イエスッ 陸っちゃん! ばうわう!」
陸奥は階段を下りていき、今日二度目となる地下施設の調査へと向かって行った。
つづく