※この作品はR-18です。

重婚提督はハーレムの夢を見るか   作:@新十二

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瑞鶴パート長くなりそうです


大規模演習 水着模様 番外

 

当時の彼へ

 

 

 

 

 

 

 数ある鎮守府の記録の中に、本当にそれが必要なのか疑わしい部類の物が存在する。

その最たる物が『変態提督備忘録』であり、専ら提督のバイタル情報、日々の体調管理や、ヨメ艦達によるお世話の状況が記されている。

 

 艦娘の見る記憶の夢にどういう訳か接続してしまい、その中で彼女達のサルベージに挑む提督は、記憶の夢を追体験するかのような状況に陥り、まるで自分に起きている事柄のように誤認して身体に影響を生じさせてしまう。

 汗が止まらなくなる程の高熱や、逆に著しい体温低下。眠った状態であるのにナニカから衝撃を受けているかの如く身体を跳ねさせたり、怯えたように縮こませたり。うなされながらもがき苦しむので医者に見せた所、原因不明とされてしまう。

 それであるならば、艦娘の状態に関してはエキスパートと言える工作艦 明石に、夢に接続中と思われる提督の容体を観て貰っているが、はっきりした事は不明な点が多いままだ。

 特に大戦艦 大和の夢との接続時は、彼側にそれなりの夢共有の経験があったにも関わらず壮絶を極め、一週間に渡り毎晩高熱に魘され、泣き叫んで全身を掻き毟り皮膚から血を滴らせた上、血反吐を吐いた後に再び意識を失う事が繰り返し起きた。

 夢でのサルベージはどうにか成功に至ったが、傷や体調の回復に時間を要する事となる。

 

 練度が高まるほど、鮮明に記憶を見るようになる艦娘の夢。

 それ等と繋がってしまう兆候を、現在の提督は「なんだかモヤっとしてきた」や、「ちょっと霧っぽい」などと事前に察知するようになっているものの、身体へ何等かの影響が出てしまう事は変わらずであるため、夢での繋がりを持った事のあるヨメ艦達によって日頃から体調チェックは念入りにされている。

 

 その『変態提督備忘録』は、最初のケッコン艦、彼と夢で最初の繋がりを持った榛名によって記された物から始まる。ケッコンを了承し、榛名の施す嫁艦研修を踏まえた上、実際に提督と夢での接触があった艦娘にのみ閲覧が許されているもので、彼のケッコン五番艦、現在では『熟練お世話係り』としては一番若い瑞鶴も、勿論この記録に目を通している。

 瑞鶴がケッコンを決意した当時これの閲覧が許された事を切っ掛けに、筆頭ヨメ艦 榛名と惚気仲間になるのだが、彼女にはもう一つ気になる事があった。

 自分が艦隊へ所属する以前の彼、艦隊司令として着任した頃の提督。『創設メンバー』と呼ばれる、大淀・明石・初期艦 電。彼女達三人と過ごした『掘っ立て鎮守府』の時の彼はどんな様子だったのか。

 過去瑞鶴は、三人に直接尋ねている――。

 

 

 

――「いらっしゃいませ~、って瑞鶴さーん。御ケッコンおめでとうございます。指輪のサイズ合ってませんでした?」

「ピッタリだったわよ、何でわたしのサイズ知ってたの? ってかこの指輪なんなの? お風呂の時とか出撃する時とか失くさないように外して仕舞っておいたのに、気が付いたら指に嵌まってるんだけど!」

 

「フッフッフッ、企業秘密ですっ。便利でいいじゃないですかぁ~」

「ちょっと気持ち悪いんですけどぉ。変なデバフとかないわよね…?」

 

「むしろ瑞鶴さんなら、バフが盛り盛りになるんじゃないですか? 晴れて提督ラブ勢になった訳ですし、にひっ」

「揶揄わないでよぉ…、これでもまだちょっと戸惑ってるんだから。それより聞きたい事があるんだけど」

 

「はいはい、なんです? 岩本隊の子達の機体なら改修は順調ですよ?」

「そっちじゃなくてさ。……提督さんって、鎮守府に来た頃はどんなだったの?」

 

「……ふぅ、やっぱりその事でしたか」

「やっぱりって、もしかして他の指輪持ちにも聞かれた?」

「えぇ、ケッコンされた方は皆さん聞きに来られますますねぇ」

 

 日頃から茶目っ気たっぷりに明るく振る舞う明石が、少し悲しそうに笑う。

 

「着任当時の提督は、よく怪我をされてました。ほら、ここ瓦礫ばっかりの放棄された港でしたから。慣れない大工仕事でとか、後は…」

「うん?」

 

「電ちゃんの装備を自分でも使ってみようとして、持ち上げられなくて腰抜かしたりもしましたねぇ~、あはは…。それで、それで……」

「明石…?」

 

「……その頃、提督は一度死にかけているんです」

 

 瑞鶴は驚きに目を見開き、そして眉を顰めた。

 

 大淀に半ば強引に担ぎ上げられ、艦隊司令として鎮守府にやって来た当時の提督は、最低限の工廠設備と入渠ドック以外は瓦礫まみれの港跡で、諸々ひもじい暮らしをしていた。

 まだ艦娘が『特殊な洋上船外作業要員』としてか見做されておらず、深海棲艦による一方的な侵略に後が無いと危機感をつのらせていた大淀は、妖精を認識し、一応艦娘の持つ力の一端でも理解を示せそうな彼を傀儡として、艦娘部隊の設立とそれによる戦果・実績を挙げる事、艦娘こそ深海棲艦に対抗できる存在である事の証明を急いでいた。

 

 その最初の戦果。初期艦 電が近海で駆逐イ級を仕留める様子を、大淀はやっとこさ手配した少し大きめの古い漁船に提督を同乗させ、双眼鏡でギリギリ視認できる距離から一部始終を確かめさせた。

 彼は船酔いでゲロンチョとなりながらも、見た目は少女の電がしっかりと、憎き深海棲艦を不気味な泡へと討滅してみせた姿に大声を上げ、そして涙に咽ながら歓喜で吠えた。

 

――「そのすぐ後でしたねぇ~、『俺にもあの装備を造ってくれって』頼み込まれたのは」

 

 当然の無理難題。まして記憶の力を持たない彼に艦娘の装備を扱える道理はなく、また開発も建造も特殊性が極めて高いと明石は頼みを断った。

 その後も電が出撃する度、まだまだ小さな戦果を挙げる度。何度も何度も同じ事をせがまれたが、その度に明石は現実を突きつけて、うなだれる彼を諭し続けた。

 

――「提督は、その頃からお見送りとお迎えを欠かさないんです」

 

 この事にも工作艦である明石は、戦闘艦ではない立場の自分と彼を重ねるようになる。

 まだスケベが鳴りを潜めいた、それどころでも無かった彼は、せめて彼女達の居住環境だけでも整えようと掘っ立て小屋を建てては雨風に吹かれて壊され、終わりの見えない大工仕事に途方に暮れる。そんな折、ひょっこり現れた職人妖精と仲良くなり、彼は雨風しのげるひとまずの寝床を得たのだった。

 この時妖精とコミュニケートできてしまった彼は、大淀と明石にとってただの傀儡から要観察対象へと変化する。

 

――「それからかなぁ…? 提督は瓦礫の中から使えそうな物を拾って来ては、ガレージで直したり、私を真似て溶接したりして色々造ってました」

 

 技術屋の明石から見れば、それは拙い物、ただのガラクタだった。しかし、人外の力を持つ艦娘の自分達に協力的な姿勢を見せる彼。また、ニンゲンが造ろうとしている物に興味もあった明石は横槍をする事はなく、怪我のない範囲で好きにさせていた。

 

 だから解らなかった。明石が技術に秀でた『艦娘』であったために、「人間」ではなかったために、ソレはガラクタにしか映らなかった。

 

――「私、わたしっ……、気づけなかったんです。う…うぅぅ…。まさかアレが戦うための物だったなんてっ。あんな物で海に出て、深海棲艦に挑もうと考えてたなんて……」

 

 明石から見ればガラクタ、彼にとっては深海棲艦を倒して見せた電の装備の模倣。

 不器用に形だけでも真似た、そして似つきもしなかった自分用の戦闘擬装だった。

 

 電の出撃に立ち合おうとした彼は、大淀の操舵する漁船からガラクタを背負って海へ身を投げ、そうして溺死しかけた。

 慌てた電が助けようとするが、当時戦闘に耐えうる装備は電のモノしかなかったために、装備を破棄して潜ろうとする彼女を大淀が怒鳴りつけて制止した後自らで飛び込んで、海上ではなく海中に潜ると言う強烈な違和感と肌寒い存在否定のような恐怖の中、既に意識を失い沈みゆく彼からガラクタを取り去り引き上げた。

 この時の事を気に病む明石は、以降提督をただの観察対象としてではなく、共に脅威に挑む仲間として明るく、『何かあれば相談して貰えるように』関係を築く事に努める。

 そして、掘っ立て大工仕事で傷を作った彼の手当てで、ふざけ半分に一滴だけを一万倍に希釈した修復材を使った時、その箇所だけ治りの早い効果が認められた事を踏まえ、明石は提督の『もしも』に備えた研究にも寝食を置き去りにし始める。

 

 大淀は言う。

 

――「電が提督に本気で手を上げるようになったのも、その頃からなんです」

 

「そんな…、前からだったんだ」

「はい、あの子は優しい子ですから……」

 

 深海棲艦を倒せる事に希望を見出し、また錯乱した提督が溺死しかけた事を受け、以降大淀も彼からなるべく目を離さないように努める。

 まだ実績もなく正式な任務など下令されていなかったが、大淀は自分達と彼との理解を深めるべく、工廠などでの簡単な開発『任務』をでっち上げ、彼が失った友を追って自ら海に挑む事のないよう、段階を踏んで司令官としての『目的』作りをし始めた。

 

――「その名残で、任務のお目付け役なんてやってるんですよ」

「そう…」

 

「始めはただの傀儡で十分だったんです。深海棲艦の恐怖を肌身で知るニンゲン。身寄りもなくて軍でも爪弾きにされてるから、艦隊が軌道に乗るまでの少しの時間を借りるのに、都合が良かっただけなんです」

「それ、提督さんに話した事は?」

 

「勿論あります、何度も説得もしたんです。私達の力を少しでも理解できるニンゲンの指揮下で深海棲艦を倒した実績を作って、それをもってお見合い結婚でもさせて退役。以降は後方でなるべく安全に暮らして貰おうと準備もしてたんです」

 

「でも彼は妖精達と触れ合えてしまった。そのせいで、私達艦娘にとって惜しい人材なのかもしれないと思ってしまったんです。もう少しだけと、もうちょっと艦隊としての規模が整うまでと先延ばしにしているうちに……」

 

「榛名の夢と繋がっちゃったのね」

「……はい、もう提督は希少な存在となってしまいました。結果私は、彼から幸せに生きる機会を奪ってしまっているのです」

 

「……大淀、それは違うと思う」

「えっ?」

「だって提督さんは、深海棲艦の恐ろしさを知ってるもん。ヤツラがいる限りたぶん安心できないと思う。だから……」

 

「提督さんを本当に幸せにしてあげられるのは、きっとわたし達にしかできない」

 

 

――『やさぐれ電ちゃん』

 鎮守府創設メンバーの一人であり、度重なるセクハラですっかり提督に対して攻撃的になってしまった、彼の最初の秘書艦を務めた初期艦 電である。

 彼女が報告書などの提出に執務室を訪れる際、その来訪を報せるのはノックではなく、『なのですアンカー』で扉を盛大にぶち破る破壊音だ。

 それをゴングに提督と彼女のバトルが始まるが、幾度も繰り返されてきたコレは、既に慣習であるかのように艦隊の全員に受け取られている。

 扉を開けてからアンカーを射出して彼を仕留めれば良いのだが、創設期からの付き合いでもあり、また逃げる事に関しては妙な鋭敏さを持つ提督は、いい加減電ちゃんの来訪を察知する『危機感知センサー』を持つに至り、更に事前策を講じているのだ。

 わざと執務室の扉を若干開けづらくしており、思いの外もうひと手間掛かるといったその合間に、キュピピ~ンと察知した彼はいち早く窓から脱出してしまう。

それならと扉を蹴破った時は、こちらはワザと若干脆く扉が造られていたため、脚が扉をぶち抜いて挟まってしまい、対処に手間取った隙に彼の逃亡を許してしまった。

 壁越しからアンカーで彼を狙っても、壁の内側が装甲化されていて失敗に終わり、窓からの脱出経路を逆辿りしての強襲は、悠々扉から逃げられる。

 こんな事が繰り返されてきたため、扉をアンカーで盛大に破壊した後、報告書をぶん投げつけた勢いのまま提督に襲い掛かるのが、やさぐれ電ちゃんの常道となった。

 提督も提督で、身体能力では艦娘の電に圧倒的以上に劣るため、強襲を受けた際は距離を取らずに一か八かの接近戦に挑む。

 自由に動けるスペースを与えず組み合うかの如くと言うか、セクハラを狙って抱き着きに前に出るのだが、鉄拳なり回し蹴りなりが飛んでくるので、何度も病院送りと云う名の明石さん送りにされてきた。

 だが彼は、飽きるほど繰り返されたこのやり取りの経験と持ち前の変態を発揮して、艦娘 電の鉄拳をカウンターちゅっちゅを繰り出して紙一重で躱し、回し蹴りはスカート覗き&おパンツふがふがダイレクトアタックを試みる事で彼女と渡り合ってきた。そしてボロ雑巾にされてきた。

 電も電で、彼の変態カウンターに備え、袖口に暗器の如く機銃を忍ばせていたり、スカート内部には爆雷を仕込んでいたりするので、日に日に二人のバトルは妙な進化をし続けている――。

 

 

――その日の駆逐艦 電は、カウンターちゅっちゅを首投げで応じて提督をぎゃふんと気を失わせた後、トドメの一撃を見舞う事はせずに、後の処理を大淀と秘書艦当番をしていた榛名に、いつもの如く当然とばかりに押し付けて執務室を後にした。

 電が彼と顔を合わせる時、執務室のある司令庁舎へ赴く際などは、普段の彼女とは真逆な殺気立った気配を辺りにばら撒くため、『やさぐれ電ちゃん』に出くわす事のないように、危うきに近寄らずと艦娘達は殺気が立ち去るまで身を潜めている。

 だがその日は、この『人払い』がされている状況が好都合とばかりに、殺気立つ電に呼応する気配を振りまく存在が居た。

 

「殴り方にも年季が入ってんのね。初期艦だから? そういうコミュニケーションなの?」

 

 執務室からの帰り、司令庁舎の階段を一階へと下りて来た電に、瑞鶴は声を掛けた。

 用があると言わんばかりの瑞鶴の気配に電も気が付いていたが、変態提督に関する話は取り合うつもりが無いのか口にするのも疎ましいのか、舌打ちでもしそうな顰めっ面を見せて答えはせずに、一応ペコリと会釈はしながら出口へ向かおうとする。

 出会い頭の問い掛けを流されたが、瑞鶴は食い下がる。

 

「元筆頭秘書艦、何であんたは提督さんとのケッコンを断ったの?」

 

 艦隊の規模が整い始め、戦果も徐々に気勢を見せつつあった頃。ワザワザ各艦を集合させて開かれた外朝礼。そこで発表された提督の『全艦ケッコンでハーレム宣言』は、密かに目を輝かせて小さくパチパチと手を鳴らす榛名以外が、「何言ってんだコイツ…」とドン引きする中、引き続いて最初のケッコンプロポーズが敢行された。

 それを『なのですアンカー』で盛大にオコトワリした電は、彼の野望を真っ先に打ち砕いた張本人。変態司令官の横暴におぞましい寒気で震え上がった、ドン引き勢にとっては救世主でもあったのだ。

 瑞鶴自身も当時はジト目で溜息をついて呆れたが、大淀の言葉を聞く限り、提督と接する時ではない普段の彼女を見る限り、電はただ彼を嫌ってという理由だけで断ったのではない気がした。

 

「ハンっ。あんな変態とケッコンする方が、頭がドウカしているのdeath. 」

「まぁ…、そうなんだけどさ。一先ず電ちゃんさま? 語尾気を付けて、おっかないから」

 

「そういえば瑞鶴さんもケッコンしたんでしたね、御愁傷様なのデス。さっそくヨメ艦気取りなのデス?」

「そう邪険にしないでよ、別に初期艦さまと言い争いに来た訳じゃないから」

 

 口を開いたと思いきや『ケッコン艦は変態提督の一味』とでも言いたげに、ツンケンとした電の言葉に瑞鶴も若干の皮肉でおだてて応じたが、電はやはり取り合うつもりがないのか出口へ向かおうと歩みを再開する。

 

「あ! ねぇ、ちょっとぉ」

「新ヨメ艦さま、せいぜいあの変態の願いを叶えてやるといいのデス」

 

 立ち去ろうとする初期艦を瑞鶴は引き留めようとしたが、電の捨て台詞に少し違和感を覚えて口を噤んだ。

 

 やさぐれ電ちゃん様が、変態提督関連にトゲトゲしいのは理解できる。だが大淀の言う『優しいあの子』が、敵である深海棲艦にすら時折憐みを見せる電が、溺死し掛けた彼に本気で手を上げたそんな彼女が、単純な理由だけで否定的立場を取っているように瑞鶴は思えなかった。

 スケベだが御人好しでもある彼のハーレム宣言には、必ず『全艦』の文字が欲張りに付け加わる。そこには、『艦娘の誰一人として失うつもりはない』という我儘な理想も込められており、艦娘の誰もが可能であればそうあって欲しいと願うものでもあるはずだ。

 彼を思って本気で手を上げた初期艦が、その想いに気付いてないとは思えない。

 そして提督と榛名のケッコンが決まった時、電は筆頭秘書艦の立場を譲ったものの、その後も榛名は重要事項である時ほど必ず電に相談し、会議などにも参加させ続けている。

 艦隊最高練度の筆頭嫁艦・現在の筆頭秘書艦が、頭を深く下げる相手。榛名が誰の目も憚らず、感謝と尊敬を持って接する相手でもある。

 

(提督さんのために、ワザとそうしてんのね……)

 

 彼の子供じみた我儘な理想の実現は、簡単に叶えられる類のものでは決してない。

 いくら記憶の加護や妖精達。特に羅針盤妖精による、『無事に帰投できる未来への針路』が示されるからといって、一歩間違えれば瞬く間に彼の理想は瓦解する。

 か細い糸を手繰ってやっと辿り着ける、およそ奇跡と言えるような事を幾度も繰り返さなければ叶わない願いなのだ。

 初期艦 電は、その『願いが叶わなかった』時に備えているのかもしれない。

 そうなってしまった時、彼が自らを呪って後を追う事のないように、敢えて否定的立場を取っているのかもしれない。

 儚い奇跡を願うだけではままならないのだと、「それ見た事か」と本気で殴りつけ、自身を呪う彼を叱咤するために、失敗した時のための逃げ道となってやるために、最初に真っ先にいの一番に、電自身が彼の『いざという時』を守っているのかもしれない。

 

(せいぜい願いを叶えてやれって? いいじゃない、あんたが最難関のヒロインってわけ?)

 

 瑞鶴に沸々と新たな熱が込み上がる。

 これは挑戦だ。

 心優しい初期艦 電へのではない、自身と辿り着きたい未来への挑戦だ。

 

(深海棲艦よりやっかいな奴が、こんな身近に居たのね。しかも最初から!)

 

「待ちなさい、電!」

 

 出口に差し掛かった電を呼び止めた意志ある声色に、彼女は半身だけ振り返る。

 

「わたし、いつかあんたを必ず…。提督さんとケッコンさせてみせるわ!」

 

 電は少しだけ困ったような、悲し気にも優し気にも見える表情を見せた。

 そして今度は、瑞鶴の方から彼女に踵を返す。

 これからやらなければならない事が沢山ある。瑞鶴はじっとしていられず、灯ってしまった熱、辿り着きたい未来への情熱を、それを欲望じみた我儘で示してしまった張本人へぶつけるため、執務室へ足早に向かう。

 

 瑞鶴が初期艦 電に示した宣言は、彼の欲望まみれの願いの果てにある。

 誰一人として失わずにこの戦いを終えた、その先でしか在り得ない。

 艦隊のおかんこと、我らが空母が尊敬してやまない鳳翔さんも電と似ている。

 彼女は自らの教え子達の無事が確約されるまで、彼から指輪を受け取る事はないだろう。

 その鳳翔の思いを組む龍驤も、ずっと寄り添うつもりでいるようだ。

 

(だからなのね。指輪持ちが錬度云々に関わらず、やたらと『強い』のは)

 

 姉の翔鶴が第二改装以降も一層の強さを発揮しはじめたその訳を、改めて知った気がした。そして鳳翔の、いつも見守ってくれる温かな眼差しの中にあった確固たる意志にも、瑞鶴は改めて感謝する。

 鳳翔は自分が最前線に立てないのをよく知っている。

 ある種の極みに至っているからこそ、それが自らが負って良い役割でないのを判っているのだ。だからこそ、それを教え子に任せるからこそ。いつもその帰りを温かく、美味しいご飯と共に迎えてくれる。後方で備え、憂いなく前へと無言で教えてくれている。

 

「あっ……」

 

 執務室へ向けてズンズンと足早だった瑞鶴は、一階から二階へ上がる階段の踊り場で急に壁にもたれ掛る。

 

(提督さんも、同じなのかな……?)

 

 艦娘でない彼は、深海棲艦と戦う術のない彼は、もっとずっと役立てない。

 

(だからあんなに、面倒くさがりなのに準備ばっかりしつこい位に煩くて、いっつもいーっっつもお見送りとお迎えをするのかなぁ……?)

 

「鳳翔さんと、おんなじ様な気持ちなのかなぁ……?」

 

 勢いを失った足取りで踊り場から二階へ上がり、そこから見えた窓の外の景色を見ながら、瑞鶴はスーっと一筋の涙跡を頬に作る。

 

「へ、へへっ…」

 

 瑞鶴に宿った新たな情熱は、依然と灯ったままだ。

 それと共に穏やかに温かい気持ちが、自然と目頭も熱くする。

 

 嬉しかった。

 自分は彼の、皆の願いを叶える事のできる力を、この身に宿しているのだ。

 その未来へ向けて進んで行けるのだ。

 誰一人欠ける事なくその未来へ針路を取れと、あの晩夢の中で既に示されているのだ。

 

 

 

 瑞鶴の意志宿る瞳は、既にその未来を照準した。

 それにより放たれる嵐の矢は、決して折れない不屈のもう一矢と共に、後のレイテで暗雲蹴散らし舞い踊る。

 

 願い同じくする先達に支えられ、二羽の鶴は今も尚勝利に舞い続ける――

 

 

 

 

                   つづく

 

 

 

 

 

 

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