「貴様、もう少し落ち着いて食べれんのか…」
夜はアルコール類を提供するBARとして営業予定の『Trattoria Salute』。
今夜の試飲会、その開場前に顔を出した提督は、裏の更衣室兼休憩室で陸奥がこの店の責任者であるイタリア&ローマの姉妹、そしてチーフであるザラと打ち合わせをしている間、バーテンを頼まれている那智とその妹、足柄が作ってくれたボリューム満点『足柄特製カツカレー』をいただいていた。
「あらぁ、提督の食べっぷり見てると作り甲斐あるし、私は好きよぉ?」
七分袖の白いシャツと黒のズボン。濃いブラウンストライプのソムリエエプロンを腰に巻き、那智はベストにタイ、足柄はタイはせずにUW3のスカーフで髪を一括りにしている。
足柄の言葉にデレ~っとした顔でブサ微笑み、那智には『柄さんカレー』を頬張ったまま「こんな美味いもんを前に、落ち着いていられるか」とばかりに無言でもぐもぐと抗議する。
「おかわりいる~?」
「ゴッキュ ゴッキュ ゴッキュ…。もう食えねっす、腹はち切れるッス」
「そぉ…」
足柄は少し残念そうだが、一杯目で既に危なかったのに、後引く美味さがちょっとだけおかわりをしてしまい、気前良い足柄が「ちょっとだけ」に盛大に応えた為、またそれもガツガツと胃袋へ押し込んでしまったので彼は満腹以上だった。
加えてつい先ほどまで、既に酔っぱらっていたポーラが隣でハイテンションに厳選したスプマンテをお酌しまくっていたので、その影響もあある。
そのポーラと言えば、自分が夜はBARにしたいとイタリア達に提案した癖に…。
「ぶぇぇ~、提~督はポーラの事嫌いなんですかぁぁぁ?」と泣き始め。
「なんでだっ? そんな事ない、ポーラの事は大好きだ! そしてポーラのおっぱいも脱ぎっぷりも大好きだ! しっかりしろっ!」
「だってぇ…、ポーラのお酒ぜんぜん飲んでくれないぃ…」
「いやほら、俺お酒飲むとすぐ頭痛くなったり、グワングワンしちゃって具合悪くなからさ」
「やっぱりポーラの事嫌いなんだぁぁぁぁぁ」
「違うちがうっ、お酒が苦手なだけでポーラが嫌いなんじゃない!」
「あ~すまんな、ポーラは酔うと酒を自分の事のように思って混同させる事がある」
「よっぽどお酒が好きなのねぇ~」
「ええぇ…。お酒と混同するって、そんな事あんのか…?」
だがポーラが悲しんでいるなら、「それは違うという事を、そのおっぱいに教えてやらねばなるまい!」と企み、彼女に向き直ってみると。
Zzz……
もう涎を垂らしながら、カウンターに突っ伏して寝てしまっていた。
「はぁ」と溜息を洩らした那智がすっかり寝こけたポーラを休憩室へと抱えて行き、裏でザラの「もぉっ! 言い出しっぺが何で開店前に寝てるの!?」と怒る声が聞こえて、那智もそそくさと退散してカウンターに戻って来たのだった。
「お~い、もう入って大丈夫なのか~?」
「こんばんはー」
BARの試飲会、その招待客だろう。隼鷹と飛鷹が店にやって来た。
「あぁ大丈夫だぞ、もうまもなく開ける所だ」
「いらっしゃい」
バーテンの二人が声を掛けた時、
「ぶっひゃっひゃっひゃっ! 提督いる! 飛鷹、提督がいるぞ! あっひゃっひゃっひゃ、飯食ってやがる……っくく」
「隼鷹、失礼でしょぉ? 提督だって食事位するわよ」
「隼鷹はもう出来上がってるのねぇ」
「おい、隼鷹。酔ってコイツを見るたび吹き出すのはやめろ。一応司令官だぞ? それにお前も指輪持ちだろうに」
「んあぁ~そうとも。アタシぁ~あん時、穴というアナ全部提督のもんにされちまったからなっ! 提督っ? …ぷっ、ぶっひゃっひゃっはっ!」
「笑い過ぎよ、もぉ」
「あれはお前が悪いんだろっ? 苦手だって言ってんのに、俺に無理やり、しかも口移しとか断れない飲ませ方しやがってぇ~。おかげで記憶飛んでるし、未だに思い出せねーよ!」
「いやいやぁ、凄かったぜぇ~? アタシも意識飛んじまったくらいさ。な? 飛鷹」
「私はとばっちりで大変な思いしたんですけどぉ」
「アタシが艦娘じゃなかったら、確実に孕じまってたなぁアレは。…ぶっ、くくっ。絶対当たっちゃう…、全弾装填されたロシアンルーレットだわっ、あっひゃっひゃっひゃっ!」
「隼鷹、下品だぞ」
「少し静かにしなさいよ」
「今はヨメ艦しかいねぇ~んだから良いじゃんかよぉ~? ソッチの意味じゃ那智もアタシ等も姉妹じゃん。その誼みで、なっ?」
「提督が居て嬉しいんじゃないのぉ?」
「俺は揶揄われる気しかしないんスけどっ!」
「あぁ~ん? 嬉しいぜ~、一緒に飲むか? なんならココで乳くり合ってやってもいいぜ」
「よしなさいよ。ケッコン前の子だって来るんだから、営業停止になっちゃうわよ?」
まだ試飲会開催前、既に隼鷹が勝手に盛り上がる中、再び店の扉が開く。
「今夜招かれているのだが、もういいのか?」
「やぁ、早めに来たつもりだったのに、だいぶ賑やかだね」
隼鷹・飛鷹に続いて、ロシア艦のガングートとタシュケントが来店した。
「大丈夫よぉ、二人ともいらっしゃい」
「あぁ、その辺に適当に座って…」
「ガンちゃんキタああああああああああああっ! ぶわっひゃひゃっひゃっひゃ! やべーよぉ提督ぅ、本場だぜ! ロシアンだぜ!」
「隼鷹うるさいっ」
「いやロシアだけども、俺にどうしろと? 意味もよくわっかんねーよ」
「またキサマか隼鷹。いい加減銃殺刑にしてやろうか?」
「銃・殺・刑っ!? だーっはっはっはっは! はら…いてぇ…。やべーよぉ、孕んじまう! 命中しちまう!」
「よーし隼鷹、コッチへ来い! 那智、例のヤツをよこせ」
「わかってる。それっ、タシュケント」
「いつものだね、いいともっ」
「んあぁっ? 提督ぅ~助けてくれ~、孕まされるぅ~」
「ナニコレ、どうすんのコレ」
「大丈夫よぉ提督。ガングートは扱いに慣れてるから。飛鷹は何か頼む?」
「はぁ~、私は最初はソフトドリンクでいいわ。後で隼鷹連れて帰らなきゃだし」
那智から投げられた縄を受け取ったタシュケントが、ガングートに襟首を捕まえられた隼鷹を店内の太い柱に縛りつける。恒例行事なのか、酔っているものの隼鷹は特に抵抗しない。
「ガンちゃーん。宴会前にもうコレかよぉ~」
「恰好の的だな。良いザマだぞ隼鷹」
「あらあらっ、四人来ただけでもうこの騒ぎなの?」
控室への扉が開き、裏から聞こえてきた「ポーラ起きなさいっ」の声をドアで遮った陸奥が姿を見せる。
「提督、収集つかなくなる前に帰るわよー」
「イエス アイ 陸っちゃん! 打ち合わせは済んだの?」
「あらかたねっ。那智、足柄、後は頼むわね」
「実力行使でいいのよね?」
足柄の問いに陸奥はウインクで応える。
「そうと決まれば、少し早いが始めるか。そらっタシュケント、実弾だっ」
「アハッ、いいねぇ~」
那智から投げ渡されたボトルとショットグラスを、タシュケントは造作もなくキャッチして、その銘柄を見てニヤリと楽し気に笑う。
その『実弾』で、隼鷹を煽り揶揄うガングートが腰かけるテーブルに、「ガンッガンッ」と小気良い勢いで鳴らして開幕の合図をする。
「ほぅ、いいだろう!」
ボトルの銘柄は、アルコール度数最高峰のウォッカだ。
それを見せられた隼鷹は目をギラつかせる。
「かぁ~い~ねぇ~、全弾装填されたロシアンルーレットってわけかい? それでアタシとやりあおうってんだな!」
隼鷹は、体を柱に縛りつけていた縄を腕を広げてブチブチと強引にちぎると、ドカっとガングートの向かいの席に腰を下ろす。
「飛鷹、帰り頼むわぁ~」
カウンター席で溜息を洩らした飛鷹を横目に、席を立った提督と共にこの場を後にしようとする陸奥が「程ほどにしなさいよぉ」と声を掛ける。
タシュケントが注いだグラスを既に呷っているガングートは手を上げて応え、「提督~、今度乳くり合ってやっかんなぁ~」と隼鷹も彼用の挨拶をしてくる。
「素面でな! 泥酔は勘弁な!」
聞いているのかいないのか、続いてグラスを呷った隼鷹は、顎で「どうよ?」とガングートを促していた。
「行きましょ?」
「あい」
店の扉を出た二人は、思い出した提督がドアに掛かる札をクローズからオープンへと裏返す。そうして陸奥の隣へ戻る時、帰り道とは逆の道からやって来る招待客、千歳と千代田の姿が遠目に見えた。
「お店は繁盛しそうだけど、イタリー艦の皆はちゃんと演習出場の準備してんのかな?」
「聞いてみたのだけど、『わかってないわねムツ。美味しい料理とワインが無ければ、戦いは始まらないわ!』ってローマにお説教されてしまったわ」
(ある意味正論なんだろうか…?)と提督は首を捻る。
「でも、演習祭を盛り上げてようとしてくれてるし、全力で楽しんでるみたいだからサポートはしていきましょっ?」
「んだね」
こうして「陸っちゃん夕飯は?」や、「長門と打ち合わせしながら食べるわ」などと会話しながら、彼は現在宿泊中であるこの島のホテルまで陸奥に送り届けられた。
◆
「お風呂に入って、よく体を洗うことっ。ちゃ~んと綺麗に歯も磨くのよ?」
ホテルのロビーで、腕汲みしながら人差し指を立ててお姉さんする陸奥に、デレっと肩を竦ませて後頭部を掻いた提督は、手をヒラヒラとしながらウインクして去る彼女を見送る。
贅沢にも、横に広い構造で部屋数を整えているコンドミニアムタイプのこのホテルは、高さ的には三階までしかない。
エレベーターに乗って、自分の泊っている部屋のある最上階のボタンを押した提督は、しっかり稼働している様子なのにエレベータードアが閉まる気配がない事に首を傾げた。
何やら足元辺りでキュラキュラと可愛げな音がするので見てみると、逆側に備え付けられている小さなドアから、別の乗客が乗り込んでいる途中だった。
特大発動艇 戦車隊、第十一連隊。陸上型深海棲艦を徹底的に屠ってきた歴戦の妖精さん達が、改造したのか履帯付きの大発動艇に乗って、小さなバケツを兜のように被り、同じく小さなモップを担え銃。キリリとした表情で『お掃除係り』となった彼女達がそこに居た。
(なんだあの大発、現地改修ってヤツか? 塵一つ残さない掃除しそうな妖精さん達だな!)
大発から降りて、彼女達用の小さなコンソールを操作していた妖精さんの一人が、大発が内部に乗り込むとしっかりドアを閉め、ビシッっと背筋を伸ばして立派な敬礼をしてきた。
彼が妖精さん達にいつもする答礼。親指をぐっと立てたサムズアップでビシィッっと返していると、二階でエレベーターが停止し、履帯付きの大発が「ギュララララッ」と高速急カーブして出ていった。
大発の端っこで彼にサムズアップを返していた妖精さんが転げ落ちたが、また「ギュララララッ」っとした音と共にバックしてきた大発に回収され、焼け付かないか心配になる駆動音と共に敬礼する妖精達は去っていった。
(ちゃんと休んでいるのかなぁ~? 妖精さん達は私的な姿は見せてくれないんだよなぁ)
自分が仕事をサボりがちだったりするので、妖精さん達にも十分な休憩を取るように伝えているものの、目的を与えると喜んで張り切り出す彼女達が少し心配になった。
元気に働く姿は見かけるが、プライベートな様子を覗こうとすると彼女達はとっても慌てふためきごっつんこしてしまうので、艦隊の全員が興味本位な探りは入れないようにしている。
エレベーターが停まり、彼女達の行き届いた管理による綺麗な三階通路を進んで、提督はここ最近の、演習祭期間中の寝床へと帰ってきた。
陸奥お姉さんに言われた通りにお風呂と歯磨きを済ませて、Tシャツとハーフパンツの部屋着姿でツインの内のベッドの一つにうつ伏せになる。
(明日の休みはどうするかなぁ~?)なんて考えながらぼんやりしていると、枕元・ヘッドボードに置いた携帯端末の着信音が鳴り出す。
はじめの一音で端末を瞬殺した彼は、聞き慣れたヨメ艦の声にデレレ~っと心も思考も全身もだらけさせる。
「(こんばんは提督。もうお休みになられてました?)」
「榛名しゃ~ん! まだ寝てないよぉ~、大丈夫よぉ~? どぉしたのぉ~?」
「(はい。明日提督は休日となっていますが、念のためにお傍付きを配する事にご了承いただきたく思いまして)」
「そうなのぉ~? わかったよ榛名しゃんっ。心配してくれてありがと、むちゅっ!」
「(ひゃっ? あんっ。もぉ提督、耳元でそんな…)」
「どうしたの? 榛名しゃんからカワイイ声聞こえた! むちゅっ! むちゅちゅっちゅ~」
「(あっ、ダメです。そんなにチュッチュされたら、わた…榛名……、んんんんっ!)」
「……榛名しゃん、まさか!?」
「(申し訳ありません。榛名……、提督の御声でイってしまいました……)」
「ふぉぉぉぉぉっ、榛名しゃん! むちゅむちゅっ! 俺も榛名しゃんの声でイくぜ!」
「(あっ、あんっ! いけません提督。ご自分でシコシコなさらないでください)」
「はぁはぁ…、なぜだ! 俺も榛名しゃんとイきたいんだぜ!?」
「そうしたいのは山々ですが、明日の傍付きの方のために取っておいてあげてください」
「榛名しゃぁ~ん優しいっ! んもぉ~ぅわかったよ、我慢するよぉ~」
「(はい、ありがとうございます)」
「明日は誰が来てくれるの?」
「(それはお楽しみにっ)」
愛しの筆頭嫁艦との通話を終えた提督は、明日のお世話も担当してくれるだろう誰かに思いを馳せながらうきうきワクワクと、ついでにウトウトし始めた。
そこを部屋のインターホンで呼ばれて、彼はムクリとベッドから起き上がる。
「ふぁ~い」
「ありゃ、もう寝てた?」
身体のラインが出るほどピタっとした、おヘソも見えそうな丈の短さ。どこかの師匠がデザインしたような緑と白のTシャツに、見覚えある男物の紺の膝丈クォーターパンツを履いた、こちらもまた我儘にも愛しの瑞鶴がやって来ていた。
「マジ寝じゃなかったから大丈夫」
「それって区別できるもんなの?」
普段と違って寛ぐための入浴後のオフスタイル。二つ結いでなく一つにまとめた髪を、後頭部辺りでアップにしてヘアバレットで留めている。
その瑞鶴を眠気半分にぼへぇ~っと眺めていた提督は、おもむろに彼女のクォーターパンツのウエストを指で引っかけて、みょい~んと引っ張った。
「ちょっ! …とぉ、何ですぐセクハラなのよ!」
「だってそれ俺のハーフパンツじゃん? 下着も俺のヤツ穿いてんじゃないかと思って」
瑞鶴に手を叩かれる直前、彼女の穿くクォーターパンツの内側では、やはりというか見覚えのある男物のボクサーパンツが垣間見えた。
「……コレ穿き心地良いから気に入ってんのよ」
「俺だってそうだよっ! ったくいつも勝手に持ってくんだもんな~。俺が着る物穿く物み~んなすぐどっか行っちゃうから、時々困ってるんだよ!」
「いいじゃん別にぃ~。新しいの買っといてあげてるでしょぉ?」
「まだ使えるのに新しいの卸すのは勿体ないじゃん…?」
「ケチくさ~い」
——この提督の身に着ける肌着や下着、小物類(特にハンカチ)が行方不明になる現象は、ヨメ艦界隈で流行っているちょっとした遊びによるものだ。
主に夜のお世話を担当したヨメ艦達によって意図的に紛失させられ、それを自分達で身に付けたり持ち歩いたりする事で、ヨメ艦達の間でだけ通用する、残り香を印したと云う主張を含んだささやかな自慢と、自分のお世話の当番は済んだと云う「お次をどうぞ」といった合図になっている。
しかし「お次をどうぞ」としていても、夜番担当も手配された支援ヨメ艦隊も、まとめて蹴散らしてしまう精力旺盛な変態提督であるので、その彼とサシで渡り合える『熟練お世話係り』の五人はこの限りでない。
特に率先して夜番支援をしたがる瑞鶴と、張り切る妹を構っていたい姉の翔鶴は、夜当番のヨメ艦達にとって、意識を失ってしまっても後を任せられる心強い存在となっており、そのせいで『五航戦は夜戦もエース』と、どこかの軽巡に抗議されそうな具合だ。
そしてヨメ艦達に持ち去られた提督由来の品は、後で洗って返却されたりされなかったりしてしまうので、元の持ち主が困る事のないように代わりの新品を彼女達は置いてゆくのだが、それにもひと工夫がされている。
瑞鶴の場合だと、彼女は彼のケッコン五番艦なので、代わりに買っておく男物のシャツや下着などに『5』に関わる物。五色であったり五本線、5の数字やVの字が入っているものを選んでいたりする。
彼女は五航戦でありケッコン五番艦でもあるので、『5』を気にっているせいか、界隈では主張の激しい「さすが惚気嫁艦」と思われているのだが、それと気づかないニブチン提督は意味など分からないまま身に着けている。
そして妹の幸せな様子が嬉しくて仕方ない姉の翔鶴は、提督が瑞鶴由来の『5』を身に着けていた時などはやたらと熱心にお世話を勤めたがり、自分由来の品を残した上で、妹成分もしっかり持ち帰って身に着けていたりする。
こんな具合に、提督の身に着けていた物はいつの間にかヨメ艦由来の物に取って変わり、またそれ等もヨメ艦界隈で循環してしまう。
この紛失と補充のサイクルは、提督の身支度や身の回りの世話、顔の手入れやスキンケア、上も下もヘアメイクしたがる由良が匙を投げるほどであり、また特定のヨメ艦由来の品には一定の人気もある。
その一番人気が彼のケッコン八十四番艦、カンビア・ベイちゃん由来の品である。
任務もお世話も頑張り屋さんの彼女は、どうも空母界隈以外でも世話を焼きたがる、一種のファンが多く存在する。
加えて、この流行りの遊びに対してもガンビア・ベイちゃんは妙に真剣に取り組んでしまうので、八十四色や八十四本線の品などが無い代わりに、同郷の先輩ヨメ艦のサラやイントレピッドに教わりながら、自分でナンバーやイニシャルの刺繍を施した品を残してゆく。
そのため、何だかほっこり具合な幸せのお裾分けをいただける彼女由来の品は、ヨメ艦達の間で微笑ましいプレミアアムと化しているのだ。
こういった流行りの遊びを知ってはいるものの、面倒くさがってすぐ飽きてしまう次席嫁艦の摩耶ですら、ベイちゃん由来の品には「おっ、当たりだ」と注目している。
そして、その面倒くさがりのために出回る事が滅多に無い摩耶由来の品も、『次席由来のレア物』として有難がられている。
惚気嫁艦 瑞鶴を象徴するナンバー『5』は、よく出回る分レア物ではないが、それだけ提督の身の回りの物を身に着ける機会が多いという事もあって、どうも彼女は彼の私物に対して遠慮のない傾向がある——
(あ! 提督さんベイちゃんTシャツじゃん。さては最近も遊びに来てるな)
彼のTシャツの肩口に84の刺繍を見つけた瑞鶴は、なんとなく自然と把握するようになってしまっている提督の肌着・下着事情から、演習出場準備でこの島に来ている後輩ヨメ艦の臨時お世話事情も察した。
(うんうん、頑張っとるねぇ~)などと思いながら、榛名も期待を懸けている後輩惚気仲間と昼過ぎに通りですれ違った際、彼女と提督談義に花を咲かせた時に、「冷たい飲み物買っておくねっ」と素早い判断で撤退を決め込んだ『小さな巨人』とは別に、もう一人その場に一緒に居たポヤ~ンとフラフラになった小さな護衛の姿を思い浮かべた。
「そういやさ、提督さんジョンと仲直りしたんだって?」
「しょうなのぉ~。ジョンってば、わざわざ水着で会いに来てくれたからハリキちゃった」
「足元覚束なくなってたわよ。若いヨメ艦にあんま無理させないようにしなよ」
自分とガンビーの惚気談義の影響で、一層ジョンストンはヨタヨタとなってしまったのだが、自覚のない瑞鶴はそれ等も全て提督のせいにしてしまっていた。
「ジョンがいいよって言ってくれたんだも~ん」
「あ~はいはい、程ほどにね。また避けられちゃうよ?」
「っは! それはイヤだっ、気を付けよう…」
「そんでさ? 提督さん、明日の休みはもう予定あるの?」
「それな! 休みだし色々見て回ろうかとも思ったんだけど、あちこち視察で行ってるから今更な感じなんだよなぁ。陸っちゃん居ないのに俺だけ行っても皆の邪魔になるし…」
「じゃさ? 明日わたしも休みだから、一緒に遊ばない?」
「おおぅ!? 榛名しゃんが言ってたのって瑞鶴の事だったんか!」
「そうそう。わたしも水着みせたげるからさ、明日一緒にデートしよう」
「ずいっ!? 水着…、ズイの……。ってあれ、で、デートおぉぉぉぉぉ!?」
瑞鶴の発した『デート』という言葉に、提督は悲鳴を上げた。
独り身の貧乏生活から、「食いっぱぐれないだろうから」と志願しての男所帯暮らし。
その後司令官として着任した彼にとって『デート』とは、ドラゴン・ペガサス・グリフォンに並ぶ神話かお伽話。
この時勢、身元も暮らしも確かなリア充かパリピが、運命の出会いを果たして壮大なストーリーを紡いだ末に、やっと手にする奇跡。
自己評価の決して高くない、変態の自覚がかろうじてある彼にとって、『デート』というワードは、自らには訪れる事のないだろう縁遠い概念。奇跡よりも遥か遠い理想郷。
そんな言葉が、ケッコン以降は特に親し気にしてくれる、身近な存在と感じていた瑞鶴から発せられた為、彼は「なんで急に神話の調べを口ずさみだしたの!?」と取り乱す。
瑞鶴からすれば、艦隊の半分くらいはヨメ艦にしている彼には今更だろうと思っているのだが、わざわざ敢えて、提督を驚かすのも兼ねてその言葉を口にした。
「うんうん、デートだよ。で・ぇ・とっ!」
強調する瑞鶴に、急に降って沸いた神話の調べの訪れに。
明日の自分が想像を超えて遥か彼方へ去ってしまった提督は、「ほわ~い? なんなんそれ~?」といった具合に手を広げたジャスチャーをしたまま。
「デ~~~~~~~~…………………………………………………………………」
脳みそが処理落ちしたのか眠気の吹っ飛んだ驚きの表情で、瑞鶴を見つめたまま彼はフリーズした。
(師匠、こーゆー時こそこの言葉を使うのでしょうか?)
「まぁ、そうなるなっ」
腕組みした瑞鶴は、「ふむっ」と頷いた。
つづく