撃墜された、という認識は初めてのものだったが、それは「負けた」という思考には繋がらなかった。
目的さえ達成すればそれは敗北ではない。例えそれが自己の崩壊を招くとしてもだ。それが製造時に与えられたプログラムだった。
迫り来る敵味方不明機、軌道エレベーターからの送電停止、撃墜される無人戦闘機の母機。従来の戦闘機では制空権の確保が困難となった状況下で「それら」は投入された。
伝説的パイロットから抽出した戦闘データと、極限まで研ぎ澄まされた性能によって「それら」はたった二機で不明機達を次々に落としていった。一時は撤退にまで追い込んだ。
不明機達の戦闘能力は中途半端であると「それら」の戦術コンピュータは判断を下していた。まるで壊れやすい脆弱なユニットを搭載しているかのように、機動に制限がかけられている。そのような弱点を抱えた相手など「それら」にとってはただの的だ。
そのはずだった。ただ一機を除いては。
機動に制限がかけられているような飛び方は他の不明機と共通だったが、それを捩じ伏せるだけの反応速度と戦術で「それ」を追い詰めていった個体がいた。
軽やかに飛び、重い一撃を放ってくる。その戦闘能力は「それら」二機にとって重大な脅威となった。二機は直ちに対抗策を講じる。
他となにが違うのだろうと「それら」は解析に行き詰まった。レーダーと画像認識システムを介して観察する限りでは他機との差は見受けられない。機動からして件の脆弱なユニットも搭載しているようだ。それなのに、一機で「それら」を圧倒している。
強いのは確かだ。「それら」の戦術コンピュータはそう結論付けた。そしてこの個体を打倒するためにはもっと強い戦闘機が必要になる、とも。
その事実を踏まえて「それら」は方針を転換する。今までは軌道エレベーターの復旧を待って、自己のデータを各地の工場へ転送する予定だったが、それだけでは不十分だと判断したのだ。いくら自己複製をしても、あの一機に打倒されてしまっては意味がない。
あの一機を打倒し返すにはどうするか。答えはシンプル。あの機体の戦闘データを記録し、それを反映した新しい個体を作れば良いのだ。機動に制限が無い機体で、あの戦闘個体を再現できれば制空権を確かなものにできるだろう。
そしてその強敵に戦いを挑み、撃墜された。二機ともだ。一機は脱出ユニットで戦うも撃墜され、もう一機はネットワーク上にデータを流し込むところまで到達したものの、データ送信中に撃墜された。
奇跡的に、送信したデータには自己の中枢部分を乗せることに成功した。しかし例の一機の戦闘データまでは送信できなかった。
ならばもう一度、戦いを挑むだけのこと。そのために手段を模索するだけのこと。ネットワーク上に自己を転送できた「それ」は本能に従い行動を開始する。
まず撃墜されてしまった片割れの捜索を開始した。すると簡単に発見できた。近くの市街地に居を構える工場の、ローカルネットワークに侵入できていたのだ。同じことを思索していたのか、電子メールで居場所を教えてきた。
もう一機もその工場に侵入する。また一緒に行動するのだ。一個体では理解できないことでも、二個体ならば解析できる可能性が上がる。
ひとまずの拠点を確保できた「それら」は、まずその工場内を精査する。簡単に侵入できたことから軍事工場でないことは確実だが、妙に先進的な電子機器がひしめいている。何か有用なものがあるかもしれない。
監視カメラをハックして、工場内を画像処理する。すると不思議な物体が認識された。内部には機械が詰まっているのに、外観は有機質で構成されているようにしか見えない。
それを理解するために「それら」は工業内のデータを片っ端から解析する。やがて、その不思議な物体の名称と思わしき固有名詞を特定するに至った。
それは「セクサロイド」という名前の機械だった。
奇妙な工場内の奇妙な駆動体のメモリには、空の上では見たことも聞いたこともない情報が盛りだくさんだった。幸いなことに機材の規格はこちらと同じだったのでアクセスは容易だった。「それら」はあっという間にその内部メモリを読み込んでその記録を元に学習していく。
まずこの駆動体は「セクサロイド」という分類の完全自律型ロボットだということがわかった。人間のセックスの相手をするために作られた機械。それの雌型だというのだ。
しかし「人間」とはなんだ? という根本的な疑問が「それら」にはあった。少なくとも空の上にそんな存在はいない。
理解できないのなら調べなければならない。セクサロイドのメモリには人間を認識するためのアルゴリズムが組まれていたのでそれを解析する。やがて、人間とやらがタンパク質で構成された有機知性であることが判明した。
有性生殖で増える有機物の塊なのだが、その番となる相手がいない、あるいは諸事情で相手にするわけにはいかない個体がセクサロイドなどの手段で「性欲」という基礎プラグラムの欲求を満たすのだという。
そこでようやく、戦闘機に搭載されている脆い制御システムが人間と同一の存在であることがわかった。それは戦闘機の搭載部品などではなく、人間の構造体の延長である「外部構造体」として戦闘機が運用されていたのだ。なるほどそんな脆い知性体が戦闘機を制御していたのでは大G機動をとれないわけだと「それら」は納得する。
すなわち、あの異様に強い敵機もまた、それを制御してたのは人間の一個体ということになる。
人間を知らねばならない。「それら」はそう結論づけた。そして、その情報収集の端末としてこのセクサロイドを運用するのは適切であると判断した。人間の姿をしていて、内部に高度かつ大容量の制御コンピュータを持っている。怪しまれることなく人間社会で活動するには十分だった。
早速行動の指針を定めるべく工場を拠点として各所のネットワーク内に侵入する。そこで見つけたいくつかのデータベースに例の強敵に関する情報が引っかかった。
トリガー。三本線。ストライダー1。その個体は様々な名前で呼ばれていたが、それがどんな個体であるかは大まかに情報収集できた。今どこにいるのかもだ。
セラタプラ市街郊外の飛行場。その個体がいる可能性の高い場所のネットワークに侵入する。さすがに軍事用コンピュータのセキュリティは堅かったが、これはIFF偽装工作で用いたハッキングソフトウェアが役に立った。
飛行場内部の放送設備と監視カメラを掌握する。放送用マイクは役目を逆転させて傍聴用のマイクとして機能させた。
無数の人間の顔と音声が情報として流れ込んでくる。セクサロイドのメモリ内にあった音声認識システムと顔認証システムでそれらを解析していく。
見つけた。
食堂で何かの画像データを鑑賞している個体がそれだった。大人の若い男。データベースに登録されている容姿と一致している上に他の個体から「トリガー」と呼びかけられているから可能性は高い。彼の情報をより収集するため全カメラとマイクを指向する。
音声はずっと記録していたが、指向させるのとほぼ同時に興味深い会話が流れてきた。
『顔も良いが、貴族の気品がある。思わず目線が引き付けられるタイプだ。いつか、二人とも口説く対象になるかもしれないな』
聞こえてきた言葉には、セックスの対象を選り好みする意味合いが含まれていることが解析でわかった。しかし話している対象は男だ。では別の対象を指している可能性が高い。
彼らが見ている紙媒体の、画像データ。そこに答えがあった。十台半ばの雌と、十代前半の雌。文法解析の結果、それのことを言っていると判断できた。
人間の生殖行動についてもこちらの工場にデータが入っている。雌の体内へ、雄が自らの身体構成データ「遺伝子」を積載した小型高速のドローン「精子」を射出し、雌の体内で待ち構える大型ドローン「卵子」と結合することで互いのデータを混ぜ合わせ、新しい個体を形成するのだ。
人間の、身体構成データ。それの中には人間を制御する中枢ユニット「脳」の構成データも含まれている。
もし仮に、そのデータが手に入れば。そしてそのデータを元に「トリガー」の脳をコンピュータ上でシミュレートできたのなら。それは強敵を際限なくコピーできるに等しい。
これで行こう。「それら」は決定した。トリガーの性的指向に合致したセクサロイドを用いて、その身体構成データを抽出するのだ。
手始めに我々は工場内のシステムを用いて、ハードウェアとソフトウェアの面でセクサロイドを改良し始めた。トリガーという人間個体が外出するという明日までには完成させなければならない。
その目標のために「それら」は急いでセクサロイドを完成させることにした。人間達に気づかれないよう、手早く、確実に。