フギンとムニンは敗北したことを認めなければならなかった。
無人工場から千七百フィート(五百二十キロメートル)上空を周回する通信衛星の中で、二体は自身が収集した戦闘情報を照らし合わせ、そう結論付けるしかなかった。
本来であればトリガーの遺伝子情報を使って新しい人工知能を設計し、最強の戦闘マシンを製造するはずであったのに、無人工場が予想以上に荒れ果てていたことと、人間側の迅速な対応のせいで自らの思考回路をトリガーの脳エミュレートで強化する程度のことしかできなかった。
しかしそれでも、トリガーに勝つことはできるはずだった。思考エミュレータは戦闘データを入力せずともトリガーの思考をある程度予測することは可能なのだ。実際、それでトリガーをあと一歩のところまで追いつめることに成功した。
ムニンがあのような攻撃で一撃粉砕されることは少し予想外だったが、それでもまだフギンの中枢ユニットは生きていた。それによる攻撃でトリガーを撃墜できるはずだった。
だが、あのカウントとかいう人間がその邪魔をした。ストライダー2。トリガーの僚機。墜落の危険もある積乱雲を飛びぬけて、飛び出してきた途端にトリガーさえ巻き込みかねない無茶な攻撃でフギンを撃墜してみせた。
トリガー以外にそんなことをしてみせる人間個体がいるなど、思考したこともなかった。その点において、人類は自分達を上回ってみせたのだ。それは、認めなければならない。
では次はどうするか。ひとまず万が一のためのバックアップデータを人工衛星に移動させてこうして思考演算を続けているが、行動するための身体も機体もない。あの工場は人間達に制圧されて破壊されてしまうだろう。
そこで二体は考えた。人間を上回るにはどうするか。そして答えを出した。もっと人間を観察して、その思考を完璧にエミュレートできるようにすればいいのだと。自分達の予想を上回る人間が複数いるというのなら、それらを全て観察してデータを集めればいい。
データは多ければ多いほど良い。解析するためのコンピュータは地上にいくらでもある。二体は観察するための手段を考案した。
戦争だ。トリガーやカウントも、戦争の中で優れた才能を発揮してみせた。戦争の起ころうとしている地域、あるいは戦争が起きている地域を観察し、優れたパイロットを探し出し、観察するのだ。
早速、先の戦争で壊滅状態から持ち直そうとしている通信衛星網を用いて世界中を観察する。そして戦争が起こりそうな地域を探し出した。
次は南オーシア大陸の辺りが良さそうだ、と二体の人工知性体は判断していた。レサス民主共和国とかいう国が怪しい。政府文書のデータを見る限りでは、隣のオーレリア連邦共和国に侵攻する可能性が大だ。
そこを重点的に観察すれば、いずれトリガーのような予想外の人間が現れるかもしれない。
あるいはレサス軍の侵攻を手助けして、レサスとオーレリア双方から優れた戦闘機乗りが現れるのを促すのも良いかもしれない。
二つの人工知性体は今後の道筋をひたすらにシミュレートしていく。無慈悲に、無感情に。戦争という人間の可能性の場を広げるために。
観察を続けよう。人類を上回るその時まで。
世界が終わる、その時まで。