どの雑誌を捲っても「戦争終結」の言葉が目に入ってくる。というより、それ以外がないことに男は小さくため息をついていた。
無数の悲劇と混沌を撒き散らした戦争が終わった。それは喜ばしいことだ。大陸各地から流れてきた難民達も、各国からの援助物資で飢える心配がなくなった。今や軌道エレベーターの根本には、難民の手とオーシアの援助でそこそこの規模の町ができ始めているという。
だが、それらを記述した雑誌は休憩時間に読むものとしてはいささか退屈だというのが彼の本音だった。戦争が終わったことで出撃の機会が激減したこの基地は、彼を含めて割と暇になりつつあったのだ。
軌道エレベーターを見上げる位置にある都市セラタプラ。その郊外に位置するこの飛行場は、援助物資を満載した輸送機がひっきりなしに着陸してくるせいで戦闘機隊の訓練すらまともにできないという有り様だ。管制塔と整備班と燃料補給チームは死ぬほど忙しいらしいが、実戦部隊はとにかく時間を持て余した。
自分を含めたそこそこの人数が、基地の食堂で時間をつぶしていることを彼は思い浮かべる。食べたり寝たり、自分のように本を読んだりだ。そのほとんどが実戦部隊の連中であることは顔を見ればわかった。
いっそ整備の手伝いに駆り出された方がマシだとは思っている。しかし恐ろしく腕の良い女整備師が十人分の働きを一人でこなしてしまうからか、足手纏いの実戦部隊にはお呼びがかからない。
軍が暇なのは良いことだ、と食いしん坊のAWACS管制官がサラミを満載にしたピザを食べながら言っていたが、暇を持て余すこちらとしては苦痛でしかない。
なのに娯楽が不足している。雑誌を含め、テレビもラジオも戦争終結と戦争の推移、それから援助物資の要望で埋め尽くされている。平和は結構だが、さすがに飽きるというものだ。
かといって他の話題を書く力は一般出版会社にはない。通信衛星が全滅したことで、情報伝達がひどく阻害されているからだ。記事のネタが届かないのだから身近な難民の近況と戦争終結の話を書くしかない。
よって、彼は似たようなことが書かれている雑誌を捲るしかない。思わずアクビが漏れるが、人で賑わう食堂で気にする者はない。
「よお、何熱心に読んでんだ」聞きなれた声に振り向くと、くすんだ金髪の男が食事のトレーを抱えて立っていた。男の仲間のカウントだった。
「なんだ、カウントか」
「なんだとはなんだ」彼はそのまま俺の横に来ると、上から手元の雑誌をのぞき込む。「最近の雑誌なんてどれも同じだろうに。なにか面白い記事でも──おいおい、まじかよ。お前、そういうのが好みだったのか」
言葉の後半の真意がわからず男は首をかしげる。しかし雑誌を見るとその意味がわかった。
「ミハイの孫だろ、そいつら」
雑誌に掲載されていたのは十代半ばと十代前半くらいの少女二人、その写真。
過去の戦争、そして今回の大戦で最悪の敵として猛威を振るった撃墜王、ミハイ・ア・シラージの孫娘。今軌道エレベーターの付け根では、彼女達が中心となって難民へ向けた援助活動が展開されているという記事がそこには書かれていた。
「姉がイオネラで、妹がアルマだったか?」からかうように肩を竦めるカウント。「十五歳と十歳の姉妹だ。いくら若い娘っ子が好きだからって子供すぎるぜ。妹の方なんかまだ毛も生えてないだろう」
「勝手に人をペドフィリア扱いにするな」
雑誌を丸めて、それでカウントの腹をペシペシ叩く。トレーを両手で持ったままの彼には有効な防御手段がない。くすぐったそうに顔をゆがめるカウント。お返しとばかりに彼の頭上へはカウントのトレーがポコポコと叩きつけられた。地味だが有効な反撃手段だ。
「座るなら座れ。なんのメニューだ。汁が飛ぶ」
「ラーメンとかいう、ノースポイントの料理だ」
ポコポコペシペシと続いた殴打の応酬を終え、カウントが空いていた右の席に座ってくる。見ればテーブルに置かれたトレーには、大きめの容器に入った湯気の立つスープと、いくつかの肉、そしてそこに浸かった長いスパゲティのような料理が収まっていた。
「麺か」
「今のセラタプラには、ユージア大陸中の援助物資が運ばれて流通してる。極東のノースポイントからもだ。特にこいつはインスタント製品もあって手軽で美味いから、基地にまで流行ってるんだ」
そう言ってカウントはスプーンで熱々のスープをすする。うまい、と呟くのが聞こえた。湯気とともに独特の香りが漂ってくる。確かに美味そうだ、と男は思った。
「で、トリガーはどっちが好みなんだ、さっきの姉妹は」
「まあ、美人だとは思うさ」
再度話題を振ってきたカウントに若干投げやりな答えを返してやる男──トリガー。丸めた雑誌を一度平らにしてから、二人の姉妹が掲載されているページを広げる。
「顔も良いが、貴族の気品がある。思わず目線が引き付けられるタイプだ。いつか、二人とも口説く対象になるかもしれないな」
ピュウ、とカウントが口笛を吹く。「どっちもか、うちのトップエースは欲張りさんだことで」
「それは良いから、何か面白い話題はないのか?」雑誌を閉じながらトリガー。「退屈で死にそうだ。いっそ姉妹を口説くのでも構わん。暇を潰させろ」
「お前、空の上だと生き生きしてるのになぁ。無口だけど」ラーメンの麺をフォークに絡めながらカウント。「ま、この情報制限下じゃトリガー様でも仕方ないか」
「そういうお前はどう暇を潰してるんだい、伯爵(カウント)殿」
トリガーが話している間に口いっぱいに頬張った麺を、もごもごと咀嚼するカウント。かみ砕き終えたそれを飲み込んでから口を開いた。
「街へ出るのさ」
「街?」とトリガーは怪訝な顔をした。「今のセラタプラは軍の統制下だぞ」
今のセラタプラ市街は、墜落した航空機の残骸や、今だ残留する無人戦闘機の発進コンテナの捜索でオーシア陸軍が出張ってきている。あちこちに撤去用のクレーンやらトラックやらがひしめいていて遊びに行くこともままならないだろう。
同じようにトリガー達の所属する飛行隊が未だ故郷オーシアに帰還しないのは治安維持のためだ。セラタプラは比較的安定しているが、それ以外の地域では武装勢力が集結しようとしていたり、軍も把握できていない秘密工場が存在しているだとかの理由で軍を簡単に退去させるわけにはいかないのだ。
トリガーの言葉にカウントは首を横に振った。「街といっても、難民達の街だよ」
「軌道エレベーターの付け根か」
「ああ、そこそこの街ができつつあるってのは聞いてるだろ?」ニヤリ、とこちらに笑顔を向けるカウント。「人が集まればそこに経済が生まれる。経済がめぐり始めれば街ができる。街ができれば飲食店やサービス産業が発展する。そしてそれがまた経済を回す」
「そんなに発展していたのか、難民の街は」
トリガーは目を丸くする。彼はてっきり難民キャンプやトレーラーハウスの集まり程度のものとしか認識していなかったのだ。
「お前が知らないのも無理はねぇ。この地球規模の情報制限下じゃあ、雑誌の情報は出た時にはもう時代遅れになっちまう」ラーメンが熱かったのか、水を口に含みながらカウント。「規模はしょぼいが市場も飯屋もあるし、ゲームセンターもある。小さいホテルまであるときた」
「それは、すごいな」退屈で死にかけていたトリガーはカウントの話に少しばかり興味を持った。嘘が混じっているかもしれないが、暇をつぶすには良いかもしれないと思った。幸いなことに明日は非番だ。
「ちなみにな」外出許可申請の窓口の場所を思い出そうとしたところで、カウントが遮った。「俺も外出申請は提出済だ。そして俺は難民街の中の、美味いラーメンショップの場所も知っている」
フォークに絡めた麺をこれ見よがしと見せつけるカウント。独特の芳醇な香りが鼻を刺激し、食欲中枢を刺激する。絶妙な油と塩分が空気を伝わって感じ取れる。
「空の上じゃあお前を追いかけるしかできねぇが、たまには俺についていく気はないか?」
ぐう、と鳴った腹の虫がカウントへの返信になった。