警告音。ロックオンされた。相手の位置と機動は理解している。顔を向けるより先に右ラダーペダルを蹴って機体を滑らせる。すぐ横を曳光弾の輝きと、その何倍もの数の機関砲弾が通りすぎていく。
今度はピッチアップしつつ左のラダーペダルを蹴る。翼端失速気味に左へ急激にロールする。この速度領域でのスナップロールは自殺行為だが、加速度に耐えられるギリギリのところを攻める。機体がきしみ、一瞬だけ視界が暗くなる。
天地が逆さまになったところでロールを止めて操縦捍を引く。そのまま地表へ向かって急降下。急横転で失われた速度が上がっていく。音速を突破。軽い旋回や横転を繰り返しながら後ろを確認する。
敵が一機、追尾してくる。機種は不明だが双発。こちらと同じように背面逆落としの体勢で、引き離されまいとアフターバーナーを焚いて急激に距離を詰めてくる。ロックオンアラートが鳴り止まない。
敵のGUN攻撃。約〇・五秒の射撃が飛んでくる。しかしこの距離では射程外だろう。牽制だと判断して構わず降下を続ける。
あともう少しで機関砲の射程内、というところで操縦捍を押し上げて機首を空の方向へ上げる。高速下でのマイナスGで脳の血管が悲鳴を上げるが無視。スロットルを僅かに絞ると逆さ飛行の強い空気抵抗で身体がつんのめる。
同じ降下角度で猛追尾してきた敵は、上昇しつつ減速したこちらの動きについていけない。パイロットからすると、こちらは機体の影に隠れて消えたように見えるのだ。
キャノピー越しに敵機の腹が通りすぎる。敵はF-15戦闘機だ。すでにこちらの動きに勘づいて急激な旋回を始めていた。圧力変化で発生した白い霧が尾を引いている。良い反応だ、と思う。
相手に合わせて追尾。相手の方が速度が乗っているため旋回半径が大きく、たやすく射界に収めることができた。ロックオンは可能だが、最小射程を下回っているためミサイルの発射はできない。
ならば、と武装選択スイッチを押して機関砲を選択する。右旋回する敵機の背中へ照準。敵機のコックピットが見える。
誰も乗っていない。
敵機のコックピットはがらんどうだった。空いた座席で、ただ操縦捍が自律して動いている。無人機だ。驚くことではない。
しかしさらに接近すると、その尾翼には爪痕のような三本線が刻まれているのが見えた。そして所属部隊の番号。機体表面の汚れにも見覚えがある。あれは、自分の機体じゃないか。
では自分はどこにいる。あれが自機だというのなら、この機体を操縦している自分は、なんだ。
戦闘中にも関わらず、手元を見やる。そこでも握られていない操縦捍がひとりでに動いている。スロットルレバーも、ラダーペダルも勝手に動いている。
自分は、どこにいる。どこだ。わからない。この空で、俺は、どこにいる。
「おいトリガー、そろそろ起きろ」
カウントの声で目が覚めるトリガー。一休みするつもりで談話室のソファーに寝転んでいたのだが、そのまま寝てしまったらしい。
「お前、あんなことがあったのに良く平然と熟睡できるよなぁ」
「もう基地内の監視カメラは外界からのアクセスなんてできないだろう。襲撃も心配する必要はない」
あれから基地内の防犯と防諜は見直され、内部の監視カメラと放送設備は物理的に接続を切られるようになったし、シュローデル博士謹製のセキュリティプログラムも導入されている。それでも例の無人機達にハッキングされているのではないかと心配する人間は多かった。
「そういう問題かよ」その物言いに対し、呆れたような顔つきのカウント。その顎にはフギンを名乗ったロボットの殴打による裂傷の治療痕が見られた。抜糸したばかりだそうで、少し表情が作り辛そうだった。
「それはともかく、第二会議室へ召集だ。作戦会議が始まる」
「了解した」
ソファーから起き上がり、寝ぼけ眼でカウントについていくトリガー。
第二会議室に到着するとトリガーが率いるストライダー隊と、彼らを含む長距離戦略打撃群(ⅬRSSG)の面々が顔を見せていた。ストライダー隊はトリガーの姿を認めると席を立ってピシリと鮮やかな敬礼をしてみせた。
「遅れてすまん。座っててくれ」
トリガーとカウントはラフに答礼。彼らに着席を促した。実際のところトリガーの階級は彼らと比べてそこまで高くないし、休憩時間などでは比較的砕けた付き合いをしているのだが、こういうシリアスな場面ではキッチリと上官としての扱いを受けていた。
それは先の戦争におけるトリガーの活躍ぶりが評価されているということなのだが、トリガー本人にしてみればむず痒いことこの上ない扱いだった。懲罰部隊にいた頃が懐かしくなる。
「さて、これで全員到着したことだし会議を始めるとしよう」
トリガーとカウントが空いている席に座ったところで、打撃群の司令官が皆の前に歩み出る。先の戦争では極度の非常事態で心労の色が強く出ていた彼であったが、平穏な時間が彼を癒してくれたらしく、今ではすっかり元気に軍務をこなしていた。
司令官の合図で会議室の灯りが落とされ、正面に大きなスクリーンが下りてくる。
「二週間前、トリガーとカウントが少女型ロボットに襲撃され、カウントは殴打により顎を三針縫う怪我をして、トリガーは誘拐と監禁を受けたことは皆も覚えていると思う。下手人となるロボット二体は、トリガー救出部隊の到着に勘づいて逃亡した」
スクリーンにユージア大陸の地図が映し出される。現在自分達がいるセラタプラ郊外の基地が青く表示されていた。司令官は続けた。
「二体のロボットは、イオネラ嬢とアルマ嬢に化けているそうだ。トリガーが保護されたのとほぼ同時刻において、セラタプラ中心部のレストランで祖父と食事している姉妹と、エルジア領へ向かう長距離バスに乗り込む姉妹の姿が目撃されいる。レストランにいた二人は本物であることが確認されているから、自動的にエルジア領へ向かった方がロボットということになる。……と、そこまではわかっていたのだが、奴らは情報部の必死の捜索にも関わらず、逃げおおせてみせた」
ロボット少女二体の容姿は判明している。イオネラ・ア・シラージとアルマ・ア・シラージそっくりの少女だ。容姿がわかっているのに軍の捜索網を逃げ切ってみせたのは、未だ情報網の混乱が続いているせいか、あるいは機械知性ならではの高い察知能力によるものなのか。
「しかし昨日の夜、シュローデル博士の協力により奴らの逃走経路とおおよその居場所を特定することに成功した」
司令官の言葉に会議室がざわめくのが分かった。その間に会議室の壁際に座っていた白衣の男が立ち上がり、スクリーン前へ歩いてくる。研究者然としたその男性はシュローデル博士だった。
「静粛に。──シュローデル博士、説明をどうぞ」
「自己紹介は不要だろうが、シュローデルだ。よろしく」
皆に向けて軽い会釈をする博士。かつての敵だというのに、そんなことどうでも良い、とでも言うかのごとく冷静な口調で話していく。
「今回、私はオーシア軍の力を借りて、二通りの方法でフギンとムニン──件のロボット少女を捜索した。IDトレースと、電気料金だ」
会議室で彼の言動を見守っていた人間が静まりかえる。意外性や驚きというより、困惑による沈黙らしかった。トリガーも思わず怪訝な顔をしてしまう。捜索のためのID追跡はわかるが、電気料金?
まずIDの方から説明しよう、とシュローデル博士は一呼吸置いてから話し始める。
「現在、ユージア大陸では国境や検問所を通過する際にID認証が必要になる。それらを通過するとIDの記録が残るわけだ。検問所だけでなく、キャッシュレスの買い物や電車などの公共交通機関でもIDの読み取りが行われる場合がある。この基地の情報部はそれを用いて二体を追跡しようとしたが、足取りは掴めなかった。ロボットがまともなIDを所持しているとは思えないから、当然といえば当然だが」
彼の言葉に司令官がちょっと気まずそうに咳払いをした。もう少し言い方を考えろ、というわけだ。博士はそれを受けて少し考えてから、口を開く。
「失礼した。……情報部の失態をフォローするのであれば、彼らは怪しいIDを丹念に探したんだ。至極真っ当な捜索手法だ。流れ着いた難民からIDを買い取ったか、奪って使用していると考えられるから、足取りの不審なIDトレースを分析したんだな。無論、足が付かないようIDを改竄したり、偽装IDを複数所持しているだろうから彼らは全く追跡することはできなかったわけだ」
こいつはもう少しオブラートに包めないのか、とカウントが小声で囁く。たぶん無理なんだろう、と心の中で返答する俺。博士は続けた。
「だから私は逆の発想をした。IDを利用した全ての人間の足跡が、そこを離れても途中で消えないかどうか、全て洗い出したんだ。各地に駐留するオーシア軍の協力でね。ある者は検問所から港へ行き、ある者は難民申請をし、ある者はまた別の国境へ行き、ある者は買い物をし……そんな一貫性のあるIDを全て排除していって、結果として残った、一貫性を欠くIDを選別していった。その痕跡をマッピングしたものがこれだ」
博士の合図と共に、スクリーン上のユージア大陸に無数の赤い点が重ねて表示される。その点の位置は完全なランダムというわけではなく、数十本の線のようにして現れていた。縦横が重なっていてクモの巣にも見える。
「道筋が複数あるのは、これが膨大な手間がかかる作業であることに起因する処理の穴と、フリーエルジア残党メンバーもこの手段を利用して潜伏しているせいだ、と推測される」
クモの巣のようなそのルートを全て探すのは非現実的だろう。お前も情報部と似たようなもんじゃねえか、という皆の心の声が聞こえてくるようだったがシュローデル博士は動じずに喋り続ける。
「このままでは追跡には使えない。残党狩りの参考にはなるだろうがね。そういうわけで私達はもう一つの手法を実行した。トリガー君の証言によれば、彼女達はコンセントからエネルギー供給を受けていたそうだ」
博士の視線がトリガーに向けられる。幾人かの視線もそれに釣られて向けられたような気がして、居心地の悪くなったトリガーはちょっとだけ首をすくめた。カウントが「ご指名だぞ」とからかってくるが、無視。
「それはすなわち、彼女達はバッテリー駆動方式のロボットということだ。私はこれを用いて足取りを調査することにした」
博士の言葉が、どうにも突飛なものに聞こえてしまうトリガー。会議室内が再び困惑による沈黙に包まれる。バッテリー駆動だから、なんだというのだろう。
すると博士は自らのポケットからスマートフォンを取り出し、それを掲げながら話し出す。
「高性能な機械ほど莫大な電力を消費する。特に情報処理は速度と量が高まれば高まるほど、どうしてもエネルギー消費が増えてしまう。皆も外出時にスマホのバッテリー残量で頭を悩ませたことがあるだろう。それは彼女達も例外ではない」
スマートフォンの裏カバーを外し、内部からバッテリーを取り出す博士。今度はそれを掲げる。
「スマホの内部は、見ての通りかなりの容量をバッテリーが占めている。音声や画像の情報処理しかしないスマホですらこれなんだ。精密な直立二足歩行に、言語認識、環境認識。彼女達の消費する電力は、恐らく並大抵の電気代では済まないだろうし、人体程度の容積に収まるバッテリーでは頻繁に充電が必要となるだろう。とするならば、無料で充電できる場所を使うと私は踏んだ」
皆は外出先でバッテリー残量に不安を感じたらどうする? と逆に博士が質問して皆を見渡す。間を置いて、どこかで女性の声が「カフェの充電エリアを使う」と言った。博士はそれに頷いた。
「そうだ。さして金がかからず、いくらでも充電でき、最も怪しまれない場所は飲食店などにあるフリーの充電エリアだ。数も多い。セラタプラ駅前のカフェにもあるし、利用したことのある者もいると思う。紅茶の一杯でも頼んでおけば少女が長時間いても怪しまれない。充電コードはヘッドフォンで誤魔化すことくらいは可能だろう」
そう言って博士はスマートフォンをポケットに戻すと、また皆を見渡した。今度はざわつく者はいなかった。
「そういうわけで、先ほど話した一貫性を欠いたIDが通った地域の電力会社に聞き取りを行って、この一週間で電力使用が異様に増えている地域や施設がないか調べたんだ。結果はこの通り」
スクリーンに映された赤い点の列が消えていく。やがてその中で一つだけ、残った列があった。皆がそれを食い入るように見つめるのが分かった。カウントなど前のめりになって目を見張っている。
「ここから北西へ六百二十マイル(約千キロメートル)ほど行ったエルジア領の森の中。ここまでのルートが一本だけ、残った。私はこれを彼女達の足跡である可能性が高いと推測している。そしてこの先端部に、興味深いものが発見されている」
ユージア大陸の地図が衛星画像に切り替わり、ラインの先端部だったところが拡大される。鬱蒼と繁る森の中に、なにやらカモフラージュされた施設が鎮座していた。傍らには滑走路と思われる長くて開けた土地が伸びている。
「私も存在を知らなかった、エルジア軍の兵器製造工場だ。無人のな。公式記録には記載が無いが、エルジア軍の資材搬送記録にこの地域への搬入を改竄した痕跡があった。いざという時のための、極秘の工場だろう。ここであれば遺伝子の解析も兵器開発もある程度できるはずだ」
沈黙を保つ会議室。それは戸惑いや驚きではなく、敵の場所を見つけ出したことによるものだろうか。
「ありがとう、ドクター・シュローデル」司令官が博士に礼を言う。「聞いての通りだ。我々の次の作戦エリアは、ここだ。この秘密工場に赴き、件のロボット二体、そしてトリガーの遺伝子サンプルを破壊する。可能な限り手早くな。さもないと敵の人工知能が増強されてしまいかねん」
司令官は遠回しな言い方をしてくれたが、要は遺伝子サンプルとはこの自分が出した精液のことだ。トリガーは例のロボット少女に襲われた時のことを思い出し、苦い顔をした。
「敵もこちらが探知することは想定済みだろう。相応の防衛行動に出ることは確実だ。滑走路もあることを踏まえると、無人機による迎撃も予想される。よって、ストライダー隊とサイクロプス隊で航空優勢を確保した後に、陸戦部隊による工場内の制圧を行う。陸戦は、海兵隊のシーゴブリン隊に依頼した」
海兵隊とおぼしき将校が起立して皆に向けて礼をした。以前に壊滅したシーゴブリンだったが、すでに兵員の補充は済んでいるらしかった。
「作戦は明日。戦闘機部隊はヒトマルマルマル(午前10時)に離陸。長距離任務になるため途中で空中給油も受けてもらう。──それとトリガー」
司令官がトリガーに視線を向けた。背筋を正すトリガー。
「あの機体のコンディションは問題ないかね?」
「問題ありません。あの機体があれば全力を出せます」
何を言われるかと思えばそのことか、とトリガーは安堵する。そして自信を持って答えた。フギンとムニンを誅するために、無理を言って用意してもらった新しい力。それを自分は完全に使いこなしている、とトリガーは言ってみせた。
「そうか、どこの世界にも天才というのはいるものだな……失礼、独り言だ。誰か質問は?」
そんなトリガーのはっきりとした答えに小さく苦笑いをする司令官。そして会議室を見渡し、誰も発言しないことを確認してからスクリーンの電源を落として室内の照明をつけた。眩しさで目を細める皆に司令官は威厳のある声で言い放つ。
「戦争は終わったが、皆にはもう一働きしてもらうことになる。これが正真正銘最後の戦いだ。どうか、全員無事で帰って来てほしい。──では本日の作戦会議は終了とする。解散」