新ロードス島戦記異伝:終末の邪教IF カーディス降臨 作:あれくん
滴り落ちる水滴の感触に、ファリス教団の女性高司祭アリシアは、目を覚ました。
寝起きの気分は良くない。意識はまだ朦朧(もうろう)としている。第一肌寒い。
「ここは……?」
アリシアは周囲を見回してみる。
どうやら広大な洞窟(どうくつ)のようだ。どこからか青白い明かりが差し込み、見るのにあまり不自由は無い。
しかし…
「きゃっ、これはっ!」なんと、彼女は全裸に剥かれていた。愛用のファリスの聖印も神官衣も、下着すらも剥ぎ取られ、ズタズタに切り刻まれ、粉々に砕かれて散乱している。いつもは神官帽の中に納められている髪も解かれ、ストレートに下ろされていた。
「お目覚めのようだな……」
男の声がした。
アリシアは声の方を向き、眼を凝(こ)らしてみる。
そこには一人の、男の人影がある。
彼の全身からは炎(ほのお)のような揺らめく、黄色いオーラの光を帯びている。
二つの眼が、血の色のように怪しく輝(かがや)いている。
「お前は…」
その両目の輝きを見て、アリシアの記憶はよみがえった。
闇の森でのカーディス教団との攻防戦のとき、彼女は一人のカーディス教徒の青年の死体を弔おうとしたのだ。
だが、その死体の眼がいきなり開き、真っ赤な視線が彼女を射抜いた。
それきり、記憶が途切れている。
「油断しましたな、アリシア司祭。カーディスの僕(しもべ)は人間のみとは限らないのですよ。ククク…」
アリシア「そうか……貴様は吸血鬼か…。私を邪眼で操っていたのか」
彼女は屈辱に身を震わせる。
アリシアはわが身をまさぐり、噛まれていないか、そして陵辱を受けていないかを確認する。幸いにしてその痕跡は無かった。
「せっかくの生贄を穢す訳にはいきませんからな。私は転生者バートルと申します。短い間ですが、以後お見知りおきを…」
確かにアリシアは高位の神官であるだけにとどまらず、若く美しい女でもある。
鼻筋の通った端正な容貌に、強い意志を感じさせる凛々しい双眸(そうぼう)がきらめく。
それでいて、ほどかれ背に流れたセミロングの髪が“女”を感じさせる。
程々(ほどほど)に豊かで整った胸の双丘――つんと上を向き淡い桃色をした乳首は緊張で尖っている――、引き締まった腹、悩ましくくびれた腰、髪と同色の恥毛で彩られた股間、神官戦士としての鍛錬を感じさせる、普通の女性よりもやや太めのたくましく、それでいて丸みを帯びた四肢、そして肌理(きめ)が細かく男の欲望を受け入れるのに充分な尻から太腿(ふともも)にかけてのなだれるような曲線美……ややきつめの印象を感じさせるが、内面からにじみ出る清廉と気高さが、かのフラウスに喩(たと)えられる気品を生み出している。
しかし、その反面、露わにされた美しい顔や髪と、甘く熟れた若い肢体は今や敵の好奇の視線に晒され、女神の裸像のごとき官能美をもかもし出すのであった。
「私を生贄にできるものなら、やってみるがいい」
右腕で豊かな胸を隠したアリシアは虚勢を張り、冷ややかに笑った。
バートル「ふむ。そんな状態でも、おびえる様子さえ見せない。さすがですな……」
アリシア「我らファリスの信者は、邪悪のやからに屈しはせぬ!」
そう叫ぶと、左手を突き出し、<気弾(フォース)>を放った!
無論、この程度で斃せるとは思えないが。
果たして、吸血鬼はわずかによろめいただけで、苦痛の表情さえ浮かべなかった。
「攻撃的な聖女殿だな。貴女に見せたいものがあるのに…」
「私に見せたいもの?」
「ここが、どこかお分かりかな? かってコンクァラーと呼ばれ、今はウィンドレストと呼ばれる城の地下神殿だよ」
「そうか、ここは大地母神マーファの地下神殿か…」
「貴女に、あれが見えるかな?」
バートルはそう言って、アリシアに道を譲る。
促(うなが)されて、両腕で前を隠したアリシアは油断無く歩む。
そして、それを見た。
アリシア「こ、これは?」
洞窟の最奥の岩盤が渦上によじれていて、暗い紫色の瘴気が漏れ出している。これほど異常なものははじめて見る…。
「これこそが、破壊の女神カーディス様が出現した終末に繋がる門なのだよ」バートルは自慢げに言った。
アリシア「そんな馬鹿な…」
彼女は、ファリス信仰をこの暗黒の島に布教することを生涯の使命と思っていた。だが、この状況ではそれを果たせそうに無い。
悔しいが、運命として受け入れるしかないだろう。だからといって、邪教徒共の思い通りにはさせないつもりだ。
アリシアは、己が肢体を一瞥(いちべつ)してから毅然として宣言した。
「私は邪神復活の扉になど決してならない。お前たちにこの身体を使わせたりはしない!」
「図に乗るなよ、小娘が!」吸血鬼は激昂した。
「てめぇごときが、ナニール様と同列などと、笑止千万!!」
「だとしたら、幸いというものだわ」アリシアは平然と答えた。
「フィオニス様が復活した以上、二つの鍵はもう不要だ!あの方はああおっしゃったが、貴様は所詮この終末の門を拡大するための生贄にすぎねぇんだ!」バートルは魔爪を伸ばした。
「偉大なる至高神よ……」
アリシアは高らかに唱え、精神を集中させた。
吸血鬼バートルは憤怒の表情でアリシアに襲い掛かり、鋭い爪で彼女の左肩から胸の辺りを切り裂いた!
アリシア「くうぅッ!」
柔肌が裂け、鮮血が噴き出す!
だが聖女は激痛にもひるまなかった。
カーディスの力で転生した吸血鬼であるバートルには、通常のバンパイアにもない邪眼による視線で敵を操る力が与えられていた。
彼は今、意識を取り戻した美しい聖女を思うがままに切り刻み、サディスティックな喜びを味わっていた。これだ、これなのだ。
先ほどアリシアを邪眼で操り、眠らせる前に彼女の着ている神官衣をズタズタに切り裂いて裸に剥き、所持品の中にあった憎きファリスの聖印を粉々に打ち砕いた。それらの破壊行為はそれなりに痛快だったが、今やっているいたぶりに比べれば、所詮は前菜でしかなかった。
「どうしたよぉ、小娘ぇ。なすがままかよぉ。このまま全身を切り刻んで、てめぇの身体から流れ出る血で、終末の門を拡大してやるぜぇ……」バートルはげらげらと狂笑した。
だがアリシアは実は無抵抗ではなかった。じっと精神を集中させていたのだ。
(あなたはただの死体を装い、私を油断させ、邪眼の魔力で操った……)
ならば、その屈辱を、そっくりこの邪教の魔物に返してやろう。
そして、精神の高揚が頂点に達したとき――
「至高神ファリスよ、聖なる光もて、邪なる全てを消滅せしめよ!」
アリシアは高らかに叫ぶと、<破邪(バニッシュ)>の奇跡を発動させた。
次の瞬間、邪悪な吸血鬼の姿は塵さえも残さず消滅していた!
「転生者といったけど、不死生物(アンデッド)である貴方がどう生まれ変われるというのかしら……あっ、ああっ……!」
全ての気力を使い果たし、痛みと疲労感で女司祭の腰が砕ける。アリシアはがっくりと崩れ落ち、かろうじて左の膝(ひざ)をついた。
吸血鬼が言った通り、彼女の裸身はほぼ満身創痍―両腕も、肩も、乳肌も、腹も、両太腿も―無惨に切り刻まれており、大量の血が露(あらわ)な柔肌から滴り落ち、足元に血だまりを作っている。その上、左頬にまでざっくりと一筋の傷が刻まれていた……。
「癒しを……しないと」
アリシアはつぶやくが、完全に怪我(けが)を治せるだけの気力はとても無かった。
アリシアは全身を調べ、傷の深い箇所(かしょ)にだけ<癒し(キュア・ウーンズ)>の奇跡を施(ほどこ)す。
そして地下空洞の壁面に背中を持たれかけ、呼吸を整えた。
(早く強力な癒しをかけないと、肌にいくつか醜い傷跡が残ってしまうかもしれない。特に、思ったより顔の傷が深い…)女司祭は戦場の臨床医学について、比較的造詣が深かった。
(よりによって、顔の左側を傷つけられるなんて)
至高神の信者は『左側』を聖なる方向として重んじる傾向がある。ファリス神自身が、始原の巨人の左手から生じたが故に。物の左側に付いた疵や汚れを凶兆と看做(みな)す者もいる。
アリシアは己れの左頬にそっと触れてみた。
「つうっ…!」痛みに美貌をしかめる。
(こんな傷が顔に残ったら、女としても至高神の使徒としても面目が立たないわ…もう人前に顔を出せなくなるかも…)彼女の胸中に黒雲のような不安が沸(わ)いてくる。
「気力が回復したらまた怪我を癒し、上に有る王城まで帰れば良いだけよ」
アリシアは自らを励ますように、そう言い聞かせる。
しかし――
「お見事でした。聖女殿」
声がかけられ数人の男たちが、現れたのだ。
「お前たちは……」
アリシアはふらふらと立ち上がると男たちを睨(にら)みつけ、健気にも身構える。
彼らの真ん中にいる首領格と思しき者は、まだローティーンの美しい少年としか思えぬ見かけだった。
「私は、新生マーモ帝国皇帝レイエスだ」
その少年が静かに名乗った。
「貴方が、帝国の親玉?」
「だがそれも仮初の名に過ぎない。まことの名を転生者フィオニス。私こそがカーディス教団の最高司祭たる亡者(もうじゃ)の女王ナニールの永遠の伴侶だよ」
皇帝を名乗った少年は、まだ声変わりもしていない美しい声で言った。
「亡者の女王は、アラニア建国王とマーファ教団によって封(ふう)じられたと聞いている。ならば、お前こそがカーディス教団の実質の首魁というわけね……はあ、はぁ…」
アリシアは大きく息をつく。
女一人一糸纏わぬ姿に剥かれた状態で吸血鬼を斃し、全身を傷つけられ、気力は尽き果てている。
この身体、この状態で高位の闇司祭(ダーク・プリースト)であるこの男たちと戦って、勝てるとはとても思えなかった。
「バートルにあなたの力を計らせたが、予想以上だったよ。まさかまだ若い女の身で、それほどの奇跡をも使いこなせるとはな。それもなかなかに美しい……」
「ジェナート最高司祭、そしてエト神官王の改革で、ファリス教団は変わりつつあるわ。神学のみならず、神聖魔法の使い手たる本当の神官が増えてきている……」
アリシアは毅然と言い返す。
「私だけじゃない。他にも何人もの聖戦士たちが、邪悪を滅(めっ)するために、この暗黒の島に渡(わた)ってきている。マーモ公国もあなたたちを捜索しているわ。どこに逃げようとも、あなたたちはいずれ発見され、殲滅(せんめつ)されることになる。哀(あわ)れな亡者の女王ナニールのようにね……」
「逃げる必要など無いな。私たちは、ただ待っていただけだ。この聖地に戻るべき時をな。そして時は満ちたのだ……」
レイエスは静かに言う。
「終末に最も近い、忌まわしい場所が聖地とはね」
アリシアは冷たく言うと、よろめきながら、一歩二歩と後ずさった。
そこには、彼らが言うところの終末の門がある。渦状をした時空の歪み――
彼女には、もはや戦う体力も気力も残されてはいない。唯一残された武器は、彼女自身の傷ついた肉体と不屈の魂だった。
(この身に至高神を降ろそう。そして魂と引き換えにこの終末の門を閉ざすのだ。後の事は、公国の皆がやってくれる…)
だがその時、
――それでいいの?本当に?――
彼女の中で声がした。
――魂まで失われれば、二度と天界で彼に会えなくなるわ――
それは彼女自身の声。
――聖フラウスの様に、想い人に死後再会するのをせめてもの望みにしていたんじゃないの?それをも諦めて滅びるのね――
それは、<コール・ゴッド>を自らに行う聖者が必ず体験する、最後の迷い。本来、“それ”を行うレベルに達した大神官でさえも、自らの魂の破滅を目前にして苦悩する。ましてやアリシアはフラウスに匹敵するレベルの高司祭とはいえ、本来<コール・ゴッド>を行いうるレベルにまで修行が進んではいない。
アリシア「わ、私は……」聖女は、傷ついたわが身を抱いて、震えた。
その逡巡(ためらい)の隙を見逃すレイエスではない。
「サーキス!ラボアジェ!」
「「御意!」」
転生者共のうち、太鼓腹の商人のような男ともう一人の男が、疾風の速さで駆け寄り、
それぞれアリシアの左腕と右腕を押さえる。
アリシア「くっ、離せ…離せぇ!」
そこへさらにレイエスが彼女の額に触れ、<カース>をかける!
レイエス「汝、生ある限り自ら奇跡を使う事あたわず」
アリシア「偉大なる至高神ファリスよ……」
彼女は残された最後の力を振り絞り、高らかに叫んだ。そして、<コール・ゴッド>の奇跡を、聖女はついに祈願する。だが――
「あ、あああ!!あ、頭がああ!!」
至高神の魂は降臨せず、アリシアの頭が割れるように痛む。レイエスは冷たく宣告した。
「お前はもう、自らの意思で奇跡を使おうとすると、死の苦痛がその身をさいなむ。かの黒の導師にかけられていた<ギアス>を真似て見たが、なかなか有効なようだな」
アリシア「そ、そんな…私は、最後の最後になって、なんという事を…!」
彼女の心を驚愕、そして後悔が襲い、最後の力さえ失せていく……
ファリスの聖女はその場で膝をつき、くずおれた。
レイエス「バートルが言ったとおり、私がいるからには二つの鍵などもはや不要。そして、先ほどの戦いで、お前が永続降臨成功の可能性が高い、良質の生贄であることも判明した。
これで愛しいナニールを危険に晒すことなく、破壊の女神を降臨させることができる…!」
サーキスと呼ばれた太鼓腹の転生者が、アリシアの左腕を抑えながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。
「傷だらけ血まみれでも、なかなかに美しい聖女殿ですな、ちともったいない気もしますが」
レイエスはアリシアの顎(あご)に右手をやりこちらを向かせながら言った。
「だからこそ、ナニールの代用品とはいえ<ひとつの扉>にふさわしいのだ。さあ、この場で我等が女神をお前の身体に降ろそう」
アリシア「邪神が、私の身体に…いやっ…!やめて!」
レイエス「善は悪に、悪は善に、瞬間は永遠に、全てはひとつに、残虐にして麗しき終末のもの、我等が女帝たる破壊の女神カーディスよ、今こそこの扉によりて、現世に降臨されたまえ!!」
何かが、巨大で猛々しい、黒い思念が迫ってくる……!
それは、聖女の身体全てを蹂躙し、魂を打ち砕く究極の陵辱であった!!
アリシア「ああ、ファリス様!―――っ!!」最後に彼女が叫んだのは、至高神と今は亡き想い人の名であろうか?
それを確認するすべはもはやない。アリシアの魂は、黒い思念―カーディスの魂―によって打ち砕かれ、喰らい尽くされていたのだから。
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一瞬とも永劫ともつかぬ時間の果てに、ついに
「我はカーディス……!」
ぞっとするような、それでいて高く美しい声が、響いた。
それは囁きのようでありながら、その場にいる全員の心に響いていた。
「我は破壊の女神カーディスなり……!!」
再び、言葉が響く。
アリシアの唇は、その言葉に合わせて間違いなく動いていた。
彼女は、その身から暗紫色のオーラを発し、見るものを圧倒する威厳をそなえ、サーキスとラボアジェの腕を振り払った。全身の傷は、一瞬で治癒していた…。
「ロードスを……そして世界を壊す終末のものなり……」
(続く…)