オスマンは、渋い顔をしていた。
周りにいる教員達が出す、ピリピリ空気。そして逆にニッコニコしているアスタルテ。教員とアスタルテが出す真逆の空気が混ざり合ったこの現場で、アスタルテの隣で倒れそうなルイズ。
「…まずは…、説明をしていただけるかのう?」
「ギーシュ君に呪いをかけたことですか?」
それがなにか?っという感じでなんでもないことのように言うアスタルテ。
「やはり、グラモンの倅を猫に変えたのは貴女か。」
「ええ。そうですわ。」
「なんてことを…。」
「彼には相応の罰が必要だと思いまして。どうせ、あなた方は子供のやることとして、二股で傷つけられた乙女達も、原因を作った彼も放っておくのでしょう?」
「うぅ…。」
のんびりと、だがずばりと言われ、オスマンは呻いた。
「そして……、なぜ、止めなかったのです?」
「むっ…?」
「見ていたのでしょう? わたくしとギーシュ君の決闘を、なぜお止めにならなかったのです? わたくしの力を測りたかったのですか?」
「…気づいておったのか。」
「あんな分かりやすい魔力を放出していて、気がつかないとでも?」
「……すまぬ。わしの責任じゃ。」
「オールド・オスマン!」
「黙らぬか。口を開く許可は出しておらんぞ。」
声を上げる教員に、オスマンが目を向けそう言い黙らせた。
「まこと、申し訳ない。貴女の言うとおりじゃ。わしは貴女の実力を知りたかったのじゃ。」
「それで、もし彼(ギーシュ)が死んでいたら? わたしくしは、モンモランシーさんが止めに入らなければ、もぎ取るつもりでしたわよ?」
なにを!?っとは、聞けなかった。
「己の力量も、器量も弁えず、戯れに純血の乙女を弄ぶような男…、例えまだ子供という年齢でも誰かが罰を与えなければいけませんわ。」
「う、うむ…。じゃがのう…、だからといって猫にすることは…。」
「呪いは解きませんわよ?」
「なぜ!?」
「最悪、わたくしを殺そうとお考えでしょう?」
「そのようなことは!」
「ですが、そちらの教師の方々の幾人かはわたくしを…。」
それを聞いてオスマンは、慌てて周りにいる教師達を見た。すると一部の教師が思わず顔を逸らしていた。
「まあ、確かに…呪いとはそういう類いもありますわ。ですが、お考えください。もしわたくしが死ぬことで、二度とギーシュ君が人間に戻れなくなったとしたら? そして身も心も獣に成り果ててしまいましても?」
「まさか…。」
「ええ。今のギーシュ君には人間として意識がありますわ。わたくしが“わざと”意識を残して差し上げましたの。その方が、罰になるますわ。」
「なんと、残酷な…。」
獣に身にされ、人間の意識が残っていて、文字通り獣として生きなければならない苦しみは相当のもののはずだ。
「どうか、彼の呪いを解いてはいただけぬか?」
「いやですわ。」
「わしらは、学院にて貴族の子供らを預かる身…。もしその身に何かあれば…。」
「責任を問われると? ですが、あなた方が早くわたくしを止めていれば防げたことだとは思いませんか?」
「う、ぐ…。」
暗にオスマン達のせいだと言われ、オスマンは口ごもり、教員達も俯いた。
「そこを…なんとか…。」
「解きませんわよ。」
「…何が欲しいのじゃ?」
オスマンが挑むようにアスタルテを見つめて言った。
「何もいりませんわ。」
しかし返ってきたのは無情な言葉。
「では…どうすれば、彼を…グラモンを元に戻して貰えるのじゃ?」
「そうですわね…。わたくしが飽きるまでですわ。まあ、その頃には人としての寿命を迎えて死ぬでしょうが。」
「なっ…。」
クスクスと笑い、そう言うアスタルテに、オスマン達は言葉を失う。
ようするに死ぬまで元に戻す気はないということだ。
隣にいるルイズは、青ざめた。
アスタルテは、実年齢は10万歳を越える。人間の寿命など本当に霞に等しい。ギーシュを猫に変えたのも戯れだろう。彼女にとって人間など、人間から見たアリンコにも等しいほど小さい存在に過ぎないに違いない。幼い子供が戯れで虫を潰し遊ぶように……。
この女は、ギーシュを玩具にしている!
そのことにようやくオスマン達は気づき、教師の幾人かがアスタルテに戦慄した。
「それほどまでに呪いを解きたいのなら、頑張ってくださいね。」
「…自分達でどうにかしろと?」
「先ほども申し上げましたが…、わたくしを殺すことは考えない方が良いですわよ?」
「呪いが二度と解けなくなるからじゃな?」
「それはご想像にお任せしますわ。」
アスタルテは、曖昧に答える。そういえば、絶対にそうなるとは言っていない。もしかしたら、アスタルテが死ねば呪いは解けるかもしれないから、あえて曖昧に言っているだけなのかもという可能性もある。だが、もし事実ならば、アスタルテが死ねばギーシュは二度と人間には戻れないだろう。
いずれにせよ、アスタルテがギーシュを元に戻す気がないため八方ふさがりだ。
アスタルテが、悪魔の姫君だということを知っているのは、ルイズとオスマンだけだ。この場にいる全員でアスタルテに杖を向け、脅したとて、アスタルテを挑発するだけで、自分達もギーシュの二の舞になる可能性も高い。
「お話は以上で?」
「……ひとまずは…。」
「お、オールド・オスマン…。」
戸惑う教師達を、オスマンが睨むように見て黙らせた。
オスマンからの言葉を聞いたアスタルテは、立ち上がった。
「ルイズさん。部屋に帰りましょう。」
「…えっ、…でも…。」
「もうお話は終わりですわ。」
アスタルテは、そう言ってニッコリと笑う。ルイズのその笑顔にゾッとした。
手を伸ばされ、されるがままに手を繋がれ、学院長室を二人で後にした。
二人がいなくなった後、残されたオスマンと教師達。教師達がざわつく。
「オールド・オスマン! どうするのです?」
「このことが、グラモン元帥の耳に入れば…。」
「……彼女の力を借りず、呪いを解く方法を見つけるより他ないだろう。」
「彼女は、亡国の姫君だと聞き及んでいます。それならば、少々脅せば…。」
「馬鹿者!」
オスマンが怒鳴った。
「亡国とて、姫君は姫君じゃ! もしも返り咲いた時、わしらがやったことの責を問われれば国際問題じゃぞ! それに…、彼女の力の強大さも分からんのか?」
「しかし…。」
「ええい! 頭の硬い! 彼女の力を測るため、グラモンの倅との決闘を放っておいたのは、他でもないわしなのじゃ! わしの命令とはいえ、お主らも止めに入ることは出来たはずじゃ! なぜそうしなかった!」
「それは…。」
そう言われ、教師達は黙り込んだ。
「だから、なめられるのじゃ…。わしらじゃ、決して彼女…アスタルテ殿には勝てん。」
「ですが…。」
「ならば、アスタルテ殿に勝負を挑め。その後、猫にされても、わしは知らん。」
「っ!」
プイッとそっぷを向くオスマンに、アスタルテを脅そうと考えていた教師達は目を見開き、信じられないという顔をした。
「とにかく! アスタルテ殿は、表向きはこの学院の客じゃ。下手に手を出すのならば、勝手にするがいいが、我が身が可愛いのならば手を出すでない!」
自分の身が可愛い…。つまり自分の命などが大事なら、絶対にアスタルテと敵対するな。下手をするとギーシュのようにされるから…。
教師達は、全員が黙り込んでしまった。
そうして、誰もアスタルテに挑む者はいなかった……。
ギーシュを戻す気ゼロのアスタルテ様。
オスマン、ヤケクソ気味(?)。そして我が身が可愛い教師達。
ギーシュは、果たして!? まあ、別に殺したりはしませんから。