「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
祖父にあたる人物が描いた魔法陣を通し、遠く英霊の座と呼ばれる空間に呼びかける。そのための準備を行う。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
己が目的とするところは二つある。そしてそれらはどちらも、聖杯がなければ叶わないもの。
「
午前三時。己の魔術回路がもっとも調子が良くなるこの時間に召喚を決めていた。己で魔法陣を描かないのは、憎らしいことに、あの祖父と呼ぶことすらおこがましいであろう怪物の方が自分よりも魔術師的には上であると認めざるを得ないため。
「告げるーーー」
魔法陣が励起する。己の持つ九本の魔術回路から流し込まれる魔力。それを肉体の外に位置する魔法陣に流し込むため、己の肉体を通す異物感と、肉の内側で己一人では足りないぶんの魔力を生みだすために蠢く刻印蟲の痛みは、筆舌に尽くしがたいものがある。
「ーーー告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
けれど、譲れないものがある。人道に反した。養子として引き取られてきた子を犯し、経路を築き、そうして流れ込む
だが、止まるわけにはいかない。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
昔から行ってきたこと。魔術刻印が己の肉体を締め上げて、もう無茶だと叫ぶ刻印蟲を使い潰しながら新たに生成された魔力を独自に使い始める。すでに弟に妹のことは任せた。自分が最悪のアニキであった分、妹に優しくしてやってくれと頼んだ慎二はその言葉通り妹を守る良き兄となっている。つい最近、ようやく衛宮のことを桜が好きなのだと気がついて、わけもわからない衛宮と妹を渡してもいいだけの腕っ節はあるのかと確かめるように殴り合っていたことを思い出す。
それを、意識の彼方に飛ばしながら、自分はそこに戻れないことを自覚して、さらなる詠唱を紡ぎ出す。
「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!」
魔法陣が発光する。目を開けていられないほどの眩さ。それと同時に逆巻く突風が、蟲蔵にいる蟲を舞い上げては壁に押し付け潰していく。
その事実を微かに聞こえるべちょっという音から判断しながら、己が今まで受けた拷問のような魔術鍛錬を思い返す。それこそがこの聖杯戦争に臨む動機。
魔術師の抹消。
これがなれば、己……俺はあんなふざけた鍛錬を受けることはなく、ましてや俺が魔術師となることもなかった。……ああ、そうだ。俺は、戦争に勝つために桜を犯して魔力経路を繋ぐそれを合理的だと認めて実行してしまえるだけの感性を持ってしまった己が憎い。
そんな憎しみとともに、発光の奥から出ずるであろう常人ならざる気配を待つ。数秒、それだけの時間すら経っていないだろうに、まだかまだかと心が逸る。こつりと、硬質な音が鳴る。来た。そう確信した。
「問おう」
その言葉が、陰惨な地下室に響き渡る。それは明瞭快活ながらも言葉だけで憎しみという呪詛に、己の魂を締め上げられるかのような錯覚を得るほどの重さを持っていた。
「サーヴァント、アヴェンジャー、召喚に応じて参上した。汝が憎悪を持って我を召喚せしめしマスターか」
嘘は許さない。その眼光がそう叫んでいる。けれど、恐れと疲労と肉を苛む激痛から意識を保っていることすら限界で。それでも重い体を動かして肯定の意思表示として頷いたところで俺の意識は途切れた。
いきなりで悪いが俺、間桐連夜は転生者と呼ばれる人種である。それも、神様転生などとは一切関係のない。それを、この世界では地獄でしかないそれを、これほどまでに喜ぶことになる一日など想像すらしていなかった。
「起きたか、マスター」
目を覚ました直後、そんな言葉を横合いからかけられた。事務的なそれ。間違っても親しみなど存在しないそれに聞き覚えなどあるはずもなく、そちらをぼんやりとした頭ながら侵入者か、とわずかに警戒してはっきりとした思考を持ってみる。
どう考えてもここまで侵入できる時点で臓硯よりも強く、自分では対抗などしようもない。弓で顔を覆いながらもその長身痩躯の肉体からは人間にはありえないほどに力が溢れている。これなら祖父……臓硯が侵入しても対抗できないのは道理だな、なんて思って、二度目の死は救いになるのか、なんて殺される覚悟を決めたところで
「マスター……?」
彼の言葉を思い出した。
「ああ、そっか」
同時に昨日経験したことも思い出す。そうだ、英霊召喚だ。俺はこいつを召喚して、聖杯戦争に臨むのだ。
「思い出したか」
俺が思い出したのを表情から読み取ったのか。そのサーヴァントは壁に預けていた背中を離して改めて名乗りをあげる。たったそれだけのことであっても己の魔術回路では耐えきれず、桜から魔力を持ってこないといけない。その苦痛に、けれど慣れたものではあるがゆえに顔には出さない。少なくとも、昨日の英霊召喚に際してのそれよりは遥かにマシだった。
「我はアヴェンジャーのサーヴァント。真名をアルケイデス。……間違っても、ヘラクレス、などとは呼ぶなよ? たとえマスターであっても殺しかねん」
「あ、ああ。……そもそも聖杯戦争中なんだ。真名で呼ぶことなんてほとんどないだろ。……俺は、間桐連夜、お前のマスターで……えっと、聖杯にかける願いも明言した方がいいか?」
「いいや、いい。貴様のそれは、私と同種のものだ。だからこそ、呼び出しに応じたのだからな」
そんなことを言うアヴェンジャーのステータスを確認してみると、最低の値が耐久と幸運のB。それ以外は全てAランクのステータス。しかも、耐久に至っては宝具のそれで補えるから神造兵装以外に対しては実質EXランク近いのではないだろうか? これほどの超級のサーヴァント、確かに一歩を支えるのにすら桜の力を足りないのはむしろ納得がいった。
「……ああ、いや、だがそうだな。同種のそれと言っても、マスターの願いの詳しい部分まで知っておけば、もしもの際の行動に差異が生まれる可能性を防げるかもしれん」
「わかった。俺の願いは……」
言葉にする。明確に、これまで一度たりとも明言しなかったそれを、念話で伝え、同時にダミーのそれを口から放つ。いつ、どこで臓硯が聞いているのかわからない現状、本当の願いを口にしていうわけにはいかない。
「聖杯戦争の大元の願い、第三魔法に至ること。少なくともそうすれば、俺の爺は俺に手出しをすることができない。不死が願いである以上、それをもたらすことができる俺に下手をして死なれても困るのはあいつだからな」
『魔術師という存在を、そもそもなかったことにする。俺の持つ魔術師的な思考も、肉体改造も、妹を犯した事実も、全てをなかったことにする』
「『それが、俺の目的だ』」
最後だけが全く同じ。けれど口にしたそれは臓硯が聞いていても『貴様ごときがそれをできると思っているのか』と嘲るようなことを思うような内容。それを普段通りの表情で、そして真逆に念話で伝えた思考には魔術師への憎悪が湧き出ている。その二つから、どちらが正しい願いかを汲み取ったアヴェンジャーは、自らの願いをも口にした。
「マスターの願いは、祖父への反抗。なるほど、恨みを抱いているからこそ、祖父が手出しできなくなるような状況を作りたい、というわけか。恨み、という一点でのつながりで私を呼んだわけだ」
ならば、と自らの願いをも告げるアヴェンジャー。その内容は、確かに
「私の願いは、我が運命を弄び、狂わせた神々への復讐と、その神々に従属したという
その言葉を聞いたからこそ、俺は『ああ、神様転生じゃなくてよかった』と思えたのだった。きっと神様転生だったら、俺はこいつを召喚したことできっと殺されていた。神々からの恩恵を預かったということで殺されていた。間桐から逃げ出すための力も何もかもないことを、この世界に転生してからずっと見たこともあったこともない神様めがけて恨み節として投げかけていたが、今日だけは感謝してもいいかと思った。
作者の目的はイリヤちゃんの蟲姦である