「マスター」
「わかってる」
アヴェンジャーの言葉に頷く。今日、学校に行っている間に使い魔として偵察にはなっていた蟲が数体やられていた。やられた場所はいずれも柳洞寺の近くで、最近新都で起きている、ガス漏れ事故とされている人が倒れる事件……その正体である魂喰いによって移動する魔力の行き着く先も柳洞寺。これはもう、あの寺に何かしらのサーヴァントーーーおそらくは魔術に長けていると思われる
故に、キャスターの正体を測るために、まずは見てみないことには始まらないということで誰かがあの寺に挑むのを新都のビルの屋上で見張りながら待っているのだ。
「それにしても、来るのか?」
「数日のうちには必ず誰かが来るさ。……いや、違うな。誰が最初かまではわからないけど、遠坂は確実に来ると思う」
「ほう……? なぜだ?」
「あいつはこの地の
「魔術に関してはよくわからん」
「……そういやお前には魔術師の逸話ないもんな。わかりやすくいうなら、別の国の連中がお前の国にやってきてやりたい放題やってるって状況なんだよこれ」
「なるほどな」
二人で寒風吹き荒れる中、ビルの屋上でただただ待ち続ける。一応ホッカイロを貼ってきているから問題はないが、それでも寒いことには変わりない。できることならとっとと出てきてほしいものだ。
「……そういえばマスター」
「今度はなんだよ」
「あの幼子のことだ。愚物に成り下がった我を呼んだ、あの幼子」
「イリヤスフィールがどうかしたのか?」
「貴様はあれに対する八つ当たりを行うと言った。そしてそれは成り、あれは自らが最も信頼した相手にふさわしくない行動をしたのだと、犯され疲弊した状態で突きつけられたことで壊れた。……それこそ、貴様との性行為を受け入れるようになるまでな」
その言葉に思い出す。イリヤスフィールは、あの後壊れたかのように乾いた笑みを漏らし、そしてバーサーカーのマスターとしてふさわしくない自分を認識して。彼女の中の絶対の信頼を裏切ってしまったことで、それなら何がふさわしいのか、と自分の価値のようなものを探していた。聖杯の器、それはもう桜に役割を奪われている。御三家のマスター、敗退した上にバーサーカーのマスターとしてふさわしくない以上、バーサーカー以上のサーヴァントは彼女の中にはいないために切り捨てていた。
他者から与えられたアインツベルンの聖杯という役割を奪われて、与えられ、それが自分だと誇れるようになったバーサーカーのマスターとしての己は自らの手で穢した。
その上で彼女が見つけたのが、無意識下だったとはいえ自分から選んだ「間桐の母体」としての自らの女体の価値だった。彼女は今やそれにすがるかのように、俺に犯されることを喜び、俺の役に立てると蟲に犯されることを喜んでいて。自分で壊しておいていうのもなんだが、正直に言って不気味だった。
「貴様は、少しは満足したか?」
「いいや、全く」
間髪入れずに返す。俺の目的。その内容は忘れていない。魔術師という存在そのものを起源まで遡って抹消することと、それに伴う魔術師としての己の削除。
「ならばいい。これで満足していたというなら、貴様の恨みは所詮その程度のものだったということだ。私の恨みは、まともに行動していては敵わぬほどに強大な相手が対象だ、それこそ奇跡に頼らねばならないほどに。なのに、その私を使役する貴様が、己の力だけで潰せる程度の相手を恨んで、それを潰して満足する程度では。私自身の見る目が疑われるというもの。……ああ、そうだ。神に成り下がった愚物よりも、人である私の見る目がないなどと認めるものか。それを認めてしまえば、神に迎合することこそが正しき道であったかのようではないか。そんなことを認められるわけがない。我が妻子を殺した神々に迎合することが正しいとは断じて思えない」
ーーーよって貴様の存在を消していた。
その言葉に嘘はない。笑い話のように、冗句のように語るそれは、殺意を見せずとも本気であることがひしひしと感じられた。だが、アヴェンジャーの考え方には多少なりとも慣れてきた。神性を初めとしたヘラクレスが持つ代物によって肉体の性能に差が出るのはともかく、強化された肉体以外の部分ではヘラクレスよりも上であることを示さないと気が済まないのだろう。
「そういや……」
そこで、神への嫌悪を出したことで一つのことを思い出す。
「ランサーを探しに行こう、とは言わないんだな?」
「今のところ、奴は姿を隠している。見つけ次第、神性を持つあの男を殺すことに変わりはないが、だからと言ってどこにいるのかわかっていて、なおかつ放置すれば面倒なことになるキャスターを放置してまで探し出してやろうとまでは思わん」
「そういうもんか……」
戦士としての観点。俺個人は別にランサーに恨みがあるわけでもないので後回しにすること自体に問題はないのだが、アヴェンジャーがランサーを一切探さずにキャスターを監視するだけの俺に対して文句を何も言わないことが気になったところ、そんな答えが返ってきた。
まあ、どういう理由であれ、方針に従ってもらえるのならそれ以上を口にすることはない。そう思ってもう一度、監視している使い魔から得られる視覚情報に同調しようとしてーーー
「へえ、俺のことを探してくれてたのかい? 嬉しいねえ」
そこで、背後から声をかけられた。俺の耳に言葉が届くよりも先に、出現より一歩先んじてすでにアヴェンジャーがそちらに視線を向けている。その瞳に宿ったのは神に連なる者を視界にいれなければならない嫌悪と、それを捻り潰せる機会が自らやってきたことへの歓喜。
「マスター」
「わかってる」
言葉にせずとも、アヴェンジャーの体から溢れる殺気が雄弁に語っている。キャスターの監視ではなく、この男の排除を行うと。背後からやってきた男は数日前に見たランサー。アヴェンジャーの言葉に頷いて許可を出し、そしてランサーも口笛をひゅうと吹いて獰猛な笑みを浮かべた。
「いいねぇ……。その殺気、生前でもなかなか出会えるもんじゃなかった。こういう相手と出会えるから、聖杯戦争ってのはいいんだ」
「私としては最悪だがな。神に連なる者を視界にいれねばならんという事実は」
アヴェンジャーは大弓を取り出して、ランサーは名も知れぬ深紅の呪槍を構える。ランサーが動き、その姿が俺の目には捉えられなくなったことで、三騎士の一角、最速の英霊との戦いが幕開けた。
二十を超える神速の刺突の雨。槍の津波、点攻撃による面制圧。そんな尋常ではない代物をアヴェンジャーは弓により全てを防ぎ、捌ききる。一目で、本気の技でありながら全力を出し切れていないと看破できる代物。技術と能力が割にあっていない。神性を宿していることも考えればもう少し強くても良さそうなものだが。けれどアヴェンジャーはその疑問を有したまま、わざわざ出させてやる義理もないと凌ぎ切ったところで攻勢に回る。
イリヤスフィールの魔力をもアヴェンジャーに供給できるようになった事実はこれまで十全に扱えなかった一つの宝具の起動を完全な形で行えるようになるという形で還元された。発動する宝具の名前は
神話にて記された第五の偉業。その一端を開帳する。川の流れを捻じ曲げることで強引に家畜小屋を洗い流したその行い。それはつまり、その男は自然の摂理を捻じ曲げるに足る力を持っていたということに他ならない。難行を成し遂げながらも何かの動物、あるいは装備を明確に確保したわけではないその行いで、彼が得たのは自らの力の証明。
よって、開帳された第五の偉業は確かに、アヴェンジャーの筋力を瞬間的に引き上げた。連夜の見る限りはランサーの敏捷に匹敵するアヴェンジャーは、彼が最も力を発揮できるーーーとは言っても並大抵の英霊では彼が本領を発揮するまでもなく倒せるのだがーーー
「ぐっ……っ!?」
先ほどまでの攻勢において、防御に使われたものとは桁外れな重さの一撃に、先のそれを基準として考えていたランサーは、その重さの全てを逃しきることができずに弾き飛ばされる。
「死ぬがいい」
そこに、アヴェンジャーの矢が迫る。ランサーは瞠目する。あり得ないほどの神気。一撃でも受ければ戦闘続行を持っていたとしても敗退しかねないそれに。彼にかけられた令呪の後押しもあって、「本気を出さずにこの危機を脱する」ためにわずかながらもかけられた制限が緩み、極限以上の集中力を発揮する。アヴェンジャーの体には先ほどまでついていなかった帯が存在していることを確認しながらも、それ以上の詮索をする時間はない。
「お、オォォォーーー!!」
放たれたのは九つの神気を纏った矢。神気に隠され通常の毒矢など、受けては終わりの代物がないことも視認済み。矢避けの加護は存在するが、そんな程度でどうにかなる代物ではない。故にランサーは咆哮をあげて、まずは第一の矢に槍を叩きつける。槍から伝わる威力、それは空中という悪条件と重なり、ランサーを以てしてもどうにもならない衝撃として伝わり吹き飛ばす。そこに二の矢が滑り込み、それを見ることすらもせずに槍を叩きつけ、もう一度別方向に吹き飛ばされるランサー。一つ一つの矢を対処しながらも吹き飛ばされる様子を見て、アヴェンジャーは番えていた矢を消した。
「聖杯戦争のルールを逆手に取ったか」
神に連なる者にふさわしい下劣な手段よな、と嗤うアヴェンジャー。矢を迎撃しながらも、彼が飛ばされていくのは人が多い方向。おそらく九発全てを迎撃し終えたところで、そこで戦ってしまえば絶対に民衆にバレてしまう、という位置にまでたどり着く。今から新しく矢を撃っても意味がない。あるいは第四の難行から、神速の聖獣を呼び出せば追いつけるかもしれないが、マスターである連夜も乗せて移動するとランサーに追いつく速度に彼が耐えきれず、彼が耐え切れる速度だとランサーに追いつけない。おいていくという選択肢はない。そうしてアサシンやキャスターに殺される危険が、最もアヴェンジャーを殺しやすい手段なのだから。
「仕方あるまい。……だが、次はない」
貴様の縛られていた力の全てをねじ伏せるまで、とアヴェンジャーは宣言して、そうしてこの日の間桐の聖杯戦争は終わった。