目を覚ます。自分の状態をうまく理解できず、頭を動かして周囲の確認を。……見覚えがあるけれど、普段から見ている間桐の家の天井や、学校の保健室の天井でもない。ここは……
「アインツベルンの城、か?」
「ええ、そうよ」
石造りの天井、見慣れぬ、けれどどこか高級な感じがある調度品。俺の眠っているベッドの質。そういった貴族の城か何かと見間違うような物資が見受けられた事実。それらから判断したところ、部屋にイリヤが入ってきた。
「今、どういう状況だ?」
そちらに視線を向けながら問いかける。そして問いかけてから瞠目した。
今の彼女は髪色とは対照的な黒のワンピースドレスを身に纏い、髪を黒のリボンで一つにまとめているのだが、そのドレスとリボンの纏う魔力が尋常ではない。
そこまで考えてふと気づいた。
「お前、それ裸のままだろ」
「気づいた?」
くるりとその場で一回転。ひらりと裾が舞い、白い肌もちらちらと覗くが、そもそもこのドレス自体が高密度の魔力の塊でしかない。要するに肌を魔力で覆っているだけだ。それを実行できるほどの魔力を持っているという事実が妬ましい。……妬ましい? どうしてそんなことを思う必要がある? 今のこれは俺の所有物で、この魔力もつまりは俺が自由に扱えるもの。妬ましいと思う必要はないし、これまでもそういう考え方で妬ましいなんて思うことはなかったはずなのに……
「二日前、御主人様が帰ってきた後に倒れて、今の今まで意識がなかったのよ」
そんな俺の様子に気がつかず、少女はただ事実だけを告げる。
「その間に、夜になると街中を徘徊する何か、影みたいなものが出るようになってね、その後から私もこんなことをできるようになったの」
「……多分、桜の仕業だな」
「そうでしょうね」
俺は、その気絶したという日に体を走った激痛の中で聞いた桜の声を思い出してそうだと判断して、そしてそれにイリヤも肯定を返す。
「元々が御主人様に流れ込んできた魔力で、その恩恵を受けただけの私でもこんなに膨大な魔力を扱える。そう考えると、聖杯ぐらいしかないもの」
そこまで口にして、俺にしなだれかかってくるイリヤ。その瞳は蠱惑的な色を乗せて、こちらを誘っている。
「ねえ、御主人様?」
二日間頑張ったから
こひゅっ、と目に光のない少女から軽く息が漏れる。幼い裸身を晒すその女体は、あまりにも男の欲望によって穢されていた。たった数時間のこと。普段のそれに比べても同等程度の時間の性行為は、普段のそれに比べて多大なダメージを与えながらも、それらのダメージを受けた彼女自身も、そして行った俺も全く痛痒に感じぬ状況となっていた。
「……」
これ以上行えば彼女が死ぬ、と冷静に考える思考と、そんなことは知ったことか俺はまだ満足していない、とそれを放り投げようとする思考。それらが同時に入り混じり、今はまだ利用価値があると後者の思想をねじ伏せる。
「これも、あれの影響か……」
行為の最中。無理矢理にイリヤを犯しながらも尋ね、答えさせた内容。それは、この二日間に何が起きたのかを話させる中で、俺とイリヤがこの魔力によって受けた影響についてだった。
ため息をつきたくなる。要するに悪徳と呼ばれる類のそれを好んでしたがるようになったらしい。幸い、と言っていいのか俺のそれは今のところは所有物であるイリヤ関係にのみ向いているが、おそらく殺人については魔術師としての誰かを認識した途端に一気に増幅させられると思う。
イリヤも、七つの大罪の一つとまで言われる色欲……つまりは性欲の部分に関して、俺に流れ込んだ指向性を持った状態の悪性が流れ込んだことでとても増幅されていた。具体的には”つまみ食い”と称して、俺が寝ている二日間の間に街中で男漁りをしていたらしい。それを聞いて独占欲が増幅されて、もとより増幅されていた色欲と交わり、激しいものとなった。
そして、その後に聞かされた聖杯戦争の状態。それも、なかなかに衝撃的な内容だった。
「聖杯戦争が終わった、ね」
ランサーの死亡。それが、桜からの連絡で最後に聞かされたことだったという。それによって第五次聖杯戦争における残りのサーヴァントはアヴェンジャーただ一騎となり、同時に桜は小聖杯として己の願いを叶えた。すでに彼女は大聖杯の内にて眠りにつきながら、己の望む衛宮士郎との日常を永遠に夢に見続ける。
「でも、なんでだ……?」
桜が聖杯として完成してから衛宮邸内に襲撃があったことも聞いた。襲撃者の名前は言峰綺礼。この聖杯戦争の監視役。イリヤが桜という聖杯を回収しに行った時に襲撃が行われ、その時にすでに血肉が「この世すべての悪」に犯されていること、そして桜が聖杯として始動し始める直前、アインツベルンの城で霊脈を俺が桜の……サーヴァントを取り込んだ桜の聖杯の中から微かながらも「この世すべての悪」に犯された魔力を引き出した状態で魔力を通して検査したことによってアインツベルン城の霊脈は汚染されていたこと。それらの二つを利用してイリヤの肉体を一度「この世すべての悪」として聖杯の中に収納して、霊脈の魔力から肉体を形成し直すという、魔術師どもが聞いたら発狂しそうなことを実行して、桜はイリヤを逃したらしい。
ちなみにアヴェンジャーは聖杯の泥みたいな状態のアンリ・マユを気合と根性でねじ伏せた、ということも聞いた。
「言峰が聖杯を狙うのは、まあまだわかる」
所詮は監督役といっても願いを叶える権利が欲しかったのだろう。ただ、ランサーが死亡した理由。当たり前に考えてサーヴァントに人間が敵うわけがないので、つまりは自害を命じたのだろう。なら、それを命じたマスターは一体何が目的だったのか。桜はランサーのマスターが何者かはわからなかったようだが、そちらについても気をつけないといけない。
「……まあ、どっちにせよ。行かないといけないことには変わりないか」
血肉を「この世すべての悪」に汚染された俺は、すでに人間としては死んでいる。心臓の動きは止まり、大聖杯からの魔力で動いている現状。
「アヴェンジャー」
「わかっている」
けれど、すぐに出かけることはしない。今回の戦いはイリヤも戦力として連れて行くことができる。お互い全身が「この世すべての悪」の魔力によって構成されている状態。大聖杯をマスターとするサーヴァントに近く、けれどマスターとしても俺は確かにある。当時の状態をそのままに肉体を「この世すべての悪」で書き換えただけなれば。連れて行かない道理はない。
監督役。聖杯戦争に関わらない中立な立場。令呪を分配したり、敗れたマスターを保護したりする立場。だが、逆に言えば「聖杯戦争において中立な立場を保つことができる」だけの実力を持っているとも取れる。監督役が持っている令呪を奪う、なんてことを参加者が考えられない程度の実力は。
だから、戦力として使えるだけのものはすべて持って行かねばなるまい。いくら大英雄とはいえ、言ってしまえばサーヴァント一騎に過ぎないのだから。
「にしてもどうなってんのか……」
一度、間桐邸に戻り準備を整える。風呂に入りさっぱりとした気分になってから呟く。イリヤを連れて帰ってきたことで、六日に発したアインツベルンの城に出かける際の命令は終了したことになる。そのために、あとでもう一度、次に出るときについてくるように命令を行なって、そして今からは間桐邸においてある礼装を今の状態で起動できるのか確かめないといけない。
「
工房の中の蟲蔵に入り込む。魔力を流し込むことで、命令を受けた蟲たちがカサカサと蠢いて周囲にやってくる。すでに臓硯の蟲は桜による臓硯殺害で死滅している。俺の使っている支配の魔術によって使役されているぶんだけだ。
「イリヤ」
背後にいる、連れてきたイリヤに声をかける。はあい、と甘ったるい声を出して、高密度の魔力で編まれた黒いドレスを解きながら蟲蔵の中心へと歩いて行く。それを見ながら、蟲たちに汚泥と化した魔力を流し込む。蟲たちは死骸に急速に近づきながら、最後の生存本能にしたがってイリヤを犯し子孫を残そうとする汚泥の蟲たち。それを見て
「三時間だ」
イリヤの回復の時間を待つことを考えれば、どれだけ長く行えたとしてもそれが限度。アインツベルンで礼装の起動を確かめているときに蟲が泥に耐えきれずに死んだことから、蟲を戦闘に扱うにはそもそもの品種改良から行うしかなかった。戦闘に運用できる数はイリヤの普段の産卵から見て、犯してから一時間もあれば生み出せるとは思うが、それもこれまでの話。わずかばかりの余裕を持って二時間かかったとしても、聖杯戦争が行われるという夜までには回復しきるであろう時間を考えればこれが限度だった。
聖杯が魔術関係である以上は、夜の間はそれを実行することは魔術師としてしてはいけないことだから。
すでに眠りについてから三日目。聖杯を突発的に奪った言峰からしたら二日、そしてまだ姿を見せぬランサーのマスターからしたら一日、俺たちよりも早く準備をする時間があった。故にきっと、すでに使う準備は最低限は済ませているはずだ。
俺も、蟲以外の礼装をこの五時間のうちに調整しておかないと。
そう思って、白磁の肌が黒き汚泥に飲み込まれる姿を見送るのだった。
ちなみにこの日はセイバールートでライダーが死亡した日付です
アヴェンジャーに関してはね。fakeでただ泥に浸からせるだけじゃダメだったからこうなったの