俺、間桐連夜という人物がこの世界に転生する前、Fateという作品についてそこまで詳しいわけではなかった。知っているのはせいぜいが魔法少女ものである『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』という作品程度。だからだろうか、この世界に転生した当初はここまで魔術師というものが過酷だなんて知らなかった。
だからだろうか。唯一知っていたFate作品であるプリズマイリヤ。その主人公であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに、魔術に関わりながらも未だ芯の通った信念を宿すその気高さへの尊敬と、そして同時に自分はこんなに苦しいのにと八つ当たりな憎悪を抱いてしまったのは。
そんなことを、聖杯戦争の初戦にて思っていた。
話は少し前のこと。アヴェンジャーを召喚してからの俺の日常は一変していた。
アヴェンジャーを召喚したことで、今日からは俺の聖杯戦争が終わるまでの間は確実に蟲蔵に叩き込まれることはない。そんなことをして俺の魔術回路を破壊してしまっては、アヴェンジャーとの経路が繋がれている俺から魔力を送ることができない。ならば魔術師としては優秀な桜に全てを譲ってしまえばいい、と思われるかもしれないがそういうわけにもいかない。アヴェンジャーとの性格的な相性は俺の方がいいのだ。下手にマスターを交代して性格的に「合わない」となってしまえば、あるいはその不和が原因となって勝ち目を失ってしまうかもしれない。
少なくとも、これまでの聖杯戦争を見てきた臓硯は、その相性のせいで負けてしまったマスターを知っていた。ムカつくことだが、聖杯戦争に関してはこいつの方が知識を蓄えている。だからこそ助言に関しては、俺を苦しめるためのものと疑うことを忘れずに、けれど憎悪に目を曇らせて実用性を判断できないなんてことになってはいけない。
だからこそ、交流を深めて互いの相性、あるいは譲れない部分を知るために、こいつはこういうやつだという認識を最低限組み立てるために、今はアヴェンジャーを現界させていた。
「そういうわけだ、アヴェンジャー。誰がマスターかを知るためにも学校には行く。この土地の管理者である魔術師がサーヴァントを召喚しているか否か。それを確かめるだけだ。いきなり開戦を昼間の学校ですることはない」
「目立って、ペナルティを負ってしまえば面倒なことになる、か。私単体ならば負けずともマスターという弱点がある以上は無駄に目立つ行動は避ける。……いいだろう」
聖杯戦争におけるペナルティが具体的に何があるのかはわかっていない。それこそ、監督役の権限が「宝具の使用を強制的に禁止できる」なんてことになれば、いくらアヴェンジャーとはいっても苦戦することになるかもしれない。ネメアの獅子は神造兵装以外……つまりは人理に関係のある代物は全て防いでくれる。当たり前に考えて神造兵装なんていう代物を持ったサーヴァントはそこまで多いわけではない。そんなものが、たった七騎しか呼ばれない聖杯戦争にそうポンポンと出現するとは思えない。
無論、可能性が零とまでは言わないが。それでもそこまで危険視することはないだろう。
だからこそ、そのアドバンテージを自ら失いに行くような愚行はすまい。
「兄さん、おはようございます」
「桜か、おはよう」
呼びかけよりも早く、桜の視線がこちらに向くよりも早く、いいや、そもそも彼女がリビングから出てくるよりも早く。アルケイデスは姿を消していた。無用な威圧を与える必要はないという配慮。必要とあらば幼子や一般人すらも巻き込むけれど、そうでないならわざわざ乱しにはいかない。そういう紳士的な配慮ができるやつなのだと初めて知った。
ここが魔術師の家庭である以上、桜も魔術的な造詣はわずか程度ではあっても存在すると考えたのか。それとも魔術が一子相伝だから知らないだろうと考えて、姿を消したのか。あるいは己の知り合いが召喚されている可能性を鑑みて、親族から姿形の情報がばれるのを恐れたのか。
どれにしてもいい。ただ一つだけ、アヴェンジャーの現界と戦闘を支える魔力は桜から出ているものだからこそ、姿を消したアヴェンジャーに彼女も護衛対象であることを伝えておく。首肯の気配。けれどおくびに出すこともなく、話しかけづらそうな桜の言葉を待つ。
「えっと、アヴェンジャーさんは……」
「背後にちゃんといるよ」
「そうですか。……アヴェンジャーさん、兄さんのことをよろしくお願いしますね」
「任された」
突如現界するアヴェンジャー。さすがに少し驚いたし、まさか現界までするとは思わなかったがために桜も目をパチクリとさせている。
「何を驚くことがある。我に神々への復讐の機会を与えてくれたのは依代であるマスターの願いと、マスターの妹の魔力だ。この二人に対しては礼儀を尽くす」
「そ、そうか……」
「あ、ありがとうございます。……それと兄さん、今日も」
「ああ。衛宮の家に行くんだっけか。行ってこい」
はい、と笑って出かけて行く桜。彼女の笑みを取り戻してくれた衛宮には感謝しかないが、それとこれとは話が別。これまでに聞いた衛宮士郎の情報を頭の中で組み上げて行く。
「マスター」
「衛宮士郎について、か?」
首肯。確かに護衛対象が接触する人物について知りたいと思うのは当然のこと。そして、アヴェンジャーが彼女が衛宮の家に行くことを許したのは、もしも魔術師であった場合に急に来なくなるのは聖杯戦争の参加者だと明言するようなものだからか。真偽は俺程度にはわからない。わからないからこそ、アヴェンジャーが戦略を立てるのに必要とする情報を与えるだけだ。俺が出せるのは指標程度。
「衛宮士郎っていうのは前回の聖杯戦争に参加したセイバーのマスター。衛宮切嗣の義理の息子だ。桜曰く魔術師とは呼べない、らしい」
「魔術師ではない、ではないのか」
「ああ。魔術回路を毎回作り直しているらしい。養父がちゃんとした訓練を教えなかったんだろうけど、さすがにその理由まではな……」
そこを突っ込むのは魔術師としてアウトだし、そもそもそんな魔術師以下にわざわざ魔術師であることを伝える必要性もない。
「それで性格面だけど……まずあいつは、前回の聖杯戦争の折に起きた大災害、それの生き残りだ。さすがにあいつの思考までははっきりとはわからないけど、あいつは『人の役に立てない自分に価値はない』って考えてるやつだと思う」
「どういう意味だ?」
「困っている人がいたら放ってはおけない。クラスメイトである弟があいつの姉代わりから話を聞いたところ、昔から正義の味方……つまり誰かの役に立てる人物になりたいって言ってたらしい」
その程度なら誰にでもよくある話だが。だからと言って損得考えずに今の今までその行為を続けてきたことが異常だ。どう考えても子供心になりたいなぁなんて言ってるレベルではない。
「……ああ、そういうやつだからあいつの養父は魔術を教えなかったのかもな。魔術をまともに身につければ人と違うことができて、それで人を救うことができるからと戦地に駆ける。そうなればこの時代、最終的にはバケモノ呼ばわりで殺される」
「父親としてはその未来を避けたかった、というわけか」
「ああ。けどそれは……」
「その男にもしもまともな師がつけば、どれだけ厄介になるのかわからんということだな」
今はまだ身につけていないから調べようのないもの。もしもあいつがマスターになって、いずれ俺と戦うことになった時、その時にあいつがどれほどの魔術師になっているのかはその時になってみないと俺たちにはわからない。……アヴェンジャーを殺すことができずとも、俺は殺されるかもしれない。俺を通しているから桜の魔力をアヴェンジャーに流し込むことができているのだ。その中継地点がいなくなれば、その時点でアヴェンジャーは魔力を得られない。
危険視するべき相手だ、ということ。
「まあ、それも。あいつが聖杯戦争に関与しようとした場合のことなんだけどな」
少なくとも聖杯戦争なんていうものを知っていたなら、あいつは確実に巻き込まれる。そう確信できるほど、あいつの持つ「誰かの役に立ちたい」という思いは強い。あるいは知らなくても選ばれる一般のマスター枠に入るかもしれない。
「その時はその時だ。俺は桜に負い目もあるし、一応
ちゃんと、そこに関してだけは許可を取ってある。「先輩に手出しをしないでほしい」という桜の願いを知っていて、それでも俺は自分に危険が及んだ場合は殺しにかかることを宣言してある。桜も、それに関しては理解してくれた。
何よりも、桜も俺には負い目がある。間桐の家の宿業から逃れたわけではなくとも、それでも衛宮士郎という確かに幸せを感じられる相手を見つけた。見つけてしまったのだ。同じ、蟲蔵にて魔術師としての調整のための苦しみを味わった仲間である俺を差し置いて。俺は桜を魔力タンクにするために犯したのだから、彼女が俺に対して謝罪の念を持つのはおかしなことなのだが、それは桜の中ではおかしなことではないらしい。
だから彼女は自分の幸せを我慢してしまうのだ。
これを、便利だと思ってしまう自分の魔術師的な思考に吐き気がする。衛宮士郎を殺すことになったとしても、「己が殺されそうだった」「己が危険だった」という実証さえできれば魔力タンクとしての彼女を失うことはないと判断しているのだから。
そんなことを考えて、食欲がなくなった。
慎二はすでに弓道部の朝練のために学校に向かっているそうだし、俺も今日は飯を食わずに学校に向かおうか。そう考えて、桜が作ってくれた弁当を持って家を出る。爺に会わずに済んだのは幸運だった。朝から吐き気を抑える必要がなかったのだから。
アヴェンジャーに霊体化してもらい、俺も学校に向かうことにした。