潜む。森の中、とある四人組の後を追って。
クラスカード回収より一月。これだけの期間があれば生死を共にしたイリヤスフィールと美遊の仲を深めるのには十分な時間であり、だからこそ連夜が求めたのは「己が決して疑われない状況」を確保してのイリヤスフィールの捕獲である。
美遊と共に遊んでいて消えたのならば、普通は美遊共々攫われたと考えるかもしれないが、あるいは美遊の普段の学校での生活を聞く限りでは、美遊自身が疑われてこの家までたどり着く何者かがいるかもしれない。そうでなかったとしても朔月美遊という人物の戸籍を確認した結果、住んでいる我が家にまで警察がやってくる危険性は隠しきれないし、カレイドステッキという礼装を持つ彼女たちが消えてこの世界の遠坂凛たちが反応しないわけがない。
そんな機会はなかなかやってこなかった。クラスカード回収の後に「カレイドルビーが戻らない」ことを選択したことで、手駒たるサファイアを逃さずに済んだことを喜んだのは束の間。その後、クラスカード回収から一月が経つ今になるまで、一度たりとも遠坂凛、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトによる二人への接触がなかったことで、今の今までイリヤスフィールの確保に乗り出すことができなかった。
けれどそれももうおしまい。
美遊の耳を使って聞いた情報より、今日は地脈の正常化を行うらしいことを連夜は知った。
そこにかこつけて、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトを亡き者にしてイリヤスフィールを回収してしまえば、全ての罪をあの二人になすりつけられる。故にこそ家を飛び出して今、大空洞に向かう道すがら、山中を歩く四人の後を追いかけていたのだった。
目の前に広がる四人の会話を聞く必要はなく、ただ獲物とその障害となりうる人物だけを視界に入れる。露出の多い美遊の衣装とは真逆にフリフリとしたピンクの、正統派の魔法少女という形容が最も似合うであろう服装のイリヤスフィール。あれがイリヤが見て激怒した、着用していて恥ずかしくないのかというような服装。まあ、確かに戦闘に耐えうるからと言って、ルビーの趣味であんなフリフリとした服装を着せられて平然と歩くことができるのはおかしな話だ。
大空洞の内側に入っていく四人を見送り、連夜も己のやるべきことをする。己の使い魔たる泥蟲を広げ、大空洞の出入り口を何も持たぬ少女たちでは出られぬように改装。その上で、己も気配を自然に同化させて後をついていく。
ランクにすればE程度だが、平行世界からスキルをダウンロードするカレイドステッキたるサファイア、クラスカードという英霊を己に置換する魔術礼装、そして何より超級の魔力炉心たる大聖杯を組み合わせたことで一時的に引き出した英霊の能力。とは言っても経路がボロボロにすぎるので、トップクラスの気配遮断を持つサーヴァントの力を引き出したところで最低ランクにまで落ちてしまうのだが。
それでも、英霊のスキルである。ただの魔術師や一般人でしかなかった者たちに気づかれる道理はない。
手には一本のナイフ。悪性の泥によって構成された一本のナイフの形をした代物。今回の内容を聞いて即席で作り上げた礼装。これを、大聖杯の持つ魔力によって置換魔術を行使し強引に地脈に潜り込ませる。
そうすることによって、魔力の全体量に対する泥の割合から見て濃度としては薄いだろうがアンリマユを取り込んだ地脈が暴走し魔力のノックバックが発生するはず。そうすれば悪性の呪殺空間が生まれ、魔術師である遠坂、エーデルフェルトの二名は死に、ルビーの保護によって守られたイリヤスフィールと元々が泥が染み込んでいる肉体の美遊のみが生き残るだろうという予想をしていた。
地礼針に魔力を注入する光景を眺める。言葉を発して気づかれるわけにはいかない。故に気配を殺し、言葉を封じ、ただその時を求め続ける。
”今だ……!”
待ち続け、開放されると同時に、周囲をその莫大な魔力が包んだ瞬間に合わせて自らも置換魔術にて泥の刃をセットする。泥のナイフを埋め込まれたことで魔力が暴走を開始する。悪性、呪い、破壊の属性を埋め込まれたことで地面を破壊しにかかる。
『……! この空間、人間には耐えられない程度の呪殺空間になりかけています! イリヤ様と美遊様ならともかく、お二人は……!』
ノックバックによる大空洞の破壊。その最中に
サファイアには危機に際して、通常のサファイアらしい言葉を放つように指示を出していた。故にこそ、これが人為的な代物だと誰も気がつかない。
唯一、連夜にとっても予想外だったのは
『え…………?』
イリヤスフィールが二人になったことだった。
思考停止は一瞬。泥の魔力を展開する。増えた方の、肌が黒っぽいイリヤスフィールを声を出す間も与えずに飲み込む。同時、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがその謎の物体に対して警戒を始めーーー
「凛さん! ルヴィアさん! 上ぇぇぇぇぇぇっ!!!」
直後周囲を警戒しながらも、なんら感知をさせない、上から降ってきた泥に飲み込まれた。イリヤスフィールの言葉は遅く、セイバーのクラスカードと戦った時とはまるで違う、真なる意味での視認した死亡に心が折れそうになっていた。
「イリヤ、止まっちゃダメ! 止まってたらあの変なのに飲み込まれる!」
『さすがにあれはルビーちゃんにもどうしようもないですよー』
捕まったらTHE ENDなんて言葉は、すでに飲み込まれた二人には届かず、届いたとしてもまた、すでに捕まった以上は意味がない。
(なに、これ……?)
そんな中、遠坂凛はありえない体験をしていた。
己が決して経験などしたこともない所業。
見知らぬ蟲蔵に叩きこまれ、悍ましき蟲に体を延々と嬲られ続ける、本当に受けたのなら女として終わりを迎えるであろう所業。
決してありえぬ事柄であるにも関わらず、それは『遠坂凛』が経験したことなのだと確かな確信を持っていた。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!)
それは、カレイドステッキと同じ作用。平行世界の己の経験をダウンロードする能力を以て、連夜がいた世界の遠坂凛が経験したことを全てたったの一瞬で経験させられる。
蟲に己の膣を押し広げられるおぞましさ。
口内にて味わう蟲の不気味な感触と、栗の花のような匂いを漂わせる粘液を歯茎まで塗りたくられる事実。
排便を行うはずのお尻まで蟲が入り込み、後ろから子宮をコツコツと叩く感触。
そしてそれら全てで同時に吐き出される蟲の精液。
受精した卵が外に出ないように膣に蓋をされて、その上でさらなる卵を産み付けられる。
もはや入りきらないと泣き叫んでも許されることなく、さらに受精させられ、しまいには腹が内側から破れる。
その破れた腹を別の蟲によって縫い付けられ、より蟲を産卵するにふさわしい母体へと作り変えられる。
蟲に犯されることでしか反応できない体へと作り変えられながら、頭の中に響くのは
「イリヤ、ここから脱出しよう!」
それを味わっていることなど知らぬ、知ったところでどうしようもない魔法少女二名。内一名はすでにこの状況を引き起こした側であるがために、実際のところは一名。イリヤスフィールは友達と思っている少女の言葉に頷いて大空洞から脱出するための動きを取った。
それが、最も正解からは程遠い答えだとは知らずに。
入り口に滞留していた泥が、薄く長く、視認すらできぬほど細かい粒子になって広がる。正しい答えは崩落する天井の隙間から抜け出すことだったにも関わらず、イリヤスフィールにそれを選ばせぬために美遊はこの道へと誘導した。
「な、なに……!?」
この泥は体に吸収させるものではなく、礼装の機能を破壊するもの。カレイドルビーに宿った人工精霊は壊れ、泥によってのみ思考を制御されるガラクタと化す。
イリヤスフィールの動きが止まる。洞窟を脱したところで、カレイドルビーは壊れ尽くした。かつて少女を魔法少女にした時のように、彼女の肉体の制御権を奪い取る。
「よくやったぞ、美遊」
そこまでして、ようやく連夜はイリヤスフィールの前に姿を現した。その邪悪なまでの笑みの内側には新たな聖杯を手にしたことへの昏い愉悦しかなかった。