昼休み、昼食を教室で取る気にもなれず屋上に出て食べる。桜の作ってくれた弁当を食べながら一つため息を吐いた。
『ダメだ。……遠坂以外、誰もかれもがマスターに見える』
念話で呟く。屋上に誰もいないとはいえ、誰が聞いているのかわからない。遠坂ならまだしも、それ以外の外部マスターが使い魔を放っていないとは考えられない。御三家のうちアインツベルンだけ知らず、残りは外部マスターが確定している。……ああ、いや違うか。
『衛宮士郎には令呪が発現していたそうだな』
そうだ、桜からの情報で衛宮士郎がマスターであることは確定した。さすがにその正体には気づいていないようだったが、これでマスターのうち一人が決まったのだから残りは三人。つまりその三人はすでにこの状況を覗いている可能性が高い。下手な言動は慎むべきだと、そう断じた。
よって飯を食べながらの作戦会議は念話で行い、飯の終了と同時に切り上げる。作戦の煮詰めは午後の授業にでも行えばいいと、そう思って食べ終わり、弁当を片付けて立ち上がったところで
「あら、間桐先輩。こんなところにいるなんて、サーヴァントと聖杯戦争の話し合いかしら?」
知り合いの少女の声が、耳朶を震わせた。
優雅に微笑む遠坂家当主、遠坂凛。それが少女の名前。にこやかに話しかけるその様は、まさしく俺の危惧を現実のものにしようとしていた。
要するに彼女は使い魔を通して見張っている可能性のある魔術師全員に対して「自分は聖杯戦争の参加者だ」と名乗りを上げて、さらには俺も聖杯戦争の関係者だということをばらまいた。しかもここで間桐先輩と呼んだのがミソ。俺が御三家の一員であることをバラして、聖杯戦争に関わりがない、という選択肢を消したのだ。
ピクリと眉を顰めたが、それもわずかな時のこと。こいつの余裕っぷりを考えるに俺への嫌がらせだけが目的ではないだろう。基本的に魔術師は気位が高く、魔術に対してプライドを持っていると聞いた。だからこそ、それらを利用して衛宮切嗣は魔術師を抹殺していたのだと。それはともかくとして、いくら遠坂が優秀な魔術師だからと言って、自分のサーヴァントが最強だという自負がなければ己が聖杯戦争に参加していると他のマスターたちに知られるような行動を取るのは不可能なことだと思う。きっと、神代の英傑を引き当てたのだろう。警戒するべきかもしれない。
「お前バカだろ」
だが、そんなことをわかりやすく示すわけにはいかない。なのでそちらの挑発にはこちらも挑発で返させてもらうとしよう。
「間桐家は遠坂家みたいに次期当主殿がわざわざ出張ってこないといけないような、お家の存続すらかかってしまうような事態に自分から陥る必要はなくてね。……ああ、そういえば知っていたかな? 現当主である祖父はかなり陰険な人物でね。人が苦しむのが大好きなんだ。例えば……血の繋がった姉妹が、別々の立場で殺し合いをしなければいけない、なんていうのは特に好物だと思うんだよね」
暗に、この聖杯戦争は勝っても負けてもノーリスク。お前は妹と殺しあうんだ、と宣言する。実際にはそんなことはない。うちの次期当主ーーー次期当主と呼んでもいいのか謎だがーーーはやはり臓硯がそのまま別の肉体を大元にして継ぐのだろうから、次期当主が出張らないことについては嘘を言っていないし、祖父である臓硯がそういう輩であることも事実である。ただ、ここに今現在の桜の状態が関わると、おそらくはその趣味嗜好を一時的に抑えることになると思う。聖杯の欠片、なんてものを植え付けているんだ。絶対に守れと厳命され、本命は桜の子か孫の代の聖杯戦争だと断言されたのだから、ここで桜を危険な目に合わせることはしないだろう。
「っ! ……そう。それなら、貴方のお祖父さんには気をつけないといけないわね。忠告感謝するわ」
そして、言葉の裏に隠された意味をちゃんと理解してくれたらしい。遠坂は一瞬歯噛みしたが、すぐに優雅な普段の猫かぶりに戻る。魔術を継ぐものとして、しかと心構えはしているらしい。妹と殺しあうことになることも含めて。
桜はもともと、そのために養子として連れてこられた子だった。十年前、第四次の際に遠坂が絶対に敗北しないと確信したからこそ、次の代の聖杯戦争では協力するという意思を示した、最初のわかりやすい形。間桐を継ぐ魔術師とは別に、聖杯戦争に参加させるための分家のようなそれ。普通に間桐から排出するよりも強力な魔術師を次代の聖杯戦争に参加させるための母体が、桜の役割だった。
そこに、手に入れた聖杯の欠片を加えて、色々と加えた結果。桜は魔術師としての実力はともかく、少なくとも間桐の魔術師の母体としては最大限に調整された存在となった。そこに本来よりも五十年ほど早く聖杯戦争が発生したために、俺が死んでも桜の方から間桐の世継ぎは生み出せるということで俺の参戦が決まったのだ。
けれどそこに関しては遠坂に説明する義理もない。
ギリと歯軋りするそれすらも聞こえた気がしたが、そこまで気に留める必要はない。遠坂はこの聖杯戦争で終わる。いいや、遠坂だけじゃない。全ての魔術師がこの聖杯戦争で最初からなかったことになる。その結果、俺がどうなるのかはわからない。魔術師ではない転生者間桐連夜が残るのか、あるいは何も残らないのか。けれど少なくとも魔術師という存在が消え失せることは確かだ。
もう、直に消え去る存在にまで気を払う必要はない。ついでに言えば俺が多少気を抜いてもアヴェンジャーがいる。アヴェンジャーが反応できないならそれこそ俺には反応できるはずがない。だから、俺は多少気を抜いても大丈夫。いつまでも気を張り詰めたままでいては大事な時に息切れを起こすのかもしれないのだから。
『戻って作戦会議の続きだ』
『ああ』
アヴェンジャーからの返事と共に、教室へと戻るのだった。
「なら方針は。基本的に神性持ちのサーヴァントを目撃した場合はそいつ優先って程度でいいんだな?」
「ああ、全て打ち倒さねばならないことに変わりはなくとも、特に神に連なる英霊などと。そんなものが少しでも生きながらえていることが許せん」
残りは情報蒐集のために歩きながら、出会うたびに逐次抹殺。相手が英霊だと言っても、自分では倒すどころか勝負にならない相手であっても、アヴェンジャーの格からして、まず位負けするようなことはないだろう。一つの神話の頂点。それが、そこらの英霊に負けるはずがないのだ。
「とりあえず、教会に続く道を蟲に監視させる。もしも監督役に参戦を伝えるマスター、なんてバカがいるのなら、その場合は敵のマスターの情報を得られるわけだしな」
もしも得られないなら、それはそれで相手の魔術師は使う魔術に関してはともかく、少なくともただのバカではないということだけは情報として得られる。それで今のところは十分だった。
話をしているのは工房。魔術師である間桐臓硯の工房ではなく、次期当主である俺の魔術鍛錬のための蟲蔵でもなく、魔術師である間桐連夜……つまりは俺の工房。間桐本邸のそれとは別に作り出された地下空間。
「俺の魔術属性についてはまだ話してなかったよな?」
頷くアヴェンジャー。そんな彼の気配を背後にしながら、俺は正面に広がる魔術の触媒を見せる。
「間桐の魔術師である俺は、もちろん魔術の属性も間桐の『水』だ。基本的には使い魔の使役、それと使い魔を通じてのなにがしかの吸収。……ここまでが間桐の魔術師としての基本だな」
「ということはマスター、貴様の魔術は別、と?」
「ああ」
水を割る。自分の工房であれば、湖と化しているこれらの触媒であることが前提となるが己の起源に沿ってこういったことも実行できる。神代の英霊からすれば大したことのない技術であろうが、それでも俺にとっては最大級の封を使っているのだ、これは。
水圧が数十秒間、この湖のとある一点にかかっていない場合にのみ解かれる封印。その奥へと侵入する。
「これは?」
「俺の魔術の成果、ってところかな」
そこに存在するのは人形。俺と全く同じ姿形のそれが大量に、そしてそれと同時にこれまでの俺の成長途中の肉体も置いてある。さすがに少しは驚いてくれたようで、珍しい姿を見ることができた。
「これらは俺の起源を使用した魔術だ。俺の起源は『分断』と『結合』。自分の肉体と魂を分断して、それをこうして作った人形に結合する。要するに即死じゃないなら、俺はこっちの肉体に移り変わって戦えるってことだ」
つまり、マスターの魂を破壊するような攻撃でもなければ最悪の場合はどうにかなる。ついでにいうなら、間桐の魔術が人体の大半を構成する水だったことも、これを実行できた理由だ。
「まあそれも、これまでに俺を対象に実行したことないから成功するかどうかはわからないんだけどな……」
とりあえず、爺の肉体の替え時に実験台にしたことはある。聖杯戦争に参加するとなった時に、この奥の手を使わないといけない事態が来るかもしれないと思ったのだ。
「だから、使えるかどうかは謎なんだ。そこまで期待しないでくれると助かる」
これに関しては保険の類。それも信用できないから、保険としての運用すら本当は断りたいところだけど。
「基本的に、戦闘となると魔術を吸収させた蟲の群れを扱うことになる。ただ物理的な数で圧殺するそれらと、水の魔術による光の屈折とかを利用した撹乱も……まあできないことはないけどそっちはそこまで得意じゃない」
今渡す情報に関してはこれぐらいでいいだろうか。死んでも、本当に死んだとは言い切れない可能性もある、ということだけを知っておいてもらえればそれでいい。
「それじゃ、夜まで待つとするか」
このアヴェンジャー。よくよく考えればfake印だけどアーチャーからの変質じゃないから武器は弓以外に存在するのか……