「アヴェンジャー、衛宮がマスターになった」
その日の夜。学校から離れたところを回っていたために出遅れながらも、アヴェンジャーが神性を持つサーヴァントがいると断言した学校に向かっていた。しかし、その目でサーヴァントの姿を視認した時点で、残っていたのは神性が存在しないという、恐らくはそのサーヴァントと戦闘を行なっていたサーヴァントとそのマスターである遠坂、そして一般人だった衛宮士郎だった。
結局、そのサーヴァントを探していたのにも関わらず、そのサーヴァントが衛宮の家に向かうこともわかっていたにも関わらず。衛宮士郎の家を知らないという一点で出遅れて、たどり着いたのはランサーが撤退した直後。幸いなことに、霊体化する瞬間の姿を視認しただけだったので、アヴェンジャーがこのまま追う、なんてことを言い出さずに済んだのはありがたい。
「けど、今のところの第一目標はランサーってことでいいんだよな?」
「無論だ。あの汚らわしい、神に連なる男をこそ、まずはこの手で討ち亡ぼす」
「なら、セイバーたちに関しては今は情報蒐集にとどめとくぞ」
「任せた」
アヴェンジャーが俺を米俵を担ぐようにして肩の上に乗せて走り出す。俺でも耐え切れる程度の風圧にとどめてくれるのは助かるが、それでも目を開けているのは厳しい。情報が何もないまま戦うのは得策ではない。情報を得るだけの機会はあるのだ。衛宮士郎がマスターだとわかっているのならば情報蒐集もセイバーだというあのサーヴァントに集中すればいい。すでにこの場にとどまる理由もなし。衛宮士郎の家に使い魔の蟲を幾体か張り付かせておくだけで十分だ。
「今夜はどうする? さすがに昼間にあのグロい蟲たちを展開するのは目立つだろうと思って、今さっきそこら中に蟲を放ったから、今はそこまでできることがないけど……」
「ならば、明晩に備えるとしよう。こちらが敵の情報を得ていない今、相手にのみ情報を明け渡すのは愚者のすること」
それでも、負けるつもりはないが。そういう気配を全身からひしひしと感じる。だが、その通りだ。わざわざ情報を渡しかねない状況。そんなものを続ける必要はない。アヴェンジャーは確かに強いが無敵ではない。ヒュドラの毒という弱点は確かにあるのだ。そんなものを用意できる相手は少なく、また用意できてもアヴェンジャーが相手でその肉体に当てられるか、というのは話は別だが。その状況下で、弱点を知られるかもしれない会話、その気が無くても知られるかもしれないそれを続ける必要性は皆無。もしもこれ以上の話を続けることになるとしたら、それこそ、もう一度神性を持つ何かを見つけて、しかもそれがギリシャだった場合に止められるかどうーーー
「っ!?」
ずきん、と体が痛んだ。放っていた教会近くの使い魔が潰された。おそらくは最後の情景からして戦闘に巻き込まれて。魔術回路にその痛みの億分の一がフィードバックとして返ってくる。けれどその痛みよりもなお、目の前のアヴェンジャーがその気配を感じて放った怒気の方が遥かに恐ろしかった。
「アヴェン、ジャー……」
「止めてくれるな、マスター。もしも止めるようなら……」
ーーー私は貴様から殺しかねん。
その言葉は、言葉なくとも意思として己の魂に伝えられる。キュッと心臓を握り締められたかのような恐怖。けれど、今はまだ戦いに行かせるわけにはいかない。
「いや……少し、待て……アヴェンジャー」
恐怖と動悸で掠れた声しか出ない。けれど意図は伝わったようで、憤怒を宿した瞳は確かに見据えている。
「……貴様は私のマスターだ。一応、何か理由があるなら聞いてはやる。ただし、止まるとは思うなよ……!!」
赫怒の念。使い魔が潰される直前、確かに見ていたその標的。衛宮士郎とそのサーヴァント、そして遠坂凛とそのサーヴァント。最後の一組は、俺が前世の頃から知っていたプリズマイリヤの主人公、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとそのサーヴァント……黒化していなかったが、アヴェンジャーの怒気からして正体はわかる。バーサーカーのサーヴァントであるヘラクレスだ。つまり、こいつは「神の栄光」の名を持つ
だからこそ、俺はこいつを止める必要がある。
「今から、行っても……セイバーたちに邪魔される。お前の目的からして、あのバーサーカーを一対一で、誰の邪魔も入らない形で潰さないと気が済まないだろ。……それとも、お前はバーサーカーがあんなサーヴァント二匹に負けるほど弱いって思ってるのか……?」
「……ちっ」
赫怒をわずかに抑える。神の栄光などという愚物を認めるわけには行かずとも、その武芸は己であるからこそ知っているものがある。そう簡単に負けるような代物とは思えず、つまり、今この瞬間そのまま乱入するという事態は避けられた。イリヤスフィールの魔術師としての実力は知らないが、さすがに遠坂も加えての三つ巴となると厳しいものがある。プリズマイリヤとこの世界にどれだけの関係があるのかはわからないが、この世界に来て初めて知った転移という難易度の高い魔術を、違う世界とはいえ無詠唱で平然と使っていたことからしてかなりの実力者のはずだ。
「あの戦いが終わった後に、帰り道で乱入する。一人になったタイミングでだ」
少なくとも、すぐに挑んだら衛宮士郎たちがやってくる可能性もある。漁夫の利を狙われても面倒だ。その意思は伝わり、衛宮士郎たちがある程度の距離を離れたところで挑むことになった。
数分程度だろうか。眺めていてまさかすぎる事態を目撃した。
「バカだろあいつ……」
「まさかサーヴァントをかばうとはな……」
バカを見る目ではあるが、アヴェンジャーのそれはわずかばかり、何も持たない只人の身でありながらも半神がもたらすサーヴァントへの死という暴威をはねのけたことへの賞賛もあるように見える。
「いや、常々人の役に立とうとするやつではあったけど、まさか真面目に命をかけられるレベルだとは思わなかった……」
以前、戦場に足を運ぶのではないかと言ったあれは、半ば冗談じみたものではあったが、それでも魔術師殺しなら最悪を想定していてもおかしくはない、という気持ちもあった。けれど、まさか実際にこうした命をかける場でそれを実践してしまえるとは思いもよらなかった。
「……マスター、そろそろ行くぞ」
呆然としながらも、セイバーの消失は時間の問題だと冷静に考える部分。あるいはセイバーを助けてあの状態から助かる秘策があったから身を以てかばったのではないかと疑問を呈する部分。様々な思考が頭の中を駆け巡っていたが、アヴェンジャーの瞳がついに一人になったイリヤスフィールを捉えたことで、それらを全て奥へと追いやる。
「アヴェンジャー、マスターは殺すな。あいつは特別だ。じっくりと地獄を見せてやらないと気が済まない」
「知り合いか……?」
「いや、ただの八つ当たりに近い行為だよ。……それでも、あいつを簡単に死なせるのは気が済まないんだ、頼む」
「……まあ、アレを殺せるのであればそれ以上は言わん。正直、ヘラクレスを呼んだことには腹が立つが、死んだ方がマシだと思うような目に合わせるのであろう?」
その言葉に頷く。イリヤスフィールの身柄を確保する旨を通達し、そのままイリヤスフィールから少し離れたところに降り立つ。
「初めまして、アインツベルンのマスター。俺は間桐連夜。一応、今代の御三家、間桐の代表として参戦させてもらった」
「あら、礼儀正しいのね。そっちにだけ名乗らせるのも淑女らしくないもの。……いいわ、名乗ってあげる。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。まさか最初に落ちるのが御三家の一角になるなんてね」
「ああ、そうだな。第三次みたいに聖杯を作ったアインツベルンが初脱落になるなんてな」
互いが互いをここで脱落させるものだと信じている。だからこそ発言は挑発的なものになり、そして己のサーヴァントに指示を出す瞬間は同時だった。
「潰しなさい、バーサーカー!」
「蹂躙しろ、アヴェンジャー!」
二つの影が同時にマスターの横を通り抜け、中間地点で激突した。
「さあ、それじゃ私たちも遊びましょうか」
それを見て、俺たちでは援護も何もできない戦いに無理に介入することはなく、そもそもが最強と信じているために援護をする必要性すら感じていないイリヤスフィールが髪の毛を媒介とした鳥型の使い魔を呼び出す。けれど仕掛けてこない。要するに、彼女の言う所の遊びの相手を務めろというのはそっちも礼装か何かあるなら出せ、ということなのだろう。
「いいさ、ガキの遊びに付き合うのも大人の役目ってね」
蟲を数匹、耳障りな風切音を鳴らしながらも飛翔し続けるそれらを召喚する。そして、その醜悪さに嫌な顔をしたイリヤスフィールに向けて手を差し出し指をくいくいっと曲げて挑発。
「さあ、かかってきな」
「いいわ、そこまで挑発したんだもの……そう簡単には壊れないでよねっ!!」
二匹の鳥は小型ながら魔力を生成し、蟲は翅を広げ、高速立体機動を始めた。イリヤスフィールの叫びに伴ってマスター、サーヴァント共に、間桐陣営は第五次聖杯戦争の初戦を開くのだった。