「■■■■■■■■■■■ーーー!!」
最初の一合、それよりも早くヘラクレスは己の大剣を消失させる。狂った戦士と化したとしても築いた武芸に偽りなし。よって順当にヘラクレスは見抜く。眼前に立つサーヴァントが己と全く同じ英霊であることを。ゆえにこそ最初から全力全開。一切の手加減などするつもりもなければ余裕もない。手に持つ斧剣ではなく、信じるそれは己の五体。眼前の憎悪を纏う己が取り出した、狂っている己が持つそれとは違う大剣を見る。あれこそは星が生み出した
「いいだろう。貴様の
対するアヴェンジャーも、大剣を消失させて格闘の構えを取る。
拳が激突する。ただそれだけのことにも関わらず大地が揺れ、空気が震える。威力は互角。マスターの性能差、神性の有無。狂化の存在。色々な理由が想定できるが、現実としてヘラクレスの筋力はA+でありアルケイデスはA。ヘラクレスは瞬間的にアルケイデスのそれを上回る膂力と化しながらも、それでも威力は互角。
狂ったことによりわずかに精彩さを欠いた技。自らと対決することになったという事実へのわずかばかりの動揺。神に連なる者として真正面からあらゆる全てを打ち砕くと豪語するその傲慢。
いくつもの理由。一つ一つでは大した意味を持つことなく、全て揃ったとしても大英雄クラスでなくては真正面から自らの拳をぶつけては霊格ごと砕け散っていたであろう一撃ながら、その相手が己であるというのならそれらの小さな疵にも値千金の価値がある。
ヘラクレスはかつて友を……未来の王を守る英雄であった神の栄光としての己を誇るがゆえに、このアヴェンジャーとしての己が何故自らへの怨嗟を持つのかわからない。同じくイアソンの言葉に救われた身ではあるが、神々に弄ばれ、妻子をも失う原因となった神々への憎悪を抱き続けるアルケイデスとは致命的にずれていた。
「なんだ? 神々に迎合した挙句に得たものはこんな程度の代物か?」
嘲るように、人の技で対抗できる程度の代物しか得ていないのか、と。神々に迎合した意味などない、と断じる。人の技でどうにかならないからこそ、神代にて彼らは神々を恐れたのだから。
ヘラクレスは己の中での脅威度を上げる。この
そしてそれに伴い、復讐者のクラススキルが与えられた義憤という形をしたアヴェンジャーに対する憎悪をアヴェンジャーの力へと変換する。わずかに、カタログスペックの差が縮まった。
「あら、苦しそうね。まあ当然よね。ヘラクレスなんていう超弩級の英霊とまともに戦える英霊を使役するなんて、並大抵の魔術師にできることじゃないわ」
「……なら、俺は……並大抵程度の、魔術師じゃなかったってことだな」
そしてヘラクレスの警戒心をあげただけに終わった代償はイリヤスフィールの言葉通り、連夜の肉体に対する疲労を促進したこと。連夜自身の魔力はイリヤスフィールとの戦いに使われるだけでしかないが、桜の魔力を通すための中継地点である連夜の肉体は、体内を他人の魔力という異物を通すための機関と成り下がり、さらにそこに己を魔術師という機関として動かす精神性も必要となり、さらに連夜は体内で刻印虫をも稼働させて激痛に耐えている。それが、極度の疲労をもたらしていた。
視認できる速度を超えて、動き続ける二人の怪物。その戦闘区域に巻き込まれることなく、怪物の主たちは己の秘奥をぶつけ合いながら、軽口を叩く。
「ええ、そうね。それは認めてあげるわ」
ーーーだから、確実に殺すわ。
鈴の音を鳴らすかのような声音で、冷酷なまでの殺人宣言。けれどバーサーカーはアヴェンジャーの相手で動けず、イリヤスフィールもそれはしっかりと理解している。いくら命が十二あると言っても、それは聖杯戦争における敗者……サーヴァントを失ったマスターになりづらいというだけであり、それを扱うのがヘラクレスという弩級の英霊だからこそ、最強となっているのだと、そんな程度のことは。そして、その弩級の英霊と殴り合える以上、アヴェンジャーにも何かしら、弩級の宝具があると判断していた。
「やりなさい、シュトルヒリッター」
よって狙うはマスター殺害。増えた鳥型使い魔。二から十へと。数にして五倍。この冬木の聖杯戦争という魔境において聖杯の守り手を務めるアインツベルンの魔術師だからこその破格の性能。この鳥一匹一匹で見ても連夜ではかなりの時間をかけて触媒などを用意しないとそもそも術式の作成すら不可。それなのに、礼装もなくこんなものをポンと用意できる時点で魔術師としての格はどちらが上か歴然としていた。
「仕方ない、か」
ただ、それは連夜にこの状況をどうにかする手立てがないというわけではない。先も言ったが、連夜には術式の作成が即興では不可というだけで、時間をかければこの術式と同じような何かを、当人の属性に沿う形にはなるだろうが作成することは可能。限定礼装、と魔術界隈では呼ばれている、連夜の切り札の術式の一つを開帳する手段は、無論夜に家から街へ、戦場へと飛び出すに際して持ってきていた。
銀の腕環に魔力を通す。たった一つの機能を行うためだけの魔術兵装が、持ち主の魔力を食らって稼働を始める。
「
周囲の大気に魔力が伝播されていく。大気が震える。イリヤスフィールの使い魔が放った魔力弾が何の変哲もない大気に防がれ、彼女が驚愕を顔に表す。
「
己の弾丸を防いだものが何か、イリヤスフィールは大気中から姿を現した壁の正体を見て、驚愕と納得を見せる。
「水の壁……! そう、間桐の属性は水だったものね……」
大気中に含まれる水分に干渉し、一時的に自らの使い魔という形を与える術式。元から存在する使い魔ではないので、一から自分が役割を決めていく必要性があり、デザインも己の手で、ということになるが、その分柔軟性に富んだ、必要な時に必要な使い魔を手軽に作れる魔術。水が一立方センチメートルにつき受容できる魔力量は決まっているせいで、魔力量を増やすのと同時に範囲が広がる魔術でもある。よって、間桐の持つ使い魔である蟲になぞらえて、つけられた名前は『
「面倒ね……! いいわ、バーサーカー」
ーーー狂いなさい。
それを見て判断。少なくとも今の手持ちでイリヤスフィールにあの防御を抜く手段はない。連夜も、守りを任せている以上は攻撃に回せるだけの余裕はない。そう判断する。そうでなかったとしても、アヴェンジャーの使役に伴う疲労の度合いからみて、魔術をまともに使える時間は長くない。それも、あんな周囲の空間に大量に干渉し続ける類の魔術なのだから、とイリヤスフィールはあくまで己の価値観と知りうる情報で算出する。
魔術師としての格の違いはすでに見せた。ならばあとはサーヴァントの格の違いを見せるだけだと、バーサーカーに狂化を命じる。いくら相手が弩級のサーヴァントであろうとも、十二の命を一撃で奪い切れるほどの宝具を持っているとは考えにくいのだと判断した。自分のサーヴァントが徹底的に、完膚なきまでに敗北するところを見せて、格の違いを思い知らさねばならない、と。
その指令を受けてわずかに躊躇した、アヴェンジャーと空中で取っ組み合いをしていたバーサーカー。けれどその躊躇が命取り。一度頭を己の剛力によって潰されて地上に落ちる。落ちたのと同時に発生した土煙によって、姿は隠される。その間に頭の再生は終了する。残りの命は十一。
再生と同時に咆哮。狂気の渦が脳内を浸し、理性によってつけられていたリミッターが解除される。ステータスで見れば間違いなく先ほどよりも強靭、そして無敵に近い形。相対すればこれまでですら本気を出していなかったという事実に誰もが恐れおののく。そのはず、なのにーーー
「ついに畜生以下の獣にまで堕ちたか」
アヴェンジャーの瞳には先ほどまでの赫怒の色はない。侮蔑のそれは未だ存在するが、それは神に迎合するからそうなる、と口よりも雄弁に語っていた。神によって狂ったことで妻子を惨殺したくせに、今も尚神と成り下がった姿で呼び出しに応じるからこそ、武人としての誇りと築き上げてきた武芸を失うのだと。
もはや敵がヘラクレスであったとしても、そこに神に成り下がった愚物である
「こい。
一話で終わらせるつもりだったんだけどにゃー