「
突っ込んできた狂戦士ヘラクレスを迎え撃つは、神速の九連撃。聖剣マルミアドワーズは己の主人の膂力を受けきって、豪快な嵐を精緻な計算のもとに再現し、ヘラクレスの肉体を穿つ。それを狂った彼が躱しきれる道理もない。ヘラクレスに対して放たれたそれは、ヘラクレスを最もよく知る復讐者のもの。ゆえにこそ、必滅の意思をもって降り注ぎ、巌の斧剣を紙を切り裂くかのように裂いた一撃以外は全て、ヘラクレスの肉体を欠損させる。残りの命、十。
再生した肉体に向けて放たれたのはただの拳。意味がないわ、とイリヤスフィールは嘲るように笑う。一度すでに握撃で頭を潰している。素手の攻撃になど意味がないとせせら笑ったところで、その拳が獣となったことでより目的のわかりやすくなったヘラクレスの心臓に穴を開ける。残り、九。
「なんで! ありえない! ありえない! 私のバーサーカーは最強なんだから!!」
「効かなくなるのではなく、耐性を得る程度。それならば耐性ごと抜ける威力で放てばいい」
もはや狂乱の域にまで達しそうなイリヤスフィールの叫びに、アヴェンジャーは静かに答える。わけがわからないが単純なこと。要するにゴリ押しということ。なんでもない力技であり、だからこそヘラクレスというただでさえ強靭な肉体を持つのに加え耐性まで宿している状態の防御を抜ける筋力とは一体なんなのかと理解不能な怪物を見る目で見る。
「お前が言ったんだろう、イリヤスフィール」
それを、連夜は先ほどアヴェンジャーに対してイリヤスフィールが向けたのと同種の視線を送る。すなわち嘲りのそれ。己の方が魔術師として上だということは先の戦闘でわかったために、そんな視線を向けられることに納得がいかない。いくはずがない。
「何よ……!」
「お前のバーサーカーはスペックでは最強だ。それに関しては認めるさ。アヴェンジャーも一歩及ばない」
けれど。
「カタログスペックだけで決まるなら、英霊の技や宝具なんて何も意味を持たないだろうが」
要するに、マスターの格とサーヴァントの格、それらを合わせたスペックがほとんど拮抗しているのであれば、必要となるのは技と宝具の部分の差異。それらを、ヘラクレスを狂戦士とすることで最高クラスであった宝具と武芸を捨て去った。つまりはアインツベルンの失態。
「お前らは、ヘラクレスの持ち味を殺したんだよ」
「そんなことない! 私のバーサーカーは最強なの! そんな、
連夜も、魔術戦を行わっていない現状「蝿の王」を保ち続ける理由も少なく、けれどいつ攻撃を仕掛けられたとしても自動で防御するように指示だけは刻んである。大気中の水分を震わせるために、いかなる攻撃よりも早く……とまではいかないが、亜音速程度までなら先んじて防御できる。
「頑張って! バーサーカー!」
イリヤスフィールの悲鳴じみた懇願。すでに話をしている間にバーサーカーの命はさらに三つ刈り取られていた。残りは六個。これで半分。けれど、今の懇願の叫びによりバーサーカーが吠える。これまでの戦いの中であげたどの咆哮よりも力強いそれ。未だ足が復活していないながらも腕の筋力だけで跳躍し、大気を張り手で押し潰し己が手を足代わりにしての跳躍の土台にしてアヴェンジャーに迫る。
「■■■■■■■■■■■ーーー!!」
鼓膜だけではなく世界すら揺らすその咆哮、魔術的な意味合いがあるのかないのか。どちらにせよ警戒するべき代物。そんなことは連夜にもわかったことなのに。
「貴様……! 子供を尊いものと思う心を持ちながらも、妻子を殺すように仕向けた神々から与えられた名を名乗る、だと……!」
アヴェンジャーはそれを理解して、警戒を上乗せして、その上で怒り狂った。
怒りの源泉は、ヘラクレスがマスター……幼き少女の願いに応えてさらなる強化をなされたと知った時。ここに令呪や魔術による支援は入っていない。つまりはヘラクレスが幼子の祈りに応えただけ、という事実。これで、ヘラクレスには「子供は守るべきもの」という理性を失ってもなお失われない絶対の誓いがあることがアヴェンジャーには理解できた。
そして、アヴェンジャー消し去りたいと思うほどの憤怒を抱くがゆえに認めたくないだろうが、この二人は同一人物。つまり、その思いが妻子を失った悔恨から来ているものであることも理解できた。
「己という存在が神々の与える狂気に耐えきれなかったことを嘆くのならばまだわかる! 神々を憎むのならば我と同一の存在になる! だが! よりにもよって……その悔恨を抱きながらも神に迎合するだと……!」
妻子のことを忘れて神の栄光を名乗るのであれば、唾棄するべき相手ではあったが理解はできた。神々を憎んで、神の栄光という名をこの世界から消し去りたいというのであれば、喜んで協力しただろう。だが、よりにもよって、妻子のことを覚えていながらも、その妻子を自らの手で奪うことになった元凶である神々の仲間入りをしている己を誇る、などと。アヴェンジャーには断じて理解できないバケモノの所業であった。
「許さん……許さんぞ……!」
もはや憤死していないことがおかしなほどに激昂を見せるアヴェンジャー。これ以上は一瞬たりともその存在を見ていたくはないと言わんばかりに大弓を取り出す。番えられた九つの矢。それら全てにヘラクレスを殺すための毒がある。ヘラクレスの死因。それは細かな事情を除けば毒殺。最終的には火葬にて死んだが、それに至った理由は己の持つヒュドラの毒が塗られた下着を身につけたから。よって、「ヒュドラの毒をヘラクレスが食らう」という事態が発生した場合、確実にヘラクレスは死ぬ。
「
怒号のごとき真名解放。放たれるは対幻想種用の射殺す百頭。ドラゴン型のホーミングレーザーが九発同時発射。それを合計十度。20秒足らずでやってのけた。連夜の体内と桜の魔術回路に多大な負荷を掛けながらも顕現した、合計九十のドラゴンを形作るヒュドラの毒を纏った鏃が、ヘラクレスを殺すためだけに飛んでいく。最初の九撃は跳躍して避けた。ホーミングに気を使いながらもさらなる九撃を別の方向に向けて跳躍する形で避ける。三度目の九つの矢の襲撃を躱したところで蹴り潰されていた両足が復活。理性がないながらも両足の存在は的の表面積が増えるだけと戦士としての部分が叫んでいる。
そもそも、この九十の絶殺が繰り出された時点で武器を破壊されているバーサーカーに勝ち目などない。何せ神話では、毒が塗られたもの、攻撃の意図がないそれを身につけただけで死へと追いやられる事態となった。素手で触れるわけにはいかないのだ。武器があればどうにかなった可能性のある代物も、現実にない以上は夢想することに意味はなし。前提が崩れきっているのだから。
ゆえに、逃げ場を失ったバーサーカーはヒュドラの毒に貫かれてーーー
「避けなさい、バーサーカー!」
しまう前に、イリヤスフィールが令呪を使う。途端、転移によってイリヤスフィールのそばに来る形となり、今度はそちらに殺到することになった。
「……殺すな、って言ったんだけどな」
それを見た連夜は呟く。連夜自身、ヒュドラの毒で己の自我を砕かれて死ぬ、程度で満足してはいけないだろう。自分の手でやらなければ意味がないだろうと思ってはいたが、ことここに至ってはしょうがない。諦めて、バーサーカーを抹殺することを気がすむまでやらせてやろう、とそう思っていた。実際、今のアヴェンジャーに言葉が通じるか不安であったから。
「バー、サーカー……?」
けれど、彼は諦めていなかった。もうこの時点でバーサーカーがどこかに逃げてもイリヤスフィールに当たることは確実。ゆえにバーサーカーはその体で盾になる。わずかにイリヤスフィールの前から逸れることで、大幅な軌道修正を必要としない範囲でレーザーの軌道を変化させマスターに当たらない形で自分に殺到する場所を選んだ。理性がなくとも己が使ってきた技術。どこをどう動いて獲物を狙うかなどわかりきっていた。
一の撃……ドラゴンによる胴回りへの噛みつきを雄叫びをあげながらも数秒耐える。そこに二の撃が心臓を食い破ろうと突進を仕掛けて来る。ヒュドラの毒はかつて彼を殺した、彼にとってこれ以上はない最低最悪の弱点。それを、マスターを守ろうとする一心で耐え続ける。
「■■■■■■■■■■■ーーー!!!」
そこに届いたのが三の撃。右足を食い、肉体との結合を無理矢理に引きちぎったことでバーサーカーの体勢が崩れる。そこに、四の撃が左足をも食らってバーサーカーを立てなくする。
「■■■■■■■■■ーーー!!!」
五の撃はバーサーカーの右腕を蒸発させる。六の撃は代わりにと左腕を消しとばす。
「■■■■■■■ーーー!!!」
七から九はもう食らう場所がないと、すでに食われた傷口を抉り消失する。
「■■■■■ーーー!!!」
一の撃によって未だに体を抑えられ、二の撃によって心臓が失われたことですでに消滅してもおかしくはない状況。かつては何も守るものがないがゆえに死を選べた状況下。けれど今はかつてよりも凄惨な状態になりながらも守るべきもののために生死を超越して現界し続ける。
「■■■ーー!!」
アヴェンジャーの射は絶技だった。激昂しようとも、寸分の狂いもなく確実に数秒のうちに全ての射がバーサーカーの肉体を食い破る。かつては一つで死に、今は九十を超えるそれを、だからこそ、バーサーカーは耐えきれたのかもしれない。実際、この九十連撃を放てるのはアヴェンジャー以外にいない以上、この仮定は無意味と言わざるを得ない事象だが、その場にいた誰もがーーーアヴェンジャーすらもーーー「こいつはマスターを守るためなら何があっても死なないのではないか」と戦慄させるだけの執念が、そこにはあった。
「■ー!」
しかし、それも終幕。アヴェンジャーによって、ギリシャ最大の英雄ヘラクレスは食い破られた。人の子としてあることを選んだ復讐者に、神の栄光の誉を得た男は敗れたのだった。
「嘘……バーサーカー……」
「
呆然とするイリヤスフィールに連夜は魔術を行使する。空気中の水分を自由に操れるがゆえに、それを呆然と口を開いたイリヤスフィールの体内に送り込み、擬似的に溺れているのと同じ状況を作る。
「ば……さ……か……」
呆然としていたからか、それに対する抵抗もなし。抵抗できないと踏んだからこそこの魔術を使ったが、もしも向こうが体内に入り込んだそれに対して
「……帰るぞ。今日のところの戦果としてはこれで十分だろ」
「ああ……」
どこかぼんやりとした様子のアヴェンジャーとともに、眠りについたイリヤスフィールを担いで間桐の家に戻るのだった。