1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「……あー……」
目が覚めると布団の上であった。
いつの間にか気を失っていたようである。恐らく交尾を終えたか中断したハブが部屋まで運んでくれたのだろう。
窓の外はほのかに橙色のグラデーションがかかっている。夕日の光が部屋の窓から差し込んでいるのだ。
少し気怠い感じはしたが起き上がって体の骨を鳴らした。またメンテピットに向かおうかとも思ったが明日の朝でいいかとサボることに。
誰に急かされるわけでもなく自由に仕事ができるというのは素晴らしい。……決してフレンズとエッチをしたいが為にサボるのではない。本当なのだ。それだけは真実を伝えたかった。
「あっ! ご主人!」
ジャケットを羽織って部屋を出るとイエイヌにばったり。チーターと超高速で走り回ったりフリスビーのアクロバティックな投げ合いをするなどして過ごす彼女の姿を見るのも半日ぶりである。
「お体は大丈夫です?」
そう言いつつ抱きついてくる。見上げてくる左右色違いの瞳はいつ見ても綺麗である。
「大丈夫大丈夫。ところでちょっと散歩に行こうと思うんだけど一緒にどうかな?」
「はい♪」
ほったらかしにしてしまったことを怒ったり悲しんだりしない、とてもいい子である。どちらかと言えばチーターの方がわがままか。交尾もしたい時にしようと場所や時間を選ばず迫ってくるし、普通に拗ねたりもする。それでも『現実』には居ないであろうと思えるぐらい良い性格なのだが。
「ご主人?」
「あーいやなんでも。天気も良いし夕日でも見に行きますか」
手を繋いで歩く。……あれ、今どっちから繋いだ? 俺か。
「えへへへへ♪」
太陽のような笑みじゃありませんか。全く本当にとてつもなくどこまでもいい子である。
「……ミレエエェェェェン……!」
「うわ何っ」
外に出て少し歩いたところで何かが猛スピードで隣を駆け抜けていったのだ。声と後に残った香りでチーターだとは分かったが。振り返ると点のような大きさになった彼女の後ろ姿が見え、
「ちょっとあんたたちどこ行くのよ?」
「ひえもう戻ってきた」
本気で瞬間移動でもしてるんじゃないのかと思う。目を凝らしてみても彼女の金髪だけがブレて見える速さであった。
「ふふふ最速の女王を舐めちゃいけないわ。もう私に追いつけるけものはパークのどこにも居なくなったのよ!」
「ご主人のおかげですよねー♪」
「ちちち、違うわよ! 特訓の成果よ!」
「なーんで俺が出てくるんです?」
「もうご主人ったら♡」
艶っぽい声で言われてもわからん。
まあチーターは最速を極めるとか何とか言ってたからこの辺りの草原をひたすら爆走していたのだろう。それでこの状態になるとはフレンズ恐るべし。
「こ、こほん! ……で? どこに行くのよふたりして?」
「ゆうひを見に行くんですよ♪」
「わ、私も行っていい?」
「もちのロンっす」
ぎゅ。
「えっ」
唐突な温もり。空いていた左手をチーターが握ったのだ。
「な、なによ。イエイヌがしてるんだから別にいいでしょ」
そっぽを向きながらも繋いだ手を離そうとはしない。散々ヤっておいてなんだが少々気恥ずかしい気分である。
とりあえずは歩くことに。両手に花、両手にフレンズ。
小高い丘がホテルのすぐ近くにあってそこはとても眺めが良い。雨の降った翌日だからきっと空気が澄んでいて遠くまで見渡せるだろう。
「ふんふんふーふふー♪」
イエイヌの鼻歌とそよぐ風の音を聞きながら3人並んで歩く。何も言わないチーターも尻尾の動きを見る限り機嫌は悪くなさそうだ。悪かったら「おそい!」と言って勝手に走り出すことだろうし。
やがて丘の上に到着。沈み行く太陽の光は目にも体にも優しいものである。
「今日はよく見えるわね」
「な、なんだか遠吠えがしたくなってきました……わ、わう~~~ん!」
「よく響くねえ……ん?」
遠くを連なって飛ぶ鳥の群れを眺めていてふと気付く。
やたらと長い雲が上空から地平線まで向かって伸びているのだろうか、と。最初はそう感じた。
いや。
よくよく目を凝らして見ると、違う。
それは空に沿って浮かぶ雲なのではなく、地上から真っ直ぐ天へと伸びる別の何かなのだと。
太陽の光を背に受けるその何かは、きらきらと虹色の輝きを放っていた。
「あ、あれは……?」
「『とう』のことを言ってるの? 見るのは初めて?」
「あ、ああ。初めてだよ……すごいな……」
チーターの問いにも上の空になってしまう程の光景であった。地上のどこから、そして空のどこへまで伸びているのだろうか? きっとサンドスターの塊なのだろうが、俺の記憶にある「神聖な山」の姿と違ってえらく細く、長大である。
「あんなに長く見えるのは初めてです。『とう』ってどこまで続いてるんでしょう?」
「さあ……鳥の子でも先っぽまで見たことないって言うし。そもそも近付いたらダメなんでしょ? あれ」
「ラッキーさんたちに怒られるって聞いたことがありますけど……」
「ええ。じゃぱりまんをくれなくなるそうよ」
「ひえ~!」
それから2人に呼びかけられるまで、俺は無言で「塔」を見つめ続けた。
何か、赤い夕焼けを貫くそれがどこか異様な雰囲気を纏っているような気がしてならなかったのだ。
「もう日が沈んじゃったわね。ほら、行きましょ」
「ご主人?」
「え? あ、ああ……そうだな。戻ろうか」
夕日が地平線の向こうに隠れてしまい、少しばかり夜の黒さが辺りに帯びてきた頃。
2人の声で太陽が沈んだことをようやく認識し、何度か後ろを振り返りながら帰路につくことに。
「ほんとに『とう』が気になるのね。ま、気持ちは分からなくもないけど」
そう言いつつ、先を歩くチーターがくすりと笑いながら振り返った。
「きらきらしてますもんね。それに今日はとってもよく見えてますし」
彼女達は見慣れた風景としてあれを認識しているようだ。
俺はチーターの言う通り気になってしょうがないのだが。きらきらしているからなのかどうかはさておき。
「2人は塔のことをどのくらい知ってるんです?」
「どのくらいって言われても……勝手に近付いちゃいけないってことぐらいよ」
「近くで見てみたいなあ。かなり気になる」
「ラッキーさんが怒っちゃいますよ~。そしたらじゃぱりまんが……?」
繋いだ右手が少し引っ張られた。イエイヌが立ち止まったのだ。見れば彼女は眉間に皺を寄せながら鼻をひくつかせていて。
「イエイ――?」
がさっ。
「ご主人ッ!!」
イエイヌが殆ど体当たりに近い勢いで飛び付いてきて地面に倒れ込む。直前に何かが頭上をかすめたような感覚があった。
「てええええい!」
気合いのこもったチーターの声に続き、ぱかーんというセルリアンを撃破した際の音が響く。
慌てて身を起こす。セルリアンの姿は既になく、右手に虹色の光を纏ったチーターだけが長い髪をなびかせ佇んでいた。
「セルリアンが居たのか?」
「ええ。そこの草むらに隠れていたみたい……ギリギリまで気付けなかったわ。ごめんね」
「いや、倒してくれて充分助かったよ。イエイヌさんもありがとう。庇ってくれんだよな」
共に立ち上がって土を払う。イエイヌはいつもなら満面の笑みで答えてくれるが、なぜか少々難しい顔つきである。
「危なかったです……風向きが違っていたら分からなかったかも……うう、力不足でごめんなさいご主人」
「何言ってんの。凄い嗅覚じゃないか」
全く生真面目が過ぎる。そこがまた彼女のいい所でもあるのだがもう少し肩の力を抜いてもいいのではないだろうか。まあ、あまり抜き過ぎると俺のようなふにゃふにゃこんにゃく人間になるが。すまんなこんにゃく。
「君は強いし優しい、おまけに可愛い。本当に頼りになるよ。ていうかもうずっと頼りにしてるしさっきのもマジでありがとうございます」
「……え……」
肩をぽんぽんしてやると目を見開いて俺の顔を見つめてくる。……なにかマズいこと言ったか? 肩ぽんぽんがマズい? 気やすく触るんじゃねえぞこんにゃく野郎、ということかも。それをイエイヌに言われたらマジで体調を崩す確信があるが。下手すりゃショック死する。
「う、えぐ……っ」
「おおおーい……イエイヌさんー……?」
別の意味でショックである。瞳に大粒の涙を溜め込んだイエイヌがぽろぽろと泣きじゃくり始めてしまったのだ。
「ち、ちょっとどうしたのよ? 大丈夫? ケガしたの?」
チーターも何だ何だと心配している。俺が平気なぐらいだからケガはないと思うのだが……まさかこんにゃく野郎が悪いのか? 許さんぞこんにゃく。
「ち、違うんです……っ。ごしゅじんが言ってくれたことが……う、う、うれしくて……ひぐっ……」
「……ああ嬉し泣きっすかよかったー」
こんにゃくは無罪だそうである。
まあ茶々を入れるのは程々にしておくとして……さすがに周りが暗くなってきた。
「とりあえずホテルに戻ろう。ほら、泣いてたら鼻が利かなくなりまっせー」
「っ……はいっ!」
「ふふっ。よく分かんないけど焦らせないでよね」
涙をぐしぐしと拭ったイエイヌと手を繋ぎ、一緒に来た道を戻るのだった。
「おっ、おかえりー」
ロビーに入るとハブが出迎えてくれた。ソファーでうつ伏せに寝転がりながら尻尾を左右に振っている。
「どうだった? 今日はかなり景色良かっただろ」
「ええ。『とう』もよく見えたわ」
「おーそっかあ。最近全然見えなかったから久々だわなあ。……ところでイエイヌの目赤いけど大丈夫か? もしかして『かふんしょー』ってやつ?」
「ええっと……ちょっとお鼻がむずむずしてただけなんです、大丈夫ですよ。『かふんしょー』はよく分からないですけど」
「そーれを『かふんしょー』って言うんだって。よし、皆こっちへ来てくれよ!」
しゅるりとソファーから滑り降りたハブがポケットに手を突っ込み廊下を進んでいく。いつもの部屋のある方向とは反対である。
後をついて行くと真っ暗なスペースに入って行ったハブが何やらごそごそと漁り、やがてカチっという音が鳴って一帯に明かりが灯る。
「ここは……売店コーナー?」
「そのとーりだぜ!」
こういったホテルにはよくある施設である。主として土産物、それ以外はコンビニと同じような構成であるのがぱっと目に付く品揃えである。
「ほら、これやるよ! 『おくすりセット』って言うんだぜ?」
白い箱に赤い十字のマーク。どちらかというと救急箱だ。しかし受け取って中を見ると絆創膏やガーゼや包帯から基本的な内服薬まで充実した名前負けしない物であることが分かる。
なんだか、昔実家に定期的に来ていた薬品会社のおじさんを思い出す。なお花粉症に効きそうな薬はない。しかし持っておいて損のないアイテムである。
「どうもです。お代はじゃぱりまん? それともジャパリコインで?」
「いらねーって♪ もう貰ってるしな♡ミレンさん♡」
「ああはいそういう感じだ?」
タダより高い物はないのだ。正直払わされたという感覚ではないが。出したというか、出させてもらったというか。
「色んなものがありますね。この木の棒なんてご主人が持ったらかっこよさそうですよ」
あるよなー。観光地の家みたいな土産屋に置いてそうな木刀……柄に『じゃぱりパーク』って書いてら。ちょっとセンスが古いぞお土産チョイスした職員さんよ。安っぽい赤樫だし。
「えー基本は正眼、上段がこう、八相がこう……」
「わーかっこいいですー♪」
「そ、それ苦手だからやめてくれよお!」
喜ぶイエイヌに五行の型をやってみせているとハブが怯えだした。怖がる物をなんで置いているのかと聞くと『ラッキーさんが勝手に持ってきちゃう』とのこと。蛇は棒が嫌いだとは初めて知った。
「これはなに? 私にそっくりだけど」
「おっ、チーターはお目が高いね~。それは『ぬいぐるみ』だぜ!」
「ぬいぐるみ?」
「たくさんのフレンズさんが居ますよ!」
「すごい数だなあ」
最も広い商品棚に所狭しと並べられるのはフレンズを模したぬいぐるみ達である。中々壮観だ。既に知っているフレンズの物もあればまだ見ぬフレンズの物もある。
「ほら俺のもあるんだぜ! おひとつどう?」
「もらいます。あとイエイヌさんとマーゲイさんとチーターさんとブタさんとオオミミギツネさんのも頂けると嬉しいのですが……」
「ほおお♡いいよいいよ♡いくらでももってって♡」
キメ顔で交渉(?)しこれまで出会ったフレンズ達のぬいぐるみをゲットした。やったぜ。本当は全部買い占めたかったが我慢。
「そこで私が助けに入ってセルリアンをばったばったと……ふあぁ……ちょっと眠くなってきたかも」
「明日は朝早いからもう寝た方がいいねえ。お話楽しかったよチーターさん」
部屋に戻ってからはイエイヌと一緒にチーターの武勇伝を聞いていた。なんでも大量のセルリアン、しかもフレンズの姿をした奴らと戦ったことがあるとか。
それってかの有名な『セーバル』なのではないのかとも思ったが、彼女が交戦したのは形だけフレンズっぽく、それ以外の見た目はどす黒い体にひとつ目の異形のセルリアンだとか。おまけに言葉を話さないので全く意思疎通が図れないとのこと。聞いてるだけで少々背筋が寒くなった。
そして今日はエッチなことはなし。明日の朝がチェックアウトなのだ。なしったらなし。
「すー……すー……」
丸まったチーターの寝息が聞こえ始めた辺りでもぞもぞと隣の布団が動く。イエイヌである。
「ご主人……」
「どうしたの?」
暗がりの中で彼女の瞳が何度かまばたきする。発情していない、温かみのある目である。
「その、さっきのことなんですけど……。わたし、ご主人に頼りにしてるって言われて本当に嬉しかったんです。だからその……ありがとうございます、ご主人」
「ああ……」
どうしてイエイヌが泣いたのか、その理由を聞くことはない。
そもそも、ただの嬉し涙じゃなかったことぐらいはすぐに分かった。
あれは決して小さくない心の苦痛を経て、ようやく報われた時にのみ出てくる涙だったように見えた。
正直面喰ったし、困惑もした。想像もしなかった。フレンズであるイエイヌがそんな風に泣くなどとは。
既視感もあった。
『優しさもあるにはあるが辛い世界』という現実を生きてきた俺が何度か目にした涙だったのだ。
嘘、傲慢、不誠実、悪意、絶望……闇のバーゲンセールで心折れ、涙を流すことすらできなくなった人間だって何人も。
だからこそ「けものフレンズ」という作品に心惹かれたのでもあるが……まあ、あまり思い出したくはない。それに未練もない。いや、けもフレの続きが見られないという未練はあるが……それはここに生きているから良しということで。
「こちらこそありがとう。頼りにしてるよ、イエイヌ」
雑念を振り払ってイエイヌの頭を軽く撫でてやると彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
それ以上は俺も彼女も何も言わず、ただそのまま寄り添って眠りに就いたのだった。