1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「ヌー♪ らくちんだヌ〜」
「すごいね。とらくたー、だっけ? まるでまほうみたい」
「ご主人が壊れていたのを直して、動かしているんですよ!」
峠の森林を越えて平野へと抜ける途中である。オグロヌー、トムソンガゼル、そしてイエイヌの和やかな会話が後ろの客車から聞こえている。
乗客が増えた理由だが、オグロヌーとトムソンガゼルの2人と俺達とが向かう方向が同じだった。なので途中までではあったが送って行くことにしたのだ。
なんでも彼女達はさばんなちほーからはるばるみずべちほーまで遠征し、帰る途中に飲み水を求めて森林に立ち寄ったのだとか。遠征の目的はやはりぺパプのライブだったそうな。俺とイエイヌがみずべちほーを去った際、もしかするとすれ違っていたかもしれないな。
「ところでイエイヌちゃん、ミレンさんってどんなフレンズなんだヌー?」
「えっとですね……やさしくて、かっこよくて、色んなどうぐを使うことができて……」
「ん、んん? なんだか色んなとくちょうがあるんだね、ミレンさん」
「いちばんすごいのやっぱり交尾ですね!」
「こうびって?」
「交尾は交尾だヌー。ルルは知らないのかヌー? 私は興味あるヌ~♪」
いつもならツッコミを入れる会話も今はただのBGMでしかない。俺はじっと前を見つめハンドルに集中していた。
――ミレン。黒い雨を浴びるな。忘れるんじゃないぞ。
――我々を忘れないでくれ。もちろん他のフレンズのこともな。
そう言い残し、いつの間にか陽炎のように消え去っていたカタカケとカンザシのどこか悲し気な瞳が脳裏に焼き付いている。
黒い雨、というのが実際に何を指すのかは分からないが……単語の響きからして体にいい物であるとは思えない。雲行きが怪しくなれば外に出るのを控えた方がいいだろう。
「くんくん。雨の匂いがしてきたヌ~」
「匂いですか? くんくん……うーん?」
「お水の匂いだヌー。ちょっと苔っぽい匂いだヌー」
「近くに川があって分からないですよー」
オグロヌーとイエイヌの会話ではっと視線を上げる。
「ありゃ降るな……」
夕暮れの紅に染まる空の向こうから黒雲が迫って来ていた。タブレットに示された地図上では進行方向は完全な平野部であり、このまま進み続けた場合自分から雨に突っ込む形になるのは明らかだった。
「3人共、ちょっといいです?」
俺はトラクターを一時停止させて振り返る。すると鼻をすんすんと鳴らしていたフレンズ達が一斉にこちらに視線を集中させた。
イエイヌは信頼、トムソンガゼルは興味、オグロヌーは……最近見慣れた情の起こりとでも言うか。匂いでもアウトの子だったらしい。思えばイエイヌもそうだったような。
「雨も降って来そうなのでこの辺りで雨宿りをしません? 時間も時間だし
「はい!」
「もちろん構わないヌー」
「うん。夜はあまり動かない方がいいもんね」
イエイヌ、それに新顔の2人も賛成を返してきた。よって周辺に点在する雨宿りポイントをタブレットで探してみる。
近くにはそれなりの大きさの滝があり、その付近に形成された小さな渓谷にいくつかの洞穴が存在しているらしい。観光用に整地された道路も走っているのでトラクターでも簡単に辿り着けそうだ。
「ご主人。さっきのフウチョウさんたちのお話が気になってるんですか?」
ひょこりと顔をつき出してきて言うイエイヌに軽く頷いて見せる。
「ああ……あんなに真剣だったから。ま、普通の雨でも当たらないにこしたことはないからね」
それからトラクターは峠道を越え、小高い山麓の川沿いへと進んだ。せせらぐ川は道からほど近く、まだ雲に覆われていない夕焼けを反射してきらきらと輝いている。揺れる水面には『塔』のぼやけた細長の虹色も映り込んでいる。
うみべを発ってから塔の見える方角が変わった。北から南へ進んでいたのが今は南から北へ進む形になっているのだ。随分と回り道をしたのだなと感じる。
「あの川、ちょっと深そうだヌー……」
「分かるのオグロヌー?」
「渡るならきっと命がけになるヌー。こわいこわいだヌ~」
オグロヌーがトムソンガゼルに不安げな声色で話しているのが聞こえた。ちらっと横目でもう一度川を眺めてみるが透き通った清流にも関わらず底は見えない。確かに彼女が言う通りかもしれないな。
「ミレンさんー。間違ってもこの川を渡ろうとしちゃいけないヌー」
「しませんしません。遠回りして橋を通るつもりなんでね」
フレンズの中にはもちろん泳げない子も居るのだろう。
しかし、俺の記憶が正しければヌーというけものは大移動の途中で大きな川を渡るのが有名だったような……。
ああそうか。半ばで溺れてしまうヌーも居るのだ。まあ、この子が経験したのかは謎だが。無意識に「川を渡るのは危険」だと刻まれているのだろうか。
「私もこんなに大きな川は泳げないなあ。イエイヌちゃんはどう?」
「ゆっくりでいいなら多分泳げますよ」
「すごいヌ~。尊敬するヌ~」
「フレンズによって得意なことは違うじゃないですか。オグロヌーさんのお鼻もわたしより敏感ですし、すごいと思います」
「それほどでもないヌ~♪」
「私は……ふたりに比べると得意なことってないかなあ」
「ルルはとっても跳ねるのが上手だヌー? あのじぐざくステップ。とても真似できないヌー」
「えへへ♪」
ああ、仲良きフレンズ達は素晴らしい。
およそ現実のヒトには無理だ。この世界のヒトにはできたのかもしらんが。少なくとも俺の記憶にそんな奴は人っ子一人居ない。
さて、雨宿りポイントである洞穴は滝のせせらぎが遠く聞こえる峠道の途中にあった。
岩盤が大きく口を開いたそこはトラクターがすっぽり収まってなお余裕のある大きさで、しんと静まり返った奥の闇からは通り抜ける風の流れがかすかに感じられる。
ピー、ピー……
停車する寸前、トラクターのバッテリーがゼロになった。ポータブル充電器を繋いで一晩もすればまた走行できるようになる。しかし、意外とギリギリであった。セーフだったのでOK。セーフ。
「おっきなほら穴ですねえ~」
イエイヌがトラクターから降りてきて、岩盤をくり抜いたような壁面を見回しながら言った。俺も彼女に倣って視線を巡らせる。
確かに大きい洞穴だ。まるで巨大なトンネルの一部分のような……やろうと思えばここを住処にすることだってできそうなぐらいだ。
「ほんとだヌー。誰か住んでそうだヌー」
「おーい。誰か居るー?」
…………。
ルルの声が反響するだけだ。
先住者が居ないことに安心感と侘しさを同時に覚えつつ、ランプをトラクターの窓枠から提げ、シートやら折りたたみのチェアやらを揃えて一時的な拠点を設営する。手伝いが3人も居たので一瞬だった。
さああああ…………
「雨が降ってるヌ~」
雨の音が洞穴の入り口から聞こえてきた。日の傾く時間に曇天なことも相まって外は薄暗く、到着した時に峠の向こうに霞んでいた森林の緑は既に見えなくなっていた。
……雨。
入り口から外に腕を伸ばし、手の平で受けてみる。当然だが無色透明。普通の雨水のそれである。
「ふむ……」
環境汚染された土地でもあるまいし。
本当にこれが黒くなることなどあるのだろうか。そして黒くなったそれを浴びるとどうなるのか。皮膚病?
滴った雫を払いながら疑念と共に思案する。が、当然答えはない。
「ミレンさんは何してるの?」
「いや、雨が黒くなってないかなと思って」
首を傾げるルルにそう返す。しかし隣のオグロヌーと合わせてもっと首を傾げられた。
「くろ……ってなんだヌ~?」
「えっ?」
聞かれるのがそこ?
「黒は……えーと、夜空の色ですかね。まあ、ヒトが自分達に分かりやすいように勝手に名前を付けたんですけど」
「そういえばゴクラクのふたりも羽自慢をする時に『ほんもののくろ』って言ってたヌー。なるほどそういうことだったヌー」
「あれ? でもそれだと雨はくろくないよ?」
「黒い雨を見たことはない?」
「ないよ?」
ルルは今度は反対側に首をこてんと傾げる。普通ならあざといなどと言われるような素振りだが、彼女がすると自然で可愛らしく見える。まあ、そもそも元から可愛いのだから当然か。
さておき今の所、雨の色について言及したのはカタカケとカンザシだけだ。やはり、意味深なだけで教えてくれた意図もその物自体の意味も不明である。無理矢理引き留めて詳しく説明を求めておけばよかったか。
「雨は雨色だヌー。そういえば、雨の色にも名前ってあるヌー?」
「えーと……雨は……えー」
尋ねられ口をもごもごさせてしまった。
透明と言えばいいだろうか? しかしそれだと「透明ってなんだヌー」とか言われそうだ。
透明色なんて普通は言わないだろうし。近い色で言えば水色だが、実際の水の色とは違うし色の波長がどうたらこうたらなどとは俺だって大して理解してない部分も多い。
「ご主人。おえかきをしたら分かりやすくないですか? ほら、沢山の『いろえんぴつ』もありますし」
悩み唸る俺の袖を引っ張りアドバイスを告げてくれたイエイヌ。
確かに絵で説明すれば言葉よりも簡単だ。色鉛筆もおあつらえ向きだろう。
「それだ。ありがとうイエイヌ」
「わふふ♪」
獣耳の辺りを撫でてあげるとイエイヌが目を細め尻尾をバタつかせる。本当に可愛いものだ。
「おえかき?」
「いろえんぴつヌ~?」
「見てもらった方が早いですよ。こっちへどうぞ」
また首を傾げる2人を誘って洞窟の入り口に背を向ける。
俺は自分のリュックサックからスケッチブックと色鉛筆セットを取り出してチェアに座り、暖かなランプの光の下で広げた。
「先っちょに色がある棒がたくさんだヌー」
「これが色鉛筆です。これとスケッチブックを使えば幾らでも絵が描けましてね……たとえば……はい」
「あっ、りんごだね!」
さらっと赤鉛筆で描いたリンゴを指差すルルに頷いて見せる。
「これにヒトが名付けたのが『あか』……この色ってそんなに見ませんよね?」
「そうだヌー。この体になってから初めて見てびっくりした色だヌー」
まるで「赤」という色を見たことがなかったような言い方だが……それにオグロヌーはどうもフレンズ化前の記憶がそれなりに残っているようだ。
フレンズ化前というと「けもの」だ。ヒトとけものとでは目の構造が違うと聞いたことがある。色の見え方も……色覚の差があるはずだ。
「わたしも自分ではっぱを入れたお茶を作った時は驚きました。こんな色だったかなって」
「もしかして……こんな色だと思ってた?」
俺はグレーの色鉛筆を使ってさっき描いたリンゴの隣に灰色のリンゴを描き、イエイヌに見せる。
「そうです! その色です!」
「そうそう。ミレンさんの教えてくれた『あかいろ』はそんな色だったヌー」
「うーん、私は覚えてないや。このふたつだとあかいろの方がおいしそうだね」
やはり。動物の犬は赤い色が灰色に見えている、と言う話は俺が知っているぐらいには有名だ。オグロヌーも「赤」が灰色に見えていた訳か。
フレンズ化した直後の子が見る世界は文字通り色で溢れているのかもしれない。
しかしその色に付く名前は見た物のイメージがそのままなのだろう。リンゴなら赤ではなくリンゴ色。雨なら水色ではなく、雨色だ。まあ、フウチョウコンビのように知識のあるフレンズはヒトが考えた名称を使うこともあるのだろうが。
「絵って面白いヌー。新しいはっけんがあるヌー」
「わたし、みなさんとこうしているのがとても楽しいです」
「私もそう思う! ねえねえミレンさん。他にはどんな絵が描けるの? 描いて描いて!」
物欲しそうな目で訴えてくるフレンズが3人。もちろん次の絵も頭の中で用意している。
「じゃあ湖でも描いてみますか。雨の話と被るけど実際の水の色ってのはね――」
俺は一度外の景色をちらと見やってから、水色の色鉛筆を手にしてスケッチブックに視線を戻す。
まだかまだかとそわそわするフレンズの視線に苦笑しながら絵を描き、見せ、語り、他にも色んなおしゃべりに興じる穏やかな時間。
なんだかんだ言っても『ジャパリパークを観光しているヒト』として過ごす楽しい日常がここにあった(そしてその後には当然のように、イエイヌを始めとするフレンズと快楽を分かち合う夜がある)。
とりあえず、だ。
こういった生活を送れる自分がどれだけ恵まれているのか、その幸せをもっと深く噛み締めるべきだったと今でも思う。
一度でも転換期を迎えてしまうと、元のように楽しめなくなるのが大人だからだ。
だいたい察せるとは思うんですけどミレンは人間嫌いです