1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「ご主人ご主人! 起きてください!」
目覚ましはイエイヌの揺り起こす声で始まった。
あれだけヤってもまだ足りなかったの? という問いはすんでの所で引っ込んだ。なぜなら、眠気眼に映るぼやけた外の情景が異常だったからだ。
最初はまだ夜闇に雨が降り続いているのだと思った。
しかし違った。もし夜ならばイエイヌの顔がこれほどはっきり見えはしないし、ランプの明かりがもっとゆらゆらと周りを照らしていなければおかしい。
外は明るいのだ。雷雨をもたらすどす黒い曇天のようではあるが。
「雨が……!」
大地に降り注ぐ雨は夜闇と同じ色だった。
まるで墨汁を空からぶちまけたかのような、天地の全てが終わってしまうかのような光景が洞穴の向こう側に広がっている。
「ミレンさんが言ってたのって、この変な感じのする雨かヌー?」
「そうそう……ってなんで素っ裸なんですかね君」
しっかりと出る部分が出ている裸体を晒したオグロヌーがトラクターの客車に座っていた。隣にはトムソンガゼルのルルも居てそちらも全裸である。ルルの方はスレンダーだが胸からお腹までの曲線が美しい。
「イエイヌちゃんが毛皮を乾かした方がいいって教えてくれたんだよ」
ルルは俺の視線を全く気にした風もなくぷらぷらと足を揺らしながら言う。トラクターのミラーや窓枠などには彼女達の衣服が広げた状態でかけられていて、よく見ると俺のボロくなったシャツや見慣れたイエイヌの物もある。今になって自分も全裸なのに気付いてしまったという訳だ。
「濡れていると寒いですから。かぜを引いちゃいますもの」
当然イエイヌも裸である。その言葉が全くもって不純な要素がなく少々浮足立った自分がバカみたいである。
そう言えば情事に浸り込んだあの小さなほら穴からここに帰って来た記憶がない。彼女達が運んでくれたのだろう。
「俺ずっと寝てたでしょ? 手間かけてごめんよ」
「いえいえ♪」
尻尾をぱたぱたさせるイエイヌの頭に手を添える。なるべく裸体の方に意識を向けないように。起きたてビンビンのイチモツを晒さぬよう脳内の思考を引き締めることも忘れず。
雨。そうだ、黒い雨だ。カタカケとカンザシ、意味深な2人の忠告は確か――
ざあああああ…………
「この雨は、よくない匂いがするヌー」
オグロヌーが雨を見ながら眉間にちょっと皺を寄せる。まあ見た目にもよろしくない、不吉そのものが降り注いでいるかのような光景だ。俺では匂いの違いは分からないが。
「……? 誰か来るよ?」
ルルが耳をぴくぴくと動かし、続けて「あっ!」という驚く声が。
いつの間にか入り口に誰かが立っている。とんがり耳と、これまたとんがりした羽を持った見知らぬフレンズだった。だらりと頭を下げた状態で佇んでおり、顔が見えない。
「フレンズさんですね。でもなんだか様子が――」
イエイヌが訝し気に首を傾げる。それもそのはず、フレンズの体の周りに妙な黒いもやがかかっているのだ。背後の雨と錯覚している訳でもなさそうだ。
「……どこかで」
俺はといえばそんな奇妙なフレンズに既視感を覚えていた。その時、突然ゆらりと顔を上げたフレンズの目が俺を捉える。
妙に野生的な深紅の瞳。どういう訳か、数日前に出会ったビーストの瞳が被って見えた。
「キーッ!」
赤い眼光が宙に一筋の線を描く間に、白い八重歯が俺の目前に飛び込んできた。
息を飲む間もなくフレンズの黒い髪が眼前を覆い、首筋に針が刺さったような痛みが走る。
噛み付かれた……? 振り払うには遅すぎる。これはどうしようもないか――
続くであろう激痛、死を覚悟したその時。
「レロレロレロレロ」
「く、すぐったっ!」
相手の舌先が高速で首筋を舐め回してきたのだ。思わず身震いしてしまうような感覚に身を捩ると、イエイヌの怒声が洞穴に響き渡った。
「ご主人に何をするんですか!」
「だ、大丈夫イエイヌ。大丈夫」
俺の首に吸い付いたフレンズを引き離そうと迫るイエイヌを制止させ、ちゅーちゅーと音を出すフレンズに視線を移してみる。見える範囲は微妙な体勢も相まってかなり狭い。
頭は黒いボブカットの髪で、白い髪が2本の触覚のように房を作っている。先のとんがった大きな耳に、骨格に膜を張ったような鋭角な羽……セーラー服に似たそれの色は白く、ややイメージと異なるが殆どがコウモリの特徴を表していると言っていい。
「レロレロレロ……レロ?」
「ん?」
くすぐったさにも慣れてきた頃、突然相手の舌の動きが止まる。
「あれ……私、何を……あなたは誰?」
「どうも、ミレンといいます。あなたは?」
「私は……ナミチスイコウモリ。ナミチーでいいわ……」
相変わらず器用に手と足でしがみ付いたままのフレンズ、ナミチーことナミチスイコウモリとようやくまともな言葉と視線を交わした。
既に彼女の体からは黒いもやが消えてなくなっており、瞳の赤い光も落ち着いた桃色のそれに変わっている。声に力がなくどこか憔悴しているようにも見えるが、どうしたのだろうか。
「あのあの。ご主人を離してあげてください」
「あら……ごめんなさい。妙に居心地がよかったの」
イエイヌの姿を認めたナミチーが独り言のように言いつつばさりと羽を広げ、そのまま宙に浮かんで行ったかと思えば洞穴の天井の暗がりに静止した。頭を下にして羽を畳んだその姿はコウモリそのものである。
「すごいヌー」
「すごーい! どうやってるの!?」
「この方が落ち着くでしょ……ていうか、やけにフレンズが多いわね……」
ナミチスイコウモリは響く声の主達に目を細めた。こちらを鬱陶しがっているという訳ではなさそうだが、暗がりでぼそぼそと喋る様子からはあまり歓迎してくれている風でもなさそうに思えた。
それから少しして、体裁が悪すぎるので俺も含め全裸だった面々に服を着てもらった。乾いていたのが幸いである。
「ここはあなたのおうちなんですか?」
「そうよ……暗くて静かないい所でしょ」
イエイヌに答えるナミチスイコウモリ。どうやらこの洞穴は彼女の縄張りだったらしい。程度の差こそあれ見知らぬ奴らが家に入り込んでいたのだ。ストレスを感じているのは間違いないだろう。詫びの1つくらいは入れておかねば。
「ご迷惑をおかけしてすみませんナミチーさん。自分達、ここで雨宿りをさせてもらってて……」
俺は首筋をさすりながら言った。まだ少しひりつくような痛みが残っているがもう血は出ていなかった。出血するギリギリの強さで牙を立てたのだろう。
「構わないわよ……それに、今はきっと外に出ない方がいいから」
彼女はちらと外に目をやってから眉間に皺を寄せ、羽の奥に顔を埋める。かける言葉を失ってしまいイエイヌ達と顔を見合わせると、皆心配と不安の入り混じった表情で見つめて返してきた。
「……頭がぼーっとするの……雨が一旦止んで、ここに戻ってこようとして……その時のこと、何も覚えてないの……なんだか、自分が自分でなかったみたい」
くぐもった声で今度こそ独り言ちるナミチスイコウモリ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ……今は大丈夫。とってもおいしい血を飲ませてもらったもの。なんだか体が熱い気もするけど……♡」
彼女はほうと息を吐いて赤らんだ頬に手を当てる。艶のある、少々エロい所作だと感じる辺り発情している可能性が高そうではある。
「ほ、ほうほう」
匂いでアウトな事例も多々あったので体液摂取ともなると相当キているのではないだろうか。
……ォォ……ォ……!
「っ? 今何か……」
桃色の思考が深まろうとしたその時、地鳴りのような音が外からかすかに聞こえたような気がした。洞穴に抜ける風の音だろうか?
「い、今のセルリアンの声だったよ。しかもかなり大きなやつだと思う。お、お、追いかけられたらどうしよう……」
ルルが縮こまりながら言った。明確な脅威の出現に俺の不純な思考が吹き飛ぶ。
「どのくらいの距離か分かる?」
「ええっと……」
場合によってはここを離れるべきかもしれない。そう思いルルに尋ねるが横からナミチスイコウモリの声が割って入った。
「私がやってあげる。……ちょっとうるさいかもしれないから耳をふさいでいて」
彼女はそう言って洞穴の入り口近くにぶら下がり、俺達は言われた通りに耳を塞いだ(イエイヌ達は動物の耳しか塞げないが)。そしてナミチスイコウモリが口を開き、
――ィィン!
うっ、耳の奥に衝撃が来た。これがかの有名な超音波なのだろう。しかしここまで強烈なものだとは知らなかった。
その音圧が数回繰り返され、やがて彼女は振り返って「もういいわよ」とジェスチャーで教えてくれる。
「ふえぁ……」
「ぬ、ぬー」
「ほあー」
フレンズ3名は少々頭をふらつかせていた。ヒトより優れた獣の耳に堪えたのだろう。
「あそこ。あのゲートの辺りにセルリアンが居るわ。大きさはちょうどここの入り口に埋まるぐらい。丸くて、とげの付いた腕が何本かある。それと……近くにフレンズが1人居るわね」
「そのフレンズさんは気付いているでしょうか?」
「さあ。それは分からないわ……でも、目と鼻の先だから……」
ナミチスイコウモリが不安げな眼差しを外へ向ける。黒い雨に遮られてはいるが、彼女が指差した地点に何かしら構造物の先端を捉えることができた。よくよく目を凝らすと、それらが支柱となってアーチを描いていることが分かる。
「あれがゲートで――」
……やあああああ……!
「っ!?」
続く言葉は雨音をつんざいた悲鳴によって遮られた。甲高いそれはフレンズのものだと俺の聴力でも僅かに聞き取れるほどで、今しがた話題に上っていた子に違いなかった。
「イエイヌ」
「はい!」
名前を呼びアイコンタクトを交わすことで意思を疎通させる。
――助けよう。
――助けに行きましょう。
トラクターに飛び乗ったイエイヌにリュックサックから合羽……フウチョウ達に貰った2つの内の1つを投げ渡す。それはフレンズでも被れるよう頭部に獣耳用のとんがりも備えてあった。
『待ってください!』
似合わなさすぎるが俺もそれを羽織って運転席に飛び乗った。すると運転席のスピーカー部から聞き覚えのない女性の声が響き、全員の視線が集中する。
『外に出てはいけません!』
ノイズを伴う声には切迫した事態に即した焦りがこもっている。無視してエンジンをかけようとするが、遠隔でキルスイッチをオンにされているらしく反応がなかった。
「何の御用ですかね覗き屋さん。急ぎなんですけど」
俺は溜め息を吐きながら低い声で問いかける。遅延行為はやめて頂きたい。
『だ、黙って監視していたことは謝ります。でもこの雨の中、外に出てはいけません。あの黒い雨は』
「意識の混濁か身体の不調か。どちらにせよ体に悪いのは承知の上。そもそも、ヒトならまだしもフレンズがセルリアンに食われようとしてるのを見て見ぬふりをしろと?」
『私だってそんなことしたくありません! でもあの雨を浴びたセルリアンも――』
今度は地鳴りに続いてめきめきと木の折れる音が周囲一帯に響き渡り、引き留めようとする女性の声を遮った。
「今は問答をしている場合じゃない。トラクターの遠隔操作を解除してもらえませんか」
『……できません!』
また悲鳴がした。今度はセルリアンの唸り声の方が大きい。これ以上時間を無駄にできない。
「イエイヌ、走って行ける?」
「はいご主人! チーターさんじゃないですけどそっちの方が早いですよ!」
「彼女ならきっとそう言うだろうね」
速さ自慢のフレンズの姿を思い出し自然と口の端に笑みが浮かぶ。
「行こう!」
「はい!」
トラクターから飛び降り、イエイヌと一緒に雨降る外界へと駆け出した。
ついて来ようと、または引き留めようとしてきたオグロヌー達にはその場に留まるように指示し、トラクターから発せられる半ば叫ぶような懇願には無視を決めた。
次回、ミレン死す