1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
かばんさんと初めて会話を交わした後、博士と助手とも自己紹介をしあって現状の把握に移ることになった。
「まあまずはお茶を飲むのです」
「われわれが淹れてやったのですよ」
フクロウのフレンズ達は仏頂面かつ一定したトーンの口調で勧めてくる。だがそのちょこちょことした身振り手振りが見事にそれらとミスマッチを起こしており、威厳のある姿を演じようとする女の子にしか見えない。
「はい、ご主人もどうぞ」
「そっちじゃないのです」
「病人用はこっちなのです」
「それはお前が飲むお茶なのです」
助手がイエイヌの差し出したカップをゆっくりと、しかし有無を言わさず奪い取る。見た目は同じ色の紅茶をとっかえひっかえしているのだ。というか病人用って何だ。
おまけに博士が押し付けてきたお茶はイエイヌの淹れてくれるものと違って妙なえぐみがあり、必死にポーカーフェイスを装う必要に迫られた。
「や、やっぱり葉っぱを入れる時間が長すぎです……」
「あとで我々に教えるのですイエイヌ」
「道理でかばんが渋い顔をしながら飲んでいる訳ですね。博士」
「ちょっと余計なのですよ、助手」
イエイヌは既に彼女達と打ち解けており、聞けば俺がこの施設に運ばれて眠っていた間に博士や助手と親交を深めたのだとか。なお元からかばんさんとイエイヌは面識があったようである。会話をしたことはなかったそうだが。
そうこうしつつお茶を飲み下し。
「さて、それじゃあミレンさんのことなんですけど――」
ぐううう……。
「誰の腹の虫です? あ、自分じゃないですよ」
「……はぃ……」
「そろそろ限界だと思ったのです」
「3日もミレンにべったりでよくここまでもったのです」
縮こまりながらそーっと手を挙げるイエイヌに博士と助手が呆れた視線を向ける。イエイヌが顔を赤くしながら更に縮んで行く。
「ふふ、安心してお腹が減っちゃったのかな。博士、イエイヌさんに何か食べさせてあげてくれない?」
「分かったのです。さ、行くですよ」
「え、で、でもご主人が」
「じゃぱりまんをベッドにこぼされたら困るのです」
「心配しなくてもこいつは元から大丈夫。あとでいっぱいべたべたすればいいのですよ」
「あっ、あっ、ご主人っ、あああ~……」
浮遊しながらの羽交い絞めを決められたイエイヌがドアの向こうに消え、間延びした悲鳴が徐々に遠ざかって行く。そこまでするか。まあ……今のは意図的な行動だったのだろうが。
「できれば彼女抜きで話をしたかったんです」
空調機の風の音がやけに大きく聞こえる中、俺はポツリと言葉を発したかばんさんに視線を向けた。
「聞かせて頂けますか」
イエイヌ抜きでなければならない理由があるのだろう。背筋を伸ばす。
「どこからお話しましょうか?」
「さっき博士さんが『3日も』と言いましたね。なら3日前の、自分が死にかけていた時からお願いできますか?」
かばんさんは僅かに逡巡する素振りを見せ、しかしすぐに真っ直ぐ俺の目を見つめ返してくる。
「あの時のあなたは、その、とても酷い傷を負っていました。でも『ある物』を使ってすぐに治療することができた」
「すぐに?」
「はい。これを使って」
かばんさんの目が俺の腕から管によって繋げられた輸血パックまで辿る。パックの中身は血の赤ではなく、何かしらの廃棄物や不純物を思わせる濁った灰黒色である。
新手の人工血液……だと仮定してもやはりおかしい。服の下を覗くと胸の辺りにはしこりの1つもなく、胸を鉄柱が貫通するなどという重大な傷など影も形もなかった。
「あんな重傷を負ったのは初めてでした。失血もあそこまでは……パークの医療技術って凄いんですね」
「医療じゃないんです」
始めて聞く単語に思わず疑問符が浮かんだ。彼女はそんな俺を申し訳なさそうに一瞥する。
「その袋の中身はセルリウムといって、擬態能力を持ったセルリアンを構成している物質なんです。セルリウムを元にして生まれたセルリアンなら、きっとセルリウムを取り込むことで体を修復できる。それが私の推測でした」
管を通る黒い液体は絶えず俺の腕に注ぎ込まれている。血管を通って体中へ、心臓の鼓動によって全身へと送られる血の一部として。いや、かばんさん曰くそもそも血ではない。
「セルリウムとは?」
「えっと、主にはセルリアンの素です」
セルリウム。セルリアンの素。つまり――
「ミレンさん。あなたは……セルリアンなんです」
「そうなんですね」
がたんっ!
音を立てながらかばんさんが椅子から滑り落ちた。思わず吹き出しそうになる。彼女は俺が半笑いなのに気付くとさっと頬を赤らめ、慌てて元の姿勢に戻った。
「え、えと。なな、なんで驚かないんですか?」
「子供の腕ぐらいもある鉄パイプで心臓か肺を串刺しにされて、それで死なない『人間』は居ないと思います。しかも手術痕どころか傷跡すらないと来た。魔法じゃないんだから。その上3日しか経っていない」
チーター達とかけっこをした時に擦りむいた傷が次の日には綺麗さっぱり、かさぶたすらなくなっていたことがあった。
おかしいとは感じていたのだ。流石に自分がセルリアンだとは思っていなかったが。
「驚かないのは……自分が何者かなんて今更気にするような歳じゃないからですね」
ヒトなんかであることに大した重要性を見出さないから、とはあえて言わなかった。
大勢集まればヒトは闇だ。彼女達フレンズにそんなモノなど無縁だろう。いや、むしろ無縁でなければならない。
「そうだとすれば色々と合点が行くんです。ボスが
俺が「そうでしょう?」と目で問いかけると、かばんさんは黙って頷いた。
「でもいつから自分がセルリアンだと?」
「最初からです。あなたが……生まれた時から」
そう言って言葉を切り、彼女は脇に置いていたタブレット端末を操作しこちらに差し出す。
全画面での動画再生モードらしく真っ暗な画面に巨大な右矢印だけが表示されていた。動画時間はきっかり5分。
「見てください。あなたの誕生の瞬間を」
声に誘われるまま指を画面に添え、動画が再生される。たいして動揺もしていなかったがこの身と精神がどのようにして生まれたのか、全く気にならない訳でもなかった。
どこかの平野の風景が映し出される。青空と雲と大地と、背の低い褐色の草が若干だけ生えた大自然。映像の視点は高く、地上数メートルの位置からの定点観測のようだ。
イエイヌの住居からほど近い。俺が最初に意識を取り戻した場所だ――。
「パークには偽装した監視カメラが至る所に設置されているんです。それは木の上ですね。一見すると枝のこぶにしか見えないんです」
雲が空を移動するだけの間に説明がなされ、こくこくと頷いて返事をした。そのまま2分が経過する。
「!?」
何も起きないのではと思い始めた。だから、始めは画面の上部から何かが映り込んだのを目の錯覚だと勘違いしそうになってしまった。それは次の瞬間画面がホワイトアウトし、映像が元の色調に戻るのに数秒を要したところで投げ捨てられる考えとなったが。
映像が元に戻ると、明らかにさっきまで存在しなかった物体が映っていた。
それは虹色の四角柱でカメラの設置場所よりもひと回り長大であり、白いベールのような輝きを帯び、細かな虹色の粒子を大量に立ち昇らせている。そして、虹色の粒子が空気中に四散して行くにつれ加速度的に縮んで行く。
僅か数秒で柱の先端はカメラの高さよりも低くなり、やがて消滅してしまうのだろうという予想が湧き立つ。すると今度は、1体の黒く丸いセルリアンが草をかき分けるようにして現れた。
セルリアンは真っすぐ柱に飛び付いた。球形だったセルリアンがどろりと形を失い、虹色の柱と混じって黒が薄れ、やがて黒く透き通った人影のような物だけがそこに残った。
影はしばらくもやもやと渦を巻き、次第にそれが消え去るにつれて様々な色で彩られて行く。
黒、肌色が主で、次に白。黒は短髪に、白はシャツに変わる。
そうして、もはや完全なヒトとなった「俺」がそこに現れた。
しばし立ったまま固まっていた「俺」は突然電池を入れられた人形のように動き始め、周囲を素早く見回したり、頬を抓ったり、何度も深呼吸をし始める。やがて「俺」は顎に手をやりながら歩き出した。まるで「動きながら考えるのがモットーだ」とでも心の中で繰り返しているかのように。
5分が経った。画面にはループするかどうかを問うマークだけが浮かんでいる。
「これは……まあ、うん。仰天映像ですね。ところでこの虹色の柱みたいなのって」
「ごしゅじーん! 戻りましたー!」
「ええい病室ではお静かにするのです……!」
「廊下も走ってはいけないのですよイエイヌ……!」
息が詰まった。タブレットを取り落としそうになり、毛布の上で右手と左手がばたばたと交差する。
後から聞いた話だが、この時博士と助手はタブレットにまだ動画が再生されているのではないかと気が気でならなかったそうだ。
「? どうしたんですか?」
「大事なお話をしていたんだよ。私達はヒト同士だからちょっと小難しい内容になっちゃって」
「ほええ~」
かばんさんによるヒトの得意技「嘘」を聞き流しながらイエイヌの横顔を盗み見る。
とりあえず出元が謎となってしまったヒトの記憶を別とすれば、生まれて初めて出会ったのは彼女だ。
――わああああああっ!?
――この匂い! この匂いっ!
最初に出会った時いきなり抱き着かれて焦りに焦った。「ご主人」を求めていた彼女は俺よりも舞い上がっていて、華麗なフリスビーキャッチを見せてくれた。
――ご主人。命令してください
マーゲイと出会って共にセルリアンを倒し、ライブ会場の機材を修理した時。心の底から彼女を頼もしいと感じた。
――ぬぬぬぬぬー!
チーターと出会い、かけっこをしていた彼女の楽しそうな顔。眺めているだけで嬉しかった。
――だめですご主人! そいつから離れてくださいっ!
――フレンズじゃありません! ビーストです! 危険なんです!
ケガをして意識を失っていたビーストを助けた日、初めて正面から牙をむき出しにした彼女を見て小さな恐怖を覚えた。そういえば彼女とは仲良くなれたのだろうか。
――わたしは信じます!
チーターの走り仲間であるロードランナー、プロングホーンを交えて2人3脚に興じた日。その後の大型セルリアンの来襲の際、彼女が居てくれなければ俺はすぐに逃げを選んだだろう。それにセルリアンの石を攻撃する役目を買って出た時、真っ先に信じると言ってくれたのも嬉しかった。
――ご主人も遊びましょう!
砂浜で一緒に走り回って、一緒に砂まみれになり、砂の城を作った時……自分の子供のようにも、恋人のようにも思えた。
――ららららー♪ ららららー♪
ギターの音色に合わせ共に歌ったアシカとイルカに勝るとも劣らない歌声。
――ご主人大丈夫ですか? わたし1人でやれますから休みます?
共に汗を流しフウチョウ達の踊り場を復活させた時のこと。彼女はずっと汗だくだった俺を気にかけていた。
――そうです! その色です!
色についてオグロヌーやトムソンガゼルに教えた時の興味津々な表情。
――ご主人、大丈夫ですかっ! ご主人ッ! ごしゅじんんんっ!
血の海に倒れ、イエイヌの絶望と悲痛に満ちた顔を見てしまった3日前。
――あああ、いや、いや……置いていかないで……もうわたしだけ置いて行かないで……
過去の痛みを抉り出されたような涙。
彼女に未練を残してはならない。
「イエイヌ。これを見てくれないかな」
「ほえ? はい」
俺はタブレットの画面をタップしながらイエイヌに差し出した。
「ミレンさん……!?」
「な、何をしているのです!?」
「イエイヌは」
かばんさん達がにわかに色めき立ち、俺は少し大きな声を出して遮った。
「自分の命よりも大切な存在です。だから全部知っておいて欲しい」
困惑した様子のイエイヌを真っ直ぐ見つめ、俺は言った。
自分が何者かなんてどうだっていい。だが、イエイヌが俺をどう思うかはこれ以上ないぐらい重要な問題だった。
彼女の心が離れてしまうかもしれないと思った。それでも構わない。俺の元を去っても、喉笛を噛み千切られても。まあ後者を選ぶとは思えないけども。
「見て欲しい。君がご主人と慕うモノが本当は何なのかを」
そうして沈黙の5分間が過ぎて行った。
誰もひと言も発さず、衣擦れの音すらもなく、ただイエイヌがタブレットをじっと見ているのを見守っていた。
「わたし――」
正直に言うと緊張でどうにかなりそうだった。イエイヌがあっけらかんとしているのにも気付かず、彼女の次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「この時見ていました。でも怖くなっておうちに帰って……そのあと、ご主人がおうちの近くに居て」
「ち、ちょっと待って。イエイヌさん、君はミレンさんが生まれるのを見ていたの!?」
「はい。ヒトだと思って飛びついた時に匂いを嗅ぎました。それで、すぐにさっきのセルリアンだって気づきました」
イエイヌはかばんさんの慌て切った質問にすらすらと返して見せる。
「君が欲していたのは『ヒト』のご主人だろう? セルリアンだと分かっていて、なぜ……?」
俺の乾いた喉から出たような声にイエイヌは満面の、いつもの笑顔を浮かべて言った。
「だって襲ってこなかったし、とっても優しかったんですもの! だからヒトであることに間違いはないって思ったんです! 最初に嗅いだ匂いだって、時間が経ったらヒトそのものになってましたし!」
「いやいやいやまあ性格や見た目はともかく実際はセルリアンだよ。この変な黒い液体で出来ているんだ。よく似てはいても俺はヒトじゃない」
ついでに言うとヒトは決して優しい奴ばかりじゃない、という言葉はどうにかこうにかして喉元で抑えた。
「たとえヒトじゃなくてもご主人はご主人です。わたしと一緒に遊んでくれて、一緒に行こうって言ってくれて、たくさん愛してくれた。それでいいんです。だから――」
イエイヌがゆっくりと身を乗り出してくる。俺の手を握り、見つめてくる青と金の瞳の穏やかな光に吸い込まれそうだ。
「ミレンさま。よければこれからもどうか、わたしのご主人で居てください」
俺は数分前までの自分を笑った。イエイヌは最初から知っていたのだ。知っていてなお慕ってくれていた。
全く、少しでも彼女の心を疑った自分が馬鹿としか思えない……もっともっとイエイヌを、フレンズを信じろよ。
「……ああもちろんさ! これからもどうかよろしく。イエイヌ」
「はい!」
抱きしめる。これ以上ないくらいにばたつく尻尾を感じながら、今度は俺の腹が鳴るまでずっと抱きしめ合っていた。