1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「ミレン。料理をするのです」
博士はそう言って俺の顔を上から見下ろした。
「うおっ」
「ほえっ」
時刻は夕暮れ。アードウルフへの面会(?)の後、俺はシャワーを浴びてからイエイヌとレストルームのソファに寝転がっていた。音もなくソファの背もたれからにょきっと顔を覗かせるものだから思わず声を上げてしまい、イエイヌも反応して目を覚ました。
博士はそんな俺達の様子など気にした風もなくこちらを見下ろし続けており、「相変わらず仏頂面だ」という見た目にそぐわない感想を俺に抱かせる。
「料理ですか? できるっちゃできますけど、あまり作れるレシピは多くないですよ」
1人暮らし野郎(という記憶がある)の自炊などレパートリーはたかが知れている。
カレー、シチュー、ハヤシライスの黄金ルーチン。作り置き可能タッパー小分けの冷凍保存はもはや鉄板で、時たま焼き魚や麺類をこしらえるぐらいが関の山だ。
「作れるものでよいのです」
「助手さんまで……」
「とにかく料理なのです。我々はでぃなーを欲しているのですよ」
どことなく期待の眼差しが浮かんでいるような気がする博士の瞳である。
「ご主人、りょうりはできるんです?」
そう言ってイエイヌが首を傾げる。
「少ないけど一応ね」
「そうそう、カレーとシチューとハヤシライスはもう食べ飽きたのです。ですのでこの3つ以外で作るのですよ」
黄金ルーチンを潰された。魚は新鮮な物となると今からでは無理、麺類はインスタントしか作れん。まずいぞ。
「と、とりあえずかばんさんに相談してきます」
困ったときは偉大なかばんさんが解決してくれる。丸投げにはできないが。何かアイデアでも貰えれば助かる。
俺はすっくとソファから立ち上がり、イエイヌを伴ってかばんさんの研究室へと向かった。若干早歩きで。
「り、料理ですか?」
「博士さん達に頼まれまして」
かばんさんは目線を泳がせて中々俺に目を合わせてこない。この雰囲気は気まずいというよりは照れている、それも羞恥のそれだ。
「何かアイデアがあればご教授頂きたいんです。……それとさっきのことは気にしてないですからね」
「ひゃ、ひゃいっ」
頬を染め、上擦った返事をするかばんさん。もはや過ぎたことだと数時間で忘れかけていたが向こう側は相当気にしていたようである。
「え、えーと。博士達がまだ食べていないレシピなら幾つかこのタブレットに載ってます。持って行っちゃって構いませんよ」
かばんさんは若干震える手でタブレットを差し出してくる。受け取って、画面に映った料理の写真をスクロールさせる。
肉を使わないレシピが多い。あっても合成肉(俺の『記憶』では世に出て間もなかった)を使う物だけだ。
「色々なりょうりがあるんですね~」
「難易度はまちまちだな……かばんさん。博士さんと助手さんが好みそうなのと、あまり食べたことがないレシピってあります?」
「うーん……2人はカレー味が好きですね。それと、お肉はまだ食べたことがないはずです」
かばんさんの言葉を聞きながらタブレットを操作する。いくつかの候補に絞って、簡単そうなレシピだけを選んで行く。
「ありがとうございますかばんさん。参考になりました。早速作ってみます」
「ありがとうございました!」
「あ、待ってください」
イエイヌと一緒に頭を下げて部屋を出ようとすると呼び止められる。
かばんさんは椅子から立ち上がって黒いジャケットどロンググローブを脱ぎ、赤い半袖シャツ姿になりながらこう言った。
「私もお手伝いしていいですか?」
そういう訳でかばんさんも晩御飯の支度を手伝ってくれることに。もちろんふたつ返事でOKを出した。
レストルームのキッチンへと舞い戻った俺はかばんさんと軽く夕食の打ち合わせを行うことにした。食卓には博士と助手がちょこんと席に着いており、イエイヌ、それから夕食に招待したアードウルフは絨毯の上に座って談笑している。
「材料の在庫を確認してもらいますね。ラッキーさーん」
かばんさんはポケットからスマートウォッチのような物を取り出していきなり呼びかける。すると丸いレンズ部が緑色に発光して、そこからやや機械的な声が発せられた。
『どうしたの、かばん』
「今から晩御飯を作るんですけど……あ、料理をします。材料の確認をお願いしたいんです。これとこれと、あとこれ。在庫はありますか?」
『検索中……完了。問題ないよ、かばん。すぐに、そっちに送ろうか』
「お願いしますー」
『分かったよ』
彼女が話し終えると同時にレンズの発光は収まって、代わりに表面に時刻表示が浮かび上がる。てっきり『ボスの本体』だと思って驚いたが実はただの腕時計なのかもしれない。
「便利でしょう? これがあればラッキーさんといつでもお話ができるんです」
「あ、ええ」
思わず「その時計がボスなんですか?」と聞きそうになった。曖昧な相槌で返したが。少し戸惑っているとキッチン台の戸棚から何かが動くような音が聞こえて、そちらに意識を持って行かれる。
「保管室から食材が自動で運ばれてくるんです」
戸棚の中にはジャガイモやニンジンといった野菜類と、冷え冷えとした冷気を上げる合成肉の入った密閉容器、それから各種調味料などが小分けされた状態で並んでいた。俺が必要だと言った材料が全て揃っており、よく見ると戸棚の底面はコンベアになっていた。
「便利ですね。じゃあ、始めましょうか」
色々と聞きたいことはあるがナマモノもあるし腹も空いている。今は考え事よりもメシの支度。かばんさんと分担して行う。俺は材料の切り分け。
「わたしも手伝わせてください!」
「うん? えーと、何があるかな」
ジャガイモをちゃっちゃと洗っているとイエイヌがシンクの向こう側から顔を突っ込んできた。
手伝ってもらえるのはありがたい。とはいえ何を手伝ってもらうかは悩む。包丁が使えるとは思えんし……。
「これを切るんですよね?」
「まあ切るけどそれは――」
「ていっ!」
「待てい」
ジャガイモがぐしゃっという音を立てて無残なマッシュポテトに変わり果ててしまった。お湯に通してからそうすればよかったのだが。
「こら、それじゃ食べられないでしょ。それよりニンジンをすり下ろして。このすりおろし器でごしごしやるだけでいいから」
「はあい」
「ニンジンが折れるから力を入れすぎちゃ駄目だぞ。あと最後は適当でいいからね」
「ミレンさんお米は残り30分で炊き上がりです。サラダは後回しにして先にタネを作りましょうか?」
「そうですね。すぐに玉ねぎみじん切りにするんで少々お待ちを」
「ひいいい目が、目がしみますー!」
「こらこらあまり近付かないの……って、そういえばかばんさん。今更ですけど玉ねぎって大丈夫ですかね?」
「フレンズさんなら問題ないですよ。好き嫌いはあるかもしれませんけど」
ジャガイモ1個がダメになるというトラブルはあったもののそれ以外はスムーズで、最初にあった材料の多くは刻まれ、こねられ、熱を通されて行く。初めて作る料理だと言っていたかばんさんの腕前は見事なもので、イエイヌの手伝いもあって米が炊ける頃には全ての料理が完成した。
「運ぶぐらいはやってやるのですよ。じゅるり」
「肉ですよ博士。野性を思い出す香りなのです。じゅるり」
発起人の2名は最後の最後でニヤつきながら皿を持って行った。全員分を運んだのでまあよしとしようと思ったが、結局自分の以外はアードウルフが運んでいたのでギルティ。全く。
作った料理はハンバーグ(合成肉)とポテトサラダ(カレー風味)。前者は生肉ではないのであまり期待していなかったが思ったよりも肉らしい味わいで驚いた。後者はそもそも野菜が新鮮なのでマズい訳がなく。そのまま野菜スティックとしても食させてもらった。
「それにしても……おまえとかばんはお似合いなのです」
食後の穏やかなテーブルに爆弾を投下してくれやがったのは博士である。思わず飲んでいた紅茶を盛大にぶちまけそうになるが、鋼の意思で胃へと流入させることに成功した。
「っぐ、ごほごほごほっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
……隣ではかばんさんが盛大にむせてしまっていた。
いきなり何を言いだすんですか、とテーブルの向かい側に目線で訴えかけるが、返ってくるのは仏頂面なのに満腹で満足げな表情だけだ。
「そのままの意味ですよ、ミレン」
「いっそ、つがいになってしまえばいいのです。ヒト同士のつがいは夫婦と呼ぶそうなので、夫婦になるのですよ」
「は、博士ッ、助手も! ミレンさんに失礼だよっ」
アードウルフに背中をさすられながら声を荒げるかばんさん。顔が真っ赤で声が上擦りまくっており迫力に欠けている。それと失礼なのはむしろ俺の方だと思うのだが、口に出すと堂々巡りになりそうなので黙っていることにする。
「あれ? ご主人とかばんさんがつがいになったら……わたしはどうなるんですか?」
「お前のご主人がふたりに増えるだけなのです。かばんもヒトなのですから問題はないのですよ」
「なるほど! かばんさんがご主人のつがいになってくれたら、わたしは2倍ヒトと一緒に遊べるわけですね!」
「そういうことです。物分かりがいいのです」
「ち、ちょっともう、やめてよ皆」
「簡単に乗せられるんじゃありませんイエイヌ。だいたい俺はセルリアンだってば」
唐突に始まったかばんさん弄りは彼女が顔面沸騰状態でその場から逃げ出すまで続けられ、食器の片付けは俺が1人で行うハメになってしまった。全自動食洗器から取り出して戸棚に仕舞うだけなので構いはしないが。
なおイエイヌ達は先に風呂に行ってもらった。俺がフレンズと入ると「風呂が汚れてラッキービーストが困る」とのことで。大変申し訳ない。もうしません。
「ミレン」
「うわっ」
いきなり後ろで博士の声がした。驚いて戸棚に仕舞おうとしたコップを取り落としそうになる。すんでのところでキャッチ。
「危ない。何か忘れ物ですかコノハ博士?」
振り返ると相変わらずの仏頂面を下げた博士が俺を見上げていた。よくここまで気配を消せるものだと感心すると同時に、どことなくそのとび色の瞳がこちらの目をじっと伺っているような気がした。
「おまえはこれからどうするですか」
「食器を片付けて、トレーニングして風呂に入って、寝るつもりです」
「違うのです。かばんのことなのです」
少しだけ苛立ったような響きがあった。俺は黙って手にしたコップを戸棚の奥に並べる。すると俺の背に朗読のような言葉が注がれ始めた。
「お前は初めからかばんを知っていたのです。まあそれ自体はどうでもいいですが……おまえはかばんが好きだったのです。会ったこともないのに、はるばるとちほーをまたいで会いにくるほどには。ぺぱぷのおっかけだって最初からそんなことはしないのですよ」
戸棚を閉じる。ガラスに無表情な俺の顔が映っている。
「かばんも同じなのです。おまえのことを遠くから見るうちに、おまえを好きになったのです。もしおまえがかばんと同じ『好き』を持っているのなら、あいつのつがいになって欲しいのです」
俺が睨み付けてくる。自嘲気味な、それでいて憐れむような目で。
「かばんにはおまえが必要なのです。かばんがかばんで居るために」
「無理だ」
体ごと振り返ると博士の崩れた仏頂面があった。初めて見る驚愕の表情はこちらを呆然と見上げていて、俺は勝手に喉から零れてくる言葉を垂れ流す。
「俺はヒトが嫌いなんだ。憎いと言ってもいい」
「え……」
憎しみはそう簡単に剥がれはしない。どれだけ忘れようと努めても、まっとうな社会人とやらの仮面で隠しても、深く張り付いたヘドロのように心の奥に留まっていてふとした拍子にあふれ出す。
憎しみがあったから、自分がセルリアンだと看破された時は衝撃ではなく、むしろ安心したのだ。同時にその感情は俺のこれまでの人生が現実に存在していたのだと、自己を確かめる鏡としても利用できた。
けものフレンズという作品に惹かれたのも憎しみがあったからこそ。初めは休日朝の子供向けアニメとしか見ていなかったが、随分と入れ込んだものだと思う。
「もちろんかばんさんは違う。それでも、だからこそ俺じゃ駄目だ。フレンズ……フレンズと同じぐらい真っ白なヒトでなければ」
深く念じるように己の意思を声に出しながら、俺は小さなフレンズの隣を横切った。
「それに、あのヒトにはもっと相応しい存在が居る」
「ま、待つのです」
伸ばされた手も呼び止める声も、本当に普通の女の子のそれだった。
扉が後ろで閉まる音が聞こえる。廊下を歩いて自分の部屋に戻るまで、再び開く音はしなかった。
「ご主人……」
イエイヌが甘えた声を出しながら俺の胸板に頭をこすりつける。
夜も更け、明かりの消された部屋で彼女と満足するまで求めあってどのくらいの時間が経っただろう。
月は雲に覆われて見えず、転倒防止のために備えられた床のLEDランプだけではイエイヌの息遣いと、その柔らかな肢体の感触だけが全てだった。
「イエイヌ」
激しい運動の疲れを癒すように彼女の背中のラインをさすって、名前を呼ぶ。
「ふあ、ん。もっと、します?」
「いや。聞きたいことがあって……君は、ヒトが好きかい?」
「はい!」
ぱたぱたと尻尾が足に当たっていて返事よりも前に答えが分かってしまった。
ひどい矛盾を抱えたものだ。ヒトの何もかもが憎いという訳ではない、と言えば都合が良すぎる。しかし「中にはいいヒトも居る」と精いっぱい楽観してみたところで、結局のところ全体を見れば『嫌い』に他ならないのだ。
「……そうか」
残念ながらイエイヌの『好き』はもう俺には理解できない。こんなヒトがご主人だなんて、それで彼女はいいのだろうか。
「でもいちばん好きなのは、ご主人ですよ」
イエイヌのささやきは俺の心を見透かしたように穏やかで、母性すら混じっていた。
「ありがとう」
互いが好きなら、互いの好きを否定しないならそれでいいのかもしれない。
俺はイエイヌの頭をひと撫でしてから、鬱屈な考えを断ち切って眠りへと落ちて行った。
あくる日の朝、まだ日が出て間もない頃。
研究室で机に向かっていたかばんさんに向かって、俺は開口一番にこう言った。
「かばんさん。あなたを手伝わせてもらえませんか?」
「え、え? ど、どうしたんですか? 昨日の今日ですよ」
「最初から協力するつもりでしたよ? それと言い方を変えます。自分をあなたの『助手』にして欲しいんです」
博士が俺に頼み込むほどだ。かばんさんの心はすり減っている。時折見せる物憂げな目や、俺とイエイヌに見せる羨ましそうな表情もそれを裏付けている。
きっと彼女は『好き』を失ってしまったのだ。俺の想像でしかないが、恐らくこの予想は当たっているだろう。
形は違えど、俺と彼女の『好き』の対象は似通っているはず。だから代わりの『好き』になるのではなく、本来の『好き』を取り戻す一助になりたい。
「お願いします、かばんさん」
決意を込めてかばんさんを見つめ続けた。しばらく目をぱちくりさせていた彼女が、やがて嬉しそうにはにかむまで。