1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
かばんさんに全面的に協力する。その意思を表明してから朝食の時間を挟んだ後、俺は彼女の研究室に改めて招かれていた。
大きな長方形のデスクを囲むのはかばんさん、博士、助手。その向かい側に俺とイエイヌ。
今回は真面目な話だと事前に周知してあることもあり、場の雰囲気はいくらか堅いものになっていた。とはいえイエイヌだけは気にした風もなく椅子をぴったりとひっつけてきて、尻尾をゆっくり振りながら俺の体にもたれかかっている。
「ミレンさんにお願いしたいことは大きく分けて2つあります」
頷くことで返事とし、耳を傾ける。
「ひとつ目は血液を提供して頂くこと。ふたつ目はミレンさんにパークの職員さんになってもらうことです。順を追って説明しますね」
俺の顔にクエスチョンマークが浮かんでいたのだろう。彼女は小さく笑みを浮かべて数枚の写真や資料をデスクの上に整然と並べる。その内の1枚は前日の血液検査の結果の時に見たものであり、かばんさんはまずそれを前に出した。
「ミレンさんの持つセルリウムの浄化作用……ここでは『フィルタリング』と呼ばせてください。この力は恐らくミレンさんの体液に宿っています。なのでそれを元に、フレンズさんがセルリウム中毒になってもすぐに治療できるような特効薬やワクチンを作りたいんです」
「わくちん?」
「体の中で悪さをするばい菌をやっつける薬のこと。イエイヌも注射で打たれたことない?」
「ひぃ!」
ぷるぷると耳を伏せながら震えるイエイヌ。前日の嫌がり方しかり、フレンズ化する前に狂犬病の注射でもされてトラウマが根付いたのだろうか。あれを嫌がる犬は多いと聞く。
「イエイヌさんのように注射を怖がったりする子は多いと思うので……できれば飲み薬とか、じゃぱりまんに混ぜられるような物にしたいですね」
ほっと胸を撫で下ろすイエイヌに暖かい視線を向けるかばんさん。俺はちょっといいですか、と手を挙げる。
「自分の血を元にするとのことですが、どのくらいの量が必要になります?」
これに対する回答は曖昧で、数回に分けて採血する程ではない、実際にやってみなければ分からない、ということだった。
血を提供するのは全く問題ない。しかしさすがにセルリアンと言えども人間そっくりの構造なので、そう簡単かつ大量にドバドバと血を捻出できる訳がないのだ。失血し過ぎれば普通に死ぬ。
その不安を読み取ったのか、博士が俺の目を見つめながら静かに申し出た。
「そう心配せずとも大丈夫なのです。おまえの体液は少量で効果てきめんだと思われるのです」
「実績もあるのです。重度のセルリウム中毒でビースト化していたアムールトラ、ビーストになりかかっていたナミチスイコウモリはもちろんのこと、そうでないフレンズもお前の
体液という単語を強調しないでもらいたい。好きでやったのでは……いや好きでやってたわ。もはや弁明すらできん。けもシコ警察が来たら返り討ちにする。
ともあれ、提供できる血の量がさしたる問題にはならないということで落ち着く。案の定「フレンズをかたっぱしから交尾してもよし」などという卑猥な提案もなされたが、一応これでも理性ある生命体だ。できれば避けたい。避けたいと言いつつ本能という悪魔がニヤついているのも感じる。
問題は薬の精製が難航する可能性があり、かばんさんもそちらにかかりきりになる、ということの2点だった。
「では次に――」
「ミレン」
かばんさんが次の話題に移ろうとするのを博士の声が遮る。
「おまえはフレンズが好きですか」
俺に向け続けていた静かな目が鋭く細められており、その一段と低い声にも「嘘は許さない」という強い意思を感じさせる。
誰かが息を飲む音が聞こえ、俺はためらいなく、意識することもなく口を開いていた。
「好きに決まってます」
僅かな沈黙が流れてから、博士が纏っていた雰囲気がふっと弛緩する。
「なら……いいのです。かばん、話を続けて構わないのですよ」
「う、うん。えっと、こほん。んんっ」
突然重圧をふりまいたかと思えばすぐに元通りに戻った博士に若干どきまぎする素振りを見せるも、かばんさんは軽く咳ばらいをして重苦しい空気を執り成した。
「ふたつ目の、ミレンさんにパークの職員さんになってもらうことについてです。これには幾つかの理由がありますが、その中で最も大きなものに『フィルタリングタワー』が関わってきます。タワーというのは……ミレンさんも既にご覧になったと思いますが、こちらです」
デスクの上に並べられた中から抜き取られる1枚の写真。広大で緑の少ない土地に筒状の大きな建造物が幾つか、そしてその中央には幾重にもパイプを繋ぎ合わせて伸ばしたような長大な塔がそびえている。
「島の中央に位置するサンドスターの塔。これはその昔の姿らしいです。この研究所に残されていた資料には『セルリウムレイン浄化装置』という記述もありました」
「黒い雨を浄化、フィルタリングするための施設という訳ですか。人工物だったとは……」
あれほどの規模の塔を建造するとなると相当な技術と人手と予算が必要だったはずだ。いったいどれだけのリソースをつぎこんだのか技術者の端くれとしては少々気になるところだが、今は置いておくとしよう。
「我々はタワーを正常に戻そうとしているのです。あれは今、元々の機能を失っているはずなので」
「海の機嫌が悪くなると黒い雨が降るのです」
「海の機嫌?」
博士が1冊の本を開いて見せる。見開きには噴煙の代わりに加熱された水のあぶくと黒い溶岩の塊が描かれ、ページ上部には「海底火山」という文字と説明文が白い文字で記述されており、図鑑か参考書のような印象を受けた。
「この島の近海にも海底火山があるのです。火山は『サンドスター』と『サンドスター・ロー』という2種類の物質を噴き出すのですが」
「『サンドスター・ロー』は水と反応して『セルリウム』に姿を変えるのです」
「海水は雨雲として雨を降らせる。そこに『セルリウム』が多く含まれていると『セルリウムレイン』になる……と」
「その通り。やはりヒトは頭の回転が速いのです」
「知識の量も申し分ないのです」
脳内で組み立てた予想を口にすると博士と助手は頷いて称賛の言葉を述べてくれた。フレンズに褒められるのは気分がいい。
「イエイヌ。分からなくてもいいのでちゃんと起きているのですよ」
「わ、分かりますし起きてますよぉ!」
「冗談なのです」
赤い顔をするイエイヌに2人はにやっと口の端を歪めた。口調からして弄ったり煽ったりしているのではなく、話の内容についてきているか、ぼーっとしていないかどうかを確認しているのだ。伊達に長を自称していない、ということなのだろう。
「はいはいその辺で」
内心で博士と助手の評価を引き上げているとかばんさんが軽く手を叩き、俺を含めた全員が居住まいを正す。
「実を言うとどうすればタワーを正常に戻せるか、予想はできているんですが確実なことは何も分かっていないんです。今お話しした内容もここの研究所に残されていた紙の資料の受け売りでしかありません。もっと多くの情報を得る為に、ミレンさんにはぜひパークの職員……『パーククルー』になってもらいたいんです」
「待ってください。かばんさんはクルーなんじゃないですか?」
「私は『暫定ガイド』なので付与されている権限は強くないんです。塔に近付かせてすらもらえません……。でもミレンさんならもっと上のクルーとして認められると思います。そうすれば、ラッキーさんを通して色んな情報にアクセスすることができるようになるはずです」
「しかし、なりたいと思ってなれるものじゃないでしょう」
俺の知識通りならかばんさんは並外れた決意と勇気、そしてフレンズ達やラッキービーストとの絆があった。更に遡れば元となったミライさんの意志までをも受け継いだからこそ「暫定ガイド」として認められたのだ。
俺はといえばフレンズに浮ついた真似をするこんにゃく野郎、その上正体はセルリアン。これでかばんさんのような「クルー」になれるはずがない。
「なれますよ」
だというのに、かばんさんはさも当然だと言わんばかりの返事を寄越した。俺が豆鉄砲を食らったような顔をしていたからか、彼女はクスリと笑ってこう続けた。
「知識も技術も、戦う力もある。なによりあなたにはフレンズさん達を大切に想う『こころ』があります。ずっと見てきたんですもの、間違いないですよ」
「ですが……」
「大丈夫です。ご主人ならきっと何でもなれます!」
「イエイヌ……励ましはありがたいんだけど何でもは無理」
「何でもなれます!」
「言い切るんかい」
「ふふっ。ねえ、ラッキーさんはどう思いますか?」
かばんさんは俺とイエイヌのやり取りを微笑ましく眺め、料理の時に使った腕時計ではなく少し離れた床の辺りに向かって呼びかけた。
「かばんと一緒だよ」
ラッキービースト……ボスである。いつの間にか部屋に入って来ていたボスは軽い足音を鳴らして、かばんさんの足元まで歩いて行く。
「おかえりなさいラッキーさん。外はどうでした?」
「先日のセルリウムレインは短時間だったからね。今回は特に、問題ないよ」
「よかった。ところで今の話ですけど……」
かばんさんが親し気に話しかける様子からは信頼と親愛の両方が感じられる。
このラッキービーストは……あの3人組の内の1人だろう。腕時計でなくてよかった。
「ミレン」
「はい」
中性的な、それでいて機械音声のようにも取れる声で呼ばれ返事をする。ラッキービーストに名前を呼ばれたのは初めてのことであり、背筋を伸ばす程の緊張が走ったのだ。
「かばんの言った通り、キミはパーククルーとしての要件を満たしているよ。ちょっと手間はかかるけど、それさえこなせば、いつでもクルーになれるよ。キミは、パーククルーになりたい?」
軽はずみに答えていいのか。
職員になる、ということはそれ相応の責任と覚悟が必要だ。覚悟はどうとでもなるが、自分に背負いきれる責任かどうかは分からない。
俺は沈黙し、思考する中で先程の博士の問いを思い出した。
……フレンズが、好きかどうか。
「なりたいです。かばんさんや、フレンズさん達の助けになるのなら」
かばんさん、イエイヌやフレンズ達。好きな者の為に自分ができることは、何だってしたい。
迷うな。人生の中で、指で数えられる程しか覚えなかった欲求が目の前にあるのだから。
「分かったよ、ミレン。ミレンを暫定パークメカニック、及び暫定パークセキュリティに設定…………拒否」
「調子に乗ってすみませんでした外周100周してきます」
やはりこんにゃく野郎に任せられるような容易い仕事ではないのだ。もっと体力と根性を付けて出直せということに違いない。セルリアンとか成人男性とかが拒否判定に引っかかっていたら終了。
「お、落ち着くのですミレン」
「待つのですよ。注射を受けるイエイヌみたいな顔をしないのです」
「かけっこならわたしもやりますよ!」
「は、放してくれ。俺はこんにゃくなんだ……ふにゃふにゃが移るぞ……」
席を立って部屋を飛び出そうとするが博士と助手が俺の腰にしがみ付くようにブロッキングする。ついでと言わんばかりにイエイヌが後ろから抱き着いてきてもう1歩も動けない。
「ラッキーさん、やっぱり駄目かな?」
「そうだね。未起動のラッキービーストでないと、彼を認証できないよ」
騒ぐのをやめて席に戻り補足説明を受けたところ、この事態は想定済みだということを告げられた。
なんでも、かばんさんは何度か俺をクルーとして認定しようとしたことがあったらしい。しかしその度に要請を弾かれたという。
「ミレンさんは『セルリアン』に加えて『要注意人物』だとラッキーさん達に見なされているんです」
「初めてキミとコンタクトした個体が、キミをセルリアンだと判定して、エリア内のラッキービースト達とデータをリンクしたんだ。生まれたばかりのキミは、まだボク達のセンサーに引っかかるぐらいのセルリウムを、体外に放出していたみたいだね」
「あまり聞きたくないんですけど、要注意人物というのは?」
「未登録の成人男性には、必ずその判定が下されるよ」
フレンズと淫行に及んでいたからという理由ではないらしい。少し安心したが、結局はそういった要素を加味して要注意人物扱いされるのだと冷静に考えてみて気付いた。
所詮はヒトのオスである、まあ他にも理由はあると思うが。
「暫定ガイドの権限ではセキュリティ関係の命令は下せないんです。強制排除措置の停止とか、ミレンさんの脅威度を下げたりとかまではできたんですけど……」
「では、自分はやはりクルーにはなれない?」
「いいえ。抜け道はあります」
「未起動のラッキービーストを見つけて、キミが起動させるんだ。クルーの服装をしていれば、初期状態のラッキービーストはキミをパーククルーだと誤認するはずだよ。その時にキミの権限を可能な限り高く設定させて、他のラッキービーストのデータを後から上書きしてしまえばいいよ」
要するになりすまし行為を行う訳だ。
抜け道というか、かなり黒に近いグレーな行為だと思うが大丈夫なのか。おまけに色々とセキュリティ関係の穴が多すぎる気がする。
犯罪という単語が頭をよぎるがかばんさんとボスが推奨しているのだ。喜んで踏み越えてやろう。どうせ裁く法もヒトも居やしないのだ。
「パークから職員が居なくなる事態は、想定されていなかったんだ。それに、ボク達はあくまでガイドロボットだから、セキュリティに関しては、システム上のことならできるけど、セルリアンのような実際の脅威には、殆ど対応できないんだ」
「……了解しました。それで、未起動のラッキーさんはどこに?」
「ボクが案内するよ。外に出るから、まずは装備を整えよう」
確かに。上は入院患者、下はスリッパではどこへも行けない。
この施設には職員用の倉庫があり、そこにはクルーが使用していた様々な備品などが今なお保管されている。
ボスに案内された部屋は打ちっぱなしのコンクリートをくり抜いたような空間で、埃っぽくはないが、冷たい空気がずっと滞留しているような印象を受けた。
「そこのキャビネットに、男性用の制服が入ってるよ。インナーや手袋は、こっちだよ」
ロッカーやキャビネットには手付かずの衣類などが大量に保管されていた。ボスの指示で必要な物を、自分にあったサイズを選び身に着けて行く。以前はここにもラッキービーストの予備があったが時間の経過と共に数を減らし、今ではもぬけの殻だというボスの話を聞きながら。
「キミの元の持ち物は、殆どがだめになっていたから廃棄したよ。これは無事だったから、返しておくね」
「どうも、ありがとうございます」
ボスが耳の上に乗せている木刀を手に取る。リュックサックの側面ベルトに差し込んでいた木刀だけは無事だったようだ。……と思ったら刀身に少しだけ血の跡が残っている。まあいいだろう。
イエイヌの家にあった物よりも頑丈かつ大きなリュックサックの側面に木刀を差し込む。このリュックサック(ボス曰くメカニックかセキュリティ専用)、やたらと凝ったハーネスや留め具のベルトなどが備えられているハイエンドモデルだった。
「帽子は、これを被ってね」
最後にボスが持ってきたのはつばの広いグレーのアウトドアハット。かばんさんが被っている物と違って羽飾りは刺繍であしらわれており、色は黒と白。言われた通り被ってみると額に妙な引っかかりを覚えた。
「何だ、何か入ってる……?」
「職員専用の、デバイスだよ。クルーになったら、使えるようになるよ」
「なるほど」
ウェアラブルな機器にはあまり詳しくない。使用する時になって慌てないよう心づもりをしておくか。帽子を被った時に違和感がないよう顎紐で調整して……よし。外に出よう。
イエイヌ達は研究所の隣、車庫の前でトラクターと一緒に待っていた。この車両も俺が入院生活をしている間にボスが回収して整備まで済ませてくれたらしい。
放置していた場所に居たであろうオグロヌーやトムソンガゼルのルル、ナミチスイコウモリの姿はなかった。彼女達は元気にしているだろうか。
「すごい変わりようですね。そう、ご主人がですよ?」
ツルピカワックス状態のトラクターと俺とを交互に人差し指で示すと、後者でイエイヌがぶんぶんと頷いた。
入院患者からパーククルー(偽)なので変化は大きいと言えば大きいだろうか? しかし残念、中身はこんにゃく野郎のままである。
「よく似合っているのです」
「着替えというものは興味深いですね、博士」
博士と助手はいつもの仏頂面……ではなく、ジロジロと俺の頭の上から足先まで観察している。首をこきっと傾げたり、高速でまばたきをしながら凝視してくるので少々居心地が悪い。さっさと出発してしまいたくなり、博士達の後ろにいるかばんさんに声をかける。
「かばんさん、かばんさん?」
「はっ。ご、ごめんなさいぼーっとしちゃって」
かばんさんも博士達とあまり変わらない反応だ。舐め回すような視線ではないが、なぜか狐につままれたような顔をしていた。
「本当によく似合っていますよ。ミレンさん」
「どもども」
「もしかしてご自分のお姿をご覧になってないんですか?」
「まあ、はい。鏡はありませんでしたから」
「えっと、それなら……」
ぱしゃり。
かばんさんがタブレットをこちらに向け、サウンドエフェクトだけのシャッター音が鳴る。
「これが今のミレンさんですよ」
写っている俺はパーククルーなのだろう。見た目だけは。
グレーの上下は裾だけがカモデザインになっており、肩や胸、肘、膝などにプロテクターが内臓されているそれらはセキュリティクルーの制服だとか。
これでヘルメットでも被って銃火器でも持っていれば軍人に見えるかもしれない。木刀で台無しか。
「かばん。その写真を後で10枚ほどコピーして寄越すのです」
「かばん。私には20枚寄越して欲しいのです」
訳の分からないことを言い出す博士と助手に引きつった笑いが漏れる。一応何のために必要なのかと聞いてみると、
「「じゅるり」」
俺は無言でゴミ箱のアイコンを連打した。