1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「それでボス、目的地はどこなんです?」
俺はトラクターの客車で揺られながら、前方の運転席に収まっているラッキービーストの背中に問いかけた。
「さばんなちほーの、研究施設だよ」
研究施設とは言ってもかばんさんの研究所と違い廃墟同然で、ラッキービースト達もかなり前に管理を放棄した場所だと聞かされる。距離は直線で向かえば半日もかからないが、行き先の状態の悪さによっては1日では戻れないかもしれないとのこと。
「ご主人。あそこあそこ、何か動いてませんか?」
隣に座っていたイエイヌが動き出した為、その施設がどういう経緯で廃墟になったのか、という質問が俺の口から発せられることはなかった。
「どれどれ」
「んしょ」
窓から身を乗り出すイエイヌに続いて首を出すと、からっと乾いたさばんなちほーの空気が頬を撫ぜる。ちなみに隣で真似をしたのはアードウルフ。彼女のなわばりが道中にあるので同乗させている。
さて、イエイヌが指差す方向には大人程の大きさもある金属の箱が浮かんでいた。縦長の大きなロッカーに見えるそれは荒縄でがんじがらめにされており、薄雲の隙間から差す陽光を時々照り返してくる。
「何だありゃ……独りでに歩いてるみたいだな」
「くんくんくん……いい匂いです。これ、じゃぱりまん……?」
「あ、あれってもしかしてロバさんじゃ……?」
いつからロバという生き物は金属製になったのだ?
という冗談はさておき、あれを運んでいるのはアードウルフの知り合いのフレンズなのだろう。
距離が縮まったことで金属の箱を担いだ誰かの足が確認できるようになっていた。黒い靴にグレーのソックスかタイツ……待て、まさかあのデカい箱を1人で運んでいるのか? 放熱用のファンが見えているあたり業務用の冷蔵庫か何かだぞ、あれ。
「ロバさーん!」
のっそりと振り返ったのはポニーテールのフレンズだった。
ロバの耳に黒いたてがみ、温厚そうな顔つきは素朴だが整っていて、白いブラウスの上にグレーのエプロンという恰好はまるで喫茶店の店員さんを思わせる。背負っている物がなければ。
「こんにちは~」
ちっとも疲労を感じさせない声と表情である。そしてやはり背中の物体は冷蔵庫のようだ。冷蔵室、冷凍室と上下に分かれたドア部分に印字されている。少なく見積もっても重量50キロはありそうだ。見た目より怪力な(大体そうだが)フレンズなのだろう。
「こんにちはロバさん。しいれですか?」
「はい。今日もたくさん貰ってきました。あっ、ラッキーさんもおつかれさまです。そちらの方々は……?」
「はじめまして、イエイヌです! こっちはごしゅ」
「ミレンといいます。よろしくお願いします」
「どうもはじめまして~。私はロバです。もしかして噂のおふたりですか?」
イヌのフレンズと、ヒトだったりオスだったりセルリアンだったりする奴のコンビならこちらになります。案の定最後を除けばその通りだったので適当に相槌を返しておいた。
また、ロバもアードウルフと同じく道程が途中まで同じだったので送って行くことに。それじゃさようならと言って荷物を抱えたフレンズを放置して行く訳がない。
「さっき仕入れって仰ってましたけど、あれの中身のことですか?」
俺はトラクターの荷台から飛び出た冷蔵庫を指差しながら言った。長すぎてギリギリ客車の中に収まらなかった為、後ろの青空部分に置く他なかった。
「はい。じゃぱりまんやパン、お飲み物もありますよ」
ロバが荒縄を一部ほどいて冷蔵室のドアを開くと、中に整頓された状態で収まったじゃぱりまんなどが目に付く。彼女はそこから幾つかを取り出して戻って来て、にこやかな笑みを浮かべながら俺たちに配った。
「どうぞ~」
「どうもすみません。頂きます」
包み紙がひんやりしている。まさかバッテリー駆動な訳もなし、ついさっきまで電源に繋がっていたのだろうか。
「ありがとうございますー!」
「いつもすみません、ロバさん」
「いえいえ好きでやっていることですから。そういえばアードウルフさんは新しいおうち、決まりました?」
「うっ。そ、それがそのぉ……」
「あはは。その感じだとまだ決まらないみたいですね」
早速頬張り始めるイエイヌと歓談し合うアードウルフにロバ。俺も冷えた餡を咀嚼してから彼女達の話の輪に加わることにした。
「ロバさんは毎日じゃぱりまんを配り歩いているんですか?」
「うーん、歩き回ってお配りするのは数日にいちどですね。いつもは決まった場所でパン屋さんをやってるんです。あそこならこの『れいぞうこ』が使えるので」
「ロバさんのパン屋さんはいつも人気なんですよ。冷え冷えのじゃぱりまんにジャパリソーダ。このふたつを求めて遠くのちほーから来られるフレンズさんもいるぐらいなんです」
彼女は冷蔵庫を移動式保管庫としてだけでなく、本来の冷却機能もちゃんと活用していた。
利用の仕方としてはとても斬新だ。持ち前の体力と優しさを前面に出したフレンズらしさ溢れるライフワークである。
「見えてきました。あそこがパン屋さんですよ」
ロバの視線の向かう先は無人のカフェテラス。切り揃えられたレンガが敷き詰められてはいるものの草刈りはされておらず、そこを彩っていたであろう白いパラソルやテーブルは朽ち折れ、もはやヒトの気配の残り香すらない。
そんな侘しさ溢れる場所でひと際目を引くのは傾いたバンだ。オリーブ色の車体はこのトラクターと同じぐらいの大きさで、開け放たれた側面には商品を並べるカウンターが設けられている。
そんな移動式の物品販売車両はパンクして潰れたタイヤに纏わりつくツタを見る限り、この場に根を張って久しいことが伺えた。
「じゃあここで失礼しますね。乗せていただいてありがとうございました」
「私もここで。イエイヌさん、ミレンさん。たくさんお世話になりました。どうかこの先もお気をつけて」
「おふたりとも、また会いましょうねー!」
深々と頭を下げてからひょいっと冷蔵庫を抱えてバンに向かって行くロバと、その後に続くアードウルフ。彼女達の縄場りでの生活を垣間見れたような気がして、俺は不思議と満足感を覚えていた。
「まさに『ロバのパン屋』か……」
「本当はボク達がじゃぱりまんを配らなきゃいけないんだけど、手が足りていないんだ。ロバは荷物を運ぶのが得意だから、配給係を手伝ってもらっているよ」
俺のひとことがきっかけだったのか、それまで沈黙を守っていたボスがフレンズとの共生関係を教えてくれる。一定のイントネーションにも関わらず、その声にはどこか申し訳なさが滲んでいるように感じられた。
「協力しあって生きている、いいことじゃないですか」
「すごいですよね。わたし、あんな重たそうな『れいぞうこさん』をずっと持って歩くなんて……あれっ、忘れ物でしょうか?」
とととっ、と小走りで戻ってくるアードウルフ。気弱そうに下げられた眉が更に下がっているが……?
「あ、あのあの。ちょっと困ったことが――」
「電源に問題はなし、急速充電器の電圧も規定値内。となると冷蔵庫側のコンデンサ周りか……」
俺は電圧測定器のコードを束ねながら独り言ち、バンの傍に設置されたソーラーパネル一体型の充電設備から離れる。パークに点在するこれら充電設備はラッキービーストのメンテナンス範囲なこともあり、見た目はともかく使用に関しては問題ない状態に保たれている。
「ど、どうでしたか?」
「やっぱり冷蔵庫が悪いみたいですね」
ロバの不安げな問いに答えながらバンの内部に置かれた冷蔵庫をチェックしにかかる。
コンセントに繋いでも冷却が始まらないという不具合が発生したそうで、家電は専門外ではあるが診させてもらうことにしたのだ。
「うわっフィルター汚い。しかもラジエターコアまでボロボロ……」
冷却装置の心臓部分がお亡くなりだった。長い間ノーメンテナンスなことは確実で、恐らくは屋外での使用も重なって寿命を縮めてしまったのだろう。破損具合はかなり酷く、むしろよくこれまで使用できていたなと感心するレベルだ。
「ごめんなさい、これは自分の腕だとどうにもできません。壊れた部品の代替品を見つけるか冷蔵庫自体を取り換えるしか……」
「そうですか……」
「き、気を落とさないでくださいロバさん。私もパン屋さんを手伝いますから!」
「ありがとうございます。嬉しいです」
二コリと笑ってアードウルフの励ましに答えるロバだが、僅かに影の差す表情は晴れやかとは言い難い。程度は違えど、何かを失った痛みに苦しんでいる時のそれだ。
「でも、もう冷やしたじゃぱりまんを配ることはできませんね……。冷えてないじゃぱりまんなんて、私が配っても誰も欲しがらないんじゃないかな……」
「そんなことないと思いますよ? ロバさんが頑張って配り歩いてくれてみなさんきっと感謝しているはずですもの。もしわたしのなわばりがこの辺でロバさんが配ってくれるんなら、たとえ冷えてなくたって欲しいです! たくさん欲しがっちゃいますよ!」
「イエイヌさん……」
イエイヌが眩しい。俺もどうにかしてやりたいが……くそっ、冷蔵庫もバラして勉強しておけば何か閃いたかもしれないのに。
「ミレン」
「なんですかボス?」
「壊れた冷蔵庫の部品は、トラクターの部品と規格が共通しているよ」
「なんと……!?」
モーターの熱を逃がすラジエターと似た構造だとは思ったが規格まで一緒とは。
「パークで使用されている工業製品は、可能な限り部品構造の共通化が図られているよ」
「マジすか? ああいや、そう言えばどっちも空冷だったっけ……? いやしかしそこまで規格を合わせられるのか……!?」
ヒトと変わらない思考回路を持つラッキービーストといい、このジャパリパーク、恐らくは国家の最先端技術の実験場、またはアピール等といった側面もあったのではなかろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「イエイヌ、ここから歩きで行っても構わないかな? 場合によっては帰りも歩きで」
「わたしはご主人と一緒ならなんでも構いませんよ。でもどうしてですか?」
いきなりどうしたのかな、という顔で首を傾げられる。なお、ロバとアードウルフも同様の反応で少し恥ずかしくなった。
「トラクターに直してもらうんだ」
そうと決まれば話は早い。俺は工具を手に意気揚々とトラクターに向かってエンジンルームから必要なパーツを取り外し、ボスの指示を受けながら壊れた冷蔵庫のそれらと交換した。
「よしよし、冷える冷える」
「すごい! れいぞうこさん、本当に直りましたよ!」
ぶいーん、という静かな音を取り戻した冷蔵庫が冷たい空気を送り出す。じゃぱりまんやパンもこの短時間で痛むことはないだろうし、冷凍室の中ではまだジャパリソーダのビンがキンキンに冷えているままだった。
「あ、ありがとうございます! これでまだまだパン屋さんを続けられそうです!」
まさか本当に直るとは思っていなかったのだろう。ロバはびっくり仰天からの喜色満面の笑顔だった。
「お役に立てて光栄です。時間が経ち過ぎたのでこれで失礼しますね。じゃあ行こうか、イエイヌ」
「はい!」
未体験かつ慎重な作業だったのでそれなりに時間を食ってしまった。いつの間にか太陽は真上に差し掛かり、薄く伸ばした雲のベールはほうきで散りばめられたようになって、所々に空いた穴からは綺麗な青空が見えている。
「トラクターさんはどうするんですか?」
後ろからアードウルフに呼び止められる。かなりタイミングが悪いんですな。
「ち、ちょっと歩きたい気分なのでここに置いて行こうかと」
「そ、そういえば、ミレンさんがトラクターさんから外した物をれいぞうこに付けてましたよね? トラクターさん、そのせいで動かなくなっちゃったんじゃ……?」
ロバさんは勘づくのが早い。失礼、決してバカにした訳ではないのだが気付かないだろうと高を括っていた面もある。
「いやあ動かないという訳ではないんですが……」
「そ、それならやっぱりダメです! 元に戻してあげてください!」
そう来たか。ならここは踏ん張り所だ。上手く説得できなければお互いにモヤモヤが残るのが目に見えている。
「ロバさん」
振り向いて屈み、すぐそばに走り寄って来た彼女と目線を合わせる。ぱっちりとした目は咎めるような、それでいて申し訳なさそうな。何とも言えない意思で満ちている。
俺は出来る限り力を抜いて自然体で話すことを心がけた。
「トラクターは壊れた訳じゃないんだ。部品があれば元のように動くし、それまではここに来るフレンズさんの日陰にだってなれる。無駄にはならないよ」
「そんな……動かなくなってしまうのに変わりはないじゃないですか! 私のわがままで」
「冷蔵庫と一緒になってフレンズさん達の憩いの場を作ってくれるんだ。トラクターだってその方が嬉しいかもしれないよ? 延々と走らされてるから休憩が必要なんだ。ここでちょっと休憩ってだけさ」
微笑みながら諭す。そうすると決意でいっぱいだった彼女の瞳が初めて俺の目から逸らされる。
「それに歩くのは嫌いじゃない。君だってそうでしょ?」
「分かりました……でも、いつかトラクターさんを迎えに来てあげてくださいね」
「ああもちろん。いい子だね、ロバさんは」
何とも眩しい健気さである。俺は思わず手を伸ばして、イエイヌにするように彼女の頭をぽんぽんと撫でていた。
「ふあっ♡」
「あ」
ビクンと肩を震わせるロバ。そこで博士と助手から出発前に言われた言葉を思い出す。
『ミレン。もう分かっているかもしれませんが、もしフレンズを発情させたくないのなら無暗に触らないことです』
『セルリウムを溜め込んでいるフレンズほど、おまえの持つフィルタリングの力に惹かれるのです』
『まあ、中には関係なくおまえと交尾しようとするやつもいるかもしれませんが』
『『ふふふ』』
ちなみにこの島のフレンズの殆どは発情ラインに引っかかるだろうとのこと。思い返せば心当たりがあり過ぎる。
「この飲み物、しゅわしゅわしてておいしいですね!」
「そっすねえ」
即座に離れることでズッコンバッコンの大騒ぎを回避した俺はイエイヌとボスと連れ立って、冷え冷えのジャパリソーダボトルを傾けながらさばんなの地を歩き続けていた。乾いた大地から上ってくる日差しの照り返しが少々痛いぐらいだ。
『こここ、これ、も、持っていってくだしゃい!』
去り際にロバから大量のおみやげをもらった。じゃぱりまんにジャパリソーダ、ジャパリチップス……ご丁寧に保冷剤付きで。スカスカだったバックパックが一気に重みを増した。
「ふふふんふ~ん♪」
「上機嫌だね、イエイヌは」
「とっても楽しいです! こうやってご主人と一緒に歩くの、久しぶりなんですもの♪」
隣を行くイエイヌはピクニックを楽しむ少女そのもので、時々満面の笑みを浮かべて俺の腕に頭を擦り付けてくる。
「さっきのご主人、わたしに最初に会った時みたいでしたね」
「え?」
「一緒に行こうって誘ってくれた時ですよ。とても優しい声で……ずっと忘れられないです」
背後を振り返って懐かしそうに目を細めるイエイヌ。そんなこともあっただろうか。ついて来ておねがいー! などとほざきながら土下座したような記憶はあるが。
さておき、そんな穏やかな行程を挟みつつロバのパン屋から数キロ、小高い丘を下り、小さな森林地帯を越え目的地に到着する。
かばんさんの研究所と似た建造物だ。白い外壁には雑草とツタが這い、くすんだ窓の多くは割れ落ちていて中の暗がりを一層際立たせている。
傾いた太陽はカフェテリアのある丘に隠れてしまい陽光が差すこともなく、黒みを帯びた夕暮れに浮かび上がる廃墟はおどろどおどろしさすら醸し出していた。
「まさに廃墟って感じだな……」
「そうですね……んっ? くんくん」
「どうかしたイエイヌ?」
突然鼻に意識を集中しだしたイエイヌに声をかける。彼女は首を辺りに巡らせながら呟くように言う。
「今、ビースト……じゃない、アムールトラさんの匂いがしたような……くんくん……うーん?」
倣って周りを見渡してみるがあるのは目の前の廃墟か後ろの木立だけだ。イエイヌの鼻ですら確信できないのなら距離が離れているか、残り香ではないだろうか。
「あの子が近くに居てくれたら心強いんだけどね。とりあえず中に入ろう、イエイヌ」
「はい」
「壁や床が崩れやすくなっているから、気をつけてね。中は照明が点かないから、ライトも忘れちゃだめだよ」
俺はボスの言葉に頷きながらバックパックのハーネスにL字型のフラッシュライトを取り付けて、薄汚れた非常口マークが掲げられたドアをゆっくりと開け放った。