1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「色々言いたいことはあると思うけどまずはここを離れましょう。ついて来てね」
彼女──アムールトラはがりがりと金属を引っかく音が鳴り続けているドアを振り返りながら言った。俺もイエイヌも言葉を継ぎ足さず、歩き始める彼女に従った。
「助けてくれてありがとう。えー……アムールトラさん、でいいですか?」
細長く窓のない通路を歩きながら、そろそろいいだろうかと俺は前を行く背中に声をかけた。
「うん、アムールトラ。自己紹介は初めてだっけ」
足を止めて振り返り、小さく微笑んで『普通の手』で招き猫の真似をして見せる彼女に俺達も改めて名を名乗った。
「ミレンさんにイエイヌちゃん、私もずっとお礼を言いたかったの。ありがとう。それと……色々迷惑をかけてごめんなさい」
深々とお辞儀をして見せるアムールトラ。謝られるような覚えは少なくとも俺にはない。恐らくこれはイエイヌに向けたものだ。
「わたしはもう気にしてないですよ。アムールトラさん、どうかこれからはフレンズとしてお付き合いくださいね」
「あ、ありがとう……!」
アムールトラの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ、ライトの光に照らされたそれが朝露のようにきらめく。
「っ、ちょっと移動しましょうか」
温かい雰囲気を払拭したのはアムールトラ自身だ。目をぐしぐしと拭って周りを警戒する素振りを見せている。
「ここは今、少し危ないから」
彼女のネコ科特有の鋭い目は更に細められ、その声色は幾分か低くなっていた。普通に喋っている間も彼女の五感は油断なく周囲に向けられているようだ。
「外に出るなら上の階の窓から飛び降りればいいの。よかったら送って行くけど……?」
「いや。地下に用事があるんです」
「ちか……下の階のことよね? 案内できると思う。一緒に行く?」
以前、俺とイエイヌは彼女に助けられた経験がある。彼女よりも心強い味方を見つけるのは難しい。
「むしろこっちからお願いしたいくらいです。是非とも」
「行きましょう行きましょう!」
「分かった! 私に任せてね!」
俺とイエイヌはふたつ返事で了承し、新たな仲間を伴って先へ進んだ。
地下への階段は通路の奥まった位置にあった。主な移動はエレベーターで行うのだろうから、こうして建物の端にひっそりと非常時の通路として作られたのだと推測できる。
「足元に気をつけて」
ゆっくりと段差に足を下ろすと劣化した金属がたわむ嫌な音がした。
先頭をアムールトラが行き、先だって危険がないかを確認してくれる。幸運なことにセルリアンの気配は感じられず、むしろ古い階段が立てる軋みの方が気になるぐらいだった。
「さっきよりも暗いところですね」
呟くイエイヌの瞳が暗闇で僅かに光っている。地下1階は一切の外光が存在せず、なおさら暗く感じる空間だ。広がりのない直線の狭路が時折交差しており、マス目のような機械的な区分けがされているのだと歩き始めてすぐに理解できた。
「そういえばふたりはどうしてここに? 知らずについてきちゃった」
フラッシュライトの照らす範囲は俺の前方のみと限られているが、先導するアムールトラはまるで勝手知ったる己が庭、という様子で進みながら話しかけてくる。
「ラッキーさんを探してるんです。ご主人が『ぱーくくるーさん』になるのに必要だとかで」
「ぱーくくるーさん?」
首を傾げるアムールトラ。後ろ姿しか見えないがきっと彼女の顔はクエスチョンマークで埋まっているのだろう。知らなければ意味も分からんよな。
「なんていうかその、ここに──この階の倉庫に住んでるラッキーさんに用があるんです。クルーっていうのはまあ、ちょっとばかし個人的な用件なんですけど」
「色々大変なのね」
大変と言われればそうかもしれないが……どちらかと言えばやりがいの方が大きい。今まで経験したどんな仕事よりも。
「ええまあ。っと」
足元の小さな段差に足を引っかけそうになった。そろそろ喋り過ぎか。黙ってアムールトラの後に続こう。
「ミレン。そこの通路を左に行って、7つ目のドアが倉庫だよ」
「ん。じゃあこっちね」
ボスの役目を半分くらい担っているアムールトラ。心なしかボスの様子に哀愁が漂っている……ような気がする。
「ここだよ、ここだよ」
「えいっ」
「アワワワ」
歩みを進めると、とあるドアの前でボスがジャンプを繰り返し始めた。アムールトラの気を引き過ぎたのか引っ掴まれた上になでなでされている。
「ほどほどで降ろしてやって下さいよー。……さて」
無数に存在する他と変わらないスライド式のドアだ。違う所があるとすればドア上に掲げられたパネルで、『物資倉庫 許可のない職員立ち入り禁止』と書かれた隣に『4』の数字が描かれたジャパリロゴが印字されている。
海辺で機関制御室に入った時は『2』だった。ラッキービーストに退去勧告を告げられた時の記憶が蘇って、俺は思わず足元のボスに懇願するような視線を向けていた。
「入っていいよ。ここはロックもかかってないよ」
「じゃあ遠慮なく……って、やっぱり重いがな……!」
上のよりは少しマシ、というぐらいの固さだ。普通こういうのは停電時にはもっとフリーな状態になるはずだ。よほど長い時間が経過しているのか、それとも普段は電動アシストが必要なぐらい見た目よりも重量のあるドアなのか。
「ぐおお……!」
どちらにせよこの施設のドアが使い物にならないのは明らかだ。ちくしょう、いっそ取り壊してやりたい。
「おまかせください!」
「まかせてね」
必死にふんばる俺に代わり、イエイヌとアムールトラが軽々とドアを開けてくれた。
「ああ……2人ともありがとう……」
「いえいえ」
「これぐらいしか力になれないから。好きなだけ頼ってね」
「いや、ホントありがとう……」
お気遣い痛み入る。しかし男としては少女然としたフレンズに頼りっぱなしのこの状況、情けないというか心苦しいというか。
そんな悶々とした気持ちを抱えながら開いた中へ入室する。すると、地下とは思えぬ程澄んだ空気が身を包んだ。
「妙に涼しいな」
「備品の状態を保つ為に、換気口が備えられているんだよ」
かばんさんの研究所の倉庫と似た構造の部屋で、やはりコンクリートは打ちっぱなし。設置されている複数のロッカーは重厚な造りの物ばかりで、それらの前面に埋め込まれた液晶パネルはまだ生きている。
「それは、セキュリティ専用の銃器ロッカーだよ。ボク達の予備は、あっちのキャビネットの中だよ」
「銃器だって……? ふうん、ここも中々物騒なことで」
ゴム弾か麻酔弾、もしくはテーザーか……まあ、今は置いておくとしよう。まずはラッキービーストだ。
重要度が低いのかラッキービーストが保管されているキャビネットは未施錠で、中には可愛らしいラッキービーストマークが描かれた箱が幾つも収められている。
ざっと見て20個以上、隙間なく詰め込まれたそれらには触れられた跡すらなかった。
「わあ。これってみんなラッキーさんなんですか?」
「こんな狭い巣でじっとしてるの? 流石にちょっとしんどそう……」
ひょこっと顔をつき出すイエイヌとアムールトラ。完全にラッキービーストを動物と見なしているフレンズらしいコメントである。
俺は口元に笑みを浮かべながら、
「お休み中だよ。でも、そろそろ起きてもらおうか」
俺は適当な箱の封を切って梱包材に包まれたラッキービーストを取り出した。少しばかり想像していた姿と違う。
ボスとよく似た青い胴体には小さなバックパックとポーチがセットになった物が装着されている。つぶらな黒い瞳はライトの光だけを反射しており、言われなければ似せて造られたカスタム仕様のプラモデルか何かと勘違いしそうだ。
「包みをとって、尻尾の部分に予備のバッテリーを差してみて。あとは、ボクがどうにかするよ」
「こ、これ。ぷちぷちして気持ちいい。ぷちぷち……」
「わっ、ほんとですね! ぷちぷち♪」
ラッキービーストの梱包を丁寧に剥ぎ取って床に置き、バックパックから取り出したポータブルバッテリーのケーブルを指示通りに接続した。なお、バックパックの中からこぼれ出たじゃぱりまんはラッキービーストを包んでいたクッション材で遊び始めたイエイヌとアムールトラに進呈。
「さて……」
ベルトの丸いレンズ部にプログラムの羅列が浮かぶのを固唾を飲んで見守る。直立するラッキービーストの隣にはボスが控えており、時折同じようにお腹のレンズを点滅させている。やがて真新しいラッキービーストの瞳にちかちかと光が灯り──
── LBシステム ver1.00 ── 起動
「んっ?」
突如目の前に青いLEDライトで縁取ったような文字が浮かび上がり驚きの声が漏れる。じゃぱりまんをもぐもぐしたりぷちぷちで遊んだりしていたイエイヌとアムールトラが俺の声に反応して視線を向けてくるのを感じた。
そしてラッキービースト……これは今しがた箱から出した方だが、彼がゆっくりと胴体を逸らして俺を見上げる。似ても似つかないはずだが、まるで野生の獣が眠りから覚めて伸びをするような動作に見えた。
「おはようございます、クルー。初回起動時の管理者登録を、お願いします」
かばんさんの相棒であるボスとは違った声だ。中性的なボスよりも女性らしい、それでいて一定のイントネーションはやはりロボットらしさを感じさせる。
「自分の名前を言ってみて。細かいことは、ボクがやるよ」
俺は片膝をついて起動したばかりのラッキービーストを見つめ返し、ボスの指示に従う。
「
──LB Type2管理者登録──
イツキノ ミレン
LB Type1よりプロファイルデータ取得中....
──臨時クルーID発行....IDNO.0925
──IDNO.0925にセキュリティ権限付与
──IDNO.0925にメカニック権限付与
デバイスを使用者にキャリブレーション中....
発光する文字が浮かんではスクロールして虚空に消えて行く。『キャリブレーション中』という処理表示だけが小さく残ると、文字の向こう側のラッキービーストが耳をぴこぴこと動かして主張を始め、俺の視線のピントは自然とそちらに移った。
「登録を確認しました。はじめまして、クルー・ミレン。私は、ラッキービースト2型です。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく。ラッキーって呼んでも?」
「お好きなように、お呼びください」
「じゃあよろしく頼むよ、ラッキーさん。俺はミレンでいいからね」
「分かりました、ミレン」
礼儀正しく体を傾けるラッキービーストこと、ラッキーの胴体をあいさつの意味を込めて手の平で軽くタッチする。するとラッキーはぴょんとその場で飛び跳ねて、嬉々とした感情を示してくれた。
さて、これで俺は晴れて臨時パーククルー……でいいのだろうか?
ちらりとボスに問いかけるような目線を向けると、
「成功だよ、ミレン。おめでとう」
「ふー……」
よーしよしよし。これでダメだと言われたら傷心旅行か修行の旅にでも出ようかと考えていた所だ。ほっと一息、自然と安堵の息が漏れる。
「ねえご主人。これでご主人は『ぱーくくるーさん』ですよね?」
の 【哺乳綱 ネコ目 イヌ科 イヌ属 イエイヌ Canis lupus familiaris】
>アーカイブプログラム起動....アーカイブレベル〔58〕
フレンズとのリンク成功
「うん……? ああ、行った行った。バッチリOK」
「ご主人ならなんだってなれます。ね? わたしの言った通りです!」
誇らしげなドヤ顔で胸を張るイエイヌ。そんな彼女の胸の上に現れていた複数の文字がフェードアウトする。
元になった種族名にアーカイブ……いかにも職員の為の
「ラッキーさんはじめまして、イエイヌです。ご主人ともどもよろしくお願いします」
「…………」
フレンズとの接触制限──有効
プロトコルを変更する場合はボイスコマンドを入力....
無言でイエイヌを見上げたラッキーの状態が表示され、俺はすぐさま呟く。
「制限解除」
フレンズとの接触制限──制限なし
「私は、ラッキービーストです。よろしくお願いします、イエイヌ」
「はい♪」
尻尾をぱたぱたさせるイエイヌに耳をぴょこぴょこと動かすラッキー。とても微笑ましい光景の中、反対側からアムールトラがフラッシュライトの明かりの中に顔を覗かせる。
「よく分からないけど上手く行ったみたいね。おめでとう」
の 【哺乳綱 ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 アムールトラ Panthera tigris altaica】
>アーカイブプログラム起動....アーカイブレベル〔17〕
フレンズとのリンク成功
「アムールトラさん、ありがとう。君のお陰で目的を達成できたよ」
「ありがとうございます!」
「ふふっ。いいの。これぐらいじゃまだまだあなたたちへのお礼には──っ!」
ほんわかと語っていたアムールトラが突然部屋のドアをギラリと睨み付ける。イエイヌも目を細めて鼻を鳴らしており、俺も瞬時に緩んでいた気を引き締める。
「セルリアンが近づいてくるわ」
「ええ。上に居たやつらと同じ匂いです……まだ距離はありますけど、このままだと囲まれそうですね」
邪魔な連中だ。箱に収まった他のラッキービースト達を起動させたり役立つ備品を漁ったり、まだまだやりたいことが沢山あるというのに。
だが、欲張ってミイラ取りがミイラでは洒落にならないな。
「ここじゃ袋のネズミになるのが関の山だ。脱出しよう。ラッキーさん、地図は出せるか?」
「了解しました。当施設のマップを縮小表示します」
視界の右上に表示される小さな地図。階層と部屋の区画、そして現在地には俺とイエイヌ、アムールトラ、ラッキーとボスがそれぞれ光点で示されている。縮尺を変えると離れた通路に赤い光点が群がっているのが分かる。高性能のリアルタイムナビシステム、まるでレーダーのようだ。
「同期したフレンズの情報を元に、セルリアンの位置を予測表示しています。ご活用ください」
「ジャパリパークはハイテクだな……よし皆、さっさと退散しよう」
地図に目を走らせ脳内で脱出経路を割り出しつつ開いたままのドアへ向かう。まだ俺にはセルリアンの気配は察知できないが、首筋へのちりちりとした感覚だけは蘇っていた。
「お待ちください。セキュリティクルーには、銃器の携行が推奨されています」
「セルリアンに効くのか?」
「はい。対セルリアン用に調整されています」
「……分かった、持って行くことにするよ」
「了解。銃器保管用ロッカーのコードロックを解除します」
急ぎ足で立ち並ぶロッカーへ向かう。適当にその内のひとつの液晶パネルに触れると、僅かに空気が抜ける音がして密閉された小さな兵器庫の封印が解かれる。
……ポリマーフレームのハンドガン、木製ストックのライフル……いやバレルが大き過ぎる、これはショットガンか。それに加えて各々の弾薬のケース群……種類が少ないぞ。全て鉛玉か?
ズラリと並んだより取り見取りは人間の高い技術力の証明であり、業でもあった。
「各銃器の説明が必要ですか?」
「いや、要らない」
時間が惜しかった。そこに並ぶ小型のL字や長細い筒をさほど吟味することもなく、数を絞って本体を2種類だけ持ち出し、それぞれの弾倉はハーネスにすぐに挿せる分以外は保管ケースごとバックパックへ放り込んだ。
── 銃器登録 ──
JP-452
JM-1740
対S 9mm弾
対S 12ゲージ弾
対S サボットスラッグ弾
ゲスト、他職員、フレンズへの誤射注意 12ゲージ弾の使用を推奨
「知らない型番ばっかだけど基本機構は同じだろ……よし」
452はオートマチックのハンドガン、もう一方がポンプアクション方式のショットガン。対Sは文字通りセルリアン用の弾頭。
12ゲージを推奨される理由はショットシェル内部の弾頭がゴム弾相当の威力に抑えられているからだとか。それでも当たれば怪我はまぬがれない。フレンズの強靭な体なら平気なのかもしれないが、十分な注意の元使用するべきだ。
「またご主人の道具が増えましたね。……そういえば、それを持ってるヒトが居たのを覚えてます」
「知ってるんだ?」
「ばんっ! って、すごい音がするんですよね?」
手を広げてから耳をぺたんと塞ぐ動作をして見せるイエイヌ。実態を知っている、という訳ではなさそうだ。
「な、なんだかちょっと危なそうな感じがするけど……」
そちらの感想の方がより正しい認識だと思う。
ロッカーを再封印する。腰にハンドガンをホルスターごと装着し、ショットガンを持ったまま歩き始める。イエイヌはこちらを興味深そうに眺め続けており、アムールトラは数歩下がって顔を強張らせた。
「フレンズの中には、銃を怖がる子も居ます」
「分かった。注意する」
コレは火と違って使う目的が限られ過ぎている。基本的には殺傷が目的で、まさにそれに特化した道具なのだ。
「初心に……帰る必要はないな」
殺す訳ではないから。フレンズを守るだけだ。
意思を固めてショットシェルを1発弾倉に入れ、ハンドグリップを往復させて薬室へ送り込む。
ジャコンッ──。
「ひえっ」
尻尾をぴーんと伸ばしながら飛び上がるアムールトラ。凛とした表情もへにゃっと崩れて半泣きになりそうである。
……とりあえずカッコつけるのは自重しておこう。
俺はすれ違う際にすらもビクッと反応するアムールトラへ謝罪の言葉を述べて、残りの弾薬を装填しながら倉庫を後にした。