1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「おはようございますミレンさん……眠たそうですけど、大丈夫ですか?」
「それはこっちの台詞ですね、かばんさん……」
互いに目の下に隈を携えて口元にぎこちない笑みを浮かべ合う、そんな朝食時である。かばんさんは研究室にカンヅメで対セルリウム用の特効薬の作成をしていたのだろう。
で、俺はと言えば──
「ミレン。夜更かしはほどほどにした方がいいですよ」
君のせいだろ、という言葉はどうにかしてじゃぱりまんと共に飲み下した。
ワシミミズク。彼女と情事にふけってからまだ半日と経っていない。僅かなアルコールでべろんべろんになっていた彼女だが回復は早く、好天なら太陽が顔を出す時間帯にはいつもの仏頂面、そして平坦な低めの声に戻っていた。
「どうしたのです」
「いや……」
ぎこちない手つきでスプーンを傾けた助手はカクッと首を傾けてくる。食べている物はじゃぱりまんではなくフレーク状の保存食品。そんな彼女は酔っていた時の記憶がすっぽり抜け落ちているらしく、情事の間に発した言葉の意味をそれとなく問おうとしても『覚えていないのです』の一点張りだった。
──いへんのまえはたくさんのヒトのオスとこーびをさせられたのです──
「ところでミレンさん。そちらの進捗はどうですか?」
くたびれてはいるものの背筋を伸ばし席につく、そんな綺麗な姿勢を保ったかばんさんがブロック状の栄養バーを片手に水を向けてくる。
俺は心の奥底で燃え上がりそうになっている黒い埋火を踏みつぶし、かき消した。
「バッチリです」
彼女の言う進捗とはヒト特有の社会や経済活動に関わるモノではない。この島、ジャパリパークの中にぽつんと浮かぶ『アネガエリア』が抱える『セルリウムレイン』という現象への対応策についてどれだけ調べがついたか、を問うものだ。
かばんさんは喜色満面の表情を浮かべた後、俺の顔を食い入るように見つめて言葉を待つ。
「やはり肝になるのはフィルタリングタワーですがそれには──」
「ご主人。カップを倒しちゃいます」
「あれ。ああ、本当だ。じゃぱりまんだと思ってた」
ぼんやり差し出した右手がイエイヌ謹製紅茶入りのカップを薙ぎ倒す寸前だった。『ながら食事』も大概にした方が良いなと自省しながらカップに手を伸ばすも、イエイヌの両手がぐっと上から押さえ込むことで停止させられる。
「もーがまんできません!」
憤まんやるかたなし。まさにそう表現されるべきイエイヌが椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
「ご主人もかばんさんも仕事仕事ばかりでくたくたもいいところです! ちょっとは休憩をしてください!」
「イエイヌ。気持ちは分かるのですが落ち着くのです」
隣に座っていた博士がイエイヌの腕をそっと掴んで言う。イエイヌはじっと俺とかばんさんとを交互に見やって、俺の右手に重ね置いた手は僅かに震えていた。
「かばんさん」
「ミレンさん」
顔を見合わせ、互いに苦笑や申し訳なさといった念を浮かべながら同時に名前を呼んだ。多分彼女も俺と同じことを考えている。
「「休みましょうか」」
全会一致の決定だった。俺もかばんさんも、仕事にかかりきりでイエイヌと博士達に心配をかけてしまったことを決して軽く受け止めはしない。
俺はイエイヌの手にそっと空いた片方を重ねて笑みを向けた。
「ごめんよイエイヌ。今日は、いや、今日からはもうちょい気楽にやるから」
「ほ、ほんとうですか?」
大きく頷けばイエイヌが胸にひしとしがみついてくる。久しぶりに撫でるグレーの髪と獣耳の感触は変わらず心地良い手触りだった。
「私もミレンさんと同じです。一区切りついたことですし」
「では、かばん──」
「うん。
イエイヌの頭越しに意味深な視線のやり取りが交わされていた。きっとセルリウム汚染を取り除く特効薬が完成したのだと思われる。
しかしとてつもない早さだ。それが一体どういう薬なのか見当もつかないが、きっとかばんさんの薬品類に対する知識量は俺のそれを軽く凌駕しているだろう。
「ここにアライグマが居たらうるさかったでしょうね」
助手が首を器用に後ろへ向けて(怖い角度だ)窓の外を見やって言う。いつもの仏頂面だが口元が少し笑っている。
「そういえばアライさん達はどこに?」
「お宝探しの続きをやる、と言って出て行ったですよ。たしか『こんどはうみべにいくのだー』と息巻いていましたね」
「海辺か……」
俺の目的地はアライさんとフェネックが向かった場所だった。なかなかどうして偶然というものは侮れない。
ともあれひとまずは休息が必要だ。俺とかばんさんは天気と海底火山の様子に気を配りながら数日の時間を休息にあてることにした。
「と、その前に互いの情報を共有しておきましょうか」
細々とした情報の詳細を除き、要点を纏める。
俺はフィルタリングタワーについてを語った。
タワーの機能回復には『四神』と呼ばれる物体が必要であること、そしてその在り処は海辺の宿泊施設付近であることである。
かばんさんはセルリウム汚染を取り除く特効薬の完成を教えてくれた。俺の血を元に精製されたそれは恐らくフレンズのセルリウムを打ち消す作用を持っている。恐らく、と前置きをしたのは治験ができていないからだ。
また俺の髪や爪の変質についてはセルリウムの濃度が関係しているそうで、俺の体から離れた体組織は一定以上のセルリウム濃度に達すると石化するらしい。しかしなぜそうなるのか、そして石化した物自体の性質については未だに不明だ。相変わらず自分はヒトの体ではないのだと思う他ない。
「薬は『フィルタリングエキス』と名付けました。でも、これは使う必要がなければ使わないで良いんです。きっとそれが一番フレンズさんにとって幸せなことですから」
そう言った彼女の瞳には消えかけの蝋燭のように心許ない光があった。
そうしてその日は午後を迎え、俺はかばんさん達と『イエイヌの犬でも分かるたのしい紅茶教室』をほどほどに楽しんだ。ちなみに受講者は博士のみで、俺とかばんさんは昼食後のおやつとして簡単なクッキーを焼く係であった。
その後、俺は皆と共にレストルームでゆっくりとした時間を過ごしていた。たくさんのクッションでより一層ふかふかになった大きいソファに寝転がり、胸に頭を乗せるイエイヌを撫でながら徐々に意識を心地良いまどろみに預けようとしていると──
「ミレン。侵入者です」
「わふっ!?」
居眠りしかけた俺の脳に電流をもたらすその報せはラッキーが発したものだ。俺はソファに積まれたクッションと腹に頭を乗せていたイエイヌごと体を跳ね起こし、殆ど飛びつくような動きで部屋の隅に備えられたクルー専用のロッカーへと向かう。
「数を。敵の武装は?」
「1。フレンズが外壁を乗り越えました」
銃器のひとつに伸ばしかけた手を引っ込め、ロッカーを再び施錠。脱力し、ひとつ欠伸を噛み殺しながら椅子の上でいつものようにちょこんと座ったラッキーを振り返る。
「そりゃ侵入者じゃなくて訪問者だろ……。イエイヌ、びっくりさせてごめん」
「い、いえいえ。平気です」
「失礼しましたミレン、イエイヌ。訪問者は『マーゲイ』です。タブレットに監視カメラ映像を映します」
「おや……マーゲイが、来たのですか……」
部屋の片隅、大木の枝を模した張り出し棒で立ったまま昼寝をしていた博士と助手がぱちりと目を開き、博士が眠気を飛ばすように首を軽く振って訪問者の名前を復唱した。
今更だが、立ったまま眠っている姿はかなりインパクトがあった。それも彼女達のようなフクロウのフレンズにとっては普通のことであるらしい。
「かばん。かばん。起きるのです」
「ううん……助手さん、どうしたの?」
「まったく、よく今ので眠っていられたのです。マーゲイが来たのですよ」
「マーゲイさんが……? えーと、ああ、そうだったね」
「居た居た。おー、すごいバランス力だ」
「マーゲイさんは木登りが得意なんですよね」
かばんさんは眠気眼をこすりながらもうひとつのソファから起き上がった。俺はまさしくネコのように身軽な動きでマーゲイが外壁を越えるのをイエイヌと共に手元のタブレットで観させてもらい、それから寝ぐせを直そうと髪にブラシをかけているかばんさんに問いかけた。
「マーゲイさんはあなたに用があって?」
「ミレンさんの来る少し前からイベント企画について相談を受けていて……もしよろしければ一緒に聞いて頂けませんか?」
マーゲイはぺパプという名のアイドルユニットのマネージャーだ。もちろんそのアイドル達も全員フレンズ。マーゲイと出会ったライブ会場では結局寝ていてお目にかかれなかったが。
「自分で良ければ喜んで」
俺の快諾を聞くと、彼女は嬉しそうにはにかみながら肩の辺りでばらけていた髪をくくり直す……半袖のシャツの隙間から魅惑的な脇が覗いた。いちいち動作が大人の女性過ぎて勝手に目が追ってしまう。
「ご主人、ご主人」
イエイヌが上着を脱いでシャツをはだけ、横を向いてばんざいの姿勢を取っていた。謎の対抗心を発揮するのはやめてもらいたい。いやなんの対抗にもならないが、無視するのもかわいそうなのでいつものように頭を撫でて誤魔化しておいた。
「ああっ! ミレンさんとイエイヌさん!」
少ししてかばんさんがマーゲイを伴ってレストルームに戻って来ると、数週間前に見た時と変わらない姿のマーゲイが再会の喜びを表情と声で表した。
「お久しぶりですね! ところでちょっとご主人に脇が見えるようにばんざいをしてみてくれます?」
「えっ? えーと……こ、こうですか?」
マーゲイがばんざいをする。ノースリーブのシャツを着ているので脇が丸見えだ。
「こらイエイヌ。所かまわず妙なお願いをするんじゃありません。マーゲイさんもすみません、普通にしててください普通に」
「は、はあ」
見えれば良いってものじゃない。ふとした仕草の中で垣間見えるからこその魅力なのだ。かばんさんにはそういった自然なエロスという物が……いかん、思考が余計な横道に脱線している。
「やっぱりヒトのオスなのです」
「ごほんごほん、えー……お久しぶりですマーゲイさん。何かイベントがどうのとお聞きしましたよ」
かばんさんとマーゲイを交互に見比べて何を考えているのかバレたのか、助手の小さな呟きには無視を決め込んで話題をマーゲイの用事に移すことに。
「実はぺパプのビッグイベントを開催したいと考えているんです。もっとぺパプのことを島のフレンズさん達に知ってもらおうと」
「知ってもらう?」
空いた椅子に座り少し猫背になったマーゲイは、イエイヌが追加で淹れた紅茶(ぬるい)をひとすすりしてから訪問の理由を切り出した。俺にとっては違和感のある目的だった為、彼女の台詞をそのままオウム返しせざるを得なかった。
マーゲイは紅茶の入ったカップを手の中でゆらゆらと弄びながら、視線をそちらに落としつつ語る。
「その……お恥ずかしながら、
「そうなんですか?」
聞き返した相手はしょんぼりと耳を寝かせて頷く。俺の頭の中では数週間前に立ち寄ったライブ会場がフレンズ達で埋め尽くされているイメージがあるのだが……そこからどう話を展開させて良いか分からず黙っていると、かばんさんが沈みそうになる話の糸を掴み上げてくれた。
「島にはそれなりにセルリアンが居ますし、セルリウムレインのこともあります。ですから、この島では自分のなわばりを越えようとするフレンズさんはごく少数なんです」
草原まで遠征していたチーターや、それこそぺパプのおっかけのオグロヌーとトムソンガゼルなどはその『ごく少数』になるのだろう。実際ライブ会場に集うフレンズは水辺近辺に縄張りを持つ子達が殆どだそうだ。
「それだけじゃないんです。その、これは島に来た後で知ったんですが……この島には元からアイドルが居たらしくて。ぺパプがアイドル活動を始めてから彼女達は歌うのをやめてしまったんです。なのでその、ぺパプが島の各ちほーを回ってライブをするのも悪いと思ってみずべから離れられず……」
「その『元から島に居たアイドル』って、カタカケフウチョウさんとカンザシフウチョウさんだったりします?」
「はい……そのおふたりです。お知り合いなんですか?」
「まあそれなりに」
脳裏に蘇る黒衣のフレンズ、透き通った歌声の主達。
そういえば彼女達に貰った合羽は結局駄目にしてしまったなと、俺は後々の謝罪を考えながら背筋を伸ばしたマーゲイに意識を戻す。
「実は先日フウチョウさん達にたまたまお会いできて、その時に思い切ってぺパプとコラボして頂けないかと持ちかけてみたんです。そうしたら『ミレン達が来るのならいいぞ』と。それで私はミレンさんとイエイヌさんを探しに……そうしたらかばんさんと同じすみかにいらっしゃるとお聞きして!」
忠実な声真似を交えて勢い込むマーゲイ。彼女の矢継ぎ早の言葉は続く。
「ミレンさんとイエイヌさんは今やこの島の有名人ですから、おふたりが参加していただければきっとこのコラボイベントは大成功間違いなしです! なのでミレンさん、イエイヌさん! どうかご協力をお願いできませんか!?」
「さ、参加するのは構いませんが。自分とイエイヌに集客効果を期待しないでください」
「そんなことはないですよ。ミレンさんとイエイヌさんのことを知らないフレンズさんは殆ど居ないと思います。ミレンさんの……その、と、特徴を除いても……おふたりは充分に有名ですからね」
マーゲイの勢いに押され、顔を若干赤らめたかばんさんの増援のお言葉も頂いてしまった。
「ゆうめい?」
イエイヌは一連の流れに目をぱちくりとさせるのみだったが、ここでようやくかばんさんに言葉で質問を投げかけた。どうせ彼女の返答は交尾のできるオスがどうたらこうたら、フウチョウ達が教えてくれたような内容だろうと苦笑が浮かびそうになる。
「どちらかと言えばミレンがやたらと有名なのです」
博士が言葉を引き継いだ。さて、今度はどんな尾ひれが付いているのやら。
「ある時はオス。またある時はイエイヌのつがいで、またまたある時はセルリアンハンター、そしてパーククルー……その時々に在り方を変える不思議な存在だと」
「言ってしまえばまあ、とても珍しい生き物だという噂なのです」
俺の頭の中では足と尾と羽が生えた噂がヒップホップダンスを刻んでいる姿で埋め尽くされようとしていた。
しかし言葉というのはやはり風に乗る物なのか、あまり長距離を移動するフレンズが居ないにも関わらずちほー間の隔たりを軽々と越えて行くらしい。
「まあ……分かりました。参加させて頂きましょう。でも自分とイエイヌは何をすれば? まさか客としてそこに居ればOKって訳でもありませんよね」
「それは色々と相談しなきゃ、ですね」
かばんさんはそう言って、両手をぐっと握って小さくガッツポーズをするマーゲイに微笑んだ。
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ようこそ クルー・ミレン
──フレンズの社会的貢献活動について──
新島群において多数確認されたフレンズの扱いについては未だに議論が尽きない。
確定しているのは島の周辺から出られない(アーカイブ「フレンズの性質」参照のこと)フレンズ達の保護、観察。そしてジャパリパークにおける文字通りマスコット的役割のみである。
なお、一部のヒト慣れしたフレンズは研究を兼ねて各種レクリエーション活動に参加中。
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──フレンズの特別ゲスト向け性風俗利用について──
──暫定クルー・ミレンの追記──
読めば吐くし、キレる。俺にその資格があるのかは分からないが……とにかくこれは絶対にロクな内容じゃない。
1文字すら読みたいと思わない。だから読まない。