※この作品はR-18です。

1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結)   作:らんどまーく

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ずっと願ってます


悠久の願い

「みんな行くわよ!」

 

「「「せーの!」」」

 

 ぺパプのリーダー、ロイヤルペンギンことプリンセスが高らかにかけ声を上げると、呼応した他のメンバー達が腹ばいでステージ上を滑る。

 特殊なスポットライトはサンドスターの輝きを疑似的に再現して彼女達が滑ったラインに光を描き、スピーカーから響く音楽に合わせて色合いを鮮やかに変化させていた。

 

 すごい! きれー! と歓声が上がる中、ステージの両端ではラッキービースト達がちょこちょことタップダンスを踊っていて、やがて彼らの元に滑り込んだペンギンのフレンズ達と耳でタッチを交わす。

 

「はいっ!」

 

 空白になったステージの中央に歩み出たプリンセスがメンバーの1人からラッキービーストを受け取り、ターンを決めながら目の前のプールに向かって高々と放り投げた。まるでブーケトスのようにも見える華やかな動作で、しかし観客席からは悲鳴が上がる。

 

 ざぱんっ!

 

 放り投げられたラッキービーストが水没するかと思われたその時、着水地点から突如姿を現したカリフォルニアアシカがその額で器用に受け止める。ラッキービーストに追随していたスポットライトは水飛沫と共に彼女の身体を照らし、ブルーのパーカーとパレオが水上で鮮やかに翻った。

 

「やっ!」

 

 彼女は背伸びをするようにして頭の上のラッキービーストと共に素早く回転し、ステージに向かって高く高く投げ返す。しかしその勢いは上方向に強く、そのままではまた水面へと一直線……かと思われたが。

 

「えーい!」

 

 良く通る声と共に水中から出現したフレンズ、バンドウイルカが宙に浮かんでいたラッキービーストに向かって凄まじいジャンプを見せた。スポットライトの光が今度は彼女のライトブルーのセーラー服と艶のある尻尾を輝かせ、見る者の目を釘付けにする。

 

「ちゅっ♪」

 

 最高地点に到達すると彼女はラッキービーストに軽くキスをしてから抱き留め、空中で宙返りをしながらステージに向かって優しくトスをした。

 

「おかえりっ」

 

 ようやくプリンセスの腕の中に戻ったラッキービーストはステージの最前面に降り立ち、今度はプリンセスと共にダンスを踊り始めた。

 ぺパプの面々と他のラッキービースト達、プールの水面から上半身を出したイルカとアシカもポップな音楽に合わせてステージ全体を楽し気な雰囲気で包み、ラストでないにも関わらずフレンズ達の大歓声が上がる──。

 

「すごい盛り上がりですね」

 

「ですです♪」

 

「やっぱり海辺のフレンズさんとの組み合わせは最高でしたねぇ~! へは、へはははぁぁ~♡」

 

 舞台裏からこっそりとその様子を覗いていたかばんさん、イエイヌが喜びの感想を漏らし、もはや絶頂を迎えそうな奇声を上げるマーゲイに苦笑と生暖かい視線を向けた。

 

「まだ降りれんよなあ……」

 

 安全帯を身に着けた俺は天井部の梁の上という特等席からそのショーを見下ろしていた。

 位置に意味はない。単にギリギリまでスポットライトの調整を行っていたからである。

 

 

 

 

 

 ステージでの出し物は歓声と共に次々と消化され、海浜公園ことうみべちほーを盛況の渦に導いているイベントは折り返し地点を過ぎた。その頃になると太陽の色味は夕焼けの赤へと変わり、昼間の喧騒よりは波の音が目立つようになる。

 

 時々設備の様子をチェックしたり、見回りをしつつ迷子のフレンズ(殆どアライさん)の案内など、海辺のあちこちを動き回っていた俺はようやくスタッフルームで一息つくことができるようになっていた。

 

「ふー、ようやく落ち着いたか……」

 

「おつかれさまですご主人。お茶を淹れましたよ!」

 

「ああイエイヌ。ええと、お疲れ」

 

「どうかしました?」

 

 何でもないよ、と微笑みかければ花の咲くような笑顔が返ってくる。

 キュルルという少年との会話の後で何か変化があるかもと思っていたが杞憂だったようで、むしろ彼女の純真な明るさには磨きがかかっていた。

 

「かばんさんとは入れ違いか」

 

 テーブルの向かい側には空になったカップが2組残っている。彼女は舞台裏でマーゲイとスケジュールのチェックや会場全体の管理を行っており、イベントが始まってからは直接会う機会はなかった。

 

「お邪魔するぞ、ミレン」

 

「お疲れ様だな、ミレン」

 

「カンザシさん、カタカケさんも!」

 

「イエイヌもお疲れ様、だな」

 

 お茶を頂いているとカタカケフウチョウ、カンザシフウチョウが訪れた。

 いつもの真っ黒ないでたちに「今日は綺麗に撫で付けたのだぞ」とやや誇らしげに見せた胸元の羽やリボンは変わらず照明を反射し、美しい輝きを放っている。

 

「どうも、お疲れ様ですおふたりさん。そろそろ出演の時間じゃないですか?」

 

「時間は取らないぞ」

 

「ひとつ提案があってな」

 

 2人は首を傾げる俺とイエイヌに対し、以前と全く同じ調子で……つまり少し芝居がかった、それでいて朗々と奏でるような声色で続ける。

 

「我々が歌った後、恐らく『あんこーる』が起きる。その時にミレン、お前に是非歌を歌って欲しいのだ」

 

「俺ですか? 構いませんが……ああいや、歌える曲が被るような」

 

 楽しい曲。けものフレンズ絡みの曲ならある程度は弾けるし歌えもする。しかしそれではぺパプの面々と曲が被ってしまうのだ。

 そして俺が自前で持ち合わせている歌と言えば楽し気な旋律とは言い難い代物ばかり。ブーイングとまでは行かないまでも場を盛り上げられるかと言えば微妙と言わざるを得ないのである。

 

「お前が歌える曲でいいのだ。それに」

 

「静かな歌も必要だろう?」

 

「では後で頼んだぞ」

 

「ああちょっと」

 

 言いたいことだけ……のように思えて俺の内心を読んでいたかのような言葉を残し、黒衣の2名は軽やかな足取りで立ち去った。

 

「はあもう」

 

 軽く溜息を吐き、隣から感じる視線に振り向けば「期待」の文字を瞳に輝かせたイエイヌの顔があった。

 

「俺、歌った方が良い?」

 

 イエイヌは無言で、尻尾をばたつかせながら何度も首を縦に振る。

 

「……ちょっと練習しとこ。良かったら聞いてくれない?」

 

「もちろんです! やったやった♪」

 

 俺は苦笑を浮かべながらスタッフルームの端に立て掛けていたギターケースを引っ張り出すことにした。元々エンディングセレモニーで軽く弾く予定だったのだ。

 

 

 

 

 

 あんこーる……!

 あんこーる……!

 

 

「本当にアンコールが起きるんだな……仕込みにも見えない」

 

 練習を終え、イエイヌと2人で舞台袖にやってくるとベールの向こう側で既に足並みそろった大騒ぎが始まっていた。

 フウチョウ達が言っていた通り。しかしそれが出番の予兆だということを知っている為に俺は浮足立ちそうになる。隣でイエイヌが小声で「あんこーる♪」と復唱しているのもそれに輪をかけているのだが。

 

「フウチョウさんたちの歌、すごく綺麗でしたね!」

 

「ごめんな、最後の辺りしか聞こえなかったろ?」

 

「いえいえ。同じぐらい……ううん。フウチョウさんたちには申し訳ないですけど、もっとすてきな歌が聞けましたから♪」

 

 イエイヌがにこにこ笑顔で言うものだからつい頭を撫でてしまう。

 

「すまないな。もう喉が限界のようだ」

 

「長い間このような場で歌っていなかったから疲れてしまったのだ」

 

 えー……!

 

 イエイヌの尻尾のばたつきが今日一番の速度に達し、ステージ側ではカンザシらの前口上が開始され俺の肩に少し力が入る。ジャパリパークで目覚めてから最も大きな緊張が迫っているような気さえしてくるのだから困りものだ。

 

「しかし皆をがっかりさせるつもりはないぞ」

 

「アンコールに応えてくれるとっておきの『助っ人』を呼んであるのだ」

 

「それでは呼んでみよう。おーい」

 

「よし、行くか……!」

 

「ご主人、がんばってください!」

 

 今一度ギターのストラップを肩にかけ直しステージへと歩を進める。

 

「まぶっ」

 

 すると誰が操作したのかスポットライトが一斉に俺の方へと向きを変え、浴びせられる眩い光に思わず手をかざしそうになった。

 ところで先程までの騒々しさが嘘のように静かだが……お呼びでないとかそういう心にダメージを負うような展開は勘弁願いた──

 

 

 わあああああああ……!!!

 

 

 杞憂で済んだと言うには失礼になりそうなぐらいの大歓声がどっと沸き起こる。俺は一瞬面喰ったが何とか細かい会釈を交え、揃ってしたり顔をしたフウチョウ達の待つステージ中央へと向かった。

 

 ミレンさんだヌー!

 ミレンさまー!

 ミレーン!

 ミレンさーん!

 

 観客席には見知った顔もあった。そういったフレンズ達が殆ど絶叫に近いコールをしているせいで周りの子達も「取りあえず騒いどけ」という雰囲気に飲まれているようである。

 何というか恐るべし集団心理だ。そういう所はヒトと変わらないのだろうか。

 

「こんばんは。夜の部も始まりましたが皆さまお楽しみいただけていますでしょうか──」

 

 カンザシが寄越したスタンドマイク越しに一通りの謝辞を述べ、カタカケが置いてくれた肘掛けのない椅子にゆっくりと腰を下ろす。スポットライトの光が弱まり、次第に歓声は静まって行く。

 

 とその時、俺の目は会場の最上段、計器類がセットされた区画から微笑みを向けるかばんさんの姿を認めた。どうやらスポットライトを操っていたのは彼女だったらしい。

 

「それではフウチョウさん達のご厚意で1曲だけ歌わせていただきます。拙劣な……へたっぴな歌声だとは思いますがどうかお許しくださいませ」

 

 深く頭を下げ、マイクの位置を合わせながらかばんさんの顔を思い浮かべる。そしてギターを構え、口をゆっくりと開く前にもう一度彼女の姿を視界に収めた。

 

 

 

 胸の奥の埋火に両手をかざし

 

 炙り出した面影に息を吹きかけ

 

 いつか大きな風を呼ぶ

 

 

 

 極めて個人的な思い出に寄るそれはギターの音色に乗せて響く。初めは邪魔に感じた自分の低い声も、やがて歌が進むに連れ旋律の一部に変わって行った。

 

 

 

 炎よ燃え盛れ

 

 渦巻く悲しみと憎しみも

 

 遠い記憶と共に

 

 胸に刻み込む日まで

 

 

 

 歌が終わりに近付き、残念かつ予想通り会場に存在した大きな熱気は残り火のようなそれに変わっていた。

 最後のメロディーを弾く傍ら顔を上げれば、観客席のフレンズ達は全員これ以上ないくらいの真顔になっており、こちらを見つめる数々の瞳の圧力は一瞬コードを間違えそうになる程だった。

 

 そして何より俺を動揺させたのはかばんさんが制御盤の辺りから姿を消していたことで、ステージ上から視線だけで探した限り会場のどこにも見当たらなかった。

 

「ご主人! 本当にすてきなお歌でした!」

 

 まばらな拍手が起こる中、一礼をしてそそくさと舞台裏に引っ込んだ途端にイエイヌが寄り添ってくる。俺は彼女の肩に手を添えてやんわりと距離を置きながら周囲に視線を巡らせた。

 

「ごめん、かばんさんを見てない?」

 

「かばんさんですか? うーん、見てないです……」

 

「かばんなら、外に行ったぞ」

 

 静かに割り込んできたのはカタカケだった。隣にはカンザシも居て、2人ともなぜか顔に赤みを帯びている。いつものように次の台詞は交互になるべくカタカケが引き継いだ。

 

「遊歩道に通じている、出入り口から……出て行くのを見た。きっと高台の方、っ、だろうな」

 

「行ってやったら、どうだ……? あのヒトへの、歌だったのだろう?」

 

「ありがとう。ちょっと行ってきます」

 

「なら私も……んえっ?」

 

「まあ待て、イエイヌ」

 

「ヒト同士の時間に、させてあげようじゃないか。少々、辛いがな……」

 

 イエイヌの両腕を掴むフウチョウ達がこちらに熱っぽい視線を向けているのも気に留めず、俺はすぐさま会場の外へ走った。

 

 

 

 

 

 夜の海辺に少し肌寒い風が吹いている。

 

 高台の広場では古めかしいデザインの電灯が暖かみのあるオレンジ色の光を放ち、同じ色の埋め込みLEDが柵や地面の所々を、そして節くれ立った海辺の大木のモニュメントの周りを大人し目にライトアップしている。

 

 目当ての人物は昼間と違い海を見下ろす柵の近くで佇んでいた。今は帽子も身に着けず、無造作に垂らした肩まで届く黒髪は潮風に吹かれて夜闇に混じっている。

 

「かばんさん」

 

 彼女はなびく髪を抑えながら振り返った。薄く微笑んでいるがどこか無理をしているようにも見え、その瞳には電灯の明かりとは違う赤みがある。

 

「ミレンさん。ええと……あの……」

 

「少し話をしませんか」

 

 言いながら彼女の隣で柵に寄り掛かり、かばんさんの視線を感じつつほの暗い海を眺めた。夜空の月と星の幾つが波間に見えるだろうかとぼんやり考えながら。

 

「ごめんなさい。その、途中で抜け出してしまって」

 

 欠け始めの下弦の月だ。それと、星明かりより沿岸に浮かぶブイの赤いランプの方がよほどくっきりとした存在感を放っている。そんな思考を最後に海に向けていた視線を外した。

 

()()()()だと思われましたか?」

 

「え……」

 

 何を言いたいのか分からない。彼女はそんな疑問の面持ちを混じらせている。その透き通った黒い瞳は泣き腫らした後のように充血していた。

 

「確かにそれもあります。ですがあれは元々自分が拠り所にしている歌なんです。自分は……いえ、すみません。これ以上は無駄な自分語りになってしまいます」

 

 湧き起こる記憶に蓋をして話を戻すことにする。かばんさんは先を聞きたがっているようだったが、続く俺の言葉に閉口した。

 

「あなたのアーカイブデータを閲覧しました。あなたがこのアネガに漂着した時に起きたことも」

 

「っ」

 

「その日はセルリウムレインが吹き荒れる最悪の天候で、あなたはあなたの時間と大切なご友人の記憶を失ってしまった。重度のセルリウム汚染によって生じるビースト化現象によって……」

 

「そう、です」

 

 消え入るような声を出したかばんさんは頬の水跡を手で隠し、震える唇を開いた。

 

「今でも思い出します。私をかばってくれた背中を。降りしきる黒い雨の中、私を守る為にひたすらセルリアンと戦ってくれたあの子を……」

 

「そしてあなたもセルリウム汚染を受け昏睡状態に陥ってしまった。たまたまこの島の長達に救出されたあなたは目覚めるまでの間、サバンナエリアの研究所跡に残されていた生命維持装置の中でセルリウムを除去する為に休眠させられていた」

 

 かばんさんは鷹揚に頷き、口を開く。

 

「私が目覚めた時はちょうど海底火山の活動が収まっていて……そう、とてもよく晴れた、抜けるような青空の日でした。私はすぐにあの子を探し、ほどなくサバンナエリアで見つけることができました。でもその時には……そのとき、には、もう」

 

「……彼女は過去の記憶を殆ど失っていた。あなたのことも」

 

 かばんさんは嗚咽で上手く言葉が繋げない状態だった。最後の言葉を汲み取って独り言ちるように言いながら、俺は何かとてつもなく悪いことをしているような罪悪感に襲われ始めていた。

 

「かばんさん、聞いてください」

 

 彼女は口元に手の平を当てつつ、涙のにじむ瞳をどうにかこちらに向ける。

 

「キュルルという少年を知っていますか? ええ、そう。彼です。数か月前に目覚めたヒトで、まるであなたの代わりを務めるかの如く『彼女』と行動を共にした、彼です。実は自分……今日の昼間に、彼から『彼女』に関するとても興味深いことを聞きました」

 

「どんなこと、ですか?」

 

「『彼女』が……『サーバルさん』が寝言であなたの名前を何度も呼んでいた、と。ここ最近は特に多いらしいです」

 

 かばんさんの瞳が見開かれた。まるで時間が止まったかのように彼女が動かぬ間に、夜の海から吹く潮風が緩やかに通り過ぎて行く。

 

「きっとセルリウム汚染による記憶障害は完全な忘却ではないのでしょう。その証拠にアムールトラさん……かつてビースト化を経験した彼女も、おぼろげですが以前の記憶を覚えているようです。その記憶はどうやらキュルル君にまつわるモノらしく、調べた所、彼女は過去にビーストのサンプ……観察対象としてあの研究所跡で保護され、同時期に彼もあの施設の装置で休眠状態に入っていました」

 

 きっとその時に何かしら関わりを持ったのでしょう──俺はそう締め括り、まだ信用に達していない目をした女性の手を両手で包むようにして握る。相手のそれは涙で濡れていて、少し冷たくなっていた。

 

「ビースト化を経ても記憶は残ります。そして蘇るはずです。どうか諦めず、彼女ともう一度接してあげてください」

 

「無理です……どうせ、どうせもう、私の事なんて思い出しません」

 

 まるで駄々をこねる子供のように首を横に振りながら、かばんさんは俺の手を振り払おうとする。だがこちらも離さない。

 

「そんなことはない。彼女は失った記憶をキュルルという少年と共に過ごすことで疑似的に体験しているはず。必要なのはきっと()()()()()()()()に身を置くということ。彼女の場合は一緒に旅をし、その過程で得た想いを分かち合うことではないでしょうか」

 

「離してください……私なんかより彼の方が相応しいだけです。それに友達を引き剥がすなんて……そんなひどいこと、できない」

 

「相応しいかどうかじゃない。自分とイエイヌがそうであるように。それに、彼もサーバルさんがあなたと共に居る方が良いと考えていましたよ」

 

「嘘。嘘です。私が頑張った時よりもあの子は自然に笑っていた。とても……とても楽しそうだった。だからもういいんです。私はもうあの子を求めない、そう決めたんです」

 

 そう言ってかばんさんは無理をして笑みを浮かべようとする。見ていてこちらが辛くなってくるような気がして、ほんの少しだけ握る手に力がこもった。

 

「それこそ嘘でしょう。自分とイエイヌを遠くから監視し続けたのは憧憬からではありませんか? こちらを寂しそうに見るあなたの目には、いつだってそれが宿っていた」

 

「それは……」

 

「あなたのことです。責任や罪悪感が枷になっているのでしょうけど、どうかそれらを打ち破ってください。大丈夫、サーバルさんはきっとあなたを求めてくれます。イエイヌが自分にしてくれたようにね」

 

 わなわなと唇を震わせて、しかしそこにあるのは戸惑いだ。口にすることを恐れているのだ。声に出せば、それはもう振り切れなくなってしまうから。

 

「自分もイエイヌも、あなたの為に駆け付けた博士さん達も皆があなたの幸せを望んでいます。だからかばんさん……どうか我慢しないで。あなたの望みを言ってください」

 

「わた、し……は」

 

 俺は握った手を軽く上下に揺すり「大丈夫」とささやいた。

 

「ぼく、ぼくはもういちど、サーバルちゃんと、旅が、したい……いっしょに、いたい……」

 

 大粒の涙をぽろぽろとこぼすかばんさんに大人の女性の面影はなく、不安と願いをないまぜにした表情は少女そのものだ。

 

 生まれた頃から共に過ごした大切な存在を失い、どうしてここまで耐えられたのだろうか。俺なら……いや、俺はすぐに耐えるのをやめてしまった。だからこそ、かばんさんという黄金の魂の持ち主に過去の自分が辿れなかった理想を見るのだ。

 

「きっとできますよ。あなたも彼女も生きているのですから。それにみんながついています」

 

「ああ、ああああ……!」

 

 遂にわんわんと大声を上げて泣き出したかばんさんの肩を抱き寄せて、包み込むようにしてやりながら海に背を向けた。

 夜の海から吹く冷たい風に、これ以上傷付いた心を晒させる必要はない。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 かばんさんが怯えるアードウルフにした時のように震える背中をさする。

 

 欠け始めの下弦の月はこの世で迎えた最初の夜と全く同じ欠け具合で、しかしその輝きは決して鈍くなく、あの時と同じように俺達を照らしていた。








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職員クリアランスレベル4
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ようこそ クルー・ミレン





──パーククルー暫定ガイド クルーIDNO.0924「かばん」──
一部データ破損

%$$#年3月23日
LB(No.0004 Prototype)の認証により暫定ガイド権限付与
セキュリティクリアランス1保有

%$$#年4月25日
悪天候によりアネガエリア西海岸部に漂着
セルリウム汚染被害により意識不明
同行者『サーバルキャット』ビースト化
『カンザシフウチョウ』『カタカケフウチョウ』による違法な生命維持装置操作

%$$&年9月25日
回復
長期のSS外部注入による身体の急速な成長以外特筆なし

%$$"年4月25日
暫定セキュリティクルー「ミレン」による再登録
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