1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「飛んでます! わたし空を飛んでますよご主人!」
「お、おい。あまり揺れないでくれないかイエイヌ」
右後方で尻尾を振るイエイヌと慌てるカタカケフウチョウの姿。
イエイヌはハーネスとベルトでカタカケフウチョウの体に固定され、その姿はまさにフライングドッグ。失礼か。
ラッキーもイエイヌと共に括り付けられているが無言である。
彼または彼女……もう彼女でいいか、彼女もガイド機能が搭載されているが今はバッテリーとメモリ節約を兼ねて停止中。もしもその機能がオンだったらフウチョウが如何なる動物かレクチャーしてくれるのだろうか?
「おおおお……」
「ハブ。あまり下を見ては駄目だ。もっと怖くなるぞ」
「わ、わりー……慣れねえわ。特にこのすーすー風が流れるのと浮いたまんまなの」
左後方ではカンザシフウチョウに固定されたハブが顔を青くしていた。イエイヌが心躍らせているのとはかなり対照的で、ひょろりと長い尻尾は針金のように固まっている。
「ミレン様は落ち着いてらっしゃいますね」
「ハーネスでがっちり固定されてますからね、っと」
真上からリョコウバトの穏やかな声が降り、直後目の前に落ちる1枚の羽を咄嗟にキャッチした。それは虹色の輝きをまだ少し纏っていて、藍の色味は美しい光沢をより一層深めている。
「綺麗な羽だな……」
俺は羽が風に流されぬよう慎重に芯の部分を持ち直し、下の海との対比を楽しむようにくるりと回転させた。
「あらごめんなさい。それは私の羽ですわ」
鳥のフレンズは髪の一部が羽のように纏まっており、飛行の際にはそれらがサンドスターを放出しながら本物の羽そっくりな動きを再現する。まさにミラクル。手元のそれはそんな彼女の一部というわけだ。
「これ、もしよければ貰ってもいいですか?」
「え? え、ええ……どうぞ。私の羽なんかでよろしければ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、運ぶリョコウバトの邪魔にならぬよう腹側に装着しているバックパックのポケットに羽を仕舞い込む。ハブに貰ったお土産と同じく大切にしよう。
「はっ! ミレン様、前に」
《警告。前方よりセルリアン反応です》
ラッキーの通信とリョコウバトの接敵を知らせる声は同時に響いた。
俺は敵との高低差がないことを祈りつつ、意識を戦闘時のそれに切り替える。
ここは身を隠す物が存在しない空の上……彼我の位置関係をいち早く探らねば予想外の方向から攻撃を受けるリスクが高まる。
「カモメさんではありませんわ!」
先に感知したのはリョコウバトの五感だ。
真っ直ぐ目の前、距離およそ300メートルの地点から近付いてくる飛翔体は黒く、単眼だ。
デバイスの望遠モードを使用し、相手はその奥の建造物の屋上、つまり俺達の目的地である海上ホテルから複数飛び立つ様子を捉えた。
「ミレン様、どうなさいますか?」
「突っ切ります。リョコウバトさんはそのまま速度を維持して。フウチョウさん達! 前に出ないよう速度を落とすんだ!」
左右に並んだ2組が頷いて後退したのを確認し、俺はバックパック側面の長物……今回は折り畳み式ストックのそれを抜き放った。
ジャキンッ。
「ひっ」
デバイスの敵ターゲット数は7。全て小型で殻も持っておらず、敵先頭に続く後続の編隊は好都合なことに小さく纏まっている。
12ケージより更に細かい散弾を選んで装填している。めくら撃ちでも支障はないだろう。
それらの判断は極めて冷静かつ正確で、同時に軽率だった。
風切りとストックの変形音で聞こえなかったと言い訳もできる。だが、せめて己の運び手がフレンズだと意識していれば小さな悲鳴を逃すことはなかったはずだ。そうでなくとも、事前に呼びかけくらいはするべきだった。
「いやああっ!!」
「!?」
トリガーを引く寸前、まるで紙飛行機が乱気流に巻き込まれたようなブレによって銃口が意図しない方向へ外れる。
バガンッ!
>命中せず
意識外からもたらされた妨害要因……それは、恐怖におののいたリョコウバトが激しく揺れ動いたことで生じたものだった。
>警告! セルリアン急速接近!
未だに自身の意思とは無関係に起きる揺れの中、再度狙いを定めようとする俺の目前には単眼が迫っていた。
先頭の1体、なるほどカモメに似た黒いそれは銃声に怯まずにこちらに向かっていたらしく、既に鋭いくちばしを俺の胸に向かって突き出していた。
右腕切創
出血
無意識に腕を引き絞って致命傷を避け、ショットガンの柄で殴り付けるように振り払う。殴打を逃れた相手はまだ至近にあり、俺は咄嗟に腰のホルスターに手を伸ばした。
バスバスバスッ──
>全弾命中
>敵脅威度低下
空気の抜けるような音を放ったのはサイレンサーが内臓されたハンドガンだ。
外殻持ちのセルリアン相手では威嚇程度にしかならないが、そうでない小型相手ならある程度の威力が担保される『サンドスター複合弾頭』を放つセキュリティクルーの標準武装でもある。
俺は1マガジン分の弾丸を後続のセルリアンに向けて連射し、泡をくった敵は乱れた隊列で別の方角へと飛び去った。
「ごしゅじーん! 大丈夫ですかー!?」
「聞こえてるよイエイヌ。無事、無事」
ショットガンの銃身を掴んだままの左手を軽く挙げて見せ、同じくこちらに心配を向けるハブとカンザシフウチョウにも微笑む。と同時にデバイスに待機組からの通信が入った。
『かばんです。銃声が聞こえましたが無事ですか?』
「こちらは問題ありません。カモメのような姿をしたセルリアンが7体居ましたが既に追い払いました」
『ちょっととっちめてくるのです』
『待つのですよ助手、私も行くのです。とっちめるのです』
低く静かな怒りをたたえた声に申し訳なさと苦笑とが入り混じる。通信はそこで終了、左右に向かって指示を出す。
「さあ皆もう大丈夫。飛行を再開してください」
「ミ、ミレン様……私、私……」
「リョコウバトさん。真っ直ぐ、落ち着いて飛んでください。もう大丈夫ですからね」
どんな表情かは見えないが声色で大体は予想がつく。恐慌状態でないだけマシ、と捉えるべきだろうか……。
海上ホテルの屋上部に到着したのはセルリアンの奇襲を受けてから約数分後。
先に場の安全を確認する役目はハブに代わってもらい、俺とリョコウバトはイエイヌとカタカケフウチョウのペアと一緒に降り立った。
屋上は床面のタイルのあちこちに亀裂が走っており、下手をすれば落下の可能性すらある断裂すらも見受けられる。
真ん中が大きくへこむように陥没した建物全体の様相を映したような光景。それは、きっと長旅を越えて疲れ切った鳥のフレンズであっても羽休めの地には選ばない荒涼とした物だった。
「ご主人っ!」
「待てイエイヌフックが外れてないからああああああああ」
「こらこらこら」
ベルトで繋がれたままのカタカケフウチョウが盛大に引きずられてしまっている。ラッキーすらも放り出して走り出したイエイヌに「待て」を宣告し、先に彼女を解放させてやることにした。
「助かったぞミレン…………待て、これは」
「おいおい血じゃねーか。大丈夫かミレンさん」
差し伸べた右手のグローブには赤い液体が伝っており、それを認めたカタカケフウチョウは目を見開き、イエイヌは傷口を舐めようと必死の形相で俺の右腕に顔を寄せ、ハブはそんなイエイヌに落ち着け落ち着けと諭しながら止める。少し離れた所からは息を飲む音も。
「大丈夫。満腹じゃない」
ギュ、ギュ、と何度か右の拳を握りしめて感覚が生きていることを確認。痛みは鮮明な切り傷のそれであり、泳ぐことも想定して下に薄いダイバースーツのみを着用していたことが仇になったようだ。
「ミレン、応急処置キットの仕様を推奨します。非推奨ですが、セルリウム液の使用も考慮してください」
「後者を試してみますか」
ラッキーに頷いてバックパックのベルトポーチポケットから1本の注射器を取り出す。しっかりとしたケーシングによって防護されたスティックタイプで、その中身は黒い液体……セルリウムで満たされた『セルリウムシリンジ』だ。
「お、おい。もしかしてそれってさ──」
「セルリウムだよ」
気付いたハブに答えながら大腿に押し当て中身を注入する。ドクンと心臓に響く奇妙な感覚を得て、右腕の痛みと傷はまるで時間がまき戻るかのように消え去った。
「血が止まった……? どゆこと?」
「セルリアンなんでね」
「ははっ、冗談下手だよなミレンさんは」
「本当だよ本当」
ハブに苦笑を向けられながら自身の状態を確認する。
特に……問題はないようだ。何か副作用があるかもしれないとかばんさんに忠告されているので乱用はできないが、ワンアクションでこの回復はまさに未知の現象といって差し支えないだろう。セルリアン特有の回復方法と言い換えると少々微妙な感は拭えないが。
「あの」
傷が消えたことで弛緩した空気を見てかようやくリョコウバトが輪に入った。他と違って沈痛な面持ちで。
「申し訳ありませんでした。私がミレンさんをしっかり支えていられず、怪我までさせてしまって……」
「謝る必要はないですよ。でも──」
俺はバックパックの横面を皆に見えるように向ける。側面のベルトに収納した、今はストックを折り畳んでいるショットガンの銃身が日の光を受けてギラリと輝いた。
「これ、そんなに怖かったですか?」
「っ……」
「ツヤツヤしてる棒だよなあ。こっちに近づけるのはやめてくれよー」
「クルーの武器か」
「ヒトがよく使っていたがあまり強いイメージはないぞ」
「ご主人は強いですよ!」
アムールトラより一層恐れを抱いているのは今の所リョコウバトだけだ。ハブは棒を嫌っているのでまた別。
カンザシのイメージとは恐らくセルリアンに対しての効果だけを見て言っているのだろう。そもそもヒトがセルリアンと戦う姿を見なかったのかもしれない。
アーカイブデータにはセルリアンの撃破記録も残っていて興味本位で流し読んだこともある。その殆どはフレンズのもので、クルーに至っては俺を除くと1人だけが名を連ねていたので覚えている。
たしか名前はイ──
「ミレン。必要なら、ガイド機能を起動できます」
「え、ああ。デバイスに出せるならお願いします」
ラッキーが寄越した文字通信を速読。
動物自体の説明は過去の記録からの推測が殆どであり、何よりも目を引いて離さなかったのは絶滅の原因だった。
「了解。分かった、もういい。リョコウバトさん、迷惑を……いや、怖がらせてすみませんでした」
「あ、頭を上げてください。私の不甲斐なさが悪いのですから」
理由を知った今では全面的にこちらの責任と捉えざるを得ない。アムールトラだってきっとそうだ。迂闊にもほどがある。
「なあ、ミレンさんのケガも治ったんだしもうよかねーか? それに両方謝ってばかりじゃ気が滅入っちまうぜー」
片目を閉じて両手を頭の後ろで組むハブ。俺とリョコウバトのどちらもが彼女の言葉にはっとして、どうにか謝罪の応酬に区切りをつける。
「……ではここで分かれましょう。何かあればかばんさんに連絡を」
予定通り屋上で飛行可能なフレンズは離脱。彼女達はかばんさんと共に不測の事態に備えて待機。俺はイエイヌとハブを伴ってホテルの下層、本来の目的地はその基部だが……途中でアシカとイルカと合流してそこへ向かうのだ。
「ご主人。しょっとがんはいいんですか?」
リョコウバトとカンザシフウチョウ、それと弾薬を抜いたショットガンを抱えて飛び去るカタカケフウチョウを見ながらイエイヌが言う。
「水の中じゃ使えないんだ。だから中に持って行けるのはこの豆鉄砲だけ」
俺は新たなマガジンを装填したハンドガンの柄をとんとんと小突いて見せる。先ほどご覧に入れたようにこれだけでセルリアンに致命打を与えることは難しい。
「大丈夫だってミレンさんは俺達が守るから。行こうぜ。案内は任せてくれよな」
にやりと八重歯を覗かせたハブはのんびりと歩き始め、半壊しかかった非常階段の目前に走るひび割れを小気味よいジャンプで越えて行く。俺も続かねば。
「ご主人」
袖をくいくいと引っ張られ、振り向けばイエイヌが見上げていた。
「元気を出してください。わたしがそばに居ますから」
胸のつかえが取れるような温かい微笑み。いつもはばたつく尻尾も本人の意を汲んでか、ゆらりゆらりと稲穂のように揺れている。
「ありがとう」
大きく頷いて共にハブの後を追う。
取り返しのつかなくなった過去の闇、そこから這い上がってくるモノを克服するのは至難の業だ。
だからこそ忘れるな。誰にも未練を残してはならないのだ。
──LBアーカイブ──
【対S弾頭発射装置】
セルリアンの足止め、またはその外殻を「削る」ことを主目的とした特殊弾頭を発射する銃火器の総称。小火器から大型の対空砲に至るまで多種多様な試みが行われた。
短い開発研究期間の為に専用の改造は全て旧式の火器に施され、弾頭追尾等に代表される最新のアシスト機能を持たない。
現在までの使用者の内、実際にセルリアンを撃破した者は2名のみである。
【対S特殊弾】
対セルリアンサンドスター複合弾頭のこと。
ハンドガン及びサブマシンガン用の9㎜弾やショットガン用の散弾、サボットスラッグ弾、生産数は限られるものの大口径のライフル用弾頭等も存在する。
ジャパリパーク島域内でしか製造できず、潤沢な資金と反比例した短い開発期間に加え、実際に使用したクルー達の練度不足といった要因が重なり大きな効果は得られなかった。