1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
特に人間が適当こいた挙句に自滅で何もかも廃墟化、その顛末を知ってる生き残りはほんの一部もしくは皆無とかが一番ゾクゾクしますね
ホテル内部は外と同じかそれ以上の潮の匂いが立ち込めていた。換気装置が作動していない証拠であり、そもそも空気が入れ替えられたところで一面ガラス張りの壁面にはあちこちに大小の穴が開いているのだから大した意味もない。
俺はそう考え直しながらラッキーとイエイヌの2人と並んでハブの先導に従い、半壊したホテルの廊下を進んでいた。
「うわー、久しぶりに来たけど荒れてんなあ」
ハブが床に散乱する塩まみれのガラス片をブーツの裏でじゃりじゃり言わせ、尻尾を持ち上げながら俺達に注意を促した。
「ここってオオミミギツネさんが言ってた『1号店』ですよね?」
イエイヌは軽やかなジャンプでそれらを飛び越え、ハブの横に並ぶ。
「ん? ああ、よく覚えてんなぁイエイヌ」
ハブは割れた大窓から差し込む外光に目を細めながら言い、通路を進んで行く。一見喋りながらのんびりしているようにも見えるが足音を全く立てず、時折今のように立ち止まって周囲に鋭く意識を巡らせている様子はまさに己のテリトリーを徘徊する蛇そのものだった。
「たしかセルリアンに破壊されたと聞きましたが……」
俺はラッキーを一旦胸に抱え、床に散らばるガラス片を大股で越えながら聞いた。
「そうだぜ。まあ無駄にでけー建物だし海の上だしで俺はあんまり好きじゃなかったんだけどな。でも……」
「でも?」
エレベーターの扉の前でハブは立ち止まり、ランプが消えている上下のボタンを両手で丁寧に押す。
しかし扉の上部に示されるはずの階数表示も今は消え、目の前の移動手段は何の動作も返してこない。
「オオミミはここを気に入ってたんだ。だからあいつ、壊された時はマジ泣きしてたよ」
フードに隠れた顔は見えず、ただその尻尾だけが苛立たし気に風を切って床をぺしりと叩く。
少し不安げな面持ちのイエイヌと目を合わせるとハブが振り向いて、いつものように八重歯を覗かせる笑みを浮かべた。
「やっぱ駄目だ。歩きで行くしかねえ。本当はこれに乗れば下まですぐなんだけどさ」
彼女はそう言ってから「あっちな」と指し示し、またのんびりとした調子で歩き始める。イエイヌがすぐにその背に追いついた。
「ハブさんはみなさんとホテルを営むのが好きだったんですね」
「そうかもしんねーなあ。でもさ、オオミミが『今度は草原でホテルをやる』って息巻いた時は流石について行くのやめよーかと思ったぜ。結局ついてったけど」
ハブはやれやれと嘆息してフードごと頭をかく。
「オオミミギツネさん、ハブさんが居てくれてきっと嬉しかったと思います」
「んー、そーかなあ」
「そうですよ!」
ハブは困り顔で笑った。
彼女が好きなものが何なのか、イエイヌもよく分かっているのだ。
倒壊しかかったホテル上層にさしたる脅威はなく、むしろ崩落した天井や完全にガタついて固着した扉などが動かぬ障害となって立ち塞がる。
それでもハブのナビゲートは確実で、ラッキービーストのセンサーによる情報集積を待たずとも示される彼女の迂回路は問題なく通り抜けることができた。
「この廊下はさ、そこの部屋を通れば向こう側に出られるんだぜ」
「中の間取りを全部覚えてるんですか?」
「まあな」
「すごいです! さすが『じゅーぎょーいんさん』ですね!」
「だろ~? ま、サボってあちこちうろついてたからってのもあるけどな」
イエイヌの屈託のない絶賛にドヤ顔を見せるハブ。
俺はと言えば首筋に走るちりちりとした感覚に黙り込みつつ、ハブが示した部屋の取っ手をゆっくりと回した。
「遊技場か……?」
そこはビリヤード台やダーツの的、ルーレットの円盤などが備えられたヒト向け(それも大人だろう)の遊技場だった。
中の物品はまるで嵐が過ぎ去った後のような状態にあり、羽付きのダーツやビリヤードボールなどが床に幾つも転がっている有様だ。
「むっ。セルリアンの匂いですね」
「姿は見えない。デバイスに熱源感知機能があればな……」
「セルリウムセンサーには、多数の小型の反応があります。詳細を確認中」
「大丈夫大丈夫。俺に任せてくれよ」
「おい、ハブさんちょっと」
扉の付近で敵襲に備える俺とイエイヌ、そしてセンサーをフル稼働させるラッキーを尻目にハブはすたすたと部屋の中央へ進み出した。
止めようと声をかけるも彼女は八重歯をにやっと見せて、床に落ちている黒いビリヤードボールを見下ろし──
「シャアアッ!」
ぱかんっ!
ハブが虹色に輝く尻尾を叩きつけるとボールは明らかに素材の破片とは違う物を散らし、吹き飛んだ。
「セルリアン!? ハブさんっ──」
「まだ居るぜ? 援護よろしく!」
彼女はイエイヌの言葉を遮りながら重力に身を任せるようにして地を這い、体を時計の針のように素早く回転させる。
ざぁっ、と彼女の尻尾が地面を走り、鞭のようにしなるそれは敵の外殻を砕きながら纏めて空中へと巻き上げた。
突然現れる敵影は自動的に俺の感覚を研ぎ澄ませる。
色とりどりのビリヤードボールはまるで射撃の的のようだ。
俺は宙に浮かんだそれらのうち、光のない瞳を持つ物にだけ銃口を走らせながらトリガーを引く。
>撃破
小型セルリアン×8
>戦闘支援解除
簡単だ。スローモーションの間に石を狙って撃つだけのこと。
「おーわり!」
空中にあった本物のビリヤードボール群と8発分の空薬莢、それらが床に落ちると同時にハブが起き上がってポーズを決めた。
「ああ。もうセルリアンは居ないね」
「回収、回収」
首筋にかかる第6感も消え、空薬莢を拾うラッキーの邪魔をしないよう足をどけながら新しいマガジンに入れ替える。
「おふたりともすごく鮮やかでした! かっこよかったですよ!」
ぱちぱちと拍手を送ってくれるイエイヌにハブがサムズアップを返し、俺は軽く笑みを向けた。
彼女が突撃してもきっと同じ結果が得られたはず。それもより確実に。
まあ豆鉄砲でも役に立つと分かったので良しとしよう。
「ハブさんはセルリアンがどれか分かっていたんですか?」
「そりゃそうよ。
「すごーい!」
「いやーミレンさんの方がすげーと思うけどな。流石にあの一瞬だけで全部倒しちまうとは思わなかったぜ」
「でしょう!? ご主人はすごいんですよ!」
「あー、あまり気を緩めちゃ駄目だ。先へ進もう」
はーい、という2人の返事に頷いて先を急ぐ。アシカとイルカはきっともう下に着いている頃だろう。
とはいえ道程は短いものではない。ホテルの下層部までは屋上から5階分の階層を降りる必要があり、その間に様々な『俺が個人的に嫌いな人種の好む施設』を見せつけられるハメになってしまった。
「うわあ~ここってうみべにもあったプールですよね? 今はボロボロみたいですけど……」
「そうだぜ。ここに張ってた水はしょっぱくなかったから俺もたまに泳いでたなあ。あ、こっちの部屋から先に進めるぜー」
「謎のジャグジーにアレ用の浮き輪にアレ用の椅子か」
人工温泉ならいざ知らず、無駄に広く無駄に開放的で無駄にアダルトグッズの置いてあるプール。中の水は代わりに瓦礫とガラス片で取って代わっている。
「ここのお部屋も色んな物がありますね。相変わらず滅茶苦茶になっちゃってますけど……」
「そこのじゃぱりまんとビンの中身は飲み食いすんなよ。きっとセルリアンぐらいしか食えねーぐらい痛んでるだろうし。次はあっちの扉な」
「ゴテゴテの長椅子にグラスワインに、ちょっと待て注射器……? 媚薬だと?」
無駄に装飾の多いシャンデリアの下には無駄に大きなテーブルと長椅子。どう見てもキャバクラ。
しかもいかがわしい薬品がヒトしか開けられないようダイヤル錠付きの箱に収まっていた。
「わっ、貝殻!? じゃなくて……お布団?」
「瓦礫が落ちてるから寝転がるのはやめとけよ。ここが迂回する部屋の最後かな。あと少しで水面近くの階だぜ」
「はいはいバイブレーション機能付きのキングベッドね……」
キャバクラの奥の部屋はどう見てもラブホテルのベッドルームだ。というか、これまでの殆どが悪趣味なラブホテルのそれだった。
フレンズを性的な意味で食べるだけが目的の施設。
男として気持ちが分からないこともないが……ここまで明確な権力と金の力を見せつけられると薄ら寒いだけだ。
──こうびをされられたのです──
ワシミミズクのあの言葉。長く生きているフレンズは皆それを経験しているのだろうか。
「ご主人大丈夫ですか? お顔がその、怖いですけど」
「大丈夫かー?」
「失礼失礼、お気になさらず」
顔を覆って大きく息を吸い、吐く。黒い意思ごと出してしまうつもりで。出したそばから蓄積されるのだから困りものだ。
「っと、そろそろ足元に水がくるぜ。滑らないようにしろよ」
地上、というより海上1階は足元の高さまで浸水していた。天井の照明は完全に灯を失っており、瓦礫で埋もれかけた窓から少しだけ入り込む外光が床を浸す海水の揺れを浮き立たせていた。
「あっ! きたきた!」
ばしゃばしゃと水音を鳴らして大きく手を振るのはイルカだ。隣にはアシカも居る。首から酸素ボンベ付きの吸引器を提げた彼女達はエレベーターの空洞を満たす海水に体を浸していた。
2人は別ルート、つまり海の中からホテル内部へ侵入したペアである。小柄で潜水も得意な彼女達は瓦礫まみれの海中もへっちゃらだ。
「お待たせしました!」
「待たせちまってわりーなアシカさん」
イエイヌとハブも手を振って再会を喜び、俺達は下層への侵入口であるエレベーターの前で集合を果たした。
「それほど待っていませんよ。ミレンさんの仰っていた通りすぐ下の階から入ることができましたけど、ここにくるまでにちょっと迷ってしまったので」
「もっと下の方は固い壁ばっかりで全然入れなかったんだ。なんだか別の建物みたいだったよ」
不思議そうな顔をするイルカ。
無理もない。スイートルームのあるすぐ下の階よりも更に下、元々別の大がかりな目的で建設された基部はもはや別の構造体だ。そこは上の脆さとは比較にならない、それこそすぐ近くで海底火山が隆起してもびくともしないような堅牢さを持っているのだ。
「でしょうね。じゃあ潜る準備をしましょう」
俺は帽子を取り、上着もズボンも全て脱ぐ。下はぴっちりとした黒のダイバースーツで、腕章のジャパリロゴマークだけが唯一クルーの特徴である。
「まあ……♡」
「すげー脱皮だ脱皮!」
「おいしそうだねー!」
「ですよね!」
妙な視線とヤバい発言を無視しながらバックパックの中から自分のゴーグルと携帯酸素ボンベセットを取り出して身に着け、ハブとイエイヌにも同じ物を着用させる。
空になったバックパックの中には小さくたたんだ帽子と制服を詰め、密封。ラッキーは元から防水処理がほどこされているのでアシカかイルカのどちらかに運搬してもらう。
ちなみに彼女らは毛皮のままが良いとのこと(特にハブ)なのでぴっちりダイバースーツはなしだ。そもそも物がないが。
『おー。なんか覆われてるけどすーはーできる。変なの』
『水の中に顔を沈めても息ができますね』
『あまりゴーグルを動かさないように。それと息を荒くしないように気をつけること。ボンベの予備はあるけど節約しないと酸素がなくなってしまうから』
『さんそ? ていうか声が聞こえるんだな』
『通信機が仕込まれてますからね。ほらイエイヌ、これから潜るんだからやめなさいっての』
ハブに教えながら土下座をして床の海水に顔を突っ込んでいるイエイヌを引っ張り起こす。それからイルカとアシカがくつろぐエレベーターの前に立ち、ゴーグル内臓のデバイスを起動させた。
『アシカさんとイルカさん、聞こえますか?』
『聞こえるよー!』
『大丈夫です』
2人は元々の動物の特性からか音波を拾うのが得意とのこと。しかも水の中でも会話を飛ばすことができる能力をフレンズ化によって獲得している。改めて考えると凄まじい。
とはいえ彼女達は魚類ではなく潜っていられる時間も長くて20分程度。2人が携帯ボンベを首から提げていたのはその為だ。
『では行きましょう。下では隊列を乱さないように。ラッキーさんの指示にも耳を傾けてください』
『はい!』
『分かりました』
『うん!』
『りょーかいだぜ』
準備を整えた俺たちは暗い水底が広がる空洞へ順番に飛び込んだ。
目的地は海上ホテルよりも下の下、衛星軌道エレベーターなる夢の構造物の予定地。
しかし今は夢の跡で、ほの深い海の底には誰かの未練だけが残っている。
基部にあたる海底岩盤の掘削面の真上に作られた『重要物資保管庫』までの距離はおよそ500メートル。そのうちの気密された空間までは20メートルだ。