1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
流れる景色は曇り空、湿りかけの空気、周囲の大地には膝丈まで伸びた草。
人工物は俺の股下で静かな駆動音を立てているエンジンのみ。
ヒュイイイイイ、と鼓動感の欠片もないそれがもたらす推力がベルトを通して後輪を進ませる。
ジャパリバイク、またの名をセキュリティクルー専用二輪車。悪路を走破できるブロックパターンのタイヤを履きサイドカーを装着、乗車定員は運転手を含めて3名。
タンデムシートに座り、俺の腹に腕を回してしがみ付くイエイヌ。そしてサイドカーに座るのはチラチラと俺を伺うチーター。ハンドルを握るのが俺だ。
「ねえミレン」
「うん?」
ポニーテール姿のチーターがチラ見を止めて俺を呼ぶ。彼女の髪型はタイヤに絡まらないように変えさせた。
「何か辛いことがあったの?」
「いいや」
「嘘よ」
がたん、と路面のギャップを拾った車体が音を立てた。
「ラッキーさん、ちょっと自動運転よろしく」
「了解しました。操縦を引き継ぎます」
運転をバックパックの中に収まっているラッキーに任せ、チーターの顔をまじまじと眺める。
こちらをじっと見つめるツリ目は不安と心配、そして悲しみ……だろうか。
だが、どうしてそんな目で俺を見るのかが分からない。
「毛皮だけだと思ったけど……やっぱり違う。あなた、最初に会った時と変わったわ」
「そうかな」
「うん。何て言ったらいいのか私もよく分からないけど、その……何か抱え込んでるんじゃないの? 悩みとか。そんな顔してるわ」
「わたしもそう思います……ご主人、時々苦しそうに見えますもの」
真後ろからイエイヌがぽつりと漏らし、俺は何も言わずしてチーターから目を逸らした。
がたたたんっ。
「きゃっ」
「わふっ」
再び路面の段差を越えたバイクが小刻みに揺れてタイヤが空転しかけ、ラッキーの操舵により細かくリアブレーキが作動した。バイクの挙動は安定し、再び地面を掴んだタイヤは前へと進み始める。
「……元に戻った。さあ、見えてきたよ」
幸運にも目的地の屋根が視界に入ったので無理矢理話題を打ち切った。
サイドカー側から不満げな視線は続いたものの、気をつかってくれたのかそれ以上の追求はなかった。
「1か月とちょっとぶりかな」
そこはイエイヌのなわばりだった場所、職員用の住宅地。チープな遊園地にありそうな動物の顔を模した戸建て群。
やはりハリボテじみた雰囲気は変わらず。入り口の門の雨ジミは幾本も増え、全体的に黒ずんでいる。
「結局昨日も雨が降ったものね。普通の雨だったけど」
チーターの指が柱の雨ジミをなぞった。
海辺でのイベントの後、海上ホテルから戻るやすぐに天候が悪化したのだ。これから数日は更に荒れる可能性がある……とはラッキーの言葉である。
「『ラッキービーストのよくあたる10日間天気予報』では元々晴れだったんだけどなあ」
「全然当たらないのね、そのてんきよほーってやつ」
「申し訳ありません。海底火山の活動活発化によって近海の海水温度が上昇しており、気象予測は極めて不安定化しています」
「予定は未定、未来は不定。予報だって外れる物でしょう」
「そうね、ラッキーさんのせいじゃないわ」
「ええと、よく分からないけどふぁいとです!」
両耳をふにゃりと垂らすラッキーを皆で慰めつつ門をくぐる。
地面に違和感。
「待った」
「どしたの?」
「ご主人?」
俺は両手を広げて全員の歩みを停止させ、その場でしゃがみ込む。
……土に残る靴型の窪み。一定の間隔で刻まれたそれらは雨の上がった後に残されたのだろう。
「まだ真新しい足跡がある。2人分だ。何かギザギザした形も残ってるな」
「フレンズさんでしょうか? くんくん……雨と草の匂いしか分からないです。建物の中か、それかもうここには居ないのかも」
イエイヌがくるりとその場で回りながら言った。
足跡はどちらも小さ目でそれに続く妙な模様。彼女の言う通りフレンズの可能性は高い。だが万が一ということもある。
「ならいいんだけどね」
俺はイエイヌに答えつつホルスターからハンドガンを抜いた。冷たいグリップの感触に意識が冴え渡る。
建物の中からの奇襲、死角で待ち伏せ。罠。
相手がヒトならばそんな所か。
「その顔よミレン……」
チーターには答えずデバイスに意識を傾ける。監視カメラが設置された家屋に反応はない。
「監視カメラ未設置の建物が1軒存在します。スキャニングも通りませんので、直接確認してください」
ラッキーの言葉が示すのはイエイヌのおうちだ。元の主人、セキュリティ主任者『イマ』に割り当てられた仮住まい。俺も最初の夜に1泊させてもらった場所である。
「んー、ちょっと音が聞こえたわ。あそこね」
チーターが耳をぴくぴくさせながら指差したのもそこだ。
俺はイエイヌとチーターを連れ慎重に接近する。2人は俺の指示に従って声を出さず、足音もない。
玄関脇に張り付くと中から俺にも聞こえる程度の物音がした。
俺は2人にジェスチャーで呼びかけてから戸を静かに、少しずつ開く。
「セ~ンちゃ~ん、もういい加減かばんさんのところに帰ろうよ~。きっともう見つけちゃったんだよ~」
「そんなはずはありませんアルマーさん! 四神はきっとヒトの住処に……」
どちらも背中を向けている。
ソファでだらりと横になるフレンズの……何の動物の尻尾か分からない、そしてそのフレンズにまくし立てようとするもう1人。大きくギザギザの鱗が特徴の尻尾だ。やはり何の動物かは不明だ。
どちらにせよ敵じゃない。銃口を下ろす。
「もしもし、そこのフレンズさん方」
「ひょわあっ!?」
「だ、誰ですか!?」
「オ、オオセンザンコウさんにオオアルマジロさんじゃないですか!」
「えっ、イエイヌの友達?」
それまでと一転、場の空気はふんにゃりと弛緩する。元々こんにゃくメンタルの俺にはちょうどいい塩梅である。
「──というわけで、我々は独自に『四神』の捜索を行っていたのです」
「センちゃんがこのおうちだ! って推理したんだー。勝手に上がってごめんね、イエイヌちゃん」
イエイヌの出した紅茶をすすりながらここに来た理由を話すオオセンザンコウとオオアルマジロのフレンズ。
どちらも鱗状の衣服や尻尾が目立つが……特にオオセンザンコウの方は鋭く尖った鱗を持つ尻尾が可愛らしい顔とアンバランスに感じる。地面に残っていたギザ跡は彼女の物だったらしい。
「アルマーさん。かの有名なミレンさんがここにいらっしゃるということはつまり……私の推理は的中しているんですよ!」
「いや、もちろんセンちゃんの推理を信じてなかったわけじゃないんだよ?」
「アルマーさんは途中から『帰りたい』ばかりだったじゃないですか」
「だってもうかなり長いことやってたから~」
「オオセンザンコウさんの『推理』は四神の在り処、についてですよね? アライさん、フェネックさんと目的は同じですか?」
脱線が大きくなりそうだったのでほんわかな会話に割り込んだ。すると、表情から緩さを消したオオセンザンコウが俺の視線に応じた。
「そうです。アライグマさんがこの島で探し続けている『四神』はキョウシュウでも沢山のフレンズを救いましたからね。このアネガにも同様の物が存在していて、見つけることができればきっとかばんさんの助けになる……その手伝いをアライさん達に依頼されたのです」
「『ダブルスフィア』っていう何でも屋さんなんだよ。私達」
「探偵ですアルマーさん、探偵!」
「なーんか締まらないわねこの2人……」
にっこり笑顔のオオアルマジロにぷんすか憤慨する片割れ、その奇妙なコンビを生暖かい視線で見つめるチーター。
そういえばオオアルマジロの方はアニメにも居たような……キョウシュウから出張、というところか。
「しかしどうしてここに? 四神が海辺にあるという情報、かばんさんやアライさんからお聞きになりませんでしたか?」
かばんさんやアライさんと会う機会がなかった、という単純な返事を予想して聞いてみる。しかしオオセンザンコウのかぶりを振る所作は真面目な雰囲気を保ち続け、その返事は俺の目を見開かせるものだった。
「聞いた上で推理したんです。四神はフレンズとヒトのどちらにとっても大事なもの。どちらが持つにせよ、大事なものなら忘れてしまわないよういつでも思い出せる場所、いつでも確認できる場所に保管すると思いませんか? 私はヒトがそれを持っていると判断したので、海の上よりもそれらしい場所を探すことにしたんです」
そう言って彼女はハンチングハット(これも鱗でできている)のつばを指で摘まんで押し上げ、家の中をざっと見回す動作をしてみせた。
フレンズらしい、いや、余計な思索を巡らせない純粋な推理だと思う。俺が彼女だったならヒトの家など選択肢から真っ先に除外してしまうはずだ。
しかしこんな場所が重要物品の正規保管所のはずもない。ここに四神を隠したのは恐らく『彼』だろう。
裏をかいた、それか『そうせざるを得ない状況』だったか……もしくはそのどちらもかもしれない。
「ええ、きっとその通りだと思いますオオセンザンコウさん。実は海では見つけられなかったんです」
「じゃあ当たりってことなんだー! すごいよセンちゃん! センちゃんの推理が当たったよ!」
「ふふ。何と言ってもパークきっての名探偵、これでもギロギロのモデルですからね、私」
「で、あなたたちが四神を見つけたのかしら?」
空気が固まるような音が聞こえた。主に向かい側のソファで。
チーターのそっけない問いに答えようとするのはオオセンザンコウだが、相方の賛美に対し得意げに腕を組んでいた彼女の頬には冷や汗が流れている。
「そ、それはですね。目星はついたのですが……ええい!」
「わ、すごい! オオセンザンコウさんが丸くなりました!」
長くギザギザの尻尾がちょうど彼女の体をぐるりと覆っている。確かに見た目には丸いが、どちらかと言えばこれは……。
「実は行きづまっています! なのでパーククルーさんのミレンさん、そして家主のイエイヌさんにご協力をお願いしたいんです!」
土下座だ。
それとパーククルーにさん付けはいらない。
「私は?」
「チーターさんは別に構いませんけど……」
「なんですってぇ? これでも私はミレンと2番目に付き合いが長いのよ! 頼りにしなさい!」
「いやそのアピールポイントはおかしいぞチーター」
さておき、オオセンザンコウの行きづまりを尋ねるとリビングの隅へと案内された。
窓の光が壁で遮られる目立たない位置で、壁にはひとつの鍵だけで開くタイプの簡易な金庫が埋め込まれている。
同様の金庫はかばんさんの研究所にもあった。パーク内ではありふれた代物なのだろうか。
コツコツとノックすれば予想より軽い音と感触が返ってくる。材質は合成樹脂と鉄の複合だろう。堅牢とは言い難い。金庫というより鍵付きの小さなタンスだ。
「うーん」
鍵はピッキングの腕があれば破れそうだし、何ならこじ開けも選択肢に入る。いくらなんでもこんな場所に重要な物品を隠すだろうか。
「他のどこにもそれらしい場所はありません。きっとこの中に四神が収められているはずなんです」
「了解しました。じゃあ開けてみましょうか」
ここは探偵を、そして未練を残してこの世を去ったクルーの言葉も信じよう。
俺はバックパックからピッキングに使用できそうな精密ドライバー、針金類を床に並べ置く。
「これは……まさか探偵七つ道具!?」
「初めて聞いたよセンちゃん。その『ななつどーぐ』ってなに?」
「い、いえその、ギロギロが使う道具です。これはそう、お腹を空かせたギロギロがじゃぱりまんの詰まった倉庫を開けるのに使用した『ぴっきんぐつーる』にそっくりで──」
「それってじゃぱりまんどろぼーじゃない……?」
「やっぱり締まらないわねこの『たんてー』とやらは」
後ろは賑やかだ。しんと静まり返っているよりよっぽど気楽でいい。さて鍵穴の形式と相性の良さそうな道具は……。
「あの、ご主人」
「なんだい?」
「わたし、その箱の鍵……多分持っています」
「マジ?」
全員が驚きイエイヌを見つめる。
彼女は首を覆っている白いネックウォーマーを取り、その下にいつも巻いている赤い首輪をまごつきながら外して俺に渡す。
何の変哲もない大きな赤い革製の首輪だ。ほんのりと温かいそれの表地には何かの刻印、まじまじと見れば、その掠れた文字は辛うじて『りえ』と読めた。
内側には小さなポケットがあるようだ。その中には位置情報を送る為の小さなICチップ、そして古めかしい形の真鍮色の鍵が挟まっていた。
「君が……持たされてたんだな。ありがとう、こっちは返すよ」
鍵だけを抜き取り首輪を差し出す。しかしイエイヌは顎を引いたままそれを見つめるのみ。
「イエイヌ?」
「ミレンさま。その首輪、よければつけてもらえませんか?」
自分ではうまくできなくて、と微笑むイエイヌ。
滅多に呼ばない俺の名前、そして何もかも達観したような表情。
「……分かった」
俺は逡巡し、だが躊躇うことなくイエイヌの首にベルトを取り付ける。
優しく丁寧に、これが彼女に触れる最後になっても構わないぐらい心を込めて。
「ありがとうございます。ご主人」
「どういたしまして、イエイヌ」
どう呼ぶか少しだけ迷ったが、慣れた方を選んだ。そして離れ際に頭をひと撫でする。
さらりとした毛並み、そして手に心地良い獣耳のふにゃりとした感触はいつもと同じ温かみを持っていた。
「私も首輪つけようかしら……」
「そのネクタイじゃ駄目なんですか?」
「そういう問題じゃないのよ」
「ご主人につけて欲しいんですよね、チーターさんも」
「なっ、ち、ちがうわよ。なんとなくよ、なんとなく!」
「ふふふ」
また賑やかさを取り戻した背後に苦笑を浮かべながら鍵を差し込む。
キーシリンダーにやたらと抵抗があるが……ああ、取っ手を押し込みながら回す方式か。
かちゃり、と軽い音を発して錠が外れる。扉を開いたそこには──
「手帳と……写真立てか?」
紐で閉じられている黒い手帳。そして伏せられた写真立て、木製と樹脂製とがそれぞれ1つずつ。
「センちゃん、もしかして推理外れちゃった……?」
「ま、まだそうと決めるには早すぎますよアルマーさん」
「調べてみますか」
俺はすぐ後ろで冷や汗を流すオオセンザンコウを振り返り、古びた革製の手帳を手に取る。
紐を解きぱらぱらとめくると植物や動物の精細なスケッチが目に飛び込んできた。めくり続けるとフレンズの姿もちらほらと現れる。後ろの半分以上は空白だ。
『けものがお好きですか』
もう一度最初のページに戻ると文面に似合わない達筆な一文が残されていた。手帳の中ではこれが唯一の文章である。
「これ、この、匂い」
振り向くといつの間にか傍に来ていたイエイヌがうわ言のように呟いた。そして俺の持つ手帳に鼻を近づけ匂いを嗅ぎ、閉じた瞼の端から一筋の涙が流れ落ちる。
「君が持っていた方がいい」
「ご主人……ありがとうございます。ご主人……」
もう一度イエイヌの頭を撫でる。両手で手帳を包むその姿はまるで祈りを捧げる修道女のようだ。
空気を最大限に読み取ってか、探偵コンビとチーターも目配せを交わしつつ黙っている。
涙を流しながらも落ち着いた様子のイエイヌに意識を向けつつ、俺は2つの写真立てを順番にひっくり返す。まずは木製の方を。
「彼と、家族の写真かな」
背の高い男性、綺麗な女性と可愛らしい黒髪の女の子が幸せそうに手を繋いでいる写真だ。
イエイヌの元々の主人である『イマ』という男性、そしてその家族だろう。
しかし彼の顔には──
『忘れるな』
黒い文字だ。顔から下までを覆っているそれは幸せそうな空間に似合わない異様な雰囲気を放っており、見続けていると何とも言いようのない感情が這い上がってくる。
「もうイエイヌ。なんでさっきからやたらと泣いてんのよ」
「わ、分からないんです。自分でも、よく分からなくて……ただ匂いが、この匂いが……うう」
「ほら、よしよし」
チーターはイエイヌを抱き寄せ背中をぽんぽんする。
意外な、それでいて温かみのある所作に目を奪われていると「誰の真似か分かる?」と唇で言うチーターにウインクされた。はて、誰の真似かな。
「ええーと、こっちの写真は、と」
縁に記されているのは──
『職員とフレンズ達』
「わあ、たくさんのフレンズだ!」
オオアルマジロが指差すのは大勢の集合写真。
「これじゃ顔が分からないな……」
俺と同じセキュリティ用の制服と帽子を身に着けたとおぼしきイマは両脇から抱き着くフレンズ数人に占拠され、殆どもみくちゃにされているせいで顔が隠されてしまっている。
「こちらの方々もヒトですね」
オオセンザンコウの指が示すイマの隣、同じように多くのフレンズに囲まれているのは確かにヒトだ。
眼鏡をかけ、クルーの制服を纏う透き通るような緑色の髪の女性。
もう1人は白衣の目立つ、深緑色の髪をした女性。
「このヒトは『ミライさん』……?」
眼鏡の女性の名はすぐに思い浮かんだ。
ラッキービーストに音声と映像、そしてクルーの帽子と髪の毛を残してパークを去ったヒト。クルー。
かばんさんの生みの親で、彼女が終ぞ出会うことのなかった人物……とアニメでは描写されていた。そこはよく覚えている。
「お知り合いですか?」
「こっちが一方的に知ってるだけ、ですかね」
もう1人のヒト、白衣の女性はイマにより近い位置に立ち、フレンズと手を繋ぎながらもその視線は彼に注いでいる。
ツリ目だが威圧感はなく、妙な縞模様のリボンで長い髪の毛の一部を括っている。
「むう……」
知らない女性だ。彼女は完全に見知らぬ人物のはずだ。
だと言うのに何故か強烈な既視感を覚え、若干のめまいを覚える。
こめかみを押さえながら写真をぼんやり眺める。最初は気付かなかったがミライさんと手を繋いでいるのは──
「あ、これってサーバルじゃない?」
「本当ですね。とても楽しそうにしています」
あの子も居た。
何時撮った写真なのだろうか。
「すごく綺麗な絵だねー!」
「アルマーさん、これは写真と言って厳密には絵とは異なるんですよ」
「イエイヌ。この写真も要るかい?」
両方の写真を差し出すがイエイヌは小さくかぶりを振る。
「ご主人が持っていてください。きっとその方がいいですから。こちらもお返ししますね」
そう言ってイエイヌは小さく笑みを浮かべ、手帳を俺の手に握らせた。
「分かった」
俺は静かに答え、手帳を制服の胸ポケットに収めた。そして彼の家族の写真は金庫の中へ元通りに伏せ、集合写真の方だけは陽の光が照らすであろうテーブルの片隅に立て置く。
笑顔が溢れる素敵な写真だ。暗い場所で眠っているよりこの方が良い。まさかこの写真まで他人に見られるのが嫌とは言わないだろう。
「さて、この金庫に四神がないとなるとしらみつぶしなわけで……」
まさか既に持ち去られていた……ということはないと信じたい。
俺は床に並べた工具をバックパックに仕舞い、ひとつ溜め息を吐きながら家の中を見回した。
「イエイヌは知らないの? ここがなわばりなんでしょ?」
「ご、ごめんなさい。この箱の開け方も知らなかったぐらいなんです」
「うーん、しょうがないわね……」
「センちゃんこれ面白いよー!」
「アルマーさんそれは遊び道具じゃありません!」
遊んでいるオオアルマジロの声、そして安い造りなのかカチャカチャという金庫の扉の開け閉めの音がやたらと響く。
ガチャコンッ
「あれっ?」
「ななな、何をやってるんですかー! 『きぶつはそん』はいけませんよ!?」
「違うよセンちゃん。ねえ皆、見て見て!」
「締まらない上に騒がしいわねこの2人は……」
ぶんぶんと両手を振るオオアルマジロは体を金庫の中へと突っ込んだ。細い尻尾とスカートがふりふりと揺れ、魅惑的な腰つきだ。
じゃなくて、体が
そんな奥行きはなかったはずだが……まさか。
「ほら!」
得意げな笑みを浮かべたオオアルマジロが腕の中の
深い黒みを持った石板が4つ。それぞれに何かの動物をかたどったような線が引かれたそれらはまさしく俺達が探し求めていた四神だった。
「えええ!? さっきはなかったですよそんなの!?」
「ちょっとあんたまさか隠し持ってたの?」
「そんなことしないよー。この箱の奥が突然開いて、その中に入ってたんだ」
「まさかのまさかだな……」
金庫の奥の壁はスライドし小さな空間になる。いつぞやかばんさんの研究所の台所で見た仕組みと同じだ。
更によく観察すれば、1枚目の扉の内側のヒンジには開閉で押し出される小さなロッドが設けられ、受け側には押し込まれるスイッチが存在する。
それに加え二重扉の中には小型の通信装置が隠すように取り付けられており、小さなLEDランプが緑色に点滅していた。
>新規メッセージ【読め】を受信
「ハイテク慣れした奴には効果大だな、こりゃ」
「はいてく?」
全員が首を傾げる中、俺は四神を見つめながら自嘲的な笑みを浮かべた。
LBシステム 起動
──テキストファイル閲覧モード──
>【読め】は不明な送信元からのテキストデータです。セキュリティクリアランス3以上の職員のみ閲覧可能
>権限を確認 ファイルを開いています....
これを読む者へ。
お前が誠実な者を蔑み、その不幸を願い、笑うようなクズ、及びフレンズを道具としてのみ利用する者の同類ならば何もできることはない。
全てをフレンズの為に捧げられる者であれば下へスクロールせよ。
同志へ。
最初に頼みがある。
可能ならば私の愛犬をそこから連れ出してくれ。
君に幾つかアドバイスを残す。
四神の使い方は分かっていると思うが一応確認だ。
ラッキービーストを随伴させて当エリアのフィルタリングタワーへ登り、中央機関部のスロット、東西南北に定められた位置に挿し込め。細かい処理はラッキービーストに任せろ。
重要なことはもうひとつある。
既に経験しているなら意味のないアドバイスになってしまうが、ヒト、とりわけクルーの格好をした者と遭遇しないよう注意せよ。これは相手の性別、年齢、制服の区分を問わない。
クルーとおぼしき人物を見つけても決して君からは接触するな。
君の存在、何より四神を持っていることを悟られないように行動せよ。
もし君が発見され、相手が近付いてくるようならすぐに逃げろ。
君と意志を共にするクルーならば遠隔通信を用い「けものが」から続く合言葉を使って君に呼びかけるはずだ。
合言葉を持たず、かつ武装しているならばそいつはクルーではない。
奴らの目的は退避支援でもセルリアンフローの鎮圧でもなく、我々の
>元データ欠損
──暫定クルー・ミレンの追記──
十中八九「口封じ」という単語が入るのだろう。
ヒト同士の見るに堪えない業であるという証拠はない。だが、この島に残されていた未練は如実にそれを物語っている。
こういった状況は飽きる程見てきた。
それと同じ匂いが、ヒトだけが放つ腐敗臭がする。