1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
次の日の朝、まだ未明の時間に俺はイエイヌとチーターを連れてかばんさんの研究所へと戻った。
日の出の時間になっても空はさして明るみを持たず、ガレージにバイクを放り込んだ時にはむしろ暗さが増しているようにすら感じられた。
「かばんさん、今戻りました。自室でイエイヌとチーターと一緒に待機します」
『分かりました。すぐに伺いますね』
デバイス越しにかばんさんへ帰宅を告げ自室へ向かった。途中、早起きの助手と出会ったので世間話がてら互いの状況を教え合い、それから自室で小休憩を挟む。
「ここがミレンの寝床?」
「そうだよ」
自室は病室。
俺はバックパックを床に降ろし、制服に付いた朝露をタオルで拭う。帽子の形を整えてハンガーに引っかけ首を捻ると、長時間の運転で凝っていたのかごきごきと骨の鳴る音がした。
「くぁ……」
初めて招き入れたチーターは既にイエイヌのおうちで見慣れたのか興味を失ったようで、俺のベッドの上で丸くなるや欠伸をかましている。
「イエイヌの……えーと……
顔を手でくしくしと洗うチーター。囲い、という表現は言い得て妙かもしれない。
「ミレン。本日最新の天気予報をお伝えします。本日の天気はくもりのち雨、夕方頃まで降る雨はセルリウムを含みます。セルリアンフローの発生確率は30パーセントです」
ブラインドを上げれば窓に室内の照明が反射し、俺の顔が映り込む。
外は黒雲の空が覆うほの暗い灰色の世界だ。眩く地上を照らすはずの太陽は、まるで分厚い雲に食い尽くされてしまったかのように隠れている。
「またてんきよほー? 今度は当たるのかしらね、ラッキーさん♪」
チーターは寝返りをうちベッドの枠で爪を研ぎながら言った。
やめさせねば……ああもう駄目だめっちゃ引っかき傷が見える。見なかったことにしよう。
「今度ばかりは、いつ降り始めてもおかしくありません」
ラッキーは少しばかりアクセントを加えた説明をし、充電マットの上にぴょんと飛び乗った。
立ち込める黒い雲がいつ同じ色の露を地上へ落とすのか……目を離したらもう降っていそうな気がする。
行動は早い方が良いか──。
「ラッキーさん、念の為島内のフレンズに避難誘導を開始してくれるか。地点は先日と同じ海辺のライブホールで」
「了解。全ラッキービーストに指示を発信します。避難完了後にデコイは使用されますか?」
「念には念を。やっておこう」
「分かりました」
「雨、ですか……」
「イエイヌ?」
「……わたし、雨が好きじゃなくなりました」
隣に寄り添うイエイヌが外をぼんやり見つめながら呟いていた。
俺は無意識に自分の胸に手を当て、目を逸らす。
直後にコンコンコン、と控え目なノック。
「どうぞ」
良いタイミングだ。振り向き、窓から離れる言い訳にする。
「失礼しますね」
扉を開いたのはかばんさんだ。白衣を纏っており、後ろには黒い板状のケースを2つずつ抱えた博士と助手の姿もある。
「おはようございます、みなさん。おかえりなさい」
彼女は微笑み、朝の挨拶を済ませるやすぐに本題に入った。
「オオセンザンコウさんとオオアルマジロさんから預かっていた四神の石板ですが先程検査が終わりました。特に異常や破損等もありません。問題なく使用できると思います」
「この石板ですが中身は意外と脆いのです」
「という訳で手荒に使っては駄目なのですよ」
「分かりました。ありがとうございます博士さん、ミミさん」
「むう……私のことも『コノハ』と呼ぶのです」
「はあ、じゃあそうします。コノハさん」
「ふむ。よいですね」
「でしょう。博士」
後半のやり取りはやけにむっつりとしていて思わず引きつった笑いが出た。
四神の石板は中身を減らしたバックパックに収納。
「それともうひとつ分かったことがあるんです。かなり不思議なことなんですけど」
かばんさんは白衣のポケットから試験管を取り出した。
中身はシャープペンの芯のような物体。見覚えがあるような。
「このミレンさんの髪の毛なんですが……」
「え、それどうみても髪の毛じゃなくない?」
「ですです」
そうそう。どう見ても髪の毛じゃない俺の髪の毛である。
「あ、ええと……そっか。チーターさんとイエイヌさんは知らないですよね」
訝し気な視線を注ぐ2人にかばんさんが説明する。とはいっても「俺の体の一部は分離すると硬質化することがある」という不可解極まりない現象。要領を得るのは難しい。
「と、とにかく。見た目がちょっと気になったのでこれも検査機にかけてみました。そうしたらこの『ミレンさんの髪の毛だったもの』と四神の石板はほぼ同じ組成である、ということが判明したんです」
「そせーってなに?」
「同じ物……ってことですか?」
「厳密には違いますがだいたいその認識で合っているのです」
「ふーん」
イエイヌに頷いて見せる博士。チーターはかばんさんの持つ試験管を見つめてから「だからどういうこと?」と言いたげに周りを見回す。
「ミレンは四神と同じ性質、サンドスター・ロウやセルリウムを浄化する力を持っているのです」
「チーター。お前もミレンと交尾をしたことがあるなら身に覚えがあるのではないですか? 体が軽くなったり、力が以前より増していたり……」
「あるわよ。って、あれってもしかしてミレンのおかげだったの?」
博士と助手はこくりと頷き、チーターは尻尾をくねらせながら顎に指を添え、やがて俺に向かって勢いよく振り向く。
「ミレン! これから毎日沢山交尾しましょ!」
「毎日沢山はいやどす」
にやにやしながら言わないでもらいたい。迫る理由ができたとでも思っているのか。
俺は目にハートマークを浮かべるチーターをばっさり切り捨てつつ、バックパックと帽子を再び身に着けた。
「自分のことはどうでもいいでしょう。これから塔へ向かいます」
「今からですか? 少しお休みになった方が」
気遣わしげな視線を送ってくれるかばんさんにかぶりを振り、窓の向こうを指し示す。
「あの雲ですよ。海底火山の活動も活発化しています。いつセルリウムレインが大量に降って来るか分かったもんじゃない」
「で、でも。ミレンさんはずっと動きっぱなしじゃ」
「…………最後にセルリアンフローが起きる程の降雨が確認されてから、2年以上経つそうですね」
「っ!」
かばんさんは目を見開いた。
2年。その年月の意味は彼女にとって大きな意味を持つ。
「わかり、ました……でも、それなら私もお手伝いします」
切なげに目を伏せたかばんさんは真正面から俺を見つめ返し、きっぱりとした口調で言い切る。
こういったヒトの意思の強さは変わらないものだ。
俺は頷き、イエイヌとチーターに振り返る。
「俺はちょっと出かけ」
「わたしも行きます」
「私も行くわよ」
閉口せざるを得なかった。どちらもかばんさんに勝るとも劣らない眼力で俺を見つめていたからだ。
「どうせ1人でやるつもりなんでしょ? でも、私だって途中でやめるのは性に合わないの。だから私はあなたを1人になんてしない」
「でも1人で抱え込まないでください、ご主人。辛いことや苦しいことがあれば、いっしょに分かち合いましょう」
穏やかな口調、それでいて言い聞かせるような言葉に何もかも絆されるような心地を覚える。
なぜだろうか。時々、彼女達フレンズがヒトの心を浄化する術を持っているのではないかと感じることがある。
「分かち合う……」
ヒトの汚濁を?
駄目だ、と俺の理性が告げている。
「分かった。イエイヌ、チーター……俺と一緒に来てくれ。頼む」
「はい!」
「うん!」
それでも……頼りたかった。
憎悪の炎にくべる焚き木でなく、静かな寄る辺として。
「んー……どこに行ったんだろう、うーん……」
準備の為に自室へ戻ったかばんさんをエントランスで待っていると、大きな耳の目立つフレンズがキョロキョロとしながら横切った。
「どこかなあ……」
不安げな声を出し続けるサーバルである。キュルルとカラカルという同行者達の姿はない。
なんでも、キュルルが『たまにはみんな1人の時間を過ごそう』という提案をし、すぐに実行したそうだ。
「どこだろう……」
そしてサーバルは迷わずその時間の使い方を『かばんちゃんと一緒に過ごす』にした……というのは今朝方すれ違った助手から聞いた内容である。
「サーバルさん……?」
イエイヌが首を傾げるのも無理はない様子だった。
まだ出会って間もないが、こうまで不安を露わにするサーバルは珍しいと理解しているのだ。
「おーいサーバルさーん?」
それは俺も同じで、何か力になれることがないかと呼びかける。
「あっ! ミレンさん!」
「どうしました?」
「えっとね。かばんちゃんを見なかった? 昨日の夜まで一緒に居たのにどこか行っちゃったみたいなの」
ぱっと明るい表情を見せ、再び眉を下げるサーバル。
彼女の不安の種は暖かみを覚えるなごやかなもので、俺は微笑みながら背後を振り返った。
「かばんさん? それならもうすぐ……」
「ミレンさん、お待たせしまし──」
「かばんちゃんっ!」
「わあっ!?」
研究室のドアを開き現れたかばんさんに向かってサーバルが大跳躍。
かばんさんは目を見開きながらも咄嗟に腕を伸ばし、自身に向かって落下するサーバルの体を優しく受け止めた。
「かばんちゃんどこに行ってたのー!? 居なくなってたから探したよー!」
「う、うん。ごめんねサーバルちゃん。ぐっすり寝てたみたいだったから……」
「よかったぁー! ひとりぼっちにされたのかと思ったよー!」
サーバルはかばんさんに縋り付いて安堵の言葉をしきりに漏らす。かばんさんは苦笑しつつサーバルを抱っこし、やがてやんわりと自分の体から引きはがす。
「えへへ♪ かばんちゃ、ん……その、恰好」
サーバルは相手の顔を視界に入れてにっこりと笑い、だがその視線が徐々に下がるにつれて表情から色が失われて行く。
かばんさんは動きやすいフード付きのジャケット姿で、足元はアウトドアブーツだった。
「も……もしかして外に行くの……?」
「う、うん。そうだけど……」
「だ、だめだよっ!」
初めて声を荒げる彼女を見た。どこか咎めるような、それでいて不安と心配をないまぜにしたような声だ。
サーバルはその表情を大きく歪ませて、エントランスの大きな高窓を指差す。
「外はあんなに暗いんだよ? きっと雨が降って来ちゃうよ!」
「うん。でも、僕もミレンさん達と一緒に行かなくちゃ──」
「やだやだ! かばんちゃんが行っちゃやだよ!」
「サ、サーバルちゃん……?」
「すごい駄々っ子ね。イエイヌみたい」
「え? わたしですか?」
「やっぱりこうなりましたね、博士」
「まあよいではありませんか、助手」
再びサーバルがかばんさんにひしと抱き付いた。今度は離れないぞと言いたげに両手両足を巻きつけ、頭をこすり付ける姿は駄々っ子そのものだ。いつの間にか現れていた博士と助手もやれやれと言いたげに、それでいて安心した様子で語り合っている。
「は、離してサーバルちゃん」
「やだやだー!」
駄々をこね、しがみ付くサーバルは幼い子供である。
そう、親に縋る子供────。
「一緒に居てあげた方が良いですよ」
俺はずきりと痛む心地から目を逸らし、かばんさんに呼びかけた。
「ミレンさん……?」
「別に辛いことまで思い出す必要はないと思いませんか? 大丈夫、すぐに片付けて来ますから」
耳元で自分の名前を呼び続ける存在が大きかったのだろう、かばんさんは食い下がらなかった。
「これも持って行くのです、ミレン」
雨の心配はあったが速度を重視し、ガレージから再度バイクを引っ張り出していると見送りに来てくれた助手が小ぶりな樹脂製のケースを差し出した
「この薬剤は?」
ケースの中には薄っすらと青みを帯びた液体で満たされた容器が2本収められており、どうやらセルリウムシリンジと同じ注射器であるようだった。
「『フィルタリングシリンジ』です。元々はお前の血液なのでセルリウムシリンジと同じ効果が得られますが、できればセルリウム汚染されたフレンズに対して使うことをおすすめするのです。こちらは本数も少ないので」
「なるほど。助かります」
「早く戻ってくるのですよミレン。胸騒ぎがするので……この天気は、私も屋根の下に籠っていたくなるぐらいなのです」
頭上を見上げた博士がぼそぼそと言う。普段通りの口調のはずだが、どことなくトーンが下がっているように思える。
「ええ……そうですね、確かに」
空を覆う重苦しい空気が、纏わりつくような湿気を帯びているせいだろうか。
「ご主人」
「ん?」
俺はバイクのハンドルを握ったまま後部座席のイエイヌに軽く意識を向けた。
今度は何を指摘されるのか、だんだん楽しみになっている自分が居る。
「かばんさんとサーバルさん…………えっと、ごめんなさい。やっぱりなんでもないです」
「おいおいそりゃないだろ」
「ほ、本当になんでもないんです。ただ、懐かしいなって思って」
「前のご主人のこと?」
風を切る音だけがしばらく耳を打ち、やがて背中に強く密着するイエイヌの体温を感じる。
「いいえ、その。前というか……むしろず──」
「ちょっとふたりとも暗い感じはよしなさいよ!」
サイドカーから身を乗り出したチーターが真っ直ぐ天を指差す。
「ただでさえ空が暗いんだから。ほらミレン、もっとこれを早く走らせないと本当に雨が降ってくるわよ!」
チーターの丸まった手がぺしぺしと俺の肩を叩く。
確かに彼女の言う通りだ。今は前を見て運転に集中するとしよう。
俺は横目で「了解」と返し、手元のアクセルを握り直した。
「ミレン。まもなくバイパスへの分岐です。右折の準備をお願いします」
「はいよ」
タンクに取り付けたバックパック。そのメインポケットから顔だけ出したラッキーがナビを務めてくれている。
やがてジャパリロゴが唯一の装飾である小さな倉庫のような建造物が右手に現れ、ラッキーの遠隔操作で閉じているシャッターが開く。
クルー専用の、バイパスへの入り口だ。
「あっ、雨です……」
イエイヌの声に釣られ、見上げればゴーグルに黒い水滴が付着した。
「降って来たか……」
セルリウムレイン。
急ぐべきだ。だが焦ってはいけない。車両の運転は常に冷静に。
バイパスの入り口から先は長い下り坂で、徐々に平坦になる通路はかまぼこ型にくり抜いたようなトンネルへと変化した。
「ここも暗いわねー」
隣からチーターの声がした。
電力が寸断されているのか各所のLEDも消え、唯一の光源は道路の中央線を照らし出すバイクのヘッドライトのみ。その光線の行く末は先の見えぬ暗闇だ。
「この前ご主人と行った『けんきゅうしょあと』にも似た場所がありましたね」
「バイパスさ。ヒトが効率良く移動する為の道だよ……っ?」
「この前? ちょっとイエイヌ私にもその話聞かせにゃっ」
チーターがサイドカーの座席の上で少しつんのめる。俺が前輪のブレーキを強めに効かせたからだ。
「もうなんなのミレ」
人差し指を口元に当てる俺を見たチーターは慌てて口を塞いだ。
俺は2人に見えるよう手を掲げ、トンネル側面の非常駐車帯を指し示す。死角になっているその隙間、そこから赤い光が一瞬だけ覗いていたのだ。
あれは非常灯の色ではない──。
俺が無言を保ったままバックパックのハーネスからサブマシンガンを抜き、銃身側面のフラッシュライトを点灯させるとイエイヌが音もなくタンデムシートから降り立った。チーターもサイドカーから軽やかに飛び出し、俺もそれに続く。
「そこに居るのは誰だ。フレンズなら……ええと、ちょっと出てきてもらえませんか」
はっきりと揺れ動く気配を感じた。しかし光を向けてなお隙間には暗がりが満ちている。
イエイヌに目線で問うが、鼻をひくひくさせた彼女は首を捻るばかり。
「フレンズじゃないなら──」
チャキン……
叩くようにして前進させたサブマシンガンのボルトが無機質な音を響かせ、いつでも発砲できる態勢を整える。
すると隠れた気配は何かをぶつけたような軽い音を発し、それは俺の脳内で『構えろ』という指示に変換され、従った肉体は瞬時に銃口を安定させた。
「わわわわ、分かった!」
少女の声。ほぼ同時にサブマシンガンのライトが照らす範囲に姿を現したのは──
「う、うう撃つなよ! この通りだからな!」
「君は……」
こげ茶色のフードから覗くライトグリーンの瞳と髪。胸元から伸びるピンク色のリボン、少々短い蛇のような尻尾。そして足元は何故か一本下駄。
「ツチノコさん……?」
両手を挙げてぷるぷると震える少女は、アニメの中でもひときわ印象深かったフレンズだった。