※この作品はR-18です。

1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結)   作:らんどまーく

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フィルタリングタワー.1 地下バイパス

「お、お前……生きてたのか?」

 

 両手を挙げたフレンズは細長い尻尾を硬直させ、俺の顔を凝視してその言葉を放った。

 

 会ったのは初めて。誰かから死んだと思われてしまう程の出来事は1度きりだ。おまけにそれを知っているのはイエイヌやかばんさんといった一部のフレンズだけ……きっと誰かと勘違いしているのだろう。

 

「ん、んん……?」

 

 彼女は両目を何度もこすり、しきりにまばたきをする……やはり俺の顔を見つめながら。

 

「違う……あいつじゃない。ピット器官で見るとそっくりだな……」

 

 独り言は続いている。

 俺はとっくに安全装置をかけた銃からライトを外し、胸のハーネスへ付け替えながら相手が落ち着くのを待つことにした。

 

「なあ、お前がミレンってやつなのか? 本物のパーククルーなんだろうな?」

 

「その名は自分だけのはずです。あと暫定クルーですけどね」

 

「ほ、本当か? 本当だな?」

 

「ちょっとあんた。会って早々疑って来て何のつもり?」

 

 腰に手を当てて迫ろうとするチーターを腕で止めた。

 

 この反応は普通じゃない。何と言って信用してもらうべきか──。

 

 そう悩みながらイエイヌ持ち前の穏やかな対応を期待していると、思わぬ所から助け船が出される。

 

「こんにちは、ツチノコ。私は、ラッキービースト2型です」

 

「うえぁぁあいたっ!?」

 

 ツチノコは大きく後退って後頭部をトンネルの壁面にぶつける。……痛そう。

 

「どうか怯えないでください。ミレンは私達が認証した、信頼できるクルーです」

 

「あいてて……ラ、ラッキービーストが、話しかけてるのか。オレに……」

 

「はい。こうしてあなたとお喋りができるのも、彼の出した指示のおかげです」

 

「そ、そうか……そうなんだな」

 

 いつの間にか俺達の足元に居たラッキーを見つめ納得の言葉を繰り返し、彼女はようやく平静を取り戻した様子でポケットに手を突っ込む。

 

「その、色々取り乱して悪かった。オレは……ツチノコだ」

 

 踏み出した下駄が、カツンという音を響かせた。

 

 

 【????? ツチノコ Tsuchinoko】

 >アーカイブプログラム起動....アーカイブレベル〔141〕

 >フレンズとのリンク成功

 

 

 

 

 

 

「ツチノコさんはこんなところで何をしてるんですか?」

 

 互いの自己紹介を終えるとイエイヌが真っ先に問いかけた。全く同じ言葉を発しようとしていた俺が頷く。隣でチーターも同じような仕草をしていた。

 

「んおぇぁ!」

 

 ツチノコはまた変な声を出して壁の隙間に入り込んでしまう。さっきと違って顔と尻尾は出しているが……。

 

「なんで引っ込むのよ」

 

 そう。それが言いたかった。

 

「じろじろ見られるのは落ち着かないんだよ! わっかるだろ!」

 

 ぴしぃ!

 

 ツチノコは当たり前のことを聞くなとでも言いたげに声を張り上げ、その細長い尻尾をトンネルの壁面に叩きつけた。

 

「やれやれね」

 

 チーターは呆れ顔を浮かべ、いつものような優雅な手つきで髪をとかす。いつの間にポニーテールをほどいたのだろう。

 この様子だと自分で髪をくくることもできそうなものだが、何度でも俺にさせようとするから少々困りものだ。

 

「ぐぬぬ……」

 

 ツチノコもずっとそうしている訳にも行かず、結局隙間から歩み出た。

 

 この恥ずかしがり屋な気性は元々の習性なのだろうか。ツチノコと言えば存在するかも分からない未知の探求対象として有名だ。

 

 蛇か何かの突然変異種が迷信や噂によって姿を変えられ、やがて人々の頭の中だけに生まれた動物……俺はそう考えていたが、こうして実物のフレンズに出会った今ではその考えを改める必要があるかもしれない。

 

「オレは……遺跡の入り口を探してるんだよ」

 

「いせき?」

 

「塔だよ、塔。タワー。知ってるだろ」

 

 そう言って、未知の対象だったフレンズはイエイヌに肩をすくめてみせた。

 

「わたしたちもそこへ向かってる途中なんです」

 

「…………なるほどな」

 

 予想通りと言いたげに俺を見やるツチノコ。

 

「オレは遺跡巡りが好きなだけだ。ヒトのあーだこーだは知らん」

 

 ツチノコは片目を閉じ、俺の疑問を含んだ視線にそっけなく答えた。

 先手を打ったというよりは本当に知らないのだろう。相手の視線や言葉の抑揚、培ってきた経験がそう理解させてくれる。

 

 唯一『ヒトのあーだこーだ』という事柄を知っている、ということ以外には。

 

「で、ここに居るってことはだ。お前らも上から入るのが無理だってのは知ってるんだろ?」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ツチノコはそのまま言葉を続けた。

 

「ええ」

 

 塔の地上部、入り口が設けられた地上5階までの穴という穴は全て瓦礫が塞いでいる。事前に映像で見た限りそれは爆破によって出来た物で、それより上はサンドスターか何かの凝固体、塔を虹色に彩るモノによって覆われている。地上1000メートルにまで行けばヘリポートがあるらしいが……そこから中に入れるかは不明だった。

 

 よって塔内部に進入するには地下のバイパスからアクセスする他にない。便利なショートカットは存在しないのだ。

 

「じゃあこのなげー道があちこち枝分かれしたり、崩れたりしてるのもか?」

 

「枝分かれしていることだけは……」

 

「ならオレについてこい。……実はな、途中にセルリアンも居るんだよ」

 

 こちらの誰かの訝し気な視線に気付いたのか、ツチノコはバツが悪そうに頭を掻いて付け足した。

 彼女は回避できない障害物を処理して欲しい。こちらへの見返りは塔までの道案内という訳だ。

 

「是非お願いします。2人共いいか?」

 

「もちろんです!」

 

「はいはい」

 

 口調こそ違うがどちらも快諾だった。頷いた俺はバイクへと……待て、ツチノコが勝手に先へ進もうとしている。

 

「ツチノコさん、歩きだと時間がかかり過ぎます。行ける所までこれに乗って行きましょう」

 

「その乗り物ちっこいし、俺が乗れる場所なくねーか?」

 

「大丈夫。あなたは乗せられそうです」

 

 俺はタンクに据え付けたバックパックをできる限り前へずらして手招きをする。

 

「ここに座ってもらえます?」

 

「こ、これでいいのか?」

 

「ええ」

 

 疑問の眼差しで歩み寄ったツチノコをシートの前方へ跨らせ、俺はその後ろへ。

 

「お、おお、おおおおい!」

 

「はい?」

 

「せ、せまっ、ていうか、ひ、ひっついてんぞぉ!?」

 

「ああ……まあ、あまり褒められた乗車体勢じゃないですね。でもツチノコさんは小柄だから運転に支障はないですよ。尻尾は動かさないでくださいね。イエイヌ乗れたか? よし」

 

 固く強張ったツチノコはタンクと俺の間で軽くホールドされているのだ。こちらとしては小さな子供を前に乗せているような感覚で、見える範囲に居てくれる方がむしろ安心できる。

 

「ミレンとくっついてられるんだから感謝しなさいよ。私なんて尻尾が長いからって強制的にこっちなんだから」

 

 チーターは手早く髪をまとめながら自分の尻尾を見せつけるように伸ばした。やっぱり自分でくくれるんじゃないか。

 

「そ、そういう問題じゃねーよ!」

 

「すみませんけど諦めてください。セルリアンが出るならうるさくするのもNGで」

 

「く、くそぅ……ん?」

 

 観念してタンクにへばりつこうとしたツチノコは目の前のバックパックに視線を固定する。表情は見えないが、物珍しそうにしげしげと眺めているようだ。

 

「お前、やたらと『ぶき』を持ってるんだな」

 

 血付きの木刀にショットガンにサブマシンガン……腰のホルスターにはハンドガンまで。フレンズ達にさほど気にされたこともなく今まで意識していなかったが、考えてみると今の自分は歩く武器庫のような物だった。

 

「触っちゃ駄目ですよ」

 

「知ってるっての……」

 

 ぼやくような返事の意味を深く考えないようにしつつ、俺はエンジンをスタートさせた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくの間、俺達はツチノコの助力を受けながら地下バイパスを進んで行った。

 彼女の言った通りトンネルには崩落や破損によって塞がれた箇所が存在し、デバイスに残っていた元々の単純なルートは使えなかった。

 

 よって側壁の崩落などで発生した別の抜け穴や避難用の通路で迂回を行う訳だが、その途中には様々な障害が待ち構えていた。

 

「クソッ。この扉、前はちゃんと開いたんだけどな」

 

「非常扉ですね。うーん……電力が落ちてるな。ええと電源部の回路はそこのパネル下か……ローテクで助かる。開閉の信号線も焼き切れてるな……こっちの線を切って適当にギボシってバイクのバッテリーから給電して…………」

 

 

 >ルート70の不正解錠を確認

 

 >ウイルスコード未感染デバイス使用者へ告ぐ

 >速やかに塔内部へ後退、防衛せよ

 >IDNO.0094より対人武装使用許可発令済み

 

 

「うーん……開いたから良しとするか」

 

「おぉお! さすがクルーだな、見直したぜ」

 

 非常扉が開かずツチノコがげしげしと蹴りを入れるという事態が発生。ラッキーから扉の設計図を見せてもらい無理矢理開かせたが、そこでデバイスに突然表示された警告文には引っかかりを覚えた。

 

 

 

「待ってミレン。何か音が聞こえてくるわ」

 

「セルリアンの匂いが……後ろからたくさん来ます!」

 

「おいミレンっ、この乗り物をあの瓦礫の影に隠せ! 音と光も消すんだぞ……!」

 

「了解……!」

 

 

 

 

 ──せ…………

 

 ──……つ……

 

 ──……ん……べ……

 

 

 

 

「………………行ったな」

 

「結構居たわね。でもあれぐらいの数と大きさならやっつけられるわよ?」

 

「馬鹿言うなっての、あいつらだけじゃないんだぞ。一度見つかったら次々に湧いて来て大騒ぎになっちまう」

 

 チーターの聴覚、イエイヌの嗅覚のおかげでバイパス内を徘徊するセルリアンから安全に身を隠すことができた。

 

 また、ツチノコ曰く「アネガのセルリアンは気味が悪いのが多いからなるべく戦いたくない」とのこと。

 足長の多脚、巨大な蜘蛛、大量の目が印象深い船型……思い返せば俺の記憶でもよりどりみどりだった。

 

 

 

「待て。左にセルリアン……やっぱりまだ居やがったな」

 

「他に道はないの?」

 

「ここだけはどうしても通らないといけねーんだよ」

 

 小声で相談。

 ツチノコが示す通路の分岐はT字路になっており、一方は俺達が来た道、その反対側は塔から離れて行く別ルート。目的地へはその分岐を左折する必要があり、しかしそこには1体のセルリアンが背を向けて塞いでいるという状況だった。

 

「なあお前ら。こいつを1撃で、静かにやれるか?」

 

 ツチノコが俺の持つタブレットの画面を指差しながら言う。ラッキーが曲がり角からこっそりと覗き見している映像だ。

 

 画面に映るのは背を向け佇む赤いセルリアンが1体。

 微妙な曲線を描いた逆三角形型で、頭部にはツノだか耳だかよく分からない突起が生えている。弱点である石は背面に存在してはいるものの、薄い殻を持つ体に殆ど埋もれている。

 

「1撃で、ですか? うーん、殻があるので絶対とは……」

 

「静かにってのも無理ね。ほら、セルリアンってやっつけたら『ぱっかーん』て音が鳴るじゃない? それにここ、よく響くし」

 

「やっぱ無理矢理突破するしかねーか……」

 

 静かに1撃で、という響きに自然と俺の意識は吸い寄せられた。

 バックパックのベルトに差し込んだ木刀を見る。長さは十分。一応実績もある。

 

「自分がやってみます」

 

「できるのか?」

 

 ツチノコは疑問の言葉に不安を混じらせていた。イエイヌとチーターも概ね同じ意見だったようで、ツチノコの問いに頷きこそしないが気遣わし気な視線を送ってくる。

 

「任せてください」

 

 見栄やプライドではなくそれが最も確実だと判断した。だから俺は気負いなく答え、仮に失敗した時は全員で突破する強硬策、いわゆるプランBを確認し合ってから木刀を手に取った。

 

 曲がり角に徒歩で向かえば壁際に張り付いていたラッキーが俺を見上げ、静かに道を譲ってくれる。

 会釈を返しながらも俺は立ち止まらず、親しみ慣れた道を散歩するかのような足取りで角を曲がった。

 

 セルリアンは10メートル程先に浮かんでいる。

 

 

 ──全て平常心だ。歩いて小石を退かす。それと変わらない。

 

 

 タブレット越しに見るよりも実際は小さい。精々平均的な成人男性程度の大きさだろうか? なおのことやりやすい相手である。

 

 

 ──足を踏み下ろすな。舞い下ろせ。

 

 

 昔の仕事はこういったやり方を取ることが多かった。

 こうした暗闇の静寂はとても心強く……ああ、もう届く範囲に居た。

 

 

 ──処理する。

 

 

 右手に握った木刀、柄の『ジャパリパーク』というロゴが掠れかけているそれを無造作に突き出す。まるで、リレーのバトンを次の走者に受け渡すかの如く。

 

 ぱき、という小さな音と共に木刀の切っ先が相手の体を貫いた。もう1歩踏み出して体重を乗せれば、外殻を砕いて留まっていた刀身が深く沈み込んで行く。

 

 

 ──せ……んべ…………つ……

 

 

 ぱかん。

 俺だけが聞くことのできる謎の声と小さな小さな破裂音を発し、セルリアンは砕け散った。

 細切れのキューブ状に散らばったそれらは、見る見るうちにドライアイスのように消え失せて行く。

 

 

 ……ハント完了。

 

 

 心の中で呟き、周りを一瞥してから踵を返す。

 

「やりましたねご主人!」

 

「本当に静かだったわよ! それに1撃!」

 

「お前……」

 

 小声だが興奮した様子で寄って来る2人と違い、ツチノコは若干呆けた表情で俺を見上げていた。

 そんな彼女はこちらが声をかけるより前に目を逸らし、フードの陰に目線を隠してしまう。

 

「……それじゃさっさと行くぞ。急ぐんだろ」

 

「ちょっとツチノコ。折角ミレンが頑張ったんだから褒めてあげなさいよ」

 

「いいんだ。行こう」

 

 俺は眉をつり上げるチーターをなだめながら停めていたバイクへ向かう。

 ツチノコは何も言わず腕を組み、座席の前の方にちょこんと座っていた。

 

 嫌われているということはないはずだが、どうにも彼女はこちらと距離を置こうとしているようだ。

 相手の深くへ入り込もうとしないその姿勢。それはこれまで出会ったどのフレンズよりもヒトらしい……そう感じた。

 

 

 

 

 

「着いたな。ここが塔の入り口のはずだ」

 

 車両が何台も並んで通れる巨大な扉……それを、バイクのヘッドライトが照らし出す。

 研究所跡の地下にあった扉と殆ど同じ無機質な鋼鉄製で、暗闇の中で1枚の壁と化したそれは一層重厚な雰囲気を醸し出していた。

 

「ちょっとちょっと、行き止まりじゃない」

 

「この壁……開くんじゃないでしょうか?」

 

「開く。やり方は知らねーけどな、()()()

 

 バックパックを背負い直した俺は皆の視線を感じつつ、視界に表示された文字列に目を走らせる。

 

 

 

 >職員のIDを検知

 ようこそ クルーIDNO.0925

 

 当施設の入場条件を確認して下さい。

 

 ・セキュリティクリアランス4以上の武装クルー

 ・正規登録済みラッキービースト

 ・音声暗号入力(※重大セキュリティ事案発生時追加項目)

 

 >入場条件一部クリア

 >集音マイク動作中

 

 

 

「こちらは暫定クルー、五ツ木之未練。ゲートの開放を願う」

 

 

 

 >当施設は約170000時間前に複数の要注意人物の侵入、死傷者の発生、セルリアン反応の検知等の理由により『危険区域』として状況が更新され、封鎖中です。

 

 >当施設への進入は十分な注意と準備の元、複数のセキュリティクルーが行ってください。

 

 >よろしいですか?

 

 

 

「承知した」

 

 

 

 >音声暗号入力が設定されています...

 >けものが?

 

 

 

「お好きですか」

 

 ガゴン、というロック解除音に続いてゆっくりとゲートが開いて行く。

 周囲を覆っていた闇は向こう側から漏れ出す非常灯の光でぼんやりと滲み、俺達の姿を影と共に浮き上がらせる。

 

「…………ここには何もない」

 

 構えていたサブマシンガンを下ろす。

 隣接する区画は駐車場だ。長い期間放置されたからかパンクした状態のバンやバス、それと無人の検問所があるのみ。ここから見る限りでは惨劇の気配は感じられない。

 

「ツチノコさん?」

 

 イエイヌの呼びかける声。振り向けばツチノコの背が闇の中に消える寸前だった。

 

「どこへ──」

 

「帰るんだよ。てつだ……遺跡の入り口は見つけたからな」

 

 ぴたりと歩みを止めた彼女はほんの少し首を傾け、俺の言葉を遮った。フードの赤い光……ピット器官という物だろうか、それがこちらを見つめ返しているような気さえする。

 

「帰るって……あんたひとりじゃ危ないわよ」

 

「オレは隠れるのが上手いんだよ」

 

 チーターにそう返した彼女は「1人なら尚更な」と付け足し、赤い瞳の視線が外れる。

 仕事を終え、早く帰りたがっているヒトのような口調だった。

 

「ありがとうツチノコさん。どうかお気を付けて」

 

「こっちの台詞だっての」

 

 ツチノコの尻尾が挨拶でもするかのようにぷらぷらと揺れる。まるで穏やかなリズムを刻むメトロノームのように。

 

「お前を見てるとあの日を思い出しちまう……またあぶねーもんが落ちてこなけりゃいいんだがな」

 

 彼女の背中は完全に見えなくなった。

 

 意味深な言葉を咀嚼しようと押し黙っていると、低く落ち着いた、まるで別人のような声が闇の中から響く。

 

「生きてろよ、ミレン。またな」

 

 それを最後に、彼女の気配は完全に消えてしまった。

 

 偶然にしては……タイミングの良すぎる同行者だった。

 おかげでかなり時間を短縮することに成功したので、今は感謝しておくだけに留める方が良いのだろう。

 

「行っちゃったわね。変な子」

 

「なんだかご主人のことを知ってるみたいでしたけど……」

 

「初対面だよ。彼女、クルーの友人でも居たのかな」

 

 俺たちは地下バイパスの暗闇をしばし眺めた後、タワー上部へと向かう為に地下駐車場へ足を踏み入れた。

 

 古びた車両の多くは慌てて乗り捨てた跡が残されている。区画線にはタイヤ痕がくっきりと刻まれ、中には車止めの縁石に乗り上げた車両すらある。検問所の遮断機だけはきちんと下りた状態で、折れていないことに少し違和感を覚えた。

 

「『乗り物』がたくさんありますね」

 

「ああ。随分焦っていたみたいだ」

 

 戦闘の形跡こそないにせよ、事の起こる寸前の混乱を予想させるには十分。

 それに……妙に空気が重たい。酸素が薄いとか変な匂いがするとかではなく、精神を蝕むような重圧が満ちているのだ。

 

 この感じは、海底保管庫のそれと似ている。

 

 隣で辺りを見回すイエイヌもそれを感じ取ったのか、いつもより寄り添う距離が近かった。

 

「……嫌な感じがする。ラッキー、周囲をスキャンできるか?」

 

「可能です」

 

「頼む」

 

「ねえ早く行きましょ。疲れちゃった」

 

 チーターは先程から駆け足で短い距離を行ったり来たりし始めていた。バイクのスピードが遅過ぎたのか肩がこったのか、とにかく体を動かしたくてしょうがない様子だった。

 

「こーら、あまり離れちゃ駄目だチーター。戻っておいで」

 

「もう、分かったわよ」

 

 いつの間にか検問所の傍まで到達していたチーターが渋々速度を落とす。しかし急には止まれず、何歩か進んだ彼女の体が遮断機の棒に触れる。

 

 

 

 ピピピー……

 

 

 

 音だけで、ぶわりと鳥肌が立つ。

 

 

 

 >特定危険周波数検知

 >スマート地雷

 

 

「ッ!!!」

 

 デバイスの文字列を理解する前に、俺の体はチーターに向かって飛び出していた。

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