1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
表現がちょっとグロいのでご注意願います。
「わきゃあっ!」
地雷が敷設されているであろう検問所側に背中を向け、半ば突進する勢いでチーターを押し倒した。そのまま来たる衝撃に備え、硬く身を伏せる。
運が良ければ俺の背中がズタズタになるだけで済む。
威力によっては俺の体の一部が消えるか、最悪の場合チーターと一緒にミートボールか──。
「…………」
予想に反し何の変化も訪れなかった。
爆発の衝撃や耳をつんざく破裂音、殺到する鉄球や破片がもたらす激痛も。
「ご主人っ」
「待てイエイヌ。ラッキー、何とかできないか?」
「可能です。少々お待ちください」
>LB Type2(バディ)マニピュレーター起動
>スマート地雷×1 確認中...(30%)
背後で小さな機械駆動の音がし、デバイスのHUDにはスキャンの進行状況が表示される。
「ミ、ミレン?」
「動くな。じっとしてるんだ」
まだ動いてはいけない。運良くセンサー外へ逃れたならそれは僅差であろうし、物によっては時間差で発破する地雷もある。
「う、うん」
俺はチーターに覆いかぶさったまま伝えた。彼女は置き場所のない視線を俺の顔や胴体に散らしつつ、縮こまって耳を伏せている。
「スキャン完了。この地雷に発破の恐れはありません」
「確かか?」
「はい。タイマーの有効期限が2日前に切れています。再度設定しない限り、この地雷は無害化された状態を保ちます」
「そうか……」
もしもあと2日ここに来るのが早ければ──
紙一重の差に背筋が震える。俺はありえたかもしれない凄惨な光景を頭の中から振り払い、立ち上がってチーターに手を差し伸べた。
「いきなり悪かったよ、チーター。怪我は?」
「うん……びっくりしたわ。ちょっと嬉しかったけど」
チーターは目を逸らしながら頬を染め、小刻みに耳をぴくぴくさせた。
さっきの俺の行動の意味を理解していないようだ。知っていたら知っていたで驚くのはこっちだが。
「あ、あのっ、ご主人」
一歩踏み出した姿勢で固まったイエイヌが助けを求めるように俺を呼ぶ。
いけない。『待て』という命令を出したのは俺だ。
「イエイヌもごめん。もう自由にして大丈夫」
いつもの調子で言えばイエイヌが急いで駆け寄って、不安げな眼差しを向ける。
そんな彼女の足元ではラッキーがポーチの中から小型マニピュレーターを作動させ、遮断機の根元に取り付けられた円盤を持ち上げている最中だった。
「何かあったんですか?」
「ああ……その、罠がね」
「ワナって地面すれすれに張られたツルとか、落とし穴とかのことよね?」
チーターが苦虫を噛んだような呆れたような、やや憤まんとした雰囲気を漂わせる。まるで自分がその被害にあったかのような口調だが……まあ、触れないでおこう。
「もっと性質の悪い代物さ」
「もっと?」
俺は足元にやって来たラッキーに視線を移す。耳の上に乗せた物体の重量のせいでふらふらとした足取りだ。
「ミレン、地雷の撤去が完了しました。再利用可能ですがいかがしますか?」
「ご苦労様ラッキーさん、一応貰っときます。……これがその罠」
ずしりとした重みを持つ破砕型の地雷。目立たないオリーブ色のそれには電子的な機構が備わっているのが外観からでも見て取れる。側面には小さく『日本国製』という刻印が打たれ、俺の祖国と共通するのはもはや名前だけかと苦笑が漏れそうになった。
「なにこれ。カクカクしたじゃぱりまんみたい」
「これは食べ物じゃなくて危ない物だ。見かけても近寄らない、間違っても猫パンチはしちゃ駄目」
「危ない? これが?」
好奇を含んだ視線は地雷が収納されるまで注がれていた。
俺は少し重くなったバックパックを背負い直し、逡巡してから口を開く。
「もしもこれが爆発……ちゃんと作動していたら、運が良くても俺の体の一部が吹っ飛んでいたはずだ」
自分でも不思議なぐらい平坦な口調だった。
チーターは徐々に意味を理解して口をあんぐりと開き、イエイヌに至っては顔を青ざめてすらいる。
「ご、ごめんなさいミレン。私のせい……よね」
「いやまさか。君のせいじゃないよ」
チーターの肩を軽く叩いて元気付け、駐車場から上へ続いているであろう非常階段に意識を向ける。
「とにかく注意するんだ。ここから先はラッキーさんの先導で行く。2人共できるだけ俺の傍を離れないように」
気を引き締め直し上を目指す。そうしなければ無事で居られない場所だからだ。
例えば──
「あっ。あそこ、足元に透明なツルが見えるわ」
「ブービートラップ……まだ作動するはずだ。俺とラッキーさんが処理するからその場で待機してくれ」
階段の足元にワイヤーを介した手榴弾(普通の対人用。経年劣化でピンが錆びていた)がセットされていたり。
「チョウチョの羽……みたいなのが、たくさん散らばってます……」
「これも普通の地雷だな」
「処理します。離れていてください」
「…………」
踊り場に多数の小型地雷(普通の対人用。やはり錆びて駄目になっていた)がばら撒かれていたり。
「どうしてこんなにワナが仕掛けてあるんでしょう…………」
「そりゃあセルリアンを引っかけるためじゃないの?」
「そう、ですよね……」
途中、イエイヌとチーターによる小声の会話には混ざらなかった。
ここで何が起きたにせよ、少なくとも今を生きるフレンズには無関係のはずだ。
「警告します。ワイヤートリップに繋がるショットガンを扉の反対側上部に確認。射角は扉に対し水平。デバイスに透過表示を行います」
「了解……はいはいだろうね」
挙句の果ては地上階への出入り口の扉近くに小型のショットガンが設置されていた。扉を開けば丁度体がくぐった辺りでトリガーが引かれ、踏み込んだ者に散弾が殺到するという代物である。そのトラップが狙う位置は俺であれば首。平均的な成人男性の身長なら頭だろう。
バガンバガンッ!
ドガッ!
バガンッ!
スラッグ弾を装填したショットガンに続け、後ろ蹴りでドアを破れば虚空に対しトラップが作動した。
地面に倒れ行くドアだった物体に無数の穴が空き、埃を舞い上がらせる。
「む……」
急速な扉の開放によって目前の空間から空気が溢れ出す。
火薬と血の匂い。時が経っているにしてはやけにはっきりと嗅ぎ取れる、違和感のある臭気の訴えだった。
「光……?」
先は大きく広がった広間になっており、これまでと違って僅かながら薄明るい。
内壁の節々からぼんやりとした光が漏れ出しているようだ。
光は虹色を帯び、どうやら俺は塔を覆う結晶を微細な隙間を通して内側から見ている──そう理解するのにさほど長い時間はかからなかった。
天井はあまりにも遠い。塔を構成するトラス状のフレームは虹色の結晶によって覆われ、幾重にもがんじがらめになりながら無限に上へと伸びているかのようだ。
幻想的で、どこか危うい光景。それが虹色の塔の内部だった。
「不思議なもんだな。これもサンドスターか」
「低純度のサンドスターが、強い凝固力を持つセルリウムによって固まっているようです」
ラッキーの説明だ。そういえばセルリウムは固まる性質があるんだったか。
「地上ロビー部のスキャン完了。トラップ及びセルリアンは検知されていませんが、入出場ゲート付近は危険ですので近付かないでください」
地上4階と5階にまたがるエントランスロビー、そこは塔の中で最も広いエリアである。
そんなロビーの中央付近に移動すれば、すぐに異様な光景を目の当たりにすることになった。
「血の匂いがこんなに強く……それにセルリアンの匂いも」
「ええ。でもこの辺りには居ないみたい」
この階層は一般客向けにも開放するつもりだったのか、様々な謳い文句の書かれた垂れ幕やのぼり旗、記念撮影用のラッキービーストのパネルなどが存在している……が、それらは全て残骸と化していた。
物体という物体には均一かつ小さな穴が幾つも空き、ラッキービーストのパネルには飛び散った血の跡がこびり付き、床に散乱するは無数の空薬莢。口径は海底の保管庫で見た物と同じ。
そして何も起きなければただ観光客を迎え入れたはずの自動ドアの数々。それらは瓦礫と化した周囲の構造体によって完全に塞がれていた。放射状に広がる黒い煤の跡は爆発物による発破の跡だろうか。
一部とはいえ高層建築物の下部を破壊するとは……危険な真似をしたものだ。
これは外からの侵入を防ぐ為か、それとも内側に閉ざす為か。どちらにせよ、この場の有様はロクなものではなかった。
「それにしてもこの辺の荒れっぷりは中々ね。きっとセルリアンのせいよ」
「そ、そうじゃないでしょうか……」
「どうしたのよイエイヌ。さっきからおかしいわ。大丈夫?」
「い、いえ、はい。大丈夫です」
「どっちなのよ……」
チーターに心配され慌てて手を振って誤魔化しているが……どうやらイエイヌは気付いてしまったらしい。
最初の研究所跡、海上ホテル、そしてこの塔。彼女はずっと俺に付き添い、闇の中に隠れていたヒトの業の一部に触れ過ぎてしまった。
フレンズは決して幼稚でも、ましてや愚鈍でもない。ただ知識と経験が少ないだけ。
そして当然だが、中には得る必要のない知識や経験もある。
かばんさん、ワシミミズク、カンザシとカタカケ、ついさっき出会ったツチノコ。
元々は無垢だったはずの彼女達になぜか親しみ慣れた暗い色を感じるのは……つまりそういうことだ。
俺はそれを人生の深みだとか、酸いも甘いも云々などという自己啓発的な言葉で表したくない。
有難迷惑。必要のないモノだ。
「イエイヌ。もし辛いならチーターと一緒にここで待っていてもいいんだよ」
「えっ、私も?」
「だ、大丈夫です! ついて行きます! わたしがご主人をお守りするんです!」
「イエイヌ……」
まるで俺の身を案じているかのような強い口調に、向けられる不安の眼差しも俺へ対してのもの。
嬉しく思うと同時に、そんな不安を抱かせてしまったことへの申し訳なさが混じる。
いや、悪いなどと思ってはいけない。それこそ失礼というものだろう。
小さくかぶりを振って、イエイヌを見た。色違いの瞳が真っ直ぐ見つめ返してくる。
「なら、心を強く持つんだ。何があっても揺らさないように」
「……はい!」
「ありがとう。それじゃ気を付けて行こうか」
目的地は遥か上だ。ここが地上4階なので残り796階層分上る必要がある。
四神をセットする為の中央機関室は地上3000メートル付近。そこまでの道程はエレベーターか階段による徒歩だ。
「階段はちょっとなぁ」
さっきの地下駐車場からここまでの非常階段ですらあのザマだったのだ。距離も問題だが、似たような状況なら上へ着く頃には日が変わっているだろう。
ならばエレベーターだが──
「アクセスが拒否されました。セキュリティクリアランス6を有する上級職員の命令によって、施設内の設備操作は不能となっています」
「
「通常、業務用を含めた全てが地上500階、展望デッキに留まっています。また、物理的な操作を加えるのは危険ですのでおやめください」
「無理か……」
残念ながらエレベーターのドアは物言わぬ壁と化している。
仕方がない。これは気合いでどうにかする他なさそうだ。
「2人共、階段で行こう」
「まーたワナだらけなんじゃないの?」
うんざりした様子のチーターに苦笑しか返せないのが辛い。
とはいえ他に手段もなく、俺達は先程通ったのとはまた別の非常階段へ向かう為にロビーを横断する。
──その時だった。
ぽーん。
『ゲストの皆様へ──』
「わっ、なに!?」
『ジャパリツリーへようこそ──』
『当施設は本土の…………よりも高く……大気圏の狭間まで…………機能……発電だけでなく……』
『………上へ……来て……れ……クルー……』
途中からノイズだらけになった館内放送はブツリと途切れ、再び静寂が辺りを包む。
「だ、誰の声だったんでしょう……?」
「し、知らないわよ……」
「ラッキー?」
「発信源は当施設上部です。先ほどの放送の大部分はプリセットですが、途切れ際の音声はリアルタイムの吹き込みと思われます」
上に誰かが居る。
いったい何者が──
ぽーん。
『最新の技術によって作られた超高速エレベーターで、展望デッキまでの安全な旅をお楽しみください』
整った女性の声。しかし『上へ来てくれ、クルー』というノイズ交じりの声は明らかに男のそれだった。
「ミレン……あそこのドア、急に開いたんだけど……」
怯えた様子でチーターが指差すのはさっきまでうんともすんとも言わなかったエレベーターだ。
既にドアは開かれ、真っ暗な内側は乗る者をじっと待っている。
「これまた乗れと言わんばかりだな……」
「先程の放送開始と同時に1基稼働していたようです。現在診断中」
中は想像と違ってチリ一つない状態だ。ラッキーの診断も正常であるという結果が下され、胡散臭さと時間短縮を天秤にかけた俺は後者を選んだ。
俺達を乗せたエレベーターは音や振動もなくひたすら上へ上へと昇って行く。
あの音声放送も鳴りを潜め、本来はイルミネーションや映像が表示されるという内部も真っ暗なまま。
途中で気圧差を感じたチーターとイエイヌが少し騒いだくらいで、文明のゆりかごは殆ど静寂だった。
「それにしてもさっきの放送の最後……いったい誰が吹き込んでいたんだか」
「ふぇ? なんのこと?」
「途切れる寸前は声が違っただろ?」
「ずっと同じ声でふぃたよ?」
鼻を摘まんで耳抜きをするチーターとイエイヌの反応に嫌な予感が走るも、思考回路の冷静な部分がそれを一蹴した。
意味のある言葉を発し、機器を操作し
セルリアンなら取る手段がまどろっこし過ぎるのだ、と。
『地上500階、展望デッキに到着いたしました。5分間の旅はいかがでしたでしょうか』
「着いたな……」
『天より望む再生の地を、どうぞごゆっくりとご観覧ください──』
「んっ!」
向こう側から吹き込んで来た臭気にイエイヌが呻き声を上げ、腕で鼻を覆った。
「セルリアンと……血? ううん、もっとひどい匂いね……」
チーターも鼻を摘まんで眉間に皺を寄せている。
俺でも分かる程のキツい匂いだ。血には違いないが、ロビーで感じた違和感と同じものを覚える。
「これは……」
真新しいのだ。時が経過し、腐り落ちたそれとは違う。
まるで今しがた『こと』が起こったような、新鮮な死の匂い。
それには特有のえぐみも含まれている。単なる血ではなくその内側……内臓や肉の匂いだ。
「2人は俺から離れるな。ラッキーさんが先を行く。怖いと思ったら……俺の背中を見ているんだ」
サブマシンガンの安全装置を外した。
全員が踏み出すと同時に、後ろでドアが閉まる。
「セルリアンの反応を確認。防火用の隔離壁付近です」
「そこは通らないと駄目か?」
「はい。機関室へ続く業務用エレベーターはその先にあります」
「分かった。先導を頼む」
会話は俺とラッキーだけだ。
怯えているのか、それとも何か感じるものでもあるのか、イエイヌとチーターは揃って俺の後ろにくっついている。
周囲には下よりも一層重々しい雰囲気が満ちていたが、どこか現実離れした光景も広がっていた。
展望デッキ
本来は外周沿いに高強度のガラスが埋め込まれ下界を見渡すことができるのだろうが、今目にすることができるのは塔を覆う虹色の壁面だけ。
外界に面した側のフレームが少ない為かやけに明るく、その眩しさに目が慣れるまでは数分を要した。
「なんでこんなに物がたくさん積まれてるのかしら?」
輝きと対比するのは通路のあちこちを塞ぐバリケード。チーターが見上げたそれらは建築鋼材や電気回路部品が主で、他には脚立や梯子、段ボール箱や事務机、椅子、中には銃火器の残骸までもがごったになって積まれていた。
「妙だな」
俺はバリケードの中の段ボール箱に目を留めた。ジャパリロゴが目立つ紙製のそれは
「ミレン、こちらから通れます」
「悪い。今行く」
「有効期間切れの地雷が複数あります。念の為ご注意を」
「またワナが…………」
「うー、ちょっと狭いわね」
バリケード間の僅かな隙間をくぐり抜け、先へ進む。匂いの元に近付いているのか臭気は一層酷くなり、それに比例して空気も重さを増す。
「あーもう、私の鼻バカになったかも……」
「わたしもです……」
「止まれっ……!」
片手を上げ背後に制止を呼びかけた。
数メートル先を行くラッキーがある方向を向いたまま固まって、デバイスに映像を寄越してきたのだ。
曲がり角の先、そこは床面全体が血管のような虹色の筋でびっしりと覆われている。周辺の床や壁は歪に盛り上がり、一部はドリルで削り取ったような陥没が生じ、その荒れ具合はこれまでの比ではない。
そしてその先には防火壁、とにかくそれが道を塞ぎ……いや、そんなことはどうでもいい。
『コアラ、ラッコ……しまった。またコか……』
ヒトが居る。
「イエイヌとチーターはここで待機し──」
「い、嫌です」
「嫌よ」
イエイヌには控え目に、チーターには毅然とした態度で言い切られた。
行く先の懸念はデバイスに映り続けている。
その映像がB級スプラッタ映画であれば何の問題もないが、残念ながら映画を流す機能は搭載されていないしそんな趣味も持ち合わせていない。
『よし……仕切り直しだ……もう少しで来てくれるだろうし……』
映像のど真ん中に映るアレ。アレと呼ぶのが失礼にあたるのかどうか。
声の主の
まるで……まるで内部から破裂したかのように全ての皮膚が裏返り、内側の肉、骨、臓物……何もかもが破損し、露出しているのだ。それら全てが結晶の中で透け、一部は外にはみ出しているのだから余計に性質が悪い。
どう考えてもアレがこの階層の死の匂いの出元だろう。
死……そう、死だ。死体だ。
だというのに──
『けもの縛りは続けるとして……やはりア行からがいいか……』
生きている。
落ちくぼんだ虚ろな目は確かにまばたきをし、掠れた声を発する口と喉は老人のように震えながらも動いている。
死体と言うより死体になりかけの男、死体の男と呼ぶべきか。
『ア、ア……アリクイ。…………イか。ここで早まるとマズいな……』
曲がり角から伺うラッキーには目もくれず、ただひたすらぶつぶつと続けられるしりとりゲーム。それは男にできる唯一の時間の使い方なのかもしれない。
都合の良い動物の名を探す男から目を離し、俺はイエイヌとチーターの顔にピントを合わせた。
「君達は……」
ためらうな。余程の温室暮らしでもなければヒトでさえいつかはそれを目の当たりにする。たとえそれが写真や映像であっても。
「死体を見たことは?」
即座にチーターが答える。
「あるに決まってるじゃない……フレンズになる前のこと、なんでもかんでも忘れる訳じゃないのよ?」
「なら」
映像のそれにもう一度視線を戻す。男の口元はまだ次の単語を探し続け、開いたり閉じたりを繰り返している。
「ヒトの死体は?」
イエイヌとチーターは互いに顔を見合わせる。
両者の困惑と不安が混ざり合った表情が答えだった。
「それがこの先に
「行きましょう」
イエイヌが静かに、力強く言う。
「嫌なことでもやらなきゃ駄目です。でも、ご主人だけに嫌なことをさせたりはしません」
「そ、そうよ。最初に決めたんだから。一緒に行くって」
死体ではなく汚点を見て欲しくないだけなのだ。
ヒトに関わる事象の多くを汚点と見なしている俺にとっては、特に。
「…………分かった」
それでもイエイヌの言葉は真実だった。
そもそも俺が教えたこととなれば、どうして守らずにいられようか。
「さっきと同じで行く。決して離れずに、静かに」
2人はごくりと喉を鳴らし、顔を強張らせた。
サブマシンガンをしっかりと持ち直し、彼女達を連れてラッキーの待つ角まで向かう。
>ラッキーです。
デバイスがバグった。
>現在の状況を考慮し、文字通信でお伝えします。
ラッキーのレンズが通信状態のマークを示していた。思考を切り替える。
>スキャンの結果、この先の物体は上級職員であることが判明しました。
>不可思議ですが該当の物体には生命反応が見られます。周囲の結晶体の影響であることはほぼ間違いありません。
>また、微弱ながらセルリアン反応も検知されています。十分に注意してください。
俺は見上げるラッキーに頷き、HUD上のキーボードを叩いた。
>了解。ありがとう。俺の後ろに追随し、イエイヌとチーターに気を配ってやってくれ。
お辞儀を返したラッキーが背後に付くのを確認、俺は通路の先へ足を踏み出す。
「あ……」
「な、な……あれ……」
一度2人を下がらせた。
どちらも青ざめ、耳と尻尾が垂れ下がり震えている。
やはりここで待たせるべきか……?
そう考え始めた俺の目を見て察知したのか、イエイヌとチーターは口を強く引き結び俺の服の裾を握りしめた。
今度こそ、俺は歩を進める。
「イ……イ……続きを楽にするにはナ行……」
未だに続く単語選び。というかまだ『イ』で迷っているのか。
徐々に距離を縮めても気が付いていないらしく、延々とお経の如く唱える男の瞳に光は灯っていない。
俺はその男への認識を『壊れたヒトのような何か』に改めるべきかと考え始めた。
「そうだ」
その時だ。
ぼんやりと虚空に注がれていたはずの男の目の黒い部分が、いつの間にかこちらを捉えていた。
「『イエイヌ』がいいね……!」
赤黒く染まった歯を剥き出しにしたその顔は、笑っていたのかもしれない。