1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
死体の男が放った言葉は喜色を含み、その風貌と相まって狂気染みた雰囲気を帯びる。
「ひっ……!」
そんな物体に名前を呼ばれ更に目も合ったからか、俺の制服の裾を掴むイエイヌの手はガタガタと震え出す。
ぱっと見は声を発する生首。たとえ声を発さずとも、慣れていなければ直視すらできないモノだ。
「すまない。待ってくれ……悪意はないんだ。すまない……」
男は俺が素早く向けた銃口と殺気に反応していた。
見開いた瞳に恐怖を浮かべ、こっくりこっくりと壊れかけの人形のような動きで謝罪の言葉を繰り返している。
「本当にすまない……とても久しぶりだからつい興奮してしまってね。そこのフレンズさんも、悪かったね」
「う、呻いてる……この音、セルリアンの」
俺はチーターの呟きを遮りながら前に出た。銃口を男の眉間にぴたりと固定したまま。
「けものが?」
「お好きですか。決して忘れないよ、クルー」
「エレベーターを動かしたのはお前だな」
「そうさ。ここを封印したのも私だからね……サンドスターのおかげで、この中だけはそれなりに操作できるんだ。ほら、不思議だろう?」
油断せず男の視線を辿る。
男の首から下の異常を覆う結晶は壁や床を這い、換気口や配線の僅かな隙間を縫ってどこかへと繋がっているようだ。
「とはいえ、それだけさ……」
少しだけ誇らしげに口の端を上げていた男だが、それはすぐに自嘲的な笑みに取って代わる。
「この状態で保存されてしまったものだから動くこともできないんだ。特にこの鋼材が痛くてたまらない……」
1本の鉄パイプが男の丸出しになった心臓を貫き、後ろの防火壁にまで突き刺さっている。バリケードにも同じ物が何本も積まれていたのを思い出す。
その飾り気のない建築資材もやはり虹色の結晶に包まれ、咎人を磔にする槍のような雰囲気を放っていた。
「クルー……あれからどのくらい経ったのかな。100年? 1000年? 2000年ぐらいかな? アッハハハ」
目を虚ろに染めた男は血の混じった涎を散らしつつ、退廃的な笑い声を上げた。
俺はトリガーにかけた人差し指を軽く開きつつ、地下バイパスのゲートが示した封鎖時間を記憶の中から弾き出す。
「『あれ』がどれを指すのかは知らない。この塔が封鎖されてからは20年弱のはずだ」
「20年? 20年ぽっち……? そんなに早く再現されるはずは…………」
男は何かぶつぶつと呟きながら俺に視線を合わせ、じっくりと上から下まで観察するように動かす。
「そうか……分かったよクルー、君は
「俺のことなどどうでもいい。それにこっちの台詞だ」
言葉をぶつけるようにして遮った。放っておけばこの男の……
「俺達はこの上に用があって来た。できればそこを通してくれないか」
「もちろんだとも。でも、その前に君がなぜここへ来たのか……せめて冥土の土産に教えてもらえないかな?」
男の目は笑っているようで笑っていない。
冷静沈着な研究者に俯瞰されているかのような、そんな気分が湧く。
俺は顎を引き、押し黙った。
信用に値するか?
返答の後にこの男はどんな行動を取る?
……読めない。
後ろで身じろぎする2人と静止したラッキーは共に沈黙を保っている。
その状態でしばらく……1分程度だろうか。俺は考えた末にはっきりと伝えた。
「…………稼働する為だ。この塔の機能を」
「なら四神の石板を持っているのかい? ダミーではなく?」
「…………そうだ。本物を持っている」
集中する瞬間だった。
トリガーに添えた指にあと一押しの力を加えれば、男の顔面にきっちり3つ分の風穴が空く。
「そうかい」
時の流れが遅くなる。
男のぱくりと開いた口が、弧を描くように歪み──
「──────よかった」
悪辣な、他者を虐げる者の笑顔ではなかった。
男は安堵に浸る人間がするように眉を開き、途中で寸断された喉の奥から嗚咽を漏らし始める。
「ああ……これで、これでようやく務めを果たせる……本当に、待った甲斐があったよ」
涙の元となる水分はどこから得ているのだろう。
そんな疑問を頭の片隅に追いやり、俺は銃を下ろす。これが演技ならそれまでだ。
「ここで何があった? どうしてあなたはそんな姿に?」
情報を集めたかったのもある。ただ、どちらかと言えば男がひたすらに流す涙で毒毛を抜かれたような気分になっていた。
それは俺にとってありえないことだったが、さして疑問すら抱かなかった。
「そりゃあ、殺し合いさ…………」
彼の落とした涙が虹色の結晶の上で弾け、岩肌を流れる露のように伝って消える。
「いや、ちょっと訂正するよ。ここで起きたのは殺し合いとは呼べない……一方的な虐殺だ。彼らは最新の対人装備で固めていたし……それと私は……自分でこうしたのさ。その辺の地雷をかき集めて、どーんとね」
「待ってくれ。俺にはあまり予備知識がないんだ」
「うん、うん……そうだろう、そうだろうね……説明する。説明するとも」
彼は話を遮られても眉ひとつひそめるどころか、むしろ満足そうな笑みを浮かべて同じ言葉をくゆらせる。
俺は自分から話題を振った。
「あなたが言っているのは『異変』に際しての出来事だろう。セルリウムやサンドスター・ロウのせいでセルリアンが溢れ、ヒトは正気を失って──」
「全て正気だよ……それらに狂わせる力などありはしないさ」
今度は向こうが話を遮る。俺は耳を傾けた。
「それは本質を露わにするだけ……素の状態に戻るんだよ。そうでなければ、私達はフレンズ達に喰い尽くされていただろうね」
フウチョウ達が語っていた内容と彼の話は同じだった。フレンズはビーストを経て、最終的には獣に戻る。
ならばヒトはどうだろう、素の状態……素。
「ヒトは理性を失うだけじゃないのか」
「戻るだけさ。戻って戻って、芯の部分が剥き出しになる。そして選別されるんだよ」
「選別?」
「保存するべき物とそうでない物に……っ、ごほごほっ」
「おい、大丈夫か?」
「こんなに喋るのは久しぶりで……すまないね……」
彼は申し訳なさそうに目を伏せ、何度か喉の調子を確かめるように咳ばらいをする。……喉から垂れ下がった頸椎はぴくりとも動かないようだ。
「ともかく……セルリウムやサンドスター・ロウ、ましてやセルリアン自体が悪い訳じゃない。何と説明すればいいのか……私も本質を理解しているとは言い難いけど、それらはろ過する為のシステムなんじゃないかと思うんだ」
「ろ過……?」
「そう、ろ過さ。フィルタリングだよ。ヒトであれば私のようにそのまま保存されたり、セルリアンに何もかも吸い取られてしまう者も居る。サンドスター・ロウやセルリウム漬けにされ、新たなセルリアンの苗床になる者も決して少なくない」
セルリウム漬け……結晶体の中に囚われていたクルーの遺体が頭をよぎった。
「そんなセルリアンもフレンズによって浄化され……やがては保存される。セルリアンの多くが無機物から生まれるのも、形状を模倣するのも、その使命を引き継いでいるからに他ならないのさ」
要領を得なかった。おまけに男の瞳は異様な深みを湛えていて、俺は波間に吸い込まれる小舟に乗っているような心地を覚えた。
「あなたの話を基にするとして──」
ひとまず詳細な理解を後に回し、まずは振れ始めた話の帆先を安定させる。
「芯の部分が剥き出しになったヒトが、パークにとって何か致命的なやらかしをしたんじゃないのか? 例えば異変が起きる前からフレンズを穢し……適当こいていた奴らが、あなたをそんな姿に変えたんじゃないのか」
背後のイエイヌとチーターを思い出して咄嗟に誤魔化したが、彼は内容を理解していたのか苦々しい顔つきで頷いていた。
「そう……言わざるを得ないだろうね。同じヒトのはずなのに、彼らとなるとセルリアンですら拒絶反応を起こすんだ」
「同じヒトじゃない。そういうのは、ヒトの皮を被った悪魔だ」
「それは……私には何とも言えないよ。やたらと攻撃的なセルリアンを見たことがないかい? あれはろ過するどころか逆に汚染されてしまったセルリアンのなれの果てさ。可哀想にね……」
また妙なことを言い出した。
彼の話を中断させようと思ったが、置いてけぼりを食らった子供のような顔を見て止めた。
「ああいうセルリアンが湧くよりも前……パークが、君が『異変』と呼ぶ状態に陥るよりも前のことだよ。私はある共通点を持ったクルーだけのサークルに参加したんだ。共通点というのは……獣、フレンズを心から好いていること」
「……それで?」
「私達はジャパリパークの各エリアで様々な活動を行ったんだ。フレンズ用の食品開発、最初はただのマスコットロボットだったラッキービーストへの高度AI導入、改良。対セルリアン用の武器や弾頭の開発……そしてセルリアンハント。そのどれもがパークの開園に向けた、健全かつまっとうな活動だった」
彼の瞳は爛々と、夢を語る少年のように輝き始めている。
まるでレコーダーだ。口を挟めそうにない。
「とはいえ上からはさしたる支援もなかった。フレンズやサンドスターは確かに目を見張るものがあるけど、それらは国を維持するのに決して必要不可欠ではない……そう判断されていた」
実感を伴った言葉の響き。
きっと夢ではないのだろう。彼は自身が辿って来た過去を語っているだけだ。
「それでも私達の活動は素晴らしい結果をもたらしたよ。歴史に残る1級の発明だって少なくない。一部のゲストに……小さい子供達だよ。彼ら彼女らに行ったパークの事前公開も非常に好評だった」
彼は過去の輝きを饒舌に語り続け、俺は黙って耳を傾ける。
「自画自賛するようだけど特にすごいのはこのタワーさ。僅かな人員、僅かな物資、僅かな時間で……パーク全域を補って余りある程のフィルター、それも四神なしに発生させることのできる機構を作り上げ、組み込んだんだ。代わりに発電や電波発信の機能は失ったけど、それでも奇跡の大発明だった」
「では、この塔はあなたが?」
「頂上に手を加えただけだよ。でも、それでさえやり過ぎだったのかもね。彼らに目を付けられるのも……まあ無理はなかったのかもしれない」
そこで言葉を切った彼の目は悩むように揺れ、それに伴い声のトーンも落ちて行く。
「……ずっと考えていたんだ。彼らはどうして私達を殺そうとしたのか」
「口封じでは?」
「なぜそう思うんだい?」
俺は自分の中にあった冷徹な予測を……気分の悪くなるそれを答えることにした。
「ジャパリパークは国が運営していた。そこに民間とじえ……軍の関与もあった。なにせ広大な島、貴重な領土だ。国からすればセルリアンだろうが『異変』だろうが、どうにかして事を丸く収めて利用したい。上手くやれば、対外的な『民間人向けの娯楽施設』の体裁すら取らなくて済むようになるかもしれない。職員があれこれと不都合な吹聴をする可能性は排除したいはずだ。俺が上の人間なら……こんなこと言いたかないが、フレンズを使って
「とても、とても嫌な話だ」
両手があれば耳を塞ぎたい──彼はそう言って、苦渋に耐えかねたようなしかめっ面をした。
「でも、その方がまだマシかもしれないね」
「何?」
「私が『彼ら』と呼んだのは国の方じゃない。君がクズと呼ぶパークの職員さ。私達をコインの表とすれば、彼らは裏だった。とても正気とは思えないけど……彼らは混乱に乗じて、タワーを始めとする私達の功績を奪おうとしたんだと思う。国はセルリアンへの対処を理由に一部の職員に退避命令を出し、目の上の瘤だった彼らの多くは葬るつもりだったんだよ」
「とても酷い話だ」
「そうだね……それだけパークは……いや、本土の方すらも混乱していた。それでも一部のヒトはそれを絶好のチャンスだと捉えたんだ」
始めからセルリアンが問題ではなかったのだ。原因は全てヒトにあった。
俺は思わず『馬鹿みたいな話』と言いかけそうになったが、目の前の誇りある職員に配慮して別の言葉に変えた。
「私達はセルリアン相手なら一日の長があったよ。でもヒトが相手となると……ボスを除けば、張り合うことすらできない弱小の集まりだった。私達は国にかけ合って、フィルタリングタワーの稼働とその効果をもって空爆を取り止めてもらう承諾を得ていたけど……結果はご覧の有様さ」
彼はまた小さな嗚咽を漏らし始め、俺はおくすりセットから取り出したガーゼでその目元を拭った。
「すまない……どうにも涙もろくてね」
「えっ……?」
「声が……!?」
フィルタリングの力が発動した。彼の肌に触れた際、セルリウムシリンジを使った時の感覚を少しだけ覚えたのだ。
驚愕の声を発したイエイヌとチーターは共に目を剥いている。きっと彼の言葉が理解できるようになったのだろう。
「悪いけどまだ静かにしていてくれよ。大事な話の最中だから」
こくこくと頷く2人に笑みを浮かべ、俺はぽかんと口を開いた彼に向き直る。
「いったい……」
「ちょっとした手品さ。続きを聞かせてもらっても? 辛い部分は……いや、辛いことばかりだろう。それでも頼む」
「もちろん。……君がそうだったんだね……」
何か納得したように独り言ち、彼は俺の目を真っ直ぐ見据える。
「事の顛末は君の想像通りだと思う。我々ヒトの敵は最初から最後までセルリアンではなく、ヒトだった。血で綴られた我々の歴史に倣ってね」
「……変わらないな。だが抵抗はしたんだろう」
「私達はセルリアン用の武装に偏重していたし、彼らは私が開発した弾頭追尾機能を利用していたんだ。それは対セルリアン用に開発した最新鋭の武装システムだったんだけど……どうも新しい銃器とサンドスター複合弾は相性が悪くてね。本採用ができずじまいだったプロトタイプが対人用に改造されていたんだ」
「どうせ弾が対象を追っかけて曲がるような代物じゃないか? 長距離狙撃でもない弾丸が真っ直ぐ飛ばないなんて、ちょっと気持ち悪いぞ」
これは根っからの技術屋だ。
俺は良き同類に対する親近感を覚え、苦笑しながらサブマシンガンの銃身を指でコツコツと弾く。
そしてどうしてかは分からないが、俺は会ったばかりのこの男にまるで親しい友人のような心地を覚え始めていた。
「はは。ボスにも同じことを言われたよ。まあそれで私達は……ボス程の腕を持つクルーも居なかったし……彼らに四神を奪われてフィルタリング機構を稼働させられ、彼らは国におべんちゃらを使ってどうにか生き延び……私達は闇に葬られるはずだった」
「だが違った。海底保管庫の四神はダミーとすり替えられ、本物はパークセキュリティ主任……イマだったか。彼の住居に移されていた」
引き継いだ俺の言葉に「その通り」と彼は付け加える。
「稼働寸前まで四神は隠しておくつもりだった。彼らが何かしらの横槍を入れてくるのは流石に誰でも分かっていたからね。でもボスは……ボスって言うのはイマ主任のあだ名なんだけどね。彼は更に悪い未来を予測して偽装工作指示を出したんだ。結果は……君がここに居るから半分は成功と言えるかな。ダミーを使って彼らを釣ったのは流石にマズかったけど……」
「なぜ最初から四神をここに隠さなかったんだ?」
彼は視線を気まずげに逸らし、俺の背後に向かって軽く微笑んでから答えた。
「恥ずかしい話……フィルタリング機構はとても不安定だったんだ。四神を使わずして連続安定稼働できないことも分かっていた。出力を1割程度に抑えたテストでさえ、少し間違えば大事故になりかねないこともあったんだよ。例えば意図しない位置にフィルターが発生したり、セルリウムをほんの少ししか含んでいない雨でも無理矢理ろ過しようとして、タワーに纏わりつかせるだけで終わったり。ぶっちゃけ、実験中に雨が降る度びくびくしたものさ…………」
思い出し笑いを浮かべる彼の言葉は塔の情景を、それも最初に目にした日の記憶を鮮やかに蘇らせる。
草原ホテル近くの丘。
イエイヌと散歩に出かけた日。
チーターも途中からついて来たことを覚えている。
彼女達が『丘の上から望む塔がよく見える』『きらきらしている』と夕陽を背に語っていたあの日は……雨上がりだった。
あの時やけに輝いていた虹色の光。
それは今も塔の外壁をびっしりと覆い尽くし、俺達と彼を照らし出す光源として存在し続けている。
「──タワーの内部にフィルターが発生すれば、サンドスターに変換される寸前の物質で内部が満たされる恐れがあった。当時はもうセルリウムやサンドスター・ロウがパーク外にも降り注ぎ始めていたぐらいだから、出力を上げてテストを行うのはとても危険だったんだ。だから一応のフェイルセーフとして、機関部のスロットが四神の石板で埋まっている時に限り出力を上げられるようにしていたんだけど……」
「まさか……」
予想が付いてしまった。
あまりにも救いようのない予想が。
彼は俺を申し訳なさそうに見上げたまま、己の未練を語る。
「そのまさかだよ。スロットは四神でなくとも
その瞬間に何が起こったか。答えはこの塔の外観、何より目の前の彼の状態が物語っている。
塔は、フィルタリングタワーは稼働した。
悪意によるそれは記録にすら残らず、塔は本来の能力を発揮することもなく、ここに血と未練の残像を閉じ込めてしまった──。
「……『彼ら』とかいうクズ共のせいで、あなた達の献身は水の泡になってしまったんだな?」
「責任の一端は私にもあるんだ……だから、そんな目をしないでおくれよ」
「嫌いだ。そういう考え方は」
声が、低い。
膨れ上がる埋火と対照的に、俺の口はまるで凍てつく冷気のような音を発していた。
対する彼は呆然とし、俺に信じ難い物を見るような目を向けている。
「その、すまない。あなたを責めている訳じゃないんだ。俺はあなたを……あなた達を立派だと思う。言いたいのは──」
俺は慌てて釈明してから、さっきと同じ声色で付け足す。
「言いたいのは、
「やはり、似ているね…………」
彼はぼそりと独り言ち、もう常になりつつある申し訳なさそうな、それでいて遠くを見るような目で俺を見つめた。
「ところでタワーの稼働が失敗したのなら……やはり空爆は行われたのか?」
「ちょっとすまない。私も聞きたいことがあるんだけど……」
聞いてばかりでは不公平だ。
遠慮がちに言う彼に、俺は小さく首を縦に振って返事とする。
「ありがとう。最初に君に聞こうとしたんだけど──」
俺は耳を疑い、さっきの彼のように呆然とした。
彼の『質問』は、もはや問いかけではなかった。
「君は空から降って来たんじゃないのかな? きっとサンドスターの結晶体としてね。そして恐らくはセルリアンに取り込まれ……再現された。どうだい?」
>リンク済みクルー「かばん」より通信
「……君にも仲間が居るんだね。とりあえず出た方がいい。それは緊急通信のシグナルだよ」
彼の顔を凝視していた俺は視界の文字列にようやく意識を移し、ぎこちない動作で回線を繋ぐ。
「こちら、ミレンです」
『よかった、やっと繋がりました……!』
かばんさんの声からは焦りが伝わってくる。同時に聞こえづらくしているのはパークの車両特有のエンジン音で、それはリミッターが解除されている状態……つまりはアクセル全開時の音量だった。
「どうしました?」
嫌な予想をどうにか押さえ込みながら問いかけるも、かばんさんの返答はそれを裏切ってはくれない。
『セルリウムレインが激しくなって……研究所にセルリアンが押し寄せて来たんです! 今はバスに皆を乗せて逃げている所で……!』
「かばんさん、落ち着いて話してください。ケガはありませんか? 研究所に居たフレンズさんは無事ですか?」
『は、はい! 大丈夫、皆さん一緒に居ます! サーバルちゃんとラッキーさん、博士さんと助手さんもです!』
「今どの辺りに?」
『研究所近くの雑木林を西に向かっています、まずはあのセルリアンを撒かないと……!』
『かばんちゃんっ! 前、前にも居るよっ!!』
『……かがやき……』
『避けっ──』
『アワワワ』
ズシャアアアッ!
ドォンッ……ザザザザ──
ズリズリとタイヤが滑る音、そしてその後に続く激しいノイズを含んだ衝撃音が俺の耳を揺らす。
「かばんさん? 大丈夫ですか? かばんさん、かばんさん? ……くそっ、切れた」
「ご主人。何かあったんですか?」
「かばんさんの研究所がセルリアンに襲われた。逃げている途中だったみたいだ」
「ええっ!?」
「だ、大丈夫なの!?」
「…………分からない」
2人は絶句した。
更に追い打ちをかけるかのような悪い知らせがラッキーよりもたらされる。
「ミレン、報告します。島内のセルリウム濃度の上昇、同時に複数の大型セルリアンの発生を確認。現状セルリアンフローにまでは至っていませんが、このまま雨が降り続いた場合は危険です」
「フレンズ達の避難は?」
「既に完了していますが、クルー・かばん達の状況は不明となっています」
マズい。
かばんさん達の安否はもちろんことだが、このまま雨が降り続けばフウチョウ達の言う『セルリアンフロー』が発生してしまうかもしれない。
幾重にもデコイを重ね隠蔽している避難場所も襲われる可能性が上がる。
もしそうなれば……きっと友達を守らんと、誰かが黒い雨を浴びるだろう。
やはり打開する手段は────
「どうやら時間がないようだね、クルー」
静観を続けていた彼はよく通る声で呼びかけ、俺達は勢い良く振り返った。
「ここを通してあげよう。最上階へ行き、速やかにダミーと四神を入れ替えるんだ」
「まだ動作するのか?」
「私がずっと機構の出力を抑え続けていたんだ。一定の出力に達すれば今度こそ破損してしまうからね。だから……ここから先はできるだけ急ぐんだ」
「あ、あの。通してくれるって……どうやって、ですか?」
恐る恐るといった様子でイエイヌが手を挙げる。
当然の疑問だ。
彼の首から下はもはや原型を留めておらず、それらは防火壁を覆うように形成された結晶の中で共に固定されている。流石にこの状態からにょっきり足が生えた上に平然と歩き出す……などということはありえない。そんなことは余程の想像力の持ち主でもなければ考えもしないだろう。
「ちょっと待っておくれよ…………あった、あった」
ポケットの中の鍵を探すような素振りは目の動きだけ。そんな彼がにやっと笑うと、ちょうど串刺しにされた彼の心臓の辺りから見慣れた物体が顔を出す。
他よりも硬そうな、角張った面で構成された突起。
セルリアンの、石だ。
「不思議だね。私はろ過されるべき不純物なのか、それとも保存されるべきヒトなのか……中途半端だからこうなっただけかもしれないけど」
静かに、全てを悟った僧侶のような面持ちで彼は言う。
結晶の輝きを反射し、その瞳を鮮やかな虹色で彩って。
「これを砕くんだ。それで先に進める。私が居なくなれば『彼ら』も目を覚ますだろうから、気を付けて。それと、他にも同じようなクルーが居たらそうしてやって欲しい。皆、死んだ状態で保存されているだろうからね……」
彼がそう言って俺に視線で促した時だ。
「ちちちょっと待って! その石をぱっかーんしたら、ぱっかーんしたら……!」
血相を変えたチーターが前のめりになりつつ言葉を絞り出そうとし、
「あなたが死んじゃいますよ!!」
イエイヌが悲痛な叫びを上げた。
「いいや。私は既に死んでいるんだ。あの日……あの地獄のような日からずっと、この場所に魂を繋がれた人形なんだよ」
「で、でも!」
「君達は本当に優しいね……でもね、これは私の望みでもあるんだ。この状態で居ると、ふとした時にあの日の痛みと苦しみが繰り返されるのさ……」
彼の微笑みの中には辛苦と未練の両方が入れ混じり、その瞳にはあまりにも暗い、深海のような影が差している。
「辛い、本当に辛い。もう解放されたいんだ。そして、皆の所へ行きたい……」
イエイヌ達は縋るような目で俺を見る。
……俺は、俺は黙ってかぶりを振った。
時間が巻き戻ることはなく、死んだ者を蘇らせる方法も存在しない。
彼の言う通りにする他に、もはやどんな手段も残されてはいなかった。
「終わる時が来たんだ、クルー。彼ら諸共私を……私達の未練を浄化してくれ。そしてパークの……いや、君の大切な者の為に未来を繋ぐんだ」
「……分かった」
「待ってください!」
伸ばしかけた手を止める。
振り向けば、瞳いっぱいに涙を溜めたイエイヌが彼を見つめていた。
「名前っ、あなたの名前を教えてくれませんか?」
「私……私は、インガって言うんだ」
「インガさん、あのっ、ご主人に色々教えてくれてありがとうございました! と、とはいってもわたしはあんまり頭がよくないので分からないことばかりなんですけど、それでもインガさんがわたし達の為に頑張ってくれてたってことは分かったので、ですから、えっと……あの……!」
上擦る声の主は精一杯の笑みを浮かべながらも語り続け、彼はゆっくりと何度も頷く。
そんな献身の時間はすぐに終わりを迎えた。
イエイヌの言葉がこらえようとする嗚咽に変わるのに、長い時間はかからない。
「いま……私は何もかも救われているよ。本当に私は幸せ者だ。フレンズに泣いて看取ってもらえるなんて、これ以上の名誉はない……」
彼……インガもイエイヌにつられるようにして涙を零してから、その瞳に強い決意を示す。
「ラッキービースト。上級職員が命令する」
ピロリ、とラッキーの腹のレンズが反応し、インガは最も強固な口調で言葉を繋いだ。
「指定コード098-T.O.A.Aを即時実行せよ。譲渡人は実行命令者、クルーID0094。私の全権限を……ええとごめん、君のIDナンバーを教えてくれるかな?」
「……0925、だ」
「私の全権限をクルーID0925へ委譲する。このコード処理は私の死後も継続され、如何なる場合にも譲受人の同意なくして破棄されないものとする」
「正常声紋認証完了。指定コードを受理しました。暫定セキュリティ・ミレンに、上級研究員・インガの権限を付与します」
「これで大丈夫。行くんだ、クルー・ミレン。君とフレンズの幸運を心から祈っているよ」
俺は石を両手で掴み、インガの顔を伺った。
彼は薄く笑みを浮かべ、小声で語りかけてくる。
「私が君の出自を知っている理由は……アンインエリアに行けば分かるはずさ。空爆が行われなかった理由も、きっとまだそこにあるよ」
そこまで言って彼は瞳を閉じた。
思い出も未練も願いも、何もかも出し切ったという表情で。
ためらうな。俺の番だ。
彼の未練を、終わらせろ。
「あなたに会えたこと、クルーとして仕事を引き継げることを誇りに思う。どうか安らかに──」
後ろで息を呑む音がした。
────眠れ
震える両手を、強く握り締める。
【IDNO.0094】
ステータス【死亡】
打ち倒す勝利の音も、砕け散る虹色の破片も、ない。あるのは周囲に舞う結晶の粒、イエイヌのすすり泣く声と励ますチーターの言葉だけ。
彼の、インガの首が俺の両手に収まっていた。
俺は安らかな微笑みを湛えた彼を保護シートに包み、傍にあった消火栓のケース内に安置する。
全てが終わった後で、必ず弔おう。
「防火壁、開放されます」
楔の抜けた壁が、長い時を経た石門のように開かれてゆく。
──しね
──ひかりひかりひかり
──ころす
──せんべつ
封印されていた通路には無数のセルリアンが漂っており、単眼は目が合うのを待たずして殺到し始めた。
俺は滾る闘志に従い、銃の安全装置を解除する。
ジャキンッ!!
「行くぞ!」
「っ、はい!」
「ええ!」
「了解しました」
イエイヌは涙を拭って、チーターは爪に光を纏わせる。ラッキーはいつものように俺の足元に構えた。