1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
どこかの部屋に居た。
視界に映る物体はダンベルやベンチといったトレーニング用の器具、ベッド、カーテンが閉まった小さな窓。視界の端には無骨なデスクの角。
研究所の病室でも、イエイヌのおうちでもない。
それでも、なぜか親しみを覚える場所だ。殺風景なワンルームのような、この場所が。
……ご…………しゅ…………!
俺はその部屋の真ん中で立ち尽くしている。
体どころか首すら動かすこともできず、思考はもやがかかったようにおぼろげだ。
……レ……ン……!
遠くから声が聞こえる。
耳にするだけで胸の奥が温まるような、幸運の音──
「たかがアニメだ」
後ろではっきりと、絶望的なまでに冷たい声がした。
心地良いぬるま湯に氷水をぶちこまれたような寒気が走り、自分の意思とは無関係に視界が動く。
「たかが……」
握り締めた手から血を垂らす、俺が居た。
「ご主人っ!」
「ミレンッ!」
雫が落ちてくる。
剣呑な雰囲気を纏った男の像はかき消え、見下ろす少女達の涙目が、顔が、獣耳が、はっきりとした輪郭を描く。
イエイヌとチーターだ。
ここは……。
朦朧としていた意識は急速に覚醒し、気絶する寸前の状況を脳内に呼び起こす。
そうだ、俺はフィルタリング機構を稼働させようとした……寸前で異常停止して、手動ポンプのレバーを何度か引いた辺りから記憶が途切れている。
「フィルタリング機構は……?」
「大丈夫よ! 動いてるって、ラッキーさんが!」
「フィルターは周辺空域に展開さレ、現在も拡大中。塔の稼働は成功デす。本当におめデとうございまス、ミレン」
チーターに抱きかかえられた……両耳を欠損し、コードとフレームが飛び出たラッキーがノイズ交じりに教えてくれた。
「そうか……」
確かな達成感と淡い寂寥感を胸に、上半身を起こす。
すると、周りの幻想的な光景に目を奪われた。
ィィィン……ヒュイィィン……
フロア中央のフィルタリング機構の柱、そこから伸びる無数の管は安定した周波音を発し、一定のリズムで規則正しく通り抜ける黒、青、虹の光で彩られている。
人工の大樹が鼓動を刻んでいるかのようだ。
黒はセルリウムだろうか。吸い上げられたそれらは技術の粋であるフィルタリング機構を通して浄化され、サンドスターの光として循環する。
これが、本来あるべきはずだった塔の機関部──。
「とってもまぶしい光があふれて……やっと収まったと思ったら、今度はご主人が倒れていたんですよ」
「ごめん。それにありがとう。イエイヌ、チーター、ラッキー」
目を赤くしたイエイヌが顔を覗き込んでくる。ラッキーを抱きかかえたチーターも隣に膝を付き、鼻をすすりながら俺に微笑んだ。どうやら随分と心配をかけてしまったらしい。
ひとまずは最も大きな目標を達成できた。
一筋縄とは行かなかった。完全に安心もできないが……パーククルーとしての責務は果たせただろう。
とはいえ、休むにはまだ早い。
「それじゃ、行こうか……」
「ど、どこへです?」
重たい体を持ち上げればイエイヌが焦って聞き返してくる。
「外だよ。どうなっているか気になるし、かばんさん達が心配……う、おっ」
「ご主人!」
左側に向かって倒れそうになる体。それをイエイヌが支えてくれた。
「もう! 本当に無茶しないでよミレン!」
「ごめんなさいご主人……わたしが取り返せなかったから……」
「大丈夫、大丈夫」
また半泣きになってしまう2人にひらひらと右手を振った。
「イエイヌも気にしすぎないでくれよ。腕1本失ったぐらいじゃそう変わらない」
ちらりと自分の左肩……血で染まった服の一部を流し見て、俺はようやくそちら側の腕を失っていたことを思い出した。
あのセルリアンへの餞別と思えば…………いや、高過ぎる。イエイヌを守った証と思う方がよっぽど誇らしい。
失った左腕への未練を誉れの剣で断ち切り、思考を切り替えた。
セルリアンに追われていたかばんさん達が気がかりでしょうがない。クルー間のリンクは途切れたままで、彼女のラッキービースト……ボスからの通信も皆無だ。それに加え、稼働した塔が周辺にどんな影響を及ぼしているのかも気になる所である。
どちらを確認するにせよ、まずは塔を出ることが先決だ。
「ラッキー、ここから地上に戻る方法はないか?」
「コの階層にはありマせん。セキュリティクリアランスをクリアしてイる為、現在は下の展望デッキよりヘリポートへ出られルようになっていマすが、肝心の輸送手段がアりません」
つまり元来た道を戻る他にない。幸いにも塔の大半はエレベーターで移動できる。問題は地下バイパスの長い道のり……またツチノコに会えれば良いのだが。
「仕方ない。とにかく引き返すか……」
俺はふらつきそうになる体をイエイヌに支えられながら、清浄な鼓動に満ちる機関室を後にした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
機関室を出て最初のエレベーターを降りてすぐの通路、俺は肺と心臓を酷使しながらどうにか足を動かした。
血を失い過ぎたのか、体が鉛のように重い。
負傷した際にラッキーがセルリウムや各種薬剤を投与してくれたが、失血から来る酸素不足を補うには至らなかったようだ。
「ぐ、う……」
「ご主人!」
「ミレンっ!?」
足がもつれ、たまらず左側の壁に体を押し付けて引きずってしまう。
まだ固まっていなかった肩の血が通路の壁にべっとりと線を引いたのを最後に、視界が暗転した。
「ちょっと大丈夫? 本当に休んだ方が……」
声。
生き物。
選別。
「ねえミレン。聞いてる? 大丈夫?」
かがやきだ
とてもあかるい
「ねえミレンってば──」
「…………ホゾンシナクテハ」
「っ!?」
「チ、チーターさん?」
真っ黒な空間に浮かんでいた光が消え、ぼやけた視界には自分のブーツが映る。
どうやら……立ったまま気を失っていたようだ。
イエイヌの声でどうにか意識は引き上げられたものの、酷い酒酔いのように頭がくらくらする。
深呼吸。少しでも脳に酸素を送り込まねば。
「チーターさん、急にどうしたんですか?」
イエイヌとチーターが何か会話を交わしているようだが、意識を覚醒させることに躍起で頭に入ってこない。
「だ、だって……だって今、ミレンの顔……!」
「顔? たしかにご主人の顔色……とても悪いです。こんなに冷たくなって……」
「大丈夫さ……何かあったのか?」
頬に手を当ててくれるイエイヌに微笑み、面を上げてチーターを見た。
「う、ううん。なんでもないの、ごめんね」
なぜか少し離れた場所でラッキーを抱きしめたチーターが、申し訳なさそうに眉を下げている。
気のせいだろうか。
一瞬だけ、彼女の顔に恐怖が浮かんでいたような。
…………同胞よ…………
幻聴も収まっていなかった。
綺麗な少女の呼び声なのは、救いと言って良いのだろうか。
「明るいところまで戻って来たわね」
チーターがちょこちょこと先を行きながら振り向く。
のろのろとした帰路は行きの倍以上の時間を浪費していた。もちろん俺のせいで。
「展望デッキか……」
開かれたままの防火壁に変化はなく、目に疲労が来たのか、窓側を覆っている虹色の壁面は更に眩しさを増しているような気がする。
「インガさん……」
「あのヒトも喜んでくれてるかしら……」
「ああ。きっと」
彼は脇に設置された消火栓の中に居る。
持って行こうかとも思ったが、今の俺に四神の石板4つよりも重い彼の首をバックパックに入れる余裕はなく。
「あのポンプはあなたが取り付けたんだろう? お陰で助かった。本当にありがとう」
通りすがりになってしまうが祈りぐらいは捧げて行こう。そうするだけの恩はある。
「ミレン。デバイスにリンク済みフレンズの接近通知がありまス」
そうラッキーに呼びかけられたのは礼を終えた後だった。
エレベーターを動かせるのは俺かラッキーだけ。そしてここは高所。つまり近付けるのは鳥のフレンズか──。
目線で続きを促せば、頭の中に描いたフレンズの名が返ってくる。
「リンク済みフレンズはリョコウバト。KP値、セルリウム汚染度は正常。その他ノフレンズも2名確認。半径300メートル以内でス」
ラッキーが読み上げるのはイエイヌの首にかけられたままの帽子、そのデバイスが表示している内容だ。俺が被ると即座に『退避せよ』とやかましい警告を発するので一部のシステムを初期化中である。
「リョコウバトさん……この前フウチョウさん達と一緒に海のホテルに連れて行ってくれた、綺麗な羽のフレンズさんですよね?」
「あのやたらと丁寧な口調のフレンズね。ミレンと一緒にセルリアンと戦ってたの……悔しいけどちょっとカッコよかったわ」
イエイヌとチーターによるフレンズ評の違いに気を取られそうになりつつ、俺はラッキーに問いかけた。
「どの辺りに居るか分かるか?」
「外壁沿いと思わレます。近くにヘリポートがあルので、行っテみると良いかモしれませン」
雨は止んでいないはず。外を飛んでいてもセルリウム汚染されていない……フィルターがしっかりと役目を果たしてくれているのだ。
彼女がここに来た理由にもある程度想像が付いた。
地下バイパスを案内してくれたツチノコと同種の物だろう。
「よし……行こう」
希望を胸に、俺達はラッキーの指示に従ってヘリポートへと向かった。
「こちラです」
「外が見えます!」
展望デッキのある階層をぐるりと半周し、行き着いたのは分厚い3重のガラス扉。
興奮するイエイヌの言う通り、そこはサンドスター結晶が張り付いていない箇所だったので外の様子がよく見えた。
「……雨が、光ってる……」
呆然と眺めるチーターの独り言に誰もが頷いた。
天から降りしきる雨が、輝いている。
そして幻想的だった。
ヘリポートの鉄骨やアスファルトの大部分を覆う結晶に跳ね返り、煌めき、貫く遠景に無数の虹の橋が架かっているような錯覚を抱かせるほど。
誰ともなしに、その輝きに吸い寄せられるように外へ出た。
「わあ……! この雨、とっても心地いいです!」
「すごいすごい! 見てミレン! ほら!」
イエイヌとチーターはヘリポートの上で全身に雨を浴び、笑いながら上を指差す。
「ああ……もう見てる。すごいな……」
空の上を……透き通る青い格子状の光が満たしていた。
その光を通った黒い雨は煌めく七色の光を伴い、地上に降り注ぐ。
光より下に位置する黒雲にも虹色の光が伝播して行く様子は、まるで天空を丸ごと使ったイルミネーションのようだ。
黒い雨を浄化する四神の
それは塔の頂上付近で最も強い輝きを帯び、今この瞬間も広がり続ける……本物の奇跡だった。
「インガさん……」
雨に祈ろう。
あなた達の未練が……この雨に流され、癒されることを。
「上よ、上」
「そちらはさっきも行きませんでしたか?」
「彼の血の匂いがするのよ。間違いないわ」
「おいちょっと、待てってば、また上に飛ぶのか!?」
下から聞き覚えのある声が聞こえ、俺は慌てて目元を拭った。
「ほらやっぱり」
雨に混じってヘリポートの縁から舞い上がったのは、黒く尖った翼を持つフレンズ。
「あ! えーと、ナミチシュイコウモリさん!」
「惜しい。ナミ
「まあ! 本当に皆さまがいらっしゃいましたわ!」
「リョコウバトさん!」
「ぜえぜえ……野生開放し放題つっても、やっぱ飛び続けんのはしんど……ひええええミレンさまの腕が取れてるーーっ!?」
「相変わらずやかましいわね。ロードランナー」
ナミチスイコウモリ、リョコウバト、ロードランナー。
最後の1人は別として、颯爽と現れたのは空を舞うのが得意なフレンズ達だった。
「チーター! イエイヌまで血まみれで……お、お前ら、ミレンさんの腕とラッキーさんの耳を食べちまったのか!?」
「んなわけないでしょうが!」
もはや面白いぐらいに顔を引きつらせたロードランナーにチーターが吠え、腕の中のラッキーをぐっと抱きしめる。
「ミレン様っ、これはその、色々と大丈夫なんですの!?」
「やたらと美味しそうな血の匂いがするとは思ったけど……あなた、その腕はどうしちゃったの?」
「ちょっとセルリアンに……」
「取られたんですかっ!?」
「あんたね。ミレンはケガ人なんだからうるさくしないの」
顔を青くするリョコウバトと優しい声色で尋ねるナミチスイコウモリ。最後は大きく息を切らすロードランナーの詰め寄りだ。こめかみをぴくぴくさせたチーターが掴んで引き留めている。
「ああ。どうしても欲しいって聞かなくてね」
「こ、このロードランナーにお任せください! すぐに取り返して来ましょう!」
「いや、もうない。消化されたみたいなんだ。でも──」
あの後機関室をくまなく探したイエイヌの努力は実らなかった。
セルリアンが居たと思われし場所には崩壊した足場と砕けた結晶、そしてインガのウイルスコードに感染し破壊されたデバイスの幾つかが残されているのみであった。
「どうとでもなるさ。まだ利き腕が残ってる」
右手を掲げ、開いて閉じてを繰り返して見せた。
虹色の雨に打たれ、濡れた場所からほのかな光の粒子が舞う。
「さ……さっすがミレンさまだ! その打たれ強さにシビれました! 一生付いて行きます!!」
「だーかーらー静かにしなさいっての。おまけにあんたプロングホーンはどうすんのよ」
「あだだだ! お前爪、爪っ! 冗談だって冗談!」
「ははっ」
チーターにアイアンクローを決められ白目を浮かべるロードランナーに思わず噴き出した。
そんなフレンズ達とこの雨のおかげだろうか、さっきよりも体が軽くなった気がする。
「ところで、リョコウバトさん達はどうしてここに?」
「避難していた先でラッキーさん達が突然騒ぎ出したんですの。『ミレンがケガをしたよ』『かばんがセルリアンに食べられたよ』って……」
「『たすけて』って、何度も言ってたわね」
「いやーマジでパニックになったよな、黒い雨が降ってんのに皆飛び出そうとしてさ。カタカケとカンザシがまとめてくれて助かったぜ」
落ち着いた様子で交わされる会話だったが……初っ端から血の毛が引くような言葉が飛び出した気がする。
残念ながら貧血から来る聞き間違えではなかった。俺はリョコウバトに視線を合わせ、努めて冷静に聞き返す決意を固めた。
「待ってくれリョコウバトさん……今、なんて?」
「え? ええっと、ラッキーさん達が『ミレンがケガをしたよ』って」
「その次」
「『かばんがセルリアンに食べられたよ』」
どうやら俺にはまだ、クルーとしての責務が残っているらしい。