1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結) 作:らんどまーく
「かばんさんはどこに!?」
「いたっ……!」
「おち、落ち着いてくださいご主人!」
「うっ。す……すみませんリョコウバトさん。つい」
イエイヌが引っ張ってくれなければ相手の抗議までそうしていたであろう自分を戒め、俺はリョコウバトに頭を下げた。
そうだ、落ち着け。焦りは伝染する。まずは冷静になって情報を得るんだ。
「いいんです。私もかばんさんのことが心配ですから……」
若干緊張していた空気は、誰かが吐いた安堵の息と雨音によって流されて行く。
「皆同じ気持ちよ。だから私達が迎えに来たの」
上から声が降って来た。俺はゆっくりと、イエイヌとチーターは慌てて見上げる。
ヘリポートの鉄骨の張り出た部分、そこには逆さまの状態を維持するナミチスコウモリの姿があった。
「カタカケとカンザシが皆に指示を出してくれたわ。何人かはかばんさんを助けに行って、私達はあなた達を迎えに。一斉に外へ出るのは危ないからって。今はこの雨のおかげで『野生解放』をし続けられるけど──」
「へへっ。サンドスターがこんなに沢山降ってるんだ。あたしでも飛び続けられるんだぜ!」
「ふーん」
「おいー!? なんだチーターその『どうでもいいわ』って顔はぁ~!」
「まあまあ」
ぐぬぬと憤ったロードランナーが頭の羽から虹色の光を散らし、胡散臭いものを見る目をするチーターに向かって地団駄を踏む。それをリョコウバトが苦笑いしながら取り持つ様子に全員の頬が緩んだ。
「つまり今の私達は全力を出し放題って訳。でも……」
クスリと笑ったナミチスイコウモリは垂れ下がる髪から雫を落としつつ、声を低くする。
「かばんさんを食べちゃったセルリアンは本当に大きくて、それに硬いらしいの。ほら、あれが見える?」
彼女が指差すのは眼下の遠景だ。
「向こうはまだ終わってないみたい……」
そこには小さな森林地帯が霞み、緑色の一部分を丸ごと覆い尽くす黒い霧のようなものが蠢いていた。
それはじりじりと動いていて、徐々に森を抜けつつあるのが遠目でも確認できる……まさかあれが……?
「セ、セルリアンなんですか? あれ」
「そうよイエイヌ。元気なフレンズが何人か頑張ってるけど……フウチョウ達は『ミレン達が居ないと無理だ』って」
「ご主人にもう無茶をさせるのはっ」
無茶でも何でもいい。俺にできることなら何でもしようじゃないか。
クルーとして、何より……友として。
意志を固めた俺はイエイヌの肩に手を添え、ナミチスイコウモリの鮮やかな瞳を見つめ返す。
「必要なのは知恵ですね?」
「多分……ごめんなさい」
はあ、と吐いた溜め息は気落ちしたようなそれ。
「あなたとラッキーさんがそんな風になっているだなんて誰も知らないの。だからカタカケとカンザシを責めないであげ……っ」
ナミチスイコウモリは申し訳なさそうに眉を下げていたが、突然はっと目を見開いた。
その場の誰もが彼女に倣い、地平線をスライドするように視線を動かす。
眩しい。虹色の雨の中にあってもそう思えた。
網膜に焼き付くような光ではなく、あくまで穏やかな、包み込むような光が照らす。
「すごい夕焼け……きれいね……」
黒い雲に切れ目が走り、そこから差し込む橙色の陽光にチーター達は目を奪われ、うっとりと息を吐く。
西の海へと沈みゆく、それより前の鮮やかなオレンジ色。
海の上を連なって飛ぶ、カモメ達の規則正しい影。
塔を始めて目にしたあの日も、ここから見えた景色はこんな素晴らしいものだったのだろうか。
「おいおいまずいぜ……!」
情緒的な光景にそぐわない焦った声色はロードランナーのものだ。彼女はさっきまでの気軽さを放り出し、慌てた様子で夕焼けを睨んでいる。
「な、なにがまずいのよ?」
「光だよ! あのセルリアンは光の方に向かうんだ!」
「ツチノコというお名前のフレンズが教えてくれましたわ。『あの黒いセルリアンは輝きに向かって行く。水に触れると固まるし、誰かを食べているなら海を嫌がることもない』と」
「だからまずいのよ。あの夕陽より明るい光はないもの」
3人の話はそこまで聞けば十分だった。
太陽の光が差す方向には港の灯台がある。そしてその手間に走るモノレールの高架……その境界線の向こうには光をきらきらと照り返す広大な水が、海原が広がっているのだ。
かばんさんを捕食したセルリアンがこの雨で固まらないのは、これが普通の水ではないからだろう。
しかし海は別だ。どれだけセルリウムやサンドスターが溶け込もうとも膨大な水がその性質を大きく変えてしまうことはない。
もしもツチノコの言った通りセルリアンが真っ直ぐ海へ向かえばどうなるか。
あのアニメの場面のように……冷却された溶岩のように変化してしまうのだろうか。それもかばんさんを中に取り込んだまま──
絶対にそんなことはさせない。
「ラッキー。日の入までの時間は分かるか?」
「1時間と20分弱にナります。クルー・かばんを捕食したセルリアンが海岸線に到達するマでの予想時間も、ほぼ同じデす」
「……あまり時間はないな」
「ど、どうすりゃいいんだよ……!」
頭の羽をかきむしるロードランナーにつられ他のフレンズも焦燥を浮かべ始める中、俺は橙色の夕焼けをじっと睨み据えていた。
丸い夕陽を上下に切り分けるモノレールの高架。
橋脚……脚。足。
「作戦がある」
全員の期待を込めた眼差し。俺は頭の中で策を組み立てながら指示を出す。
「一度塔の中に戻ろう。必要な物を集めながら説明する。皆さんも手伝って貰えますか?」
「任せてくださいよミレンさま!」
「もちろんですわ」
「いいわよ。この間の血のお礼もまだだし」
「ありがとう。それとラッキー、他のラッキービーストと通信はできるか?」
「可能デす」
「戦っているフレンズ達にこう伝えてくれ。『無理をせず後退。モノレールの日の入港駅に集合』と。彼女達の誘導も頼む」
「了解しマした」
「よし。急ごう」
かばんさん。あの雨の日俺を助けてくれたように……今度は俺が助ける番だ。
「あああ怖かったぁー!」
「ん~? チーターは高い所が苦手かな~?」
「あんたの飛び方ががっくんがっくんしてたからよ!」
少しして、俺達はリョコウバトらに運搬してもらう形でモノレールの『日の入港』駅へと降り立った。
雨を降らす雲は時間の経過で東へと移動し、はっきりと露わになった太陽は更に水平線へと近付いている。上空のフィルターを通過するセルリウムレインも減り、降りしきっていた煌めく雨は虹色の霧雨へと変わっていた。
「しょうがねえだろ、飛び続けるのは慣れてないんだから。そんなに落ちるのが怖かったのか?」
「一緒に落ちたらあんたもケガするでしょうが」
「あ、ああ、ええと、うん……」
交わされるチーターとロードランナーの会話が和やかなものになるのを尻目に、俺は駅のホームに集まっていた存在に目を向ける。
「クルー。緊急事態につき、当駅の車両は前の駅へと戻しました」
海賊帽……だろうか。それを被ったラッキービーストが業務的な連絡を伝えてくれた。彼もまた職務を全うしている最中。そして、近くには数名のフレンズの姿もある。
「イエイヌちゃん!」
ぱっと顔に花を咲かせたのは土汚れで全身がくすんだようになっているアムールトラ。見れば細かい切り傷や擦り傷も多く、既に開始されていた戦闘の激しさを伺わせる。
「アムールトラさん! その恰好」
「大丈夫、汚れてるだけ。ミレンさんも……あれ? ミレンさん、もしかしてケガ──」
俺は黒いポンチョをバックパックの上から纏ってわざと体の線を隠していたが、匂いまで留めることはできない。
首を小さく横に振って視線で訴えると、彼女はこちらの意思を汲んでくれたのか口を引き結んで頷いた。
周りのフレンズ達も集まってくる。
「プロングホーンさま! ご無事でなによりです!」
「そっちもな。ロードランナー」
「ヌ~、ぜったいこの匂いは……ミレンさん、大丈夫かヌ~?」
「こんなん言ってええんか分からんけど、ミレンさんからめちゃくちゃええ匂いがするなあ……」
「ちょ、姉ちゃんあかんて! 野生解放しすぎや!」
それぞれのツノを模したような槍を手にするのはプロングホーンとオグロヌー。そして涎を垂らすヒョウと慌てて揺り動かすクロヒョウ……やはり皆、生傷が多い。顔に浮かんでいるのが明るいもので良かった。
「外で戦っていたフレンズさんはこれだけですか?」
「いや、まだ──」
「はあ、はあ……! ミレンは、いますかっ!?」
「博士さん! 助手さん!」
プロングホーンの言葉を風切り音で遮ったのは博士と助手だった。
彼女達もまた傷だらけで、いつもの静音な羽ばたきを失って倒れ込み、慌てて駆け寄る。
「ちょっとその子っ……! 大丈夫なの!?」
チーターの意識が向けられたのは助手が抱える傷だらけのフレンズだ。
金髪から伸びる大きな耳が特徴の、サーバル。
白いノースリーブの服の所々は赤黒く染まり、素肌のあちこちに出来た青あざがあまりにも痛々しい。
「野生解放を何度も限界まで繰り返して、気絶したみたいなんだ。ケガは多いけど、命に別状はないよ」
「そ、そんなこと言ったって……」
博士が抱えていたボスがサーバルの顔を覗き込みながら説明するが……これで安心できるとしたら鋼の精神で割り切れる戦士か、さもなくば頭のネジが外れたロクでなしかのどちらかだ。
「もうすぐ、あのセルリアンが……かばんを食べたセルリアンが来てしまうのです!」
「クルー・ミレン。かばんを助けて」
助手の叫びとボスの懇願。
場の空気が一気に研ぎ澄まされ、俺は周りを見回しながら声を大にする。
「すぐに罠を仕掛けるぞ!」
作戦は単純。待ち伏せと奇襲だ。
「全所定位置に爆薬ノセット完了。周辺の全テのフレンズ、及びラッキービースト、退避済みデす」
「皆さん、自分が指示を出したら一斉に攻撃を」
「「「「はーい!」」」」
高架からある程度の距離を置いた平地、そこに集まったフレンズ達の元気な声が響き渡る。
霧雨は更に弱まっていた。ぬかるんだ土と草は湿った空気と混じり合い、残雨の香りを放ち始めている。
「はぁ、はぁ……」
「助手、あなたはもう下がっていた方が良いのでは……?」
「いいえ博士……私も戦います。サーバルの代わりにはならないでしょうが……ここで頑張らないと、きっとまた後悔するのです」
「……? まあ、分かりました。でも無茶は禁物なのですよ」
既に疲労の色が濃くなっているフレンズも多い。しかしそこに集った誰もが闘志を滾らせ、今か今かとその時を待つ。
「う……かば、ん……ちゃん……」
「サーバルさん。しっかり」
ぐったりしたままのサーバルは応急処置を施され、イエイヌにおぶられている。
まるで医者かと見紛う程イエイヌの包帯の巻き方は上手く、介抱の仕方も板に付いていた。獣の特徴とは言い難い。
それは恐らく彼女がフレンズになった後で習得した技なのだろう。思えばお茶を淹れたり銃の発砲で驚かないなど、下手をすれば知恵を特徴とするフレンズよりも──
──カ…………ケ……バ
抑揚のない、性差すらも感じられない声が強制的に俺の意識を切り替えた。
「来たっ!」
音か声か匂いか。
「なに、あれ……なんて大きさなの……」
「やっべえな……近くで見ると……」
違う。どれよりも早く意識に飛び込んで来たのは『姿』だ。
これまでに遭遇したどんなセルリアンよりも巨大だった。
塔の支柱が入ってしまいそうな太い胴体、そして先端に結晶化したセルリウムを持つ尻尾は4本の太足によって支えられ、図体に見合った単眼はまるで空中に浮かぶブラックホールのよう。
強烈な既視感。映像の中で彼女を捕食した、架空の敵だった存在が脳裏によぎる。
「ラッキー」
集中した意識は戦闘状態に切り替わっている。
俺はセルリアンがモノレールの路線を踏み越えようとする瞬間を見逃さず、短い呼びかけで伝わる命令を発した。
「爆破しマす」
ドガガガガガンッッ!!!
「ひえええっ!」
橋脚に仕掛けられた罠……塔の地上ロビーを破壊するのにも使われた爆薬が連鎖爆発を起こした。
アムールトラを筆頭とする数名が尻尾をビリビリと張り立たせ両手で獣耳を塞ぐ中、爆発を中心として砕け散る大量のコンクリートと鉄筋。セルリアンが足を乗せていた線路は支えを失い、崩落する。
──ラ……ナ……レ……
地の底から響くような声は続いていた。このセルリアンには未練も憎悪もないのか、ただ機械が壊れたような動作で巨体を伏せ、その衝撃は雨に濡れた大地を抉り、噴き上げる。
そうして見えるようになったセルリアンの背筋……膨れ上がった殻の傍に虹色の球体が霞む。
「今だ! かばんさんが石に近い、注意しろ!」
「ええいビビってる場合じゃないわよ!」
「ああ! いくぜええっ!」
「ウチらもやるで!」
「ヌ~~~!」
「ッ! グルルルァアーッ!!」
フレンズ達の大きな雄叫びが連続し、誰もがそれぞれの瞳に、爪に、武器に虹色の光を纏って突貫する。
「対象のセルリアンの外殻損傷。順調デす。こノまま攻撃を続けてくダさい」
「皆さんすごい力です! これなら……!」
期待の声を上げるイエイヌと違って俺は沈黙していた。
違和感。
繰り広げられているのは一方的なまでの味方の攻勢。だというのに、それはそびえる岩山につるはしを突き立てているかのような錯覚を与えてくる。
「ガアァァアアーーッ!!」
最もダメージを与えているアムールトラの勇姿は、まさしく海上ホテル近くで戦った際の再現。
「危険。セルリアンのセルリウム濃度、急速上昇」
悪寒が走る。
「離れろ! 全員奴から離れるんだ!!」
──カエラナケレバ
間一髪だった。最もセルリアンに近接していたアムールトラは誰よりも早く反応し、近くに居たフレンズの数名をかっさらうようにして抱え飛ぶ。
「わああああっ!?」
唸り声の直後、セルリアンの体を中心としてドーム状の黒い膜が出現していた。
何人かが押し出されるような衝撃を食らって地面を激しく転がり、空から攻撃を仕掛けていた者はきりもみ回転しながら吹き飛ばされて行く。
全方位への攻撃だったその膜はサンドスターを含む霧雨に混じって黒い塵と化し、やがてセルリアンの外殻に纏わり付いて既に削れていた部分を元の姿に戻してしまう。
自己修復──!?
「くっ。またやりましたね……!」
助手と共に後退した博士が忌々し気な視線を向けた。彼女達の傷や土汚れの原因はあの攻撃だったのだ。
「もう一度ですッ!」
「待て!」
「離すのですミレンッ! 今がチャンスなのですよ!?」
「落ち着け! 上だ!」
ギラついた目で睨む助手に怯まず、腕を掴んだまま声を張り上げた。その理由は、既に崩壊したモノレールの高架の代わりに出現した影だった。
「上空ヨりセルリアン反応接近」
ずどぉぉぉん……!
「こいつ……あたしの巣を壊した奴と同じ!?」
墜落のような出現によって発生する激しい地鳴り。その原因は長い多脚を持つ大型セルリアンだった。俺達の背後から差す夕陽に照らされ、長大な影を地平へ伸ばす姿は……ロードランナーの巣を破壊した個体を強く想起させた。
──ホゾンスル
その一声が敵の合図だった。
新たに現れたセルリアンの胴体から大量の黒い球形が落下し、小規模ながら次々と土砂を巻き上げる。
「おいおい、これ……やばくないか……?」
「え、ええ……そうねロードランナー……」
周囲は平地とはいえなだらかな勾配がある地形だ。
それも最悪なことに、こちらに向かって下り坂──
ごろごろごろごろ……!!
雪崩を打つように転がり出した一面の黒は、止まらない。
「めっちゃ来るわよおおお!?」
誰もが思ったであろう言葉をチーターが叫ぶ。フィルターが張られてなおセルリアンが空から降って湧いた理由を考える余裕もなく、俺の脳には即座に『後退』の2文字が点滅した。
「下がれ! 全員港まで退却だ!」
「駄目です! 今助けないと、助けないとッ!!」
「助手っ! 行きますよ!」
「クゥゥゥゥ……!!」
「じ、助手……?」
腕を引く博士に向かって助手が目を見開いた。虹色に輝き、普段の落ち着き払った声を猛禽類のそれに変えて。
既に何人かが港へ向かって走り抜ける中、俺は叫ぶ。
「ここは交戦範囲が広すぎる! ワシミミズク! 君が留まれば全員食われるぞ!!」
「ッ……分かった、のです。ごめんなさい博士……」
「いいのです。行きましょう!」
博士が彼女の手を取り、羽ばたく。
ちらりと見えた助手の横顔はひどく悲しそうに歪められ、未練に満ち溢れていた。
「運ぶわよミレンーッ!」
殿を務めていたチーターが俺を片手で抱え上げ、いつもよりスピードを落として走り出す。
担がれながら、後続の地響きに視線を向ける。
夕焼けの陰影によって更に黒く染まって見える大地……それは瓦礫を越え、後続の母体の尖兵として押し寄せるセルリアン達の群れだ。
──ほぞんほぞんほぞんほぞんほぞんほぞん
ただひとつの単語の音波が津波と化し、耳を犯されているかのようなおぞましさに身震いがした。
異変という言葉で記憶されたその日も、ジャパリパークはこんな光景で溢れていたのだろうか?
「地獄だな……」
──カエラナケレバ
俺の呟きに答えたのは、悠々と立ち上がるセルリアンの声だけだった。
「壁を越えて来る奴だけを叩け! 体力を温存しながら戦うんだ!」
最終防衛線は日の入港、その浜辺にまで下げられた。
そこは古びた灯台がぽつんとひとつだけある、係留する船を失って久しい寂れた港の一部。
俺達は津波対策として設けられた防波堤を障害物として使い、先んじて向かってくる小型のセルリアンの迎撃にあたった。
「分かったわミレンさん!」
「持久戦なら任せろ!」
大きな防波堤の壁を乗り越えるセルリアンに対して十全に動き続けているのはアムールトラとプロングホーン。
砂浜に打ち寄せる波音をかき消す戦闘音は、断続的に続く。
「はぁ、はぁっ……!」
サンドスターの補給源だった雨がやんでしまったせいでその場のフレンズの殆どが息切れを起こしてしまっていた。長引く戦闘に癒しの雨がなくなってしまい、疲れた体が悲鳴を上げ始めている。
「てえええええい!」
ただ、そんな状況でも被害はゼロだった。サーバルの介抱を俺に託したイエイヌが参戦したのも大きい。
「シッ!」
ぱかんっ!
俺は傍に寝かせたサーバルを守る為、時折フレンズ達の間を抜けて来るセルリアンを木刀で斬り払った。
「クソが。もうちょっと降ってろよ……」
刀身にこびり付く黒を払い落し、空に向かって毒づく。
雨雲は既に遠く東の空へと遠ざかり、太陽の光から離れた所では星々すらまたたき始めていたのだ。
さっきまではあんなに降っていたくせに、肝心な時には晴天を残して去って行くのだからますます腹立たしい。
「これで、最後ねっ!」
押し寄せていた小型のセルリアンはようやく打ち止め。しかしここからが本番だった。
──ホゾンスル
──カエラナケレバ
縦に長い多脚、そしてかばんさんを捕食した四つ足が防波堤の向こうからぬっと顔を出す。どちらも胴体の半分も見えやしない。
そんな2体の大型セルリアンは共に光のない瞳を持ち、前者は俺達を、後者は水平線と交わり出した赤い太陽を見つめ続けていた。
俺は声を張り上げる。
「ここが正念場だ! 絶対に奴を海に還すな!」
ずしん、と長い脚が防波堤を物ともせずに跨ぐ。
「そいつは無視しろ! もう1体が乗り越える時を狙え!」
多脚は小型を生みさえしなければ脅威ではない。
そう判断した瞬間だった。
ぱかああんっ!
長い脚がまとめて折れる音が、轟く。
だるま落としをするかのように尻尾を振り払ったのは……全く予想外なことに、かばんさんを取り込んだセルリアンだった。
「な、なんやあいつら。仲間割れか?」
そんな訳がない。
ヒョウが発した楽観的な予想に頷く者は、きっと本人を含めて誰も居なかった。
防波堤の上に乗っかる
その動きはまるでボールを遠くまで弾き飛ばすゴルフクラブのようで──
「マズいっ……! 皆逃げ」
ぱっかあああんっ!!!
「うわあああああっ!?」
吹き飛ばされたセルリアンの胴体は、榴弾の雨と化した。
ぱかんぱかんぱかんぱかんっ!!
それらにはセルリアンの体にありがちな張り付くような生易しさもなく、フレンズ達に叩き付けられ、吹き飛ばし、次々に小爆発を起こす。
「くっ!」
俺の目前にも黒い塊のひとつが着弾し、サーバルとラッキー、ボスを庇うも──
ぱかんっ!!
下からの凄まじい衝撃で、体が浮き上がる。
黒と赤、グラデーションのかかった落日の空が視界いっぱいに広がった。
共に宙をゆっくりと舞うのは千切れたポンチョと、破れて中身を散らすバックパック。
海を赤々と照らす太陽が、ゆっくりと流れ落ちて──
…………同胞よ…………
ずしゃっ。
俺は砂にめり込むようにして、墜落した。
「う、ぐ……ごほ、ごほっ!」
下が砂でなければ即死していたかもしれない。とはいえ体は軋み、もはや俺は打ち上げられた魚も同然だった。
「ミレン、しっかりしテください」
…………同胞よ…………
抱きかかえ離さなかったラッキーが胸の上で何か言った。一時は止まっていた幻聴も再び頭に響き始める。
「セルリアンが移動を再開しマした。フレンズ達のKP値、大幅ニ減少しテいます。ミレン。動いテ。動いテくださイ」
「うぐ、おおおっ……!」
砂をかき漁り、這いつくばって、立ち上がる。
ぼやける視界に映るのは砂浜のあちこちに倒れ伏す、傷付いたフレンズ達の姿。
──カエラナケレバ
そしてそんな彼女達には目もくれず、真っ直ぐこちらに……海に向かおうとするセルリアンが大きな壁のように迫る。
いっそ陥没してしまえば良いのに、そろりそろりと無駄に穏やかな足運びは絶望の歩み。本当に海を怖がらないらしい。
「止まれ!」
言葉の制止は即座にハンドガンの乱射に変わる。
セルリアンの瞳を中心として浴びせられた弾丸は動きを止めるどころか、外殻を少しも削ることすら叶わない。
「止まれッ!」
もつれる足を必死に動かし、唯一残った武器をセルリアンに叩き付ける。
木刀の刀身はセルリアンの足の一部を切り裂いた。しかしそれは、相手にとってはきっと薄皮を切られたようなもの。
どん。
「ぐうっ……!」
再度踏み出した足にぶつかり、俺は路傍の石のように転がった。
「止まれェェッ!」
左側に倒れそうになりながら立ち上がり、片手で木刀を振るう。
また転がされる。
立ち上がって斬り付ける。
やはり転がされる。
一心不乱にそれを繰り返さざるを得なかった。
やがて俺は水際に追い込まれ、大きく踏み出された足が生んだ衝撃で水飛沫と共に吹き飛ばされる。
「かっ……あ、とま、れ……!」
真っ黒な後ろ足に片手でしがみつく。
食い込んだ血だらけの指がセルリアンのほんの一部分を虹色の結晶に変え、ただそれだけで終わる。
ずりずりと、無情にも俺の体は波と砂の上を引きずられ始めた。
「これ以上……クルーを失う訳には、行かない……!」
ばちゃん──
セルリアンは遂に海へ辿り着いてしまった。着水した部分が虹色の輝きと共に硬化し、徐々に沈み込み始める。相手はそんな己の状態など意に介さずまた1歩、まるでそれが目的であるかのように足を進める。
ふざけるな。これじゃ入水自殺だろうが。
「かばんさんを置いて行けぇぇぇッ!!」
叫びは虚しく。
奴の足が真っ黒な岩と化し、俺の全身も海水に浸って……目の前が真っ暗になった。