※この作品はR-18です。

1しか知らない男が2の世界へ来てしまいフレンズに求められまくるお話(完結)   作:らんどまーく

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【注意】
※今回の話にはたつき監督降板騒動をダイレクトに織り込んであります。
※ミレンの気絶後に挿入される長い空白が合図です。このSSを読んで頂いている方でトラウマを抱えている方、トラウマほどでないにしろ騒動関連の情報を見ると嫌な気分になる方、また現在も続く騒動に心を痛めている方などは次の長い空白まですっ飛ばすか、全く読まないことをおすすめします(読まなくても後の話の理解に支障はありません)。



記憶の彼方(! / □)

 潮風と波音が心地良い、穏やかな凪の時間が訪れた。日の入港は先程までの出来事が嘘のように静まりかえっており、砂浜のあちこちに刻まれた大穴と岸壁まで飛び散った大量の砂粒だけが激戦の跡を物語っている。

 

 そんな埠頭には大勢のフレンズが集まり、自然と組まれた円陣の中央には救出対象だった虹色の球体……かばんさんを抱きしめるサーバルの姿があった。俺は背丈だけはある為、人垣の後ろからでも彼女達の様子がよく見える。

 

「かばんちゃん……!」

 

「とりあえず放してやるのですよサーバル。持ったままだと元に戻れないのです」

 

「かばんさんは大丈夫でしょうか……?」

 

 かばんさんがそっと地面に安置される様子を誰もが固唾を飲んで見守る。不安げに背伸びをするイエイヌの頭を撫でつつ、俺は頷きを返した。

 

 ──セルリアンに捕食されたフレンズはサンドスターを奪われ、ビーストをすっ飛ばして獣へと戻される。

 

 ──ヒトは戻され、芯が剥き出しになり、選別される。

 

 かばんさんの位置付けがいったいどのようなものか俺には知りようもなく、アニメにおいて描写された限りで判断するならば後者だった。彼女の芯が黄金の魂であることは間違いない。

 

 そして今、俺にできるのは他の皆と同じく祈ることぐらいである。

 

「……なかなか戻りませんね」

 

「かばんがセルリアンに食べられるのは2度目なのです。もしかしたらそれが悪影響を及ぼしているのかも」

 

「そ、そんな……あっ!」

 

 ざわめきが起こった。

 虹色の粒子をほのかに纏っていた球体が突如氷が溶けるように形を失い、光が収まるにつれて人型に変化する。

 

「かばんちゃん!」

 

「う……ん……サーバル、ちゃん?」

 

「ごめんねかばんちゃん……! 思い出したの! 私、全部思い出したんだよ!」

 

「えーと……じゃあ、最初に僕に言ったことは?」

 

「た、食べな、いよ……! うわああああん!」

 

「サーバルちゃん……食べないでください……っ……」

 

 フレンズの輪が収縮してしまったのでかばんさんの姿は見えなくなった。それでもむせび泣くサーバルの声が、誰からともなく発せられる嗚咽の数々が、引き裂かれた彼女達の何もかもが取り戻されたことを教えてくれる。

 

 

 今この瞬間──アネガに満ちていた全ての未練が祓われた。

 

 

 俺はそっと帽子に手を当て、エラー表示で止まっていたデバイスの処理をひとつだけ進める。

 

 

 

 

 

 >IDNO.0924「かばん」 救出成功

 

 

 

 

 

「あの……博士さん。ここにいる皆さんが僕を助けてくれたんですよね?」

 

「そうですよ。この島の長が人手をかき集めてくれたのです」

 

「ありがとうございます。僕、やっぱり助けられてばかりですね……」

 

「我らアネガのフレンズが苦しむ友を見捨てる訳がないだろう」

 

「むしろお前達が漂着したあの日……同じように助けてやれなかったことを謝りたいぐらいだ。本当にすまなかった」

 

「あ、頭を上げてくださいカタカケフウチョウさん、カンザシフウチョウさん!」

 

 人垣の中央で会話は続いている。どうやらフウチョウ達は自責の念を抱えたままのようだ。

 忘れずに居続けることが良いとは限らない。時間の経過は、場合によっては降り積もる雪のように心を冷気で覆ってしまうこともある。

 

「あの時おふたりが助けてくれなかったら僕もサーバルちゃんもきっと…………だから本当に感謝しているんです。これが2度目ですし……本当に本当に、ありがとうございます」

 

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 

「礼を言うべきは我らの方かもしれん。長としての役目を果たさせてくれてありがとう、かばん」

 

 時間が溶かせないならば焚き火を起こす他にない。ヒトの世にあってはあまりにもお目にかかることが難しい奇跡だが、フレンズ達ならばお手の物だ。

 

「一件落着みたいですね。ご主人」

 

「そうだな」

 

「あ……今の声、ミレンさん?」

 

「あっちにいるよ!」

 

「おかしいな、ずっと傍にいた気がするんだけど──」

 

 ヤバい。全員の視線がこちらに向いている。

 そろそろ退散して腕をどうにかしようと思っていたのだが……無情にも目の前の人垣はモーセの海割れのように開かれ、かばんさん達と向き合う形になってしまう。

 

「ミレンさ……」

 

 かばんさんと目が合った。顔が少し幼くなったように見える。髪が短くなっていることや黒いジャケットがなくなっていることなども合わせて、諦観と共に観察した。同時に相手も同じことをしており……当然、彼女だけ顔が青ざめる。

 

「ミレンさん、その、うで」

 

「あなたのせいでは……っ」

 

 歩み寄ろうとしてふらついた。すぐにイエイヌとチーターが飛び出して支えてくれたので無様に倒れることだけは避けられるも、周りの視線は心配や不安に変わり、こちらを気遣う声までもが広がってしまう。

 

「……この場の誰のせいでもありません。塔に巣食っていたセルリアンにやられただけですから」

 

「で、でも……そんな……なんで……」

 

「かばんさん。見てください」

 

 震える彼女の前に立ち、右手を高く掲げた。

 

 誰かが「綺麗」と呟いた。俺が指差したのは夜の天空、満月まで伸びるかのようなフィルタリングタワー。薄っすらと青い煌めきを湛え、薄く夜空に溶け込んで行く神秘的な光景に全員の、かばんさんの視線までもが釘付けになる。

 

「あれがパークの職員達が望んだ塔の姿です。ヒトの不始末のせいであまりにも多くの……涙が流されましたが、それももう終わりです」

 

 塔は浄化する。海底火山から発生したセルリウムによる雨をろ過し、ここから西へ流れていた黒雲をサンドスターの雲に変え、他のエリアも周辺海域も……そこに残る未練の何もかもを浄化するだろう。

 

 と、そこで視界が明滅を始めた。血を失い過ぎたのだ。本当は立っているのが限界だった。

 

「我々の灯火はあの塔の上で永遠に燃え続けます。そしてきっと、あなた達から奪ったものを、返して、くれ、る」

 

「ご主人ッ!?」

 

 世界がぐらりと傾く。不確実な闇に沈む意識に合わせ、目の前の全てが黒で覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が落ちてくる。

 

 

 

 灰色の空からの落水がアスファルトに跳ね返り、耳障りな音を立てている。

 周りには傘が歩いていた。黒い傘ばかりだ。真っ黒な人型の何かが傘を持ち、汚い歩道を更に汚くごちゃごちゃと埋め尽くしている。

 

 

 ──鬱陶しい。雨も、傘も、足音も。喧騒の何もかもが。

 

 

 俺は舌打ちをして両手を使って傘をかき分け、雨を避ける為に目の前の地下鉄の入口へ向かった。左腕があるからきっと夢だろう。

 

 

 地下鉄の中は外より一層暗かった。消えかけの電灯がぱちぱちと音を鳴らしていて、耳にも目にも悪い。ホーム上には車両の排熱と水の匂いが立ち込めていて、辺りをうろつく黒い人型は傘を差したままごちゃごちゃと動き回っている。閉じろ。邪魔だ。

 

 

 プルルrrrrr……

 

 

 目の前の影に蹴りを入れようとしたその時に電車の到着を知らせるブザーが鳴った。途切れかけで、音の調子も狂っている。

 やはり出ようか。踵を返そうとしたその時……傘を差していない人物を見つけた。

 

「父さ──」

 

 彼は記憶にある姿とまるで違った。俺に受け継がれた体格の良さは猫背で折れ曲がり、覇気のある偉丈夫然とした顔は憔悴でやつれている。

 

 

 思い出した──!

 

 

 目を閉じようとしたが、遅かった。

 黒い影のような特急列車がホームを通過するその瞬間、彼は何を言うこともなく散歩のような足取りで前に踏み出した。

 

 そこで場面は終わる。

 周りには黒い傘だけが散らかっていて、線路には何も落ちていない。

 

 俺は後ろに戻ろうとしたが手前の階段を無数の黒い人影が塞いでいたので、結局ホームの反対側に向かう為に線路に飛び降りた。

 

「ヒトに誠実であれ」

 

「あなたは誠実すぎた。ヒトの中にはそれを悪用するとんでもないクズがいるのに」

 

 後ろから聞こえた言葉に独り言を返し、振り返らず駅の階段を駆け上がった。

 

 また雨が落ちてくる。

 さっきよりも勢いが増していて、生ぬるい。

 

 駅を出た先の道は公園の入り口に真っ直ぐ繋がっていた。

 砂場と遊具と大きな木が1本だけある、どこにでもありそうな公園だった。

 

 

 もう思い出している。入りたくない。

 

 

 そうは言っても進まざるを得なかった。横に逸れる道は相変わらず黒い人影で埋まっていたからだ。

 公園を抜ければ先へ進める──そんな裏付けのない意思で重たい足を動かした。俺はなるべく木に近付かないよう、上を見ないよう、端っこばかりを歩くのに努めた。

 

 さして広くない公園だ。すぐに反対側に行き着いて、出口の辺りが切り立った崖のように途切れているのに気付かされる。

 

 目の前は唐突な断崖。下の方にぼんやりと道が見える。公園の出口に設置されたコの字型の車止めにロープか何かを括り付ければラぺリングの要領で降りることができそうだ。

 

「はあ……」

 

 嫌な夢だ。

 俺は諦めのため息を吐き、ぷらぷらと枝からぶら下がっている物体をなるべく視界に入れないようにして木に登り、かなり適当な結び方をされた荒縄を解く。

 

「借りるよ、母さん」

 

「ヒトに優しくするのよ」

 

「一部の、まともな、気の合う奴にだけそうするべきだ。あなたは優しすぎた」

 

 下から聞こえた言葉に独り言を返し、生まれて初めて木に昇った日の場面が終わる。

 

 縄を回収し、木から飛び降りる。地面には何も倒れていなかった。

 

 俺は手早くかつ確実に縄を車止めに括り付け、いつの間にかポケットに入っていた仕事用の黒い革手袋をはめて崖を降下する。

 

 道だと思っていたのは赤い川とぬかるみばかりだった。降り立った地面はべちゃりと靴底に張り付き、生温かい湿気と鉄の臭気ばかりをもたらす。そこかしこにぶよぶよと液体の源が浮かんでいて、それらは醜い肉塊のような人型ばかりだ。

 

 既に夢の内容は理解できている。そう思えばこの光景は──

 

 

 グシャッ

 

 

「気楽だな」

 

 思わず口元が緩んだ次の瞬間、俺の足は這いずって掴もうとしてくる肉塊の顔を思い切り踏み潰していた。直後、全ての肉塊が醜悪な叫び声を上げながら俺に襲いかかる。

 

「戦って──」

 

 目前から迫る首の据わっていないモノをいつの間にか手にしていたナイフで切断し、続けて横合いから覆い被さってくるモノを側転で回避。瞬時に背後を取って首を掻き切り、振り向きざまに投擲したナイフが別の1体を貫通して血飛沫を上げた。

 

「打ち倒し──」

 

 銃が手に出現する。普通のショットガンだ。

 わらわらと道を塞ぐ肉塊の群れに対し、一切の容赦なく散弾を叩き付ける。

 

「勝利する」

 

 赤い雨が降り、血の道筋が現れた。

 

 

 

 

 

 戦いの終点に行き着いた時には俺の全身はおびただしい返り血で染まっていた。四方を暗闇で閉ざされた行き止まりには1本の糸がぶら下がっているだけで、周囲には肉塊の気配もない。

 

「……ふん」

 

 あてつけにしたってくだらない。いい加減腹が立ってきた。

 俺は糸に火をつけた。火種は俺の胸から漏れていた炎の欠片で、糸に燃え移ったそれがみるみるうちに辺り全体へと広がって焼き尽くす。

 

 火が消えると周囲はまた冷たいアスファルトとコンクリートで埋め尽くされた。それでも雨は降り続いている。

 

 周りは折れかかった標識と消えかけの電灯が侘しい貧相な住宅街。もう考えるのも面倒になっていた俺はひとつだけ黒い影で覆われていないアパートの1室の扉を開け放った。

 

 殺風景なワンルームだった。ダンベルやベンチといったトレーニング用の器具、ベッド、カーテンが閉まった小さな窓。無骨なデスクの前のチェアには……俺が座っている。

 

「よう。景気の良さそうな顔してるな」

 

 鋭い目が穏やかに笑みを湛えているなどそうそうあることじゃない。横から覗き込む視線をデスクの上に移すと、使い慣れたコーヒーミル、サーバー、カップ。それらは珍しくも脇に下げられ、中央に広げられているのは珍しくもノートパソコンだった。

 

 そしてその手前には……『けものフレンズ』のブックレット付きのケースが6つ。

 まとめ買いした際、書店の店員の『こいつがこれ買うの?』と言わんばかりに丸くしていた目を今でも思い出せる。

 

 

 

 画面には『ゆうえんち』の終盤が流れているところだった。

 

 

 

 ヴヴヴヴ……

 

 

 コーヒー豆のボトルの下敷きにされた完全仕事用のスマートフォンが振動し、億劫そうな目で一瞥した『俺』は再生を止めた。着信画面には『会社の人間(3)』とだけ表示されている。

 

「もしもし…………はあ……ええ……そうですか……では今から行きますので」

 

 何の電話だったかな。

 円盤を買っているということは俺が夜勤の時にしていた朝の再放送の後だから……設備か何かが壊れて呼び出しをくらったのだと思う。

 

 勤め人だった過去などもはや完全にどうでも良い些末事だが、強いて昔の仕事との違いを挙げるとするなら……命の危険が伴わないことぐらいしかなかった気がする。

 

「無能がよくでしゃばる」

 

 吐き捨てるように呟いた『俺』はパソコンからディスクを取り出して丁寧に仕舞い、適当に身支度を整えると血がべったりと付いたばかりのドアノブを捻って外出した。

 

 俺はしばらくその場で立ち尽くした。やがて夢に変化が訪れないことにも飽きてきてパソコンを立ち上げようとして触ることができず、溜め息交じりに視線をずらした先に置いてあった卓上の電波時計に意識を取られる。

 

 刻々と日付が変わっている……それも異様なスピードで。

 1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1か月が過ぎ……首を捻っている間にも時計の表示では半年以上が経過して、そこで玄関の扉が再度開かれる。

 

「ふう……半年ぶりの帰宅だ」

 

 さっき出て行った『俺』が帰って来たのだ。目は相変わらず射抜くような鋭さで、身に纏っていた薄いシャツが分厚いジャケットに変わっていることが時計の正確さを伝えてくれる。うだるような暑さが充満していた夏はいつの間にか凍える冬に突入していたようだ。

 

「ちっ。埃が溜まってやがる」

 

 そんな『俺』は俺の存在など気にも留めず窓を開けて軽く部屋の掃除を行い、一通りのトレーニングをこなしてから至福のコーヒーをすすり、途中で見るのを止めていたアニメの続きを……と思えばまた1巻からディスクを取り出した。折角だし俺も見させてもらおうか。

 

「満足だ……」

 

「ああ……」

 

 全く同じ声で返す。先程の地獄と称して構わない光景と行為を終えた後でさえ、俺の心は不思議な安らぎで満たされていた。映像が早送りにならないかと戦々恐々だったが、杞憂で終わって何より。

 

「うん? セカンドシーズン製作決定……」

 

「そこは見とらんかったんかい。……ああ見てなかった、見てなかったけども」

 

 ガイドブックをぱらぱらと流し読みする『俺』は5巻の帯に目を留め、顎に手をやっていた。それが続編の製作告知だという理解にようやく行き着いたのか、そのアニメに出会うまでは娯楽としての用途を成さなかったブラウザを立ち上げ、検索エンジンに『けものフレンズ 続編』とキーを打ち込み──

 

 

 

 待て。何かおかしい。

 この場面では()()()()()()()()()()

 

 

 

 寒気を感じ、デスクの時計を見た。コーヒーサーバーの黒い液体に霞むモノクロ液晶、その年月日の一部は『2018』を示している。

 

 

 理解した瞬間に寒気は悪寒と化し、俺の背筋に鳥肌が立った。

 

 

「なんだ、公式サイトはまだか」

 

「よせ!」

 

 

 

 声は届かず、止めようとする手はすり抜ける。

 

 

 

「ファンサイトは……」

 

「馬鹿やめろ! 見るな!」

 

 

 

 この夢はただ無情に、俺が失った痛みを思い出させた。

 

 

 

「思い出したんだよ! そのアニメは、『けものフレンズ』はもう──」

 

 

 

 

「なに……監督が降板?」

 

「あーあ……」

 

「なんだこれは……数ヶ月も前じゃないか……」

 

 俺は額に手を当てて天を仰ぎ、しばらくの間マウスのクリック音だけが嫌に大きく木霊する。

 

「ヒトか」

 

 ドスの効いた低い声と共に立ち上がった『俺』は力任せにノートパソコンを閉じ、コーヒーカップを荒々しく手に取るや中身を飲み干して……カップを粉々に握り潰した。

 

 

「……たかがアニメだ。たかが……アニメ……」

 

 

 手から血を垂らす『俺』の、凍てつくような声が響き──最後の喪失の場面は終わる。

 

 

「忘れていたのは、俺もか──」

 

 思い出したのだ。俺が埋火として抱き続けたヒトへの漠然とした憎悪、それを一時でも忘れさせてくれたその作品でさえ──それが作品外の出来事であっても──去り際に大きな大きな、無情の風を残して行ったことを。

 

 いつの間にか部屋は闇で染まり、俺は『俺』の姿すらも認識できなくなっていた。唯一床に散っていた血だけが赤々として消えず、やがてそこから燃え盛る火のような光が生まれる。

 

「君か。この夢を見せたのは」

 

 現れたのは深紅の炎を纏う少女だった。美しい頭の上の羽と腰の辺りから見える大量の尾羽がまだ残り火を纏っていて、それらは俺の頭に『不死鳥』という単語を想起させる。服装は胸のジャパリロゴが目立つ白い半袖のシャツ、髪と同じ色の赤いスカート。見た目は『元が何の動物か分からないフレンズ』と表現して差し支えない。

 

「夢ではない。記憶じゃ。それもお主だけの……他の誰も見ることのできない鏡じゃよ」

 

 脳裏に響き続けていた幻聴と同じ声が闇の中に透き通る。少女らしいトーンであるにも関わらず、どこか年寄り臭い口調は不思議と違和感なくマッチしているような気がした。ただ、外見の美しさとは流石に不釣り合いな気がしないでもない。

 

「む……同胞よ。褒めるのか貶すのかどっちかにせい」

 

「褒めてる。さっきまでの光景さえなければ見とれていたかもしれない」

 

「そうかそうか。嬉しいのう」

 

 頬を膨らませた少女はぱっと笑みを浮かべ、くねくねと上体を揺り動かした。赤い尾羽に残っていた火が羽のように散る。とても可愛らしい、それでいて神聖な雰囲気のフレンズだ。

 

 俺はそんな少女のフレンズ然とした言葉と仕草に棘を抜かれたような心地になった。そして初めて出会うフレンズにするように帽子を取ろうとして被っていないことに気付き、とりあえず軽く会釈をする。

 

「申し遅れました、自分はミレンです。君はいったい……」

 

「ふふ。そんなに他人行儀にすることはあるまい同胞よ。まあ折角自己紹介してくれたのじゃから答えよう……我はスザクじゃ」

 

「君が四神の1人の……」

 

 彼女は片目をつむって「そういうことになるのかのお」と答え、残りの火を払うように頭の羽をぱさぱさと動かす。

 

「神などと言っても欠片の我には大した力はないんじゃ。お主の欠片と混ざらなければ、こうして話をすることもできぬ脆弱な存在じゃよ」

 

「欠片?」

 

「腕じゃよ、腕。偶然ではあったが……お主のパートナーには悪いことをしたの」

 

「そうか……君が力を──」

 

 塔の機関室での出来事がフラッシュバックし、スザクが指差す俺の左腕がうっすらと消えて行く。

 

「貸してくれたのか」

 

 途切れた断面から目の前の少女と同じ色の炎が散り、羽のように闇の中を舞った。

 

 

 ……しゅ…………ん

 

 ……ん……んっ……

 

 

「今の声は……」

 

「うーむ、やはり我慢できんか」

 

 上方から降ったかすかな声に気を取られ、目の前にスザクが立っていることを認めたのは彼女が俺の背中に腕を回した後だった。

 

 体全体が暖かい羽に包まれ、少女の香りが鼻孔を通り抜ける。

 

「何を──」

 

「このままではお主の灯火が消えてしまう。だからひとつになるんじゃよ。それに同胞なら容易かろう……んっ」

 

 見上げる母性的な微笑みに誘われ、抗えずに唇を重ねる。舌で交わるのは粘液ではなく、互いの胸から溢れ出す炎の熱。

 

「ぷはぁ……っ♡」

 

 永遠にも感じる接吻が途切れ、僅かに離れる唇の間に稲穂のような火がたゆたう。

 

「フレンズが夢中になるのも頷けるのう」

 

 ぺろ、と唇を舐める舌の動きで俺の心臓が跳ねた。思わず彼女の胸や尻に手を伸ばそうとして──抱きしめる手がその背中に埋もれていることに気付く。

 

「っ……!?」

 

 手だけではない。スザクの肩も形の良い胸も、俺のペニスが押し付けられているはずの柔らかな腹部までもが炎と一緒に癒着し、まるで熱したフライパンの上のバターのように溶け合い始めている。

 

「安心するのじゃ、同胞よ。少しの欠落を埋めるだけ……我にはそれが限界じゃ」

 

 もう体の半分以上が混ざり合っていた。唯一離れている彼女の顔は微笑みを湛え、同時に別れを惜しむ恋人のような雫を瞳の端に浮かべている。

 

「どうして……俺を、同胞と……?」

 

「お主も我も本来は存在せぬじゃろう? 元となったヒトがいる分お主は少々特別じゃが……想いによって形作られたことに、さして違いはあるまいて」

 

 彼女の体が俺の体に沈むにつれ、相手の炎だけが弱まり、反対に俺の炎が強くなる。

 

「よすんだ! 君の火が消えてしまう!」

 

 スザクはにこりと笑い、閉じた瞼から虹色に輝く涙をこぼした。突き放そうとしても、どちらとも分からぬぐらいに混ざり合った体を動かすことは叶わない。やめろ。こんな未練と業ばかりしかないヒトに命の灯火を捧げるな!

 

 

 

「ミレン。お主の火を絶やさぬようにな。大丈夫、我がついているぞ────」

 

 

 

 包み込む穏やかな声と舞い上がる炎を最後に、今度こそスザクと完全に溶け合った。

 

 闇が、照らす炎と光で払われて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、目を覚ましたわよ♡」

 

「本当か?」

 

「チー、ター……?」

 

 身体が重い。比喩ではなく実際に俺の上に乗っているのだ。ネコ科の瞳孔をハートマークで埋めたチーターが。

 

「泣いてるの? 痛かった?」

 

「ミレンさんの涙っ! ぺろぺろぺろ~♡!」

 

「ちょっと待ちやあんた!」

 

「ウチらも舐めさせてー」

 

 別の獣耳の集団が視界を覆った。ネコ科とハートマークは同じ、眼鏡が特徴のマーゲイやヒョウ姉妹が奪い合うようにして俺の顔面に舌を突き出してくる。

 

「ち、ちょっと待──」

 

 何が起こっているのか。唾液塗れになる顔をどうにか動かし視線を巡らすと、自分が研究所の自室のベッドの上にいること、その部屋中にぎっしりと詰まったフレンズの集団を認めて思考が停止しそうになる。

 

「あーやっぱり止まれないわ! ごめんねミレンッ♡!」

 

「うっ……!」

 

 股ぐらの上ではチーターの膣が俺のペニスを咥え込んでハイペースな律動を加えている最中だった。うねうねとうごめくキツいナカの感覚。扇情的な交尾を羨ましそうに眺めるロードランナーやプロングホーンがベッドの傍に跪き、右を見れば俺の腕や手を噛んだり舐めたりを繰り返すナミチスイコウモリやアードウルフの姿があった。誰もかれもが熱でうだっているような目をして、分かりやすい欲望を俺に向けている。

 

「ごめんなさい……ご主人の火を見たら、みなさん我慢ができなくなったみたいで……は、はっ、はっ♡」

 

 広く開いた左肩から先はイエイヌが占領していた。唯一理性の光を残している彼女もしきりに腕の断面を舐め、もじもじと太ももをすり合わせている。

 

 全身に与えられる快感とむせるような雌の匂いが、くらくらと脳を揺さぶった。

 

「まさか、我慢って──」

 

「チーターお前長いぞ! 早く変われって♡!」

 

「んにゃあああ♡! やめてロードランナー、胸揉んじゃ、ぁんっ♡!」

 

 スザクの呟きの意味を理解して思わず顔が引きつった直後、俺は意識を取り戻してから最初の1発をチーターの中にぶちまけ、それから部屋にいたフレンズ全員に動かない体を蹂躙されることとなってしまった。それは残念と言うにはいささか微妙な、夢や妄想ではない、確かな現実だった。








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上級職員IDNO.0094 インガ 発令済コード -- 098(Transfer.of.All.Authority)
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ようこそ クルー・ミレン



【けものフレンズ】(一部加筆、修正済)
一部の在籍職員によって構成されるQCサークル(パークの管理維持、向上の為の自発的部会)の名称。リーダーにセキュリティ主任者『イマ』を、サブリーダーに上級研究員『インガ』を据える。規模は100余名。

活動内容の半分を新島群の地質学術的調査や生息する野生動物、フレンズへの保護活動等が占める。残りは特定特殊生物(仮称『セルリアン』)への対処法確立や特殊粒子群(仮称『サンドスター』『サンドスター・ロウ』『セルリウム』)の性質調査にあてられ、それら全般に付随する新技術の開発も目覚ましい。

危険を伴わない活動は主に女性部員が行い、その纏め役を上級研究員『カコ』が、フィールドワークを正規ガイド『ミライ』が担当。総指揮、危険を伴う特殊生物への対処、職員への射撃訓練等を『イマ』が、兵器及び新技術開発等の指揮を『インガ』が担当する。



※以下、加筆修正された項目

発足当初から軍による資金と物資の提供を受けており、先の戦争で英雄的功績を挙げたイマと優秀な技術者であったインガ、これら元軍属の2名が支柱であることは『クルー規約に抵触する不正行為』並びに『意図的な運営部との情報共有義務放棄』を題目に掲げ、彼らの役職と権限を剥奪したパーク運営部の行動からも明らかである。



>現在の所属職員ステータス一覧

イマ【生死不明】

インガ【死亡】

カコ【生死不明】

ミライ【生死不明】

かばん【生存】

ミレン【生存】


それ以下の全職員【死亡】




── 暫定クルー・ミレンの追記 ──
俺にとってはあの優しい世界を描いたアニメだけが『けものフレンズ』だ。きっとあの世界ではヒトさえも優しいのだろう。そしてここは違った、ただそれだけだ。
だから俺の意志は変わらない。フレンズを保護する為にあらゆる脅威を退け、処理する。


追記
かばんさんと俺は既にこのサークルに登録済みだった。このアーカイブデータはラッキービーストがアクセスした場合にのみ脆弱性を晒す、限定的なセキュリティホールとしてロックがかけられていたらしい。
ボスとラッキーはこのデータを用い、本来は部外者である俺達に職員権限を付与したのだ。そして当然と言うべきか、このアーカイブデータを制作したのは俺に全権限を委譲してこの世を去ったインガだった。

不純の劫火を消せ。
祈りの灯火を抱け。
彼の魂の火は永遠に燃え続ける。
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