「……あの、そろそろ用件を伺っても構いませんか?」
私の方を見ながら、ベル・クラネルはおずおずとそう切り出した。
此処はダンジョンの【上層】、初心者向けとされるエリアである。
私はアイズさんとの稽古帰りだったこいつを問答無用で拉致……いや、
我ながら相当に傍若無人な振る舞いをした自覚はあるが、こいつは文句一つ言わずに付いて来てくれた。
普通、他のファミリアの構成員にこんな事をされれば怒って当然の筈なのだが、私は「このヒューマンならこれくらい大丈夫」という妙な確信を抱いていた。
案の定、ベルは少し困った顔をしながらもこちらを咎める様子はない。
私はその事に原因の分からない安堵を浮かべながらも、真剣な表情でベルの瞳を正面から見据えた。
「ベル・クラネル……私と、勝負しなさい……っ!」
「え、えええ……っ!?」
……ベル・クラネルは……いいや、もうベルでいいだろう。
ベルは私の言葉に心底驚いた顔をしながら、まじまじとこちらを見詰めている。
恐らく、私が問答無用で襲い掛かれば彼はあのアンダーリゾートの時のように一目散に逃げるだけだろう。
痛い思いをするというのにその場に留まるのは、度胸があるのではなく単なる馬鹿だ。
だから私は、まずはこうして自分の目的を伝える事にした。
案外律義なこのヒューマンは、こうして目的をきちんと伝えれば決して無碍にはしないだろうと確信していたからだ。
「ど、どうしてそんな事を……?」
「どうしてもこうしてもありません。私が、そうしたいんです……納得、出来ませんか?」
「う、うん……」
真っ白な兎みたいな男の子が、戸惑った様子でこちらを見ている。
正直庇護欲が擽られないでもなかったが、私はその衝動をぐっと堪えて話を切り出した。
「……まず聞きますけど、貴方……私に此処に連れて来られて、どう思いましたか……?」
「え、えーと……何か、他の人に聞かれたくない用事でもあるのかなって。違い、ました……?」
「……まあ、間違ってはいませんが……」
それにしてもと、私はベルのお人好し具合に苦笑せざるをえなかった。
普通、あんな風に連れて来られてそんな感想は抱かない。
なにか、邪な企みがあってダンジョンに連れ込んだ。そう思うのが自然な筈だ。
実際、そういう輩は一定数いるのだという。
ダンジョンでは、何が起ころうとその詳細までは分からない事が多い。
だからダンジョン内では、冒険者同士の【殺人】や【窃盗】、或いは【暴行】が発生する事があるのだという。
なのに、ベルは私に付いて来てくれた。
恐らく、
呆れる程のお人好しだと思う反面、そう思われている事がなんだか嬉しかった。
少なくとも、それなりの信用はして貰えている。その事が、なんだか誇らしかった。
「……理由は言えません。でも、お願いです……付き合って、頂けませんか……?」
私はそう言って、ベルに向かって頭を下げた。
無茶なお願いをしているのはこちらだ。このくらいの事は、やって然るべきだろう。
「……その、頭を上げて下さい。レフィーヤさん」
暫くして、そんな声が聞こえた。
最初は私が突然頭を下げた事で戸惑っていたのだろうが、彼の中で何らかの覚悟が決まったらしい。
ベルは私と同じかそれ以上に真剣な眼で、私の姿をその赤い瞳に捉えた。
「正直、困惑はしています……けれど、レフィーヤさんが本気でそう言っている事は分かりました」
だから、とベルは告げる。
「──僕で良ければ、お相手させて頂きます。戦いましょう、レフィーヤさん」
──その言葉を聞いた時、私の心臓が跳ね上がった。
身体が熱い。頬が熱い。
私の身体は興奮で上気していて、顔には笑みが浮かんでいるだろう。
私の
その事が、私の冒険者としての闘争本能を刺激した。
自分の力を、試したい。
あの時自室で抱いたその想いが今、最上級の興奮剤となって私の身体を駆け巡る。
身体に魔力を漲らせ、杖を構える。
既に周囲一帯のモンスターは片付けてある。此処にいるのは、私と彼の二人だけ。
そういえば、と私は思い返す。
思えば、私の要求を伝えるばかりで彼に対して何の
そう思った時、私の口からはとんでもない言葉が自然と飛び出していた。
「貴方が勝ったら、私を好きにしていいです。それで文句はないですよね?」
「……え? え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!?」
……案の定、ベルは狼狽して素っ頓狂な声をあげた。
その様子になんだかムッとしてしまい、私は思わず苛立ちを言葉にして吐き出した。
「なんですかその反応は……っ!? まさか、私の身体じゃ物足りないとでも……っ!? 胸だって割とあるんですからね、ほらっ……!」
「う、うわわわわ……っ!」
私は苛立ち紛れに彼の手を掴み、思いっきり私の胸に押し付けた。
硬い男の人の手の感触が私の胸に押し付けられ、元より興奮状態だった私は妙なもどかしさを感じ、小さく息を漏らした。
半面、私の胸に触れているベルは面白いように顔を真っ赤にして慌てている。
一本取ってやった、と、妙な感慨に耽り、そこでようやく今の自分の絵面を認識した。
私はベルの右腕を掴み、自分の胸を触らせて、荒い息を吐いている……どう考えても、痴女か何かの所業だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?」
「う、うわ……っ!?」
その事を認識した瞬間、私は悲鳴をあげてベルを突き飛ばしてしまった。
レベル4の私は後衛職でも相当な力がある筈だが、まがりなりにも前衛を務めているだけあってベルは多少ふらついただけで倒れる事はなかった。
「……今の事は、忘れて下さい」
「……は、はい」
私のドスの効いた声にベルはかくかくと頷き、気を取り直して私達は一定の距離を取って対峙した。
私は杖を、彼はナイフを構え、広いルームの中で相対する。
「──行きます」
「──はい」
そして私は詠唱を、彼は疾駆を開始した。
前編・後編で書くつもりが、なんか長くなっちゃった。次で今度こそ終わり。